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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第五話 廃墟に謳う
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08



 幸せの形なんて人それぞれで、例えばお金がある事が幸せだと言う人もいます。子供が居る事が幸せだという人もいます。人それぞれです。私にとっての幸せは何でしょうか。


 ネージュ君が生きている事が幸せなのでしょうか。


 好きな人が生きている事はとても幸せな事なのだと思います。


「じゃあ、行こうかキョウコ」


「折角だから、地獄までついて行くわよ」


 何が折角なのかさっぱり分かりませんけれど、そう言ってくれたキョウコの幸せは何なのでしょうか。やっぱりネージュ君が生きている事でしょうか。最近のキョウコの行動を見ていると何か違うように思えてきます。


 気の所為かも知れませんけれど。


 そんな事を考えている間に、NPC達の攻撃によって城の扉が砕けました。


 折角の日本家屋が台無しですが、致し方ありません。


 扉を抜ければそこには広大な庭がありました。石と苔と木で彩られた庭でした。廃墟や手入れのされていない自然が覆い尽くした森ばかり見ていた所為で一瞬見惚れてしまいました。綺麗だと素直に思えます。


 しっかりとデザインされているこれは、


「枯山水というのでしたか?」


「違うわよ。気が抜けるわね」


 キョウコ曰く、枯山水というのは水を使わずに水の流れを表現する庭園様式だそうです。確かにこの庭園とは全然違います。


 改めて庭を見渡しながら、レイジングブルの引き金を引きました。


 轟音とマズルフラッシュ。そして、腕を持ち上げるほどの反動が私を襲います。


「ま、無粋よね」


 続いてキョウコが腰の後ろに差していたアロンダイトとシルバーソードを手に走り出しました。なんだかとっても格好良いです。


 庭園を埋めるのはなにも石や木、苔や池だけではありません。和風な悪魔がそこかしこにいました。猿、馬、蜘蛛、ナメクジ、蛇、火車、紙、髪、石像などなど。日本昔話にでも登場していそうな化物染みた存在です。それらが私達を襲ってきます。


 折角綺麗だった庭を汚しながら、襲ってきます。


 ですが、私達だって数を集めています。私とキョウコ、そしてNPC。総勢17名。


 それでもって相対します。


「イクス。銃は温存!」


 人の背丈程ある巨大なナメクジの体から沸いた触手をアロンダイトで斬り伏せ、緑色の気色悪い液体を頭から被りながら、キョウコが叫びます。


「了解」


 短く答え、腰のホルダーにレイジングブルを片付け、仮想ストレージから銃剣---の剣部分だけ―――を取り出し、両手に装備しました。それを持ってキョウコに続きます。


 右から来る髪の束……といえば良いのでしょうか。髪の束に目がついたそれの目玉を狙って銃剣を差し込みました。ぷしゃっという軽い音と共に青い血が飛び散り、顔に掛りました。それを拭う事なく、銃剣を引き抜き、今度はその髪の束を切り刻むようにその場で回転しながらしゃがみこみます。


 背を向ける事に恐怖はありません。続くNPC達がソレに向かって攻撃をしかけてくれますので。


 四方から槍がその髪の束に突き刺さり、奇妙な断末魔をあげながら髪が崩れ落ちます。その姿もまた奇妙でしたが、それを気にしている暇はありません。次々と襲ってきます。


 次いで近づいて来たのは火を灯した車輪です。かなり早い速度で迫ってきましたが、しかし、直線であるならば避けるのも容易いです。直前まで引きつけてから、それを避け、車輪の中心にあった人の顔の部分に銃剣を突き刺します。生憎とSTRが低いので一撃で死ぬ事はありません。ですが、動きを止めた相手にNPC達がわらわらと攻撃をしかけてくれます。NPCの選択基準としてはVIT優先ではありましたけれど、STRも私よりはあるのでしょう。皆が槍を持ってがしがしと車輪を叩いて壊してくれました。


「キョウコ!」


「大丈夫に決まっているわ」


 振り向けば、キョウコが巨大ナメクジを1人で倒した所でした。全身緑塗れでした。それをラバーに囲まれた腕で拭います。髪に掛ったのは諦めたようで、その場で髪ごと切り落としました。


「勿体ない」


「命の方が高いのよ」


 どろどろに汚れた髪で動きまわるのは確かに良くはないのでしょうけれど。長く黒い髪はとても綺麗でキョウコに似合っていたのに。


 御蔭で私達2人ともショートカットになりました。私はショートボブといった感じですけれど。耳に掛る部分だけちょっと長くしているのがチャームポイントのつもりです。あくまでつもりなだけですけれど。


「じゃ、残りをやってさっさと先に進みましょう」


「了解」


 頷き。NPC達に声を掛けます。キョウコの方に8人。私の方に7人。キョウコは左側、私は右側。城に入る前に城の外観を周っていますので、円形である事は分かっています。でしたら、反対側で合流する事でしょう。


 2人、対面して頷き、次いで互いに後ろを向いてスタートです。


「私の方が先に反対側についたら今日の夕食担当はイクスね」


「……私が勝ったらアイス奢って下さい」


「欲が無いわね」


「キョウコこそ」


 背を向けたままそんな戯言を言って移動し始めます。


 とても綺麗で素敵な庭を悪魔達の血で汚しながら進んで行きます。


 なんて冒涜的な行為なのだろう。なんて、そんな事を思いました。


 けれど、冒涜と言うのならば既に何人も人を殺しているのです。今更です。今更、私達が何に懺悔すれば良いというのでしょう。


 悪魔でしょうか。


 いいえ、悪魔もまた殺しているのですからそれも意味がありません。


「幸せという概念に祈るというのはどうでしょう」


 なんだか意味不明な事を思いました。


 幸せの形は人それぞれです。


 私にとってこんな冒涜的な行為は幸せになるための一歩なのです。


 誰が何と言おうと。私にとってこれは幸せな事なのです。


 キョウコと2人で堕ちる地獄は私にとっての幸せなのです。


「――――――」


 ふいに、世界に歌が響きました。


 一瞬、どこから?と疑問に思いましたが、どうやらその音は、私の口から出てきたようでした。



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