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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第六話 廃墟の国のアリス
44/116

01:プロローグ

1.






 明けない夜はない、だが、明けない闇はある。


 光の差さない世界は厳然と存在する。


 処刑場跡地に作られた巨大な廃ビルの十二階。その場所を端的に表すならば闇だった。窓一つ無く、一欠片の光も存在しない閉ざされた空間だった。さながら光を拒むが如くそこは存在していた。そして、そこに住まう者達もまた光を拒む者達だった。


 明けない闇の中を生きる悪魔達。


 有形、無形問わず、あたかもその場に敷き詰められたかのようにそれらは存在していた。蟲毒の如く互いに喰らい合い、新たに沸いた悪魔がさらにそれを喰らう。その繰り返し。無限に続く円環を成した食物連鎖。漂う血と肉の混じり合う匂い、悪魔達の体臭に鼻が曲がりそうだった。


 奇怪な悲鳴を上げながら延々と喰らい、喰らわれる。闇色の世界の食物連鎖が終わることはない。例えその一部を殺した所で何も変わらない。


「リロード」


 小声で呟き、次いで異形達の住まう階下に向けてXM109の引き金を引き絞る。瞬間、轟音と共に25mm弾が悪魔達に吸いこまれ、轟音はクケケケという奇怪な悲鳴に打ち消されて行く。その悲鳴が聞こえなくなるまで弾丸を産み出し続ける。


 瞬く間の光。


 光あれと願った神の如く。だが、この闇色の中ではマズルフラッシュが生み出す光など蝋燭の灯よりも小さく儚いもの。だからこそ、彼らは一瞬の煌めきを気にする事もなくただただ延々と円環を廻す。


 自分が一体何を攻撃しているのかも分からず、僕は機械のように延々とリロードという単語を口にし、引き金を絞る動作を繰り返していた。眠る事もせず延々と。延々と。闇を照らそうと無意味な努力をする機械のように。水に僅かな泥を入れれば泥水になる。けれど、闇に一滴の光を入れた所で何にもならない。さながら今の僕は無意味な行為を延々と続ける玩具みずのみどりのようだった。


「リロード」


 閉じたこの世界の質量を増加させる。仮想世界であれば、例え閉じた系であったとしても質量保存則とエネルギ保存則を違反できる。人類が夢にまで見た永久機関を作れるのではないだろうか。所詮、ヴァーチャルでしかないが。そんな戯言を思い浮かべられるぐらいには僕はまだ玩具ではなかった。


「ん……」


 ふいに閉じた世界に音が産み出される。


 産み出されたデジタルデータは僅かな時間と共に消失した。振り返り、その音を産み出した者に目を向ける。当然、何も見えない。だが、そこに何がいるかは分かっている。


 お手製の毛布を羽織って、壁を背にすやすやと寝息を立てているWIZARDである。暫く前に寝るわ、と一言声を掛けて寝入ってからどんなに音を立てても起きる事はなかった。


「時報はまだ、と」


 呟き、再び正面へと向き直り、階下へ向かってXM109の引き金を引く。


 12時の鐘の如き彼女の自殺願望をどれだけ聞いた事だろうか。その度に首を絞め、彼女が落ち着くまでその腕に付いたリストカットの跡を撫でる。そんな事を何度した事だろう。延々と同じ行動を繰り返す機械が時折手を休めるのはその時ぐらいだった。


 指先で彼女の綺麗な傷痕を撫でる。ソレを巧く切り落としたいと願いながら行うそれは性交にも似た快感を僕に与えてくれる。そういう意味では僕はその時間を楽しみにしていたと言っても良かった。


 何度ナイフを取り出して切り落とそうとした事だろうか。どうせこの世界では腕を切ってもHPの回復と共に元に戻るのだから、何度失敗しても良いだろう。そう考えて、ナイフを手に取る自分を、その度に抑えていた。唯一無二だからこそ意味があるのだと。目の前の宝石を屑石に代えてしまう行為は慎むべきだと。


 目の前にあるのに手に入らない、そこに悔しさに似た何かを覚えるのもまた、楽しみの一つでもあった。簡単に手に入らないからこそ手に入れたいと願うのもまた人間だろう。


 12時まで後何時間だろうか。


 その時を楽しみにしながら悪魔を殺す。


 階下、11階は吹き抜けになっていた。12階から攻撃すればその殆どの悪魔達の攻撃は僕には届かず、一方的に攻撃が可能になっていた。そんな場所を見つけてきたのはWIZARDであり、彼女が最初にここを見つけた時、延々と爆弾を投げていたらしいが、面倒になった挙句、僕を引き連れてきたというのが、僕が連れてこられた理由である。釈然とはしないが良い狩り場なのは事実だった。


