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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第六話 廃墟の国のアリス
45/116

02

2.






「ネージュ。今度はどこにいくの?」


 無言で歩いていた最中、ふいに雪奈が声を掛けてきたので吃驚して彼女の方を向いた。見ればなんだかとてもつまらなそうな表情をしていた。


「えっと……イクスさんやキョウコさんが次は北陸に向かうって話だから斥候も兼ねてそっちだね」


 最近の2人の姿を思い返し、少しのため息と共にそう答えた。


 現在、僕……ネージュと雪奈とイクスさんが用意してくれたLv30のNPC、その3人で仲間を勧誘するために東北のとある地方に訪れていた。


 僅かに降っている雪が綺麗な場所だった。最初に雪を見た時、雪奈は嬉しそうにはしゃいでいたものの、今となっては全く楽しそうではなく寧ろ鬱陶しそうにしていた。


 そんな彼女とは違って僕はそんなことはなかった。降る雪、はらはらと天から降りて来る雪の欠片はいつ見ても良いものだと思える。だから今暫くこの地に居たい、そう思えるほどに。


 僕は、自分のキャラ名に雪を意味する名前を付けるぐらいに雪が好きだった。これは誰にも言った事はないのだけれど、より正確にいえば1年前に見た光景が……今でも目に焼き付いているから好きになったと言った方が良いだろうか。


 そんな軽く雪化粧された都市を南下しながら僕達は仲間を勧誘していた。


 つい先程も仲間が増えた所だった。


 タチバナさんのように人を見つけるのは得意ではなかった。彼はどうしてあんなにも人を探す事が巧いのだろうと時折疑問に思う。そして、その結果、仲間にしてくる人も多いのがこれまた素直に凄いと思う。僕もああいう風に成れたらイクスさん達の助けになるかなと思う。


「あの女の言う事を聞く必要なんてあるの?」


「駄目だよ、雪奈。仲間の事をそんな風に言っちゃ」


「ごめんなさ~い」


 肩を竦めながらの謝意の全く感じられないごめんなさいに意味なんてないけれど、それでも表面上はそう言ってくれる分まだ大丈夫なのかなと思う。


 僕が雪奈と一緒にいる事が多いのは彼女が危なっかしいからである。


 本当は僕も城に残ってイクスさんの手伝いをしたいとは思うけれど……いや、言い訳だな、と再び苦笑する。イクスさんにとって僕は不要なのだ。彼女達がギルドの為に行っている行為、それがどういう意図なのかは馬鹿な僕でもいい加減理解出来てきた。でも、集団の統制を取るためには必要不可欠だったのかもしれないけれど、それでも人殺しなんてしては駄目だと僕は思う。だから、そんな意見を言う僕は彼女にとって不要な存在だろう。非常に残念だけれど……再三のため息を吐く。


 そんな僕に雪奈が不思議そうな顔をして、次いで隣に立っていたNPCに視線を送る。当然の如くNPCもハテナ?という表情を浮かべた。


 NPCさんの名前は『チェシャ』である。雇う際にイクスさんが名前を付けたらしい。ギルドで雇う時にそういう事ができるそうだった。前にギルドのガーディアンをやっていたヤマネもそうだったから、きっとイクスさんは不思議の国のアリスが好きなのではないだろうかと思う。彼女は良く学校の図書館で本を読んでいたし、以前そんな事を聞いた事があるような気もする。そんなに好きだったらアリスという名前で登録すれば良いのに、と思うのだけれど……なんでそうしないんだろう?


 さておき。そのチェシャは名前に似合わず、大きな槍を片手に、巨大な盾を背に背負った重装備の肩幅の広い男の人だった。見た目そのままに防御力に特化しているとイクスさんに聞いている。僕達のレベルが20程度である事を思えば、戦闘があった場合にはチェシャの防御力が頼みの綱だった。戦闘になんかならない方が良いけれど。


 薄く雪に染まる割れた道路に足を取られながら三人でターミナルへと向かい、ターミナルの中に入って別の都市へと移動する。とりあえず聞いた事のある北陸の都市を選んで移動した。素直に移動でき、ターミナルを抜けた所に待ち伏せも無かった。


 雪奈と2人して安堵のため息を吐く。


 ターミナルを出てすぐの所で少し休憩を取りながら、拠点となる場所を探す事を2人に提案する。拠点があるかないかは探索にとって非常に重要なものであり、今までも行って来た事だった。2人にそう伝えて拠点を探すべく地下から地上へと。昇った先は壊れた駅舎だった。


