03
3.
「さて、そろそろ行くか」
誰にともなく言って、大して重くも無い腰をあげる。
NEROとの邂逅からから1週間或いは2週間が過ぎただろうか。時間感覚が酷く曖昧で僕はそれを正確には把握できていなかった。WIZARDとレべリングをしていた時もそうだが延々と悪魔を殺し続けるという行為をしていれば時間を忘れても仕方がない。
周囲に倒れている無数の悪魔。その体から流れ出る血液が周囲を赤く染めていた。見渡す限りの赤さ。漂う匂いもいい加減食傷気味だった。そんな場所から目を逸らすように空を見上げれば、人造の太陽が宝石のように煌びやかにその存在感を露わにしていた。太陽に近い所為だろう。少し、熱いように思う。普通、標高が高ければ寒いものだと思うのだけれど、『彼』の設定ミスだろうか。蝋の翼を持たずとも溶けてしまいそうだった。
今、僕は石灰岩で出来た山の上にいた。
1500m級の山だった。石灰岩で出来たその山は、衛星写真にも映るぐらいに広大な露天掘りの跡がある。人間にとって都合のよい自然を作り出すために、コンクリートジャングルという自然を作り出すために、削り取った石灰岩の山。遠方から見れば分かるが、山全体がL字型に削り取られている。その削り取られた側、そこに僕はいた。
戦隊モノの戦闘シーンに出て来て良く爆破される白い山といえば分かりが良いだろうか。そういえば『シズ兄ちゃん、戦隊モノに出て来る俳優さんが格好良いの!』と妹が1年程前にはしゃいでいたのを思い出した。剣道をやっているのはもしかして、そういった戦隊モノの登場人物みたいな事がしたいからとかなのだろうか。兄として少し妹の事が心配になった。
閑話休題。
そんな削り取られた山ではあるが、丁度反対側は緩やかな登山道となっており、そこが国立公園になっているというから面白い。日本古来の神を祭る場所もあるという。そんな場所の反対側を削って生活している事に何の意識もしていない日本人というのもまた面白い。これも神殺しのようなものだろうか。そういえば、確かに……そういう神様っぽい存在がいたな、とその緩やかな登山道を昇ろうとした理由を思い出す。
雷を伴った巨大な蛇がいた。あるいは蛇神とでも言った方が良いだろうか。地上からでもその巨大な姿が見える程だった。雷の所為で近づく事も叶わず、例え近づいてもその体躯に攻撃されれば肉塊になるだろう。そしてだからこそ、当然の如く、遠距離からBarret XM109で射殺した。二日程かかっただろうか。東北のアレと同じく経験値は得られなかったが、中々楽しめた。
殺した後、解体の為に登山道を昇ったのだった。昇って解体すれば、硬そうな蛇の皮とランクAの設計図を手に入れた。折角手に入れたものの素材は無く作る事もできないし、剣という時点で興味も無く今では仮想ストレージの肥やしである。蛇の皮も同じく肥やしである。アリスにでも売るとしよう。
「……スカベンジャー達は今日も元気だな」
蛇神を殺し、折角だからと石灰岩の側に降り立てば遥か遠くに幽かに浮かぶ富士の姿。雲ひとつなく、まさに絶景と言えた。近くの山や街を俯瞰できるとても良い場所だった。が、そんな素晴らしい場所を汚すように、眼下の白い大地を埋めるのは大量の悪魔達。わらわらとかさかさと音を立てながらまるで戦隊モノの敵役……雑魚のように大量にいた。
それを殺し続けた結果、1、2週間程時間が過ぎたというわけである。
何度か腕や足を食いちぎられたりしたものの、何とかその全てを殺す事ができた。そして現在、悪魔達の流した血によって世界は埋め尽くされ、食事をし過ぎて少しふくよかになったスカベンジャーが大量に空を舞っていた。次の餌はまだ?と僕に向かって首を傾げている姿などは少し愛らしさもある。やはり一匹ぐらい妹の為に持ち帰りたいと思った。『シズ兄ちゃん、この子なんかでぶいよ』と喜びを露わにしてくれるに違いない。
