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『ギルド LAST JUDGEMENT が 東北 の城主となりました。以後、 東北 はギルドの設定した法令に従い運営されます』
『東北 制定法令: NERO、WIZARD、DEMON LORD、SCYTHE、は東北ターミナル利用不可』
白い空間で仰向けに倒れながら、そんな設定をしました。次の瞬間、
『ギルド ROUND TABLE が 九州 の城主となりました。以後、 九州 はギルドの設定した法令に従い運営されます』
『九州 制定法令: NERO、WIZARD、DEMON LORD、SCYTHE、SISTERは九州ターミナル利用不可』
『 アキラ が 北海道 の城主となりました。以後、 北海道 は城主の設定した法令に従い運営されます』
『北海道 制定法令: NERO、WIZARD、SCYTHE、SISTERは北海道ターミナル利用不可』
そんなテロップが視界を埋め尽しました。
「タイミングが良過ぎですね」
「ほんとにね」
隣でやっぱり仰向けに倒れて大きく息を吐いているキョウコが言いました。
幸いにしてキョウコはそこに名を連ねていませんでした。つい先日、DEMON LORDがカウントを増やした所為でランキングから姿を消したからだと思います。
それから少しして、嫌がらせの様にNEROがWIZARDのターミナル利用を不可にした法令の再通達が届きました。少し笑ってしまいました。でも、逆に言えば、NEROは、WIZARD以外なら誰が来ても倒せる自信があるという事なのでしょう。どんな人物かは分かりませんが、相当の自信家なのでしょう。そう思いました。
「それにしても、助かったわねぇ。NPCがいて」
「もういませんけれどね」
壁となってくれていたNPCは全滅。この白い巨大な空間に点々とその死体が転がっています。人の形をした人の言葉を話すNPCが死んでいる事に何の違和感も何の忌諱感も沸いていません。幾らコミュニケーションを取れたからといっても彼らは人ではありません。ですから、気に病む事はありません。そもそも、傭兵なんてそんなものですから。両親がしきりにそう言っていた事を思い出しました。
金の為に人を殺す事を選んだ人間に同情する必要なんてない。それこそ同情するなら金をくれだ、と遠い昔にあったドラマの台詞混じりに言っていました。実際、両親がこの世界に来ていたらそんな風に言った事でしょう。その娘である私もまた、そう思うのですから。
「さて、言い訳どうしようか」
言い様、よいしょ、とキョウコが立ち上がり、アロンダイトを片手に鎧……死体になっている城主を解体していきます。一枚鎧を剥がせばそこには大量のムカデがいました。互いに絡み合って死んでいます。気色悪い事この上ありません。キョウコは気にならないのでしょうか。
「手伝う?」
「良いよ。イクスは言い訳考えておいてよ」
「面倒な事ばっかり私にさせるんだから」
城を落すという事はギルド内でも同意が得られているのですけれど、どうやってとかいつとかいう話はしていませんでした。今回の行動は私たちの独断専行です。
「人殺しを追っていたら、城に入ったけれどそのまま逃げられなかったからがんばって倒したとかでどうかな」
「イクスは嘘を吐くの下手よね」
言われてしまいました。確かにそんな風に言われても信じられるわけがありません。自分も騙せない嘘ですし。
「お……なんか出てきたわよ、イクス」
「何ですか?」
怪我の調子も良くなってきて、ようやく立ち上がれるようになったので、周囲に散らばった武器を拾って仮想ストレージに仕舞い込み、キョウコに近づけばキョウコが紙を1枚ひらひらと持っていました。
「設計図だってさ……ま、ランクがBなのが何ともだけれどね」
「ランクBかぁ……そういえば、城主権限で何か色々と作れるみたい。武器とか、お風呂とか」
「お風呂良いわね。日本家屋だし是非檜風呂でお願い。あぁ、露天でも良いわね……まぁそれはそれとして、だったら紙ゴミにしかならないわね。というか、もしかして、ツインタワーのアレの方が強かったってこと?」
「折角だし作ろうよ。ツインタワーの奴に関しては……さぁ?としかいえないかな」
「よね」
分かるわけがありません。フロアボスがリポップするなら試す機会もあるでしょうけれど、試したくはありません。あるいはどうしても試す必要がある場合は、例の男キャラがやっていたように遠距離から射殺した方が被害は少なくて良いと思います。
「さて、じゃもう少し解体したら帰りましょう。貴女の拙い嘘で皆を騙すとしましょう。正義を騙りにいきましょう」
「謳いながらですね」
「何よ、イクス。悲しいの?だったら抱きしめてあげるけれど。……生憎とこいつの体液でお互いべとべとだけど」
「……違います」
ぷいっと顔を逸らします。キョウコが言った台詞なのに。
そして再びキョウコが解体を続けていれば自然と元の空間に戻されました。設計図を手に入れたのでもう用はないよねという事でしょうか。
静かで綺麗な日本庭園を有する日本家屋。
その家屋を、折角自分達の物になったその場所を早々に汚すのも憚られ、2人して庭の水で顔や髪、服を洗いにいこうという事になりました。
