06
キルカウントに変動はないとのことでした。
だとするならば、犯人は何人かに絞られます。WIZARD、NEROかSCYTHE。
カウント数でいえばSCYTHEという人は違うのがすぐにわかりました。細かい数字までは私達も把握していませんでしたけれど、爆弾で殺したとなれば、WIZARDだというのが私達の判断でした。
そして、コンビニのNPCから話を聞けました。
フロアボスの事を聞いている人がいたとのことでした。
「WIZARD相手に勝てると思う?」
「無理だと思うけれど」
いくら私達のレベルがあがったとしても災害のような存在に勝てるわけもないと思います。ランキング3位と5位―――SCYTHEが少しあがってキョウコは5位に落ちて居ました―――であっても無理なものは無理でしょう。
それから数日はギルド内でも議論が白熱しました。人を殺した者には審判を、というのが私たちの方針です。ですから、例え無理でも交戦は必要とか……現実が見えていないように思いました。加えて言えば、私達2人がどうにかしてくれるという責任転嫁でもあったのでしょう。自分達で作って来たギルドではありましたが、その所為で少し身動きがとり辛くなったのも確かだと思います。
致し方ないといえば良いのでしょうか。
結局、フロアボスの所に行く事になりました。
そこにWIZARDが居ればそれを打倒する。自殺行為であると何度も言いましたけれど、だったら、今まで殺してきた人達とWIZARDの違いは何だと言われると困りました。敵わない相手ならば殺しを許容するのは正義としてどうなのだと言われると困りました。
勿論、私もキョウコも乗り気ではありません。
「死ぬかもしれないわね」
「死ぬかもしれませんね」
ビルへ向かう道すがら、小声でキョウコと話をしました。
「悪い事はできないという事かしらね」
「どうでしょう」
報いというのでしょうか。
例え人殺しだとしても、それを殺す事を是としたのは私達です。やはり、人を殺すことはいけないのでしょうか。法律の無いこの世界では殺す事は悪ではありません。悲しみを産みだす事はあるかもしれませんが、裁かれる行為ではありません。寧ろこの世界では推奨される行動です。ですが、私達は現実の世界に生きてきた人間です。世界が変わったからといってそう簡単に変わるものではありません。あの世界で駄目だと信じられてきた事を信じなくなるのは難しいです。例え、私の様な、金の為に人を殺してきた傭兵の娘であったとしても、そう思います。
正義のため。
それでもやはり人を殺す事は報いを受けるべき事なのでしょう。
少なくとも、私達2人以外は生きて逃げられるようにがんばろうと思います。
辿りついたツインタワー。
死地に向かう気分で昇って行きます。
壊れた建物の中を慎重に。出現した悪魔達を倒しながら。ゆっくりと昇って行きます。慎重に、慎重に。
「イクス……さん」
ビルの半分ぐらいまで昇った頃でしょうか。ネージュ君が声を掛けて来ました。
「逃げても良いと思う。例え今は敵わなくても、イクスさんならいつか……」
言い辛そうに彼はそう言いました。
そんな彼の表情や言葉に私は珍しく苛立ちを覚えました。彼がそんな事を言うとは思ってもみなかったのです。
「本心でそう言っているのでしたら、ネージュ君は今ここで死んだ方が良いです」
だから、そう言いました。
「ちょっとイクス!なんてこと言うのよ」
言った瞬間、ネージュ君の隣にいた雪奈が吠えました。番犬のようで少し面白かったです。
「雪奈。『私ならばいつか』なんて事をネージュ君が言う様になったのは貴女の所為ですか?」
ネージュ君が他者の死を望む姿を見たくなんてありません。例えそれがWIZARDであったとしても。
彼にはずっと、正義を信じて欲しいと思います。人を殺さずに済む方法を考えていてほしいと思っています。彼が色々と調べているのは知っています。結果が出ていないのも当然知っています。ですが、諦めて欲しくはありません。誰もが人を殺さず、誰もが成長をせず、安穏と現実の世界のように過ごす事を願うならばまだしも、私ならばいつかWIZARDを倒す事ができるだろうなんて……殺す事を願われるのはとても癪です。