そんなスカベンジャーの期待に応える事なく僕は山を降りて行く。登山道ではなく、石灰岩の中を掘って作った通路を降りて行く。石灰を運搬する作業車が通る洞窟だと思う。肌寒いその洞穴内を行く。一本道のその中に案の定存在していた蝙蝠の姿をした悪魔を射殺しながら地上へと向かう。
「リロード」
もはや言い慣れた単語を何度も口にしながら洞穴を進む。レベルが30に達した頃から連続何回リロードが出来るという事も考えなくなった。そんな事を気にする必要がなくなった。
そういえば、SPを使うスキルというのを僕はこれしか知らないが、他に何があるのだろう。ふと疑問に思った。WIZARDご自慢のエターナルダイナマイトファイアーみたいなアクティブなスキルがあるようには思えないが……はてさて。そういえば解体スキルを使った時には僅かに減ったような気もするが……他にあるのだろうか。βテスト中でアクティブスキル未実装だとかそんな話だろうか……だとすると片手落ちにも程があると思う。なんのテストにもなっていない。あるいはそうせざるをえない理由が『彼』にあったのだろうか。何か急ぐ理由が……。
とりあえず、アクティブスキルがあるとするならば、レベルで覚えるようなものではないのは分かっている。レベルキャップがどこにあるかは知らないが、35まであげて一つも覚えないのは流石におかしいだろう。
レベルの方は変わらず35のままだった。WIZARDと別れてからレベルはあがっていない。白い山を赤い山にしてもレベルが上がる事はなかった。精々経験値も2~3%あがったかどうかぐらいのものだ。これ以上はプレイヤーキルでもしないと上がる事はないのだろう。だが、絶対数が限られているプレイヤーを僕のような人殺しの下手な人間が殺すというのは、全く自分を許せそうにないのが問題だった。自殺禁止ルールがあって本当に良かったと思う。
そんな事を考えていればいつのまにか地上へと降り立ち、そのまま近くの森の中へと入り、その中を歩いて行く。
ざり、ざりという落ち葉の割れる音だけが耳に響く。ずっと悪魔達の叫び声を聞いていた所為でそういう静かな音というのも懐かしく感じられる程だった。
ざり、ざり。
それ以外の音といえば風が流れる音ぐらいのもの。そんな環境音を耳に入れながら腐葉土に埋め尽くされた森の中を行く。見渡す限りの腐葉土に何とも大変栄養価が高そうだと思った。確かに見渡せば木々の背は高い。倒壊したり、腐って根元から折れていたりするものもあるが、それでもこの森の多くの木々は青々と葉を茂らせていた。
空を見上げる。
葉の隙間を通して空が見えた。
山の上からは雲が見えなかったが、洞窟を通っている間に出てきたのだろう、いつのまにか空には鈍色の雲が出ていた。
そしていつしか雨が降り始めた。
ぽつぽつと倒壊した木々の間を通り、曇天模様の空から雨がしずしずと降り注ぐ。茂った葉が天然の傘となり、その雨を防ぐ。ありがたい事だった。別段、雨に打たれた所でダメージを受けるわけでもないが、服が張り付き、身動きがし辛くなる。髪が濡れて顔に張りつけば視界が狭まる。気分の良いものではない。
ぽつぽつ、ざりざり。
音を聞きながら、音を立てながら歩いていれば、開けた場所に辿りついた。
ロッジがいくつか並んでいた。
ご丁寧に1つを除いて崩れておりロッジを形作っていた木々が腐りかけていた。中には焼けたような跡もあった。対して唯一残った1つは塗装も真新しく、つい最近誰かが建てたように思えるものだった。周囲を見渡せばバーベキューに使うような鉄板とコンクリートブロックが転がっている。