 ターミナルは駅舎にある事が多い。時折、ビルの地下というのもあるが、殆どが駅舎の中だった。きっとゲームの製作者は駅というランドマークにターミナルを置いた方が分かり易いという理由でそうしたのだと思う。


 製作者といえば……いや、製作者とは関係ないのだけれど、このゲームを教えてもらったのはキョウコさんからだった。普段ゲームをするような印象は受けないのだけれど、このゲームのβテストが行われると発表された次の日には僕にそれを教えてくれた。是非、応募しようと。


 キョウコさんは美人さん……綺麗な顔立ちで学校でも有名な人だった。成績が良くスポーツも出来て更に友人も多く、先生からの受けも良い人だった。そんな人が何で僕に色々話し掛けて来るのか理由は良く分からなかった。友人達から鈍いと言われる僕であっても、彼女がそういう意図で僕に声を掛けているわけではないと言うのはすぐに分かった。彼女が僕を見る目線はどちらかといえば興味深い何かを探るそれだ。だからこそ、なぜ僕なんてうだつのあがらない人間にあんなにも興味を持って声を掛けてくれたのかは今でも分からない。僕も男だし、綺麗な人に色々と気にかけられると嬉しくはなるけれども。まぁ、その分、友人たちからの冷たい視線が辛いんだけど……。


 綺麗といえば、それは雪奈もそうだった。アイドル候補生という肩書きは伊達じゃなく、彼女は誰がみても可愛らしく愛らしいと感じる人だった。彼女もまたなんで僕なんかにああも気軽に話し掛けてくるのかは分からない。確かに彼女とは同じ中学ではあったけれど、それだけだし……。その時に特に接点があったわけでもないし、僕には正直言って良く分からなかった。でもやっぱりアイドル候補生である彼女が声を掛けられて嬉しく成らない程僕は枯れているわけじゃない。僕なんかとは違う世界の人だけれど、僕の所に来て話し掛けてくれるのは嬉しいものだ。時々、業界の話題などにはついて行けず、ため息を吐く事はあったけれども。


 そんな雪奈の方を見れば彼女は初めて訪れたこの街を物珍しそうに観察しているようだった。観察が終わるまで、僕は考え事の続きをしようと再び脳裏にキョウコさんの姿を浮かべる。


 彼女に言われ、何とも言えない気分でゲームに応募する事になった僕は、イクスさんに声を掛けた。自分でも少し強引だったかなと思うぐらいに推し薦めてしまったのを今では後悔している。僕が薦めなければ少なくともイクスさんはこの世界に来る事はなかったし、彼女が人を殺す事もなかったのだ……ともあれ、誘った翌日にはイクスさんも快く応募する事を了承してくれて、結局4人―――あと数人応募していたらしいけれど皆落ちたらしい―――が当選した。キョウコさんや雪奈には悪いけれど、その時の僕はイクスさんと学校以外でも遊べるという事に、とても嬉しくなった。その結果がこれだけれど……


 2人は変わってしまった。そう言ってしまえる程、僕は彼女たちの事は知らない。けれど、人を殺す事を是とするような人達ではなかったのは確かだった。女の子達に人殺しの罪を被せてそれでのうのうと生きている事に思う事はある。僕が代わりにと思った事も何度もある。けれど結局実行できていない。


 他者を殺して生き延びる。その事に僕は意義も意味も感じられなかった。それは人を襲う獣と同じで、だから……僕は、僕達は絶対に人を殺さない。それが結果的に彼女達に人を殺すという責務を負わせているのだろうか。だったら……いいや、それでも尚、駄目なものは駄目なのだ。


 希望を捨てきれない僕は現実が見えていないのかもしれない。自分に都合の良い夢を見続けているだけかもしれない。けれど、それでも……人を殺して生き延びる事が良い事だとは到底思えなかった。そして、その事が……


 堂々巡り。


 思考が循環し、螺旋を描いて元の思考へと戻る。その繰り返し。それを何度繰り返した事だろう。イクスさんとキョウコさんが初めて人を殺した日からずっとだ。あの日の夜、イクスさんに窘められたけれど、それでも僕は……変わらなかった。変わりそうだった時もあったけれど、それもまたイクスさんとキョウコさんに窘められた。