 東北で倒したフロアボス程ではないが、かなりの高レベル悪魔のようで御蔭様で現在の僕のレベルは35。WIZARDは54。あがり幅は僕の方がかなり多い。とはいってもWIZARDもいくつかレベルがあがったそうである。いくつか、という曖昧な表現をした彼女が、その際に罰の悪そうな表情をしたのが少し気になる所ではあったが……。彼女の事はさておいて、僕の方は御蔭でDEXがかなりあがっている。今ならば東北のフロアボスも以前より早く倒せる事だろう。弾丸生成能力の方もレベルが一つあがって3。ビュレットと呼ばれる悪魔から得られる弾丸程ではないが、それでも程度が良くなっているのを実感できるほどだった。


 もっともそれでも一番弱い悪魔であってもXM109で20発程かかるのが珠に傷ではあるのだが……。


 適当な思考と共に悪魔を殺していれば、ふいに声が掛った。


「よくまぁ、こんな所でレべリングなんかする気になるよねぇ。どれだけ強制されても僕はやりたくないよ。それとさ。前に言わなかったっけ?シズ程度のレベルなら人殺しをした方が早いって」


「僕がライフルや拳銃で殺した死体は綺麗じゃないんでね。そういうのを自分が作っていると思うと死にたくなる」


「そんなもんかなぁ。あ、殺す気は……」


 轟音。


「いたっ!?痛いよっ!?」


 唐突に掛けられた声に振り返る事もなく適当に答えながらCz75を引き抜き、声が聞こえた方に向けて引き金を絞った。結果、声の主であるNEROが鳴いた。


「なるほど。ダメージは通るようになったのか」


 しみじみと思いながら再びXM109に装備を戻し、再び階下に向かって引き金を引く。マズルフラッシュの中に一瞬、NEROの姿が映る。相変わらず女の子然とした格好だった。


「恐ろしい事するなぁ。私じゃなかったら死んでいるよ。あとそっちのライフルじゃなくて良かったと思うよ。割と本気で。相変わらずのDEX極振りとかホント狂気の沙汰だよね」


 きっと上目遣いで頬を膨らませるというあざといポーズでもしているのだろうが、生憎とマズルフラッシュはもう既に闇に消えている。闇色に染まったこの世界では彼の姿を見る事はできない。


 一方、暗視能力か何かだろうか?彼には僕の姿が見えているのだろう。とととっと靴音を鳴らして危なげなく僕の隣へと立った。


「それで何か?」


 隣に立ったNEROに声を掛けながらも変わらずXM109で悪魔を殺し続ける。


「人の脳天ぶち抜こうとしておいてお気楽だよねぇ。ま、良いけど。でね。シズ。お願いがあるんだけれど」


 その言葉に自然と引き金を引き絞る指先が止まり、見えないのは分かっていたが彼の方を見てしまった。


「城主に出来なくて1プレイヤーに出来る事なんてあるのか?」


「あるある。報酬はFN P90を2丁」


「賜った」


 自分でも吃驚するぐらいに即答だった。彼も驚いたようで一瞬言葉に詰まったように、はっと息を吸った。正直、僕自信、自分に吃驚している。ともあれ、MP5では攻撃力に乏しくなってきたのを感じていた所なのでその提案はありがたかったのである。そんな風に言い訳をしながら次の言葉を待った。


「自分で言っておいて何だけれど、軽すぎるよね。ありがたいのは確かだけれどさ。人を信用してはいけないって教わらなかった?」


「逆ならあるが、そっちは寡聞にして耳にしたことはないな」


「信じるに値するのはNPCだけだよ。これも聞いた事ないかな」


「ないな」


「だったら覚えておくと良いよ?」


 苦笑してしまった。


「なんで笑うかなぁ?……で、お願いなんだけれど……NPCを1人探して欲しい」


「それこそ城主権限でNPCに探させれば良いんじゃないのか?」


「個人的なお願いをNPCに頼むのは僕の主義じゃないんだよ」


「その気持ちは理解できないが、君の大事な大事なNPCを僕みたいな信用できない人間に探させて良いのか?」


人間プレイヤー……ねぇ。君ほど人間らしくないプレイヤーもいないと思うけど。あぁ、ここは何の冗談なの?と聞くべき所だったのかな?ごめんね。……まぁ、ともかく、前にも言ったけれど、君は僕に似ているから大丈夫だよ。ま、裏切られたら裏切られたなりだしね。そんなものだと思って殺しに行くだけだ。その時には刀でその首切ってあげるよ」


 相変わらず怖い人間プレイヤーである。根っからの殺戮者。人間を虫けらか何かのように思っている殺人鬼。彼にとって殺人とは蟲退治みたいなもので、いわゆる『殺人ひとごろし』というカテゴリには属さないのかもしれないな、と思う。とはいえ、そんな相手だからこそ、今この瞬間の会話も堪能できるというものだった。


「似ているとは思わないけどな」


「そうかな?絶対似ていると思うんだけどねぇ。ま、なんにせよ、NPCを1人探して連れて来て欲しい。ちなみに、傷一つでも付けたりしたら僕何しでかすか分からなくなるから要注意ね」