雨に打たれるそれらを眺めていれば、自然とロッジの窓……正確には窓の前に目が向いた。
「…………これはまた」
てるてる坊主とでも言うかのように裸の男が吊るされていた。
眼球が抜かれ、眼窩は伽藍となっていた。腹は割かれ、その内側にあったであろう臓腑は丸々取り出されているようだった。
自然、Cz75を右手に装備し、その死体に近づいて行く。
近付けば更に分かった事がある。
その死体を吊っていた紐の事だ。
腸だった。
猟奇的な死体だった。
この世界で初めてこういう死体を見た。現実世界でもお眼に掛る事のできない狂った殺し方だった。腹を裂いて殺した後にこうやって窓の外に吊るしたのだろう。それを行った犯人に興味が沸いた。どうしてこうしようと思ったのだろうか。どうしてこうしてロッジの外に吊るしているのだろうか。そして他の部位はどこにやったのだろうか。もしかするとバーベキューセットがヒントだろうか。そんな興味が沸いたと同時に、
「くだらない」
履き捨てるように口にした。
醜い。
犯人が何を考えてこれを行ったかには興味がある。だが、それだけだ。それだけでしかない。こんな醜い死体を自慢げに晒しているのは不愉快を通り越して怒りが沸いてくる。限られた数しかいないプレイヤーをこうも下らなく殺す事は……許し難い。そんな感情がふつふつと沸いてくる。
勿論、正義感などではない。義憤などでもない。
気付けば左手にMP5を装備していた。
これを行った犯人を殺そう。殺してしまおう。こんな不愉快な殺し方で他のプレイヤーが殺される前に殺してしまおう。
あぁ。そうだ。そうしよう。
僕やこれを行った彼のような人殺しが下手な人間を減らすというのは良い事だ。殺し方が綺麗な……例えばSCYTHEのような存在だけになればソレはとてもとても良い世界だろう。僕が見たい世界そのものだ。
是非、そうするとしよう。
そんな性の無い決心を胸にその死体の前に立つ。
死体が出来てからそう時間は経っていないのだろう。スカベンジャーに喰われていないのがその証拠だった。まだスカベンジャーが現れていないのは少し疑問だったが、近隣で大量に悪魔が殺されたからこちらに住んでいたスカベンジャー達もそちらに応援に向かったとかだろう。
空を見上げても落ちて来るのは雨だけ。
そして、その雨音にまぎれるように首を吊っていた腸を撃ち抜き、彼を地面へと落とす。
パラパラと言う軽い音と、ごとりという鈍い音が辺りに響く。まぁ、雨音で銃声が消えるわけもないな、と当たり前の事を思いながら様子を伺う。
ロッジの中から誰かが出て来る気配はなかった。
出て来てくれると楽だったのだが、生憎とそんなに都合良くはいかないようだった。中にいないのか、或いは今の音に警戒して出てこないのか。
さて、どちらだろうか。
ロッジの入り口前に移動し、少し離れてからMP5の引き金を引く。再びパラパラと音を立てれば扉が倒れた。
それでもなお、誰も出てこない。
代わりに出てきたのは匂いだった。
死臭。
「何人殺したのかね」
既にランキング5位で100人を超えている。それを思えば十人、二十人殺した所で目立つ様な事はない。犯人はそれを待っていたのだろうか。こんな不愉快な死体を作り出すために。
「……」
MP5を掴んだまま、仮想ストレージからWIZARDから頂戴した手榴弾を取り出し、歯でピンを抜いてそのまま投げ込む。
轟音。
次いで同じ様に何個か手榴弾を投げ込む。
空気の振動、破壊される玄関、軋むロッジ。壁に穴が開き、部屋を仕切る扉が壊れ、下駄箱が吹き飛び、それでも尚、誰も出て来る事はなかった。
だが、音は聞こえた。
「--―――――ぅぅ」
雨音に混じって微かに響くそれは人の呻く声だった。加えて言うならば、複数の、だった。その音に導かれるようにロッジの中へと入る。自分で壊したガラクタを避けながら慎重に先へと向かう。