 彼女達が僕に何を望んでいるかなんて分からない。人の心なんて分からない。分かりたいと願いながらも僕は……今でも理解できずにいる。


「ネージュ、コンビニあるよ。食糧でも買って行く?」


「あ、うん。どれだけ滞在するかは分からないけれど……念のために買っておこう」


 雪奈の言葉に思考を遮られた。


 彼女の指差す方向を見れば、倒壊したビル---一応5階部分までは瓦礫塗れだが形が残っている―――の1階にコンビニがあった。


 雪奈に同意を示すように頷いて、次いで雪奈とチェシャと共にそちらへと向かう。


 近付けばその全容が見えて来る。廃墟の中で一つだけぽつんと生命いきていることを感じさせるそれは、しかし、酷く寂しさを感じさせるものだった。


 人気のないこの場所でコンビニを続ける事は自分だったら嫌だなと思ってしまう。NPCだから出来るのだろうと思う。


「あ……ハァ。……いらっしゃいませ」


 コンビニの中、1人のNPCがカウンターにべたーっと頬をついてぼんやりとしていた。心ここに非ずといった感じの気力の無さだった。


「ちょっと何よこの店員、いきなりため息とか」


「雪奈。NPCに何期待しているんだよ」


「あぁ、申し訳ありません。お客様方……」


 のっそりと立ち上がり、カウンターの向こう側から出てきた少女はアリスという名のNPCのようだった。あぁ、なるほど。イクスさんがアリスと名付けなかったのは名前が被るNPCが既にいたからかと少し納得しながら、今度イクスさんにアリスと言う名の可愛らしいNPCがいる事を教えてあげようと思った。非常にダウナーな感じだけれど……。


「一応言っておきますけれど、私も別に好きでこんなだるんだるんとした感じになっているわけではないのですよ?放置プレイも程度によると思うんですよね。鈍感鬼畜様は酷い御方です」


 はふんと何とも恋煩いのようにため息一つ、という何とも人間らしい行動をしているアリスさんに雪奈が何やらうんうんと頷いていた。ついさっきアリスさんの態度に憤慨していたのも忘れてコレだった。


「そうよね。鈍感は駄目よね。最悪よね。最低よね」


「えぇ。まったく。御嬢様、分かって下さいますか!」


 気付けば2人が握手していた。


 その光景に少し笑みが零れた。こういう光景を見るのは久しぶりだと思った。そして、こんなのんびりとした光景の尊さを改めて理解した。


「少し元気が湧いてまいりましたっ!改めていらっしゃいませお客様方っ!」


 一転してびしっと敬礼をするアリスさん。表情に笑顔が産まれてきていた。それが何とも可愛らしく見える。愛らしいといえば良いのかな。


 タイトな服は彼女の持つ曲線に従い大きく形を変え、ショートパンツから覗く細い足はとても健康的ですべすべしていそうだった。正直、目のやり場に困った。僕だって男の子である。やり場に困ったので雪奈の方に目を向ければ、じっとりと僕を見ていた。


「……へぇ?」


 蟲か何かを見るような視線だった。


 改めて目のやり場に困った。結果、慌ててコンビニの陳列棚の方に視線を移し、雪奈のことはアリスさんにお任せしてそちらへと向かう。


 陳列棚には意外にも色々と揃っていた。食糧から服から色々であった。服が多いのはアリスさんの趣味だろうか。気になって服---女性服である---を見ていれば後ろからまた恐ろしそうな視線を感じたので移動して食糧の方に注視する。いわゆるコンビニ弁当なども置いてあるがこういうのは一体どこから仕入れているのだろう。素朴に疑問だった。悪魔達と同じようにリポップするのだろうか……


「御嬢様はどちらからいらしたんですか?」


「東北よ」


「雪とか凄いんですか?」


「そうでもないわよ。場所によっては軽く降っているけれど、北海道ほどではないんじゃない?」


「そうなんですかぁ。北海道は行った事ないですねぇ。……ないですよね?」


「知らないわよ」


「ですよねぇ。私ここから離れた事がないはずなので、ないですよねぇ」


「何だか曖昧ね。というか貴女、良く喋るわね」


「私、実は口から産まれて来たんですよ。でも私の全力はまだまだこんなものじゃありませんからねっ!鬼畜様の所為で元気がないだけですからねっ!」


「十分元気よ。というか、だから何よその鬼畜様って」


 何の会話をしているのだろう。でも、やっぱりそういう普通の会話は尊いものだと思う。今暫く聞いていたいと思って、食糧を探す手を緩める。


「そうそうアリス。このコンビニ暇そうね」


「ひ、ひどい!言って良い事と悪い事ってあると思うんですよ!?確かにお客様はめったにきませんけど!スカちゃんばっかりですけれど!」


「スカちゃん?」


「スカベンジャーちゃんです。残飯処理してくれるんですよ。お客様が来ないので廃棄処分が多いんですよこのコンビニ。その内潰れるかもしれません。潰れたら私路頭に迷いますけれど……迷ったら鬼畜様でも探しに行きますかね?」