「確かに私とキョウコは地獄に落ちるでしょう。だからこそ、貴方達は正義だけを見ていて下さい。誰もが争わない世界を目指して進んで下さい。誰も彼もが何も殺さなくても済む世界を。そうでないのならば……今、死んだ方が良いです。その思考が到達する先は分かりきっています。いずれ、それこそWIZARDやNEROのように殺す事を願うようになります。私は皆にそうなって欲しくはありません。ですから、貴方達が正義を成せるように私達はこの塔を昇っているのです」
この自殺行為を正義と称すならば、それを成そう。
そして、ネージュ君が再び希望を持って生きていけるのならばそれを是としよう。
「雪奈。それとネージュ。黙ってついてくるか、黙って帰りなさい。私達が死んだ時、それでも正義を謳うならば尚更よ。次は貴方達が皆を率いる番なのだから」
「キョウコ。何が言いたいのよ」
「私達はずっと殺し続ける事になるわ。でもね、雪奈、ネージュ。いいえ、他の皆もそうよ。貴方達は殺さずにいなさい。だから、二度と言わない事ね。貴方達はただただゲームを楽しんでいるとでも思っていなさい。余計な事は全て私達が担うわ」
「イクスさん……キョウコさん……どうして君たちがそんな事をしないと駄目なんだよ」
悔しそうに。ネージュ君がそう言いました。
今更、そんな事聞かれるまでもありません。だから、こう答えます。
「皆が誰も殺さず、笑って現実に帰るためです」
嘘を吐きました。
そんな高尚な事を思ってはいません。ネージュ君が希望を持って幸せに生きていればそれで良いと思います。キョウコもきっとそうです。
「さて。作戦会議というわけでもないけれど……少し伝えておくわ」
これで話は終わったとばかりにキョウコが話を逸らしました。それで良いと思います。私達はスケープゴートであり続ければ良いのです。『それでも僕は殺さない』そう願った人達にそれを成させるために。彼らが人であり続けるために。
「WIZARD相手に何ができるとも思わないけれどね。私達2人が駄目だと判断したら、貴方達は逃げなさい。再起の時に備えなさい」
「それは……」
「黙れ、ネージュ。貴方が口を挟んで良い事ではないわ。私達は正義を成す。それは構わない。けれど、無駄に死ぬ必要がないのは確かよね?」
そう言って、その場にいた全員にキョウコが問い掛けます。誰だって死にたくはありません。正義という名の強迫観念に引き摺られてここまで来たのでしょうけれど、ここまでくれば、いいえ、WIZARDと対面すれば免罪符は出来ます。正義を成すためには力が必要である事を理解すればそれで良いのです。もっとも、その力は人を殺してこそ手に入れられるものだと言うのが問題なのですけれど……私達が死んだらどうなってしまうのでしょうか。少し、不安になってきました。
言うなれば、ここにいる人達はこの世界のルールから逃れようとしている人達です。逃げようと、甘えようとした人達が次に求めるものはきっと……
そういう意味では私達も死ねませんが……WIZARDが敵対した私達を見逃してくれるとは思えません。
「さぁ、行きましょう」
キョウコの声と共に階段を昇ります。
先頭は暗視が出来る私。最後尾にキョウコ。その間に20近い人達。子供や大人、男女の別なく私についてきています。各々、皆思い思いの表情でついてきています。その場に残った者は居ませんでした。帰る者もいませんでした。皆、1人で居るのが怖いのでしょう。怖いと思います。倍以上居た仲間が半分以下になったのですから。1人で待つよりも殺人鬼のいる場所だとしても1人は嫌だったのでしょう。
勿論、中にはそういう理由ではない人もいると思います。特に、容姿だけで言えば30代前半と言った所でしょうか。現実とは違う格好をしているのかもしれませんが、言動から察するにそれぐらいの人だと思います。
今回、WIZARDの下へ……フロアボスの下へ行こうという意見を出した人はこの人でした。正義を謳っているのだから云々。割と最初期からいる人ですから、その意見は必然強くなっていました。人が減ったのもそれに拍車をかけたのだと思います。