薄暗く、肌寒い場所だった。
そこに響く呻き声。気力なく、ただただ恐怖におびえ、恐怖から逃れようとする声。助けを求める事の無意味さを知ってしまった者達の奏でる協奏曲。
足音を一つ立てれば声が鳴る。また一歩、また一歩と近づけば更に音が鳴る。
そして辿りついた。
死臭に包まれながら、ガタガタと身を震わせているのだろうか。そんな気配があった。その場に現れた僕に対して何をするでもなく大人しくただただ震えていた。
Cz75の銃口を天井に向けて引き金を引けばマズルフラッシュがその部屋を照らす。一瞬だったが、5人程その場にいるのが分かった。そのどれもが男だった。線が細く背の低い少年達だった。ゲームか何かのキャラクターだろう。どこかで見た事があるような顔をした少年達だった。そんな少年達が心を壊された様に虚ろな目をして呻きを上げていた。
「そういう事も確かに可能か」
言い様、壁に向けて引き金を引き、壁にいくつか穴を開ける。明けない闇は存在する。だが、少なくともこの場はそんな場所ではない。拳銃一つ、弾丸一つで世界に明かりが産まれる。
穴を通して差し込んだ陽光が鈍く部屋を照らした。
皆が皆、鎖に繋がれ、更に身体の一部を失っていた。より厳密にいえば傷口には包帯が巻かれており、手当がなされていた。
そんな彼らの姿だけを見れば戦闘に破れ、逃げ伸びた先で隠れて回復中なのだと言えるが、周囲に散らばっている彼らについていたモノを思えば……
「WIZARDの殺し方より不愉快だ」
それは腕であり、足であり、あるいは内臓だった。それらが無造作に散らばった床はその全てが赤黒く染まっていた。
回復すれば欠損させ、回復すれば欠損させ。それの繰り返し。こんな山奥のロッジに隔離して延々とそれらを繰り返されていたのだろう。彼らの心は既に死んでいる。呻くだけの存在となり、最後には玄関に吊るされていた死体と同じようにされるのだろう。
とても不愉快だった。
苛立ちと共にCz75のスライドを引き、少年達に問いかける。
「さて、少年達。死にたいか?」
答えはなかった。だが、その代わりに僅かに少年達が顔を上に向け、僕に首元を晒したように見えた。
「僕なんかに殺されるのは納得できないかもしれないが……まぁ、運が悪かったと思って諦めてくれ」
Cz75の銃口を1人、1人の額に宛て、それを撃ち抜いて行く。
ロッジに都合4度銃声が、響く。
そして最後の1人。
額に銃口を宛て、引き金を引こうとした瞬間だった。
「ごめんな……さい……」
虚ろな瞳、ぐったりと顔を上に向け僕に額と首元を晒したまま、少年がそう口にした。無意識の行動だろう。意識があるならばその言葉は『助けて』であるべきだ。今まさに自分が殺されるのだから。
「何故、謝るんだ少年?僕はただの人殺しでしかない」
「ありが……と……う……」
「感謝される謂れも……ない」
パァンという軽い音と共にその少年は死んだ。
最低の気分だった。
脳漿を撒き散らして死んでいく5人の少年。それを作り出したのが僕であることが酷く不愉快だった。そして、恐らくこれを成した犯人も崇高な目的があったわけではない事を理解したので尚更不愉快だった。あんな事をするのは獣と変わらない。そんなものが作り上げようとする死体など所詮……
ふいに例の掲示板にそういうのが好きな人がいたのを思い出す。そういう殺し方は文化だとか何とか書き込んでいたが、全く理解できなかった。そんな殺し方は獣でしかなく、心を持った人間の行為ではない。
「限りある資源を大切に」
戯言を呟きながら、ロッジの外へと向かう。