「好きにすれば良いわ。私には関係ないし」


「まぁそうですけれど……まぁ、そうですけれどっ!もうちょっとNPCに愛ある言葉を!」


「はいはい。とりあえず、情報ありがと。ここには人はいない、と。ネージュ!」


「え、あ……うん?」


 突然声を掛けられたので持っていたお弁当を落としそうになった。慌ててそれを掴んでほっと一息ついていれば再び何だか蟲を見るような視線を感じた。


「なにしているのよ……とりあえず、食糧手に入れたら隣の市にでも行きましょう」


「あぁ、うん。そうだね」


 そもそもの目的が人を探して仲間に勧誘する事なので人がいない所を探しても仕方ないな、と思っていればアリスさんがこの世の終わりみたいな顔をしていた。


「がーん!折角久しぶりにお客様が来てくれたのに、すぐにいなくなるなんて……がっくりですよ、私がっくりですよっ」


「帰りにまた寄るから」


 くすくすと笑いながら雪奈がそう言った。


 そんな風に普通に笑う雪奈が懐かしいと思った。現実世界ではコロコロと良く笑う人だったから尚更だった。そんな光景を見られるなら完全に寄り道ではあるけれど、彼女の言う様に帰り際にまたここに訪れるのも良いなと思った。


 それから少しして、買い物を済ませた僕達は店を出た。僕達が見えなくなるまでアリスさんは手を振っていた。それに対して雪奈も何度も振り返っては手を振っていた。


 『また来てくださいね』『えぇ、必ず』。そんな再会の約束をしながら。


 楽しそうな彼女達を見ていれば自然と口元に笑みが浮かんでいた。彼女の姿が見えなくなっても暫く僕達の間に優しくも楽しげな時間が流れていた。


「面白いNPCもいるわね。うちのNPCとは大違い」


 そして、駅舎の中へと入り、ターミナルへと向かう途中、雪奈がチェシャの方に恨みがましい視線を向けながら、からかうようにそう言った。もっとも言われた方は特に気にするでもなく不思議そうな表情を浮かべるだけだったが。ヤマネは多少事務的な事を喋ったけれど、他のNPCは概ねチェシャと同じだった。傭兵NPCはそういうものなのだろう。そんな彼の対応に雪奈が肩を竦めた。


「だよね。可愛らしいよね」


 今の空気を大事にしたいと思い、話をアリスさんに戻そうとすれば、


「へぇ、ネージュってああいうおっぱいが大きい子が好きなの?」


 今日三度目の蟲を見るような視線を感じた。背は彼女の方が高いので見下ろされている感じなので尚更恐怖だった。


「ち、違うよ。そういうんじゃなくて……」


「冗談よ。ネージュはイクスみたいなのが良いのよね?」


「あ、いや、その……イクスさんは、その」


「しどろもどろ過ぎ」


「ごめん」


 ふん、と顔を逸らされた。


 楽しげだった空気はたった一つの失敗で消えてしまった。消えて、今度は沈黙が産まれた。あんなに楽しそうだった雪奈の表情にはもはや陰しかなかった。僕自身が彼女の笑みを消してしまったのだ。反省と後悔の念を浮かべても遅かった。


 しばらく、沈黙が続いた。


 沈黙が破れたのは、ターミナルへ入り、暗がりの中に浮かぶ画面をお互い無言で操作して、隣の都市に移動しようとした時だった。


「たまには私の事もみてよ……」


 雪奈が小さくそう呟いた。


 呟き、僕の手を握った。


 触れる彼女の手は柔らかく、とても暖かくて安らぎを感じるものだった。


 けれど……僕はその手を握り返すことはなかった。


 反省した傍から……これだった。


 僕は結局、自分の感情を優先してしまう子供だった。


 




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