「そんなに大事なら自分で探しに行けば良いだろうに」


「それがねぇ。東北やら北海道やら九州地方の人達が動き始めているみたいで僕としてもちょっと警戒中なんだよ。負ける気はないんだけれど……それにNPCを傭兵みたいに使っているという噂も耳にしてね。それが本当なら急いで殺してあげないとねぇ」


 NPCにプレイヤー殺害許可を出している奴の台詞ではないな、と思ったが、彼の中では何某かの論理が成り立っているのだろう。


「NEROといえど何でも知っているわけではないんだな」


「そりゃそうでしょう。僕は神様かれではないんだから。精々、一国の主だよ」


「この列島全てをNPCで埋め尽くしてそこの王になる、と」


「そそ。そんな国にしたいんだよねぇ。あぁ、勿論その内シズにも死んでもらうからね。覚悟しておいてね!あぁでもNPCを大事にしてくれるなら少しは便宜を図っても良いよ?」


「大事にするかは別だが、僕自身はNPCの死体に興味はない」


「相変わらず微妙な返答だねぇ。ま、好んで殺さないなら良いよ。そこで寝ているWIZARDみたいに。……にしてもWIZARDはなんかぐっすり寝ているねぇ。僕の気配を感じたら目を覚まして攻撃してくるとか期待していたんだけれど」


「いつもこんなものだが……」


「ふぅん。三日三晩戦い続けても疲れも眠気もみせずにNPCを殺し続けていたノンスリーピングビューティがかい?愛されているねぇ、シズは。いや、単にWIZARDがシズに依存しているだけなのかな?……でも気を付ける事だよ。人間なんて信用ならないから」


 ノンスリーピング……相変わらずこの男にネーミングセンスはないようだった。そも英語として正しいのかも怪しい。


「生憎と妹だけは信用している」


「シスコン?」


「いや。仲が良いのは確かだが」


「へぇ……こんなのが血を分けた兄っていうのは可哀そうだよね。僕なら自殺するね。間違いなく」


「確かに。……ところでNERO。君は現実世界に帰りたいとは思わないのか?聞いている限りだと残る気みたいだが」


「だねぇ。全員殺した後が楽しみで仕方ないよ。その時こそが僕の理想の王国の完成さ」


 人形の園。


 それを理想と称するこの人間はどこかおかしいのだろう。それも当然か。おかしいからこそ人間を虫けらか何かと同列に扱っているのだろう。


「それで探して欲しいNPCというのはどこの誰なんだ?」


 名前を見ればすぐにわかりそうなものだが。アリスとか。


「さぁ?今の彼女の名前は分からないけれど……そうだね。テンションがかなり高くて、人懐っこく、それでいて面倒見が良い感じかな?他のNPCより人間らしいと言えば良いかな?人間じゃないけれど」


 丁度、アリスの事を考えていたからだろう。一瞬呆然としてしまった。


 どう聞いてもアリスっぽかった。最後の面倒見の良さというのには少し違和感を覚えたものの、毎日スカベンジャー相手に食糧を与えている姿を思えば、面倒見が良いと言っても良いかもしれない。


「とりあえず、女のNPCと。そんな感じのNPCがいたら連れて来るよ。それで良いのか?期限は?」


「うん。お願いするね。期限は特に決めてないけど……彼女が怪我していたり、死んでいたりしたら、僕はそっこーで列島をNPCで埋め尽くすからそれまでにね。シズも望んで死にたくはないでしょう?……じゃ、愛の巣に長居するのも不躾だしそろそろ帰るね」


 そう言ってNEROは立ち去った。来た時と同じく音も無く、気配も無く。


 NEROにアリスの名前を告げなかったのは違和感があったからでしかない。


 『今の』という言葉とその直前に発した『全員殺した後が楽しみ』という言葉。そこに違和感を覚えた。それはつまり、彼にとっては『前』があるという事であり、そして、彼は『全員殺した後』が世界の終焉ではないと考えているという事……そしてそれが事実であると『知っている』という意味でもある。


「やはりαがあったのか?」


 そうなのだろうか。


 その生き残りがNEROだというのだろうか?


 そして『彼』と契約でもしているのだろうか?自分が生き残った場合には現実へと帰還させずにこの世界にそのまま居られるように、と。あるいは誰が勝利したとしても還る事が出来ないという事だろうか?


 これもまた考えた所で答えが分かるわけではない。今は分からないが、いずれ分かるように思う。


「……さて、WIZARD。勝手で申し訳ないがここで一旦お別れだ」


「ん……すぅ……すぅ」


 答える声はなく、WIZARDの寝息だけが小さく聞こえていた。


 ただ、そう。折角だから12時まではこの場にいるとしよう。


 しばらく彼女の狂った姿を見られないのだから。


 しばらく彼女の綺麗な傷痕に触れられないのだから。


 




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