しとしとと振り続く雨は止まず、延々と降り続いている。ロッジから離れれば地面がぬかるんでいた。無駄なリソースだなと思いながらも、芸の細かさに感嘆する。しかし、今の気分にはちょうど良かった。
ぬかるんだ地面に立ち、雨に打たれながら、両手にCz75とMP5を装備する。
そしてそのまま時が過ぎるのを待つ。
雨に濡れた服が体に張り付くのは不愉快だ。髪が肌に張り付くのは不愉快だ。身体が冷えるのも当然不愉快だ。けれど、それ以上に……この場に戻って来るであろう犯人が不愉快だった。
数分あるいは数時間が経過し、陽が沈み行き、夜が近づいてきた頃、がさり、と森が動いたのに気付いた。
気付いた瞬間、その存在を確認する事なく、僕は声のした方に向けてCz75、MP5の弾丸を射出する。
距離にして30m程。パラパラと飛んでいく弾丸が木々を抉り、その奥へと飛んでいく。
「っ!!だ、誰だっ!なんでここが分かったんだっ」
それに反応するように怒声が森の中から沸いた。一瞬、小さな悲鳴とどさりと重たい物が落ちる音がしたかと思えば次の瞬間、木々の合間から男が現れた。
「そんな豆鉄砲で俺が殺せるかよ」
怒声と共に男が駆けて来る。
熊のような体をした男だった。彼らと同じくどこかで見た事のあるような容姿だった。恐らく格闘ゲームか何かだろう。現実世界には存在しないであろうゲーム的な、或いは二次元的といった方が良いか……そんな巨躯だった。太い腰はさながら木の幹のようだった。腕や足も太く、筋肉に包まれていた。これに捕まれば逃げる事は叶わないだろう。そう思えた。
そして、そうやって彼らを掴まえて、監禁し、傷付け回復させ傷付け回復させて飽きて殺したのだろう。
ぎり、と歯が鳴った。間違いなく、僕の口からだった。
迫る男に向かって男曰くの豆鉄砲の弾丸を延々と撃っていく。避ける様子もなく、体に弾丸がめり込む。けれど、恐らく彼にとってはたいした事のないダメージなのだ。
それを証明するように男はそのまま突き進んでくる。手に大型の鉈を持って……その姿が何だかそれこそゲームに出て来る山賊のように見えて、こんな状況だったが苦笑してしまった。
「てめぇ!俺を馬鹿にしてんのか」
「さぁて」
監禁していた彼らへの行動と、近距離装備にこの体力を思えばSTR-VIT型。そんなプレイヤーの攻撃を貰えばDEXしかあげていない僕は呆気なく殺されてしまうだろう。だが、届く前に決着を付ければSTRなど何の意味も無い。
残り20m。
それだけあれば十分だ。
Cz75とMP5を地面に落とし、次いで装備をXM109へと。そして、そのまま男の体に銃口を向ける。
「こっちならどうだろうか」
立ったままの状態でXM109を撃つのは厄介ではあるが、やってやれない事はない。そういうのも悪魔を殺していた所為で慣れた。
衝撃に耐えるように足を前後に開き、引き金を引く。
破壊の音。
巨大なマズルフラッシュが僕の視界を埋め、同時にずしゃりという僕の足が衝撃に耐えきれず土を削る音が響く、その前に25mm弾が男に着弾する。傲慢による無警戒、それの結果がこれである。男の腹の一部が欠けた。ぷしゃ、と血が流れ男の体が倒れそうになる。が、倒れず、男はその場に留まった。
そして、さらに怒りを顔に表し僕へと突撃してくる。
残り10m。
その間を待ってやる理由も無い。
続け様に更に数度引き金を引き絞る。
「何度も当たってたまるかよ。良く見りゃ俺好みの綺麗な顔してるじゃねぇか……絶対その中身を喰ってやる。殺さず回復させて何度も何度も」
案の定、避けられた。操作には慣れたとはいえ、反動が大きく射出間隔が長い。銃口の向きとその間隔の所為で避けられたようだった。
残り0m。
残念。僕もまだまだだな。などとそんな事を呑気に考えている余裕は流石になかった。
男が大きく鉈を振って僕の頭部を狙う。どう考えても直前の発言とは真逆だった。殺す気満々だった。