「お風呂真っ先に作りましょう」
ベレー帽を脱ぎ、上半身を覆うラバー製の服を脱ぎ、下着姿になってキョウコがそういいます。わりと野暮ったいスポーツ系のブラがキョウコの体に良くお似合いでした。ちなみに、キョウコは意外とおもちのようです。私は筋肉質なのであまりおもちではありません。
「お金が足りません。NPC雇った分ですっからかんです。こっちの言い訳もしないとですね」
キョウコに合わせるようにシスター服を脱ぎます。ワンピース型なので脱いだら下着姿です。少し気恥かしいです。自分の家になったとはいえ、庭で下着姿になるのはやっぱり現代日本人として恥ずかしいです。……まぁ、ハーフですけれど。
「格好良い体つきしているわね、イクス」
「キョウコこそ綺麗ですね」
下着を濡らすわけにもいかず全部外して池の水---一応言っておきますとかなりの透明度ですので安心です―――に2人して入りました。
髪についた体液を流し、服についた液体を流します。何だか川で洗濯しているおばあちゃんの気分です。桃でも流れて来そうでした。
「裸の付き合いね」
「ですね」
「裸だから言うけれど」
「ハァ?」
「私、貴女の事好きよ」
「どうも?」
「やっぱり私の恋人にならない?」
「やっぱりそっちの人でしたか……」
ぞぞぞっと身が震えて自然とキョウコから距離を置いてしまいました。そんな私にずずっとキョウコが迫って来て、池の端っこまで追い詰められました。
「貴女相手ならそっちでも良いかなと思えてきたのよね、最近」
「……えっと、その」
冗談ではなさそうでした。目がかなり真剣です。じっと見つめられます。ちょっとドキドキしてしまいました。が、そんな私の感情の推移を分かっていたかのように、
「安心して。3割冗談よ」
一転。キョウコがくすくすと笑い始めました。
「前より2割減っている気がします」
「良く覚えているわね。その内0割冗談になるかもしれないわね」
「元いじめっ子が何を言っているのでしょう」
「そういえばそうね。過去の罪は消えないのよね。昔の自分にあったら殴りたいわね。貴女みたいな可愛い子を虐めていたなんて最低よね私。ほんと―――ごめんなさい」
「あ、いえ。そういうつもりで言ったわけでは」
「それでも、ね」
寂しげに笑う姿が、とても綺麗だと思いました。
月のようだと思いました。
もう見る事のできない夜に浮かぶ月のようだと思いました。
「あの。裸だから言いますけれど」
「なに?」
「今のキョウコの事は、私、嫌いじゃありませんよ?どちらかというと好きです。ライクですけれど」
「それは……ありがとう。ラブになってくれるとさらにありがとうだけれど」
「混ぜっ返すんですから……それで、一つ聞きたいのです」
「勿体ぶらずにどうぞ」
「なんで、私と一緒に堕ちて行く事を良しとできたんですか?」
「さぁ?ライクがラブに変わってくれたら答えるとするわ。ヒントだけはあげても良いけれど」
「変わる事はなさそうですし、ヒント下さい」
あら残念、とばかりに肩を竦めてキョウコが言いました。
「実は私、ネージュの事そこまで好きではないのよ」
と。
「10割冗談ですか?」
「0割よ。雪奈の所為で諦めたという意味ではないわよ。最初からよ」
「私の事恋敵とか言っていませんでしたっけ?」
「そんな事言ったっけ?だったらそっちが7割ぐらいね」
「その残り3割であんなに妬まれていた私って何なんですかね」
「狙った獲物が別の奴に喰われそうになっていたら、妬ましくもなるでしょう?」
「キョウコの言っている事の意味が良く分かりません……」
「残念。ヒントはここまでよ」
「酷いです」
だったら、どういう事なのでしょう。今は気軽に言っていますけれど、現実世界ではかなり妬まれていたようにも思いますし、ネージュ君の事がなければ私と一緒に堕ちて行く必要も無かったように思いますけれど。
「キョウコの幸せって……何かな」
ふいに、思いました。ネージュ君の幸せが彼女の幸せではないのだとしたら、彼女は一体、何が幸せなのでしょう。
キョウコにとっての幸せとは何なのでしょう。今、この世界を生きる事はキョウコにとって苦痛でしかないのでしょうか。いつか誰かが救ってくれると願いながらこの世界を生きることは、彼女にとって苦痛な日々なのでしょうか。
「イクスと一緒にどこまでも堕ちて行く事ね。ちなみにこれも0割」
「……なんで?」
「貴女がとっても健気で可愛らしいから私が惚れたとかでいいんじゃない?」
「私、女ですけれど」
「私も女よ」
「おかしくないですか?」
「この世界の方がおかしいわね。それに比べれば些細な事よ。こんな事ならキャラ作る時男にしておけば良かったかしらね?」
くすくすと笑みを浮かべるキョウコ。
どこまでが本音で、どこからが嘘か分からなくなって来ました。
「ま、安心しなさい。3割は冗談だから」
「0に3をかけても0ですけれど」
「あら、確かにそうね。頭良いわね、イクス」
新たに私達の城となったこの場で、私達は戯言のような時間を過ごしました。
そして、2人してさっぱりしてからギルドアジトに帰ったら、案の定、皆に色々言われました。もっとも、称賛の声ばかりだったのですけれども。
御蔭で嘘を吐かなくてよくなりました。
ネージュ君には散々苦言を呈されましたけれども……