大振りのその攻撃。当たったら大変な事になるだろう。伊達や酔狂でDEXだけをあげているわけではない。だが、僕は避ける事なく、XM109から手を離し、代わりにしゃがみ込んで事前に落としていたMP5を手に掴み、そのまま一歩前に出る。
僕が前に出た所為でタイミングを逸した男の鉈は、僕が直前までいた場所を通過する。そして、そのまま男の体に張り付き、MP5の銃口を天に向けてトリガーを引き絞る。
「リロード」
1分間に800発。秒間にして13発。初速400m/secの弾丸がぱらぱらと軽い音と共に彼の顎を撃ち砕き、結果、血が雨のように降って来た。それを頭に受けながらそのまま前転の要領で彼の後ろへと周る。
痛みに呻きをあげながら動きを止めている男の背に向かって更に弾丸を。次の瞬間、男の背が真っ赤に染まった。
「手が二本で足が二本。それだけしかないのだから楽なものだ」
プリズンにいた悪魔に比べれば何のことはない。基本的に階上から攻撃していたとはいえ、それを超えて攻撃してくる者も中にいた。それの攻撃を何度も避けていればAGIがなくとも多少は回避能力もつくというものだ。
更に男の頭部へ向けて数秒間弾丸を撃ち込めば、ようやく男はばたりと大きな音を立てて地面に倒れた。だが、それでもなお男は死んでいないようだった。虫の息ではあったものの、男の体が僅かに動いているのが見えた。大した体力だと思う。だが、
「所詮、そこらの獣と同じだな」
人の肉を喰らい、それが回復したらまたそれを切断して喰らう。そんな事を続けている殺人鬼など獣と同じだ。獣たちの方が分別ある分遥かにマシだ。
「殺して喰らう事を悪いとは言わないが……僕は嫌いだ。だから殺させて貰うよ」
止めを刺すべく男の傍に落ちていたXM109を拾い、構え、引き金を引こうとした瞬間、跳ねるように男が片手で顔面を押さえたまま立ち上がり、その勢いのままにもう片方の手に持った鉈で僕を切りつけようとする。
それを軽く後方にステップしてかわす。
男がこれだけ弾丸を喰らっても生きている以上、それは予想できた事だった。
見れば男の口元が真っ赤に染まっていた。それは弾丸によって流れた血ではなかった。
倒れ際に仮想ストレージに入れていた肉を取り出して喰ったのだろう。僅か傷が癒えているのが分かる。
そんなに腹が減っているのならば、と銃口を男の口元に向けてXM109の弾丸を撃ち込む。
一発。
食い足りないようだった。
二発。
やはり食い足りないようだった。口が大きくなっている。
三発。
お腹一杯になったのか、口が無くなった。
「戯言だけれど」
どさりと音を立てて崩れ落ちる顔の無い男。
それと同時に気の抜けたファンファーレが鳴った。
「へぇ……そんなものか」
彼のレベルがそこそこあった所為だろうか。それとも経験値の塊である人の肉を喰らっていた所為だろうか。
レベルがあがった。
Lv36。
DEXステータスだけで言えば72。ちょうど1レベルで2つあげられる計算だ。ステータス限界が99なのかそれ以上なのかは分からないが、まだまだ成長の余地はあるということである。
そんなゲーム的な事を考えながら、男の死体に目を向ける事なく男が現れた森へ向かう。
男が現れた時に鈍い音が聞こえたが故に。
そして、案の定、不愉快な死体を発見した。
首を食いちぎられていた。そして、それはやはり小さな少年の姿をしたプレイヤーだった。
「……」
殺して正解だった。
これ以上、こんな殺し方をされては数が減るばかりだから……
再度、不愉快な殺し方をするようなプレイヤーを殺してしまおうと心に誓いながら僕はその場を立ち去る。
「シャワーいらずだ」
未だ降る雨にそんな戯言を吐きながら。