私達が死んだ後、心配なのはこの人の事もあります。
ネージュ君や雪奈は大丈夫でしょうか。
やっぱり、死ぬわけにはいかないように思いました。
そんな事を考えながらビルを昇り、前に一度来たフロアボスの間に辿りつきました。
入った瞬間、目を疑いました。
WIZARDが居たからではありません。寧ろあの灰色の髪を持った人はいませんでした。しかし、その事にほっと一安心する間も無く、その惨状というべきものに目を疑い、目を奪われました。
割れた窓、散らばったガラス、抉られたコンクリートの地面に壁。そして、あちらこちらに転がった重火器はその殆どが壊れていました。壊れているソレを見て、一瞬で分かりました。いなくなったギルドの人達はここで死んだのだと。自分が分類して分け与えた武器を忘れるはずもありません。
しゃがみ、足元に転がっているグロックを手に取ります。同年代の男の子に渡した物でした。銃身が歪んで二度と使えなくなっていました。
けれど、目を奪われた理由はそれでもありません。
壁にこびり付いた血の匂い。
それを作り出した獣の……
巨大な死体がありました。
首が二つある悪魔が血まみれになって、体中に穴を開けて死んでいました。
「何が……あったんだ」
30代の例の男性が呆然と口にしました。
その人の言葉を耳にしながら、レイジングブルを胸元に構えていつでも攻撃できるスタイルを取って私が先行しました。
反応はありませんでした。
様子を伺う私を、キョウコが追い越し、巨大な悪魔の下へと行き、剣で死体をつつきました。
「死んでいるわね……物の見事に。誰が殺したのよこんな化物」
不思議そうにそんな事を言われ、思い出します。
相対しただけで逃げ帰ったのを覚えています。あれに挑む勇気もなければ力もありませんでした。今のレベルだって難しいと思います。そんなのが死んでいるのです。キョウコだけではなく私も不思議でした。
「WIZARDもいないし、フロアボスは死んでいるし。無駄足だったわね。ま、誰が殺したかは知らないけれど、お土産があるのは良い事よね」
言いながら、キョウコや他の人達が悪魔を解体していきました。
そして、腹の中から一枚の紙を手に入れました。
『設計図 剣 ランクA』
という名が書かれた紙でした。
場もわきまえず、皆が喜びました。本当に嬉しそうでした。それを手にキョウコが嬉しそうに私にそれを渡してくれました。
「作ったらキョウコが装備してね」
「ありがと」
そう言って微笑むキョウコの笑みを……私は暫く見ていたいと思いました。彼女も緊張していたのでしょう。心から素直に笑っていた様に思います。いましばし、それを見ていたいと思いました。
思いましたが、そういう願いは残念ながら叶いません。
「っあ…が」
突然、頭を巨大な鈍器で殴られたような衝撃を受けました。
「イクス!」
「イクスさんっ!?」
目の前がフラッシュし、一瞬、意識が飛んだかのようにさえ感じました。が、倒れることなくすんでの所でふんばります。
踏ん張れました。
すぐさまHPバーを確認すれば5%程HPが削れていました。この攻撃を後20回受ければ死ぬという事になります。恐ろしい話です。ですが、それはHP回復せずにという話でもあります。皆がいる状況では大したダメージではありません。
だから、『大丈夫です。』と周りの皆に伝えながら、撃たれた方向を……窓に近づき、その外に目を向けます。
そして。
今度もまた、目を疑いました。
対面のビル。
私達が良くレべリングをしていたそこに……プレイヤーが2人いました。
自然、頬が引き攣ります。
灰色の髪を持つ女が腰に手を当てて憤慨していました。WIZARDでした。
「は、灰被り……」
私の横で同じ様に対面のビルを見た少年や少女達が次々に口にします。恐怖が伝搬していきます。やっぱり、WIZARDと対面する事は恐ろしいのでしょう。100m以上離れていたとしても恐怖は伝わるのです。このゲームの最初のアレを見た人ならば誰もがそう思うでしょう。
ですが、それはどうでも良いです。
もう一人。
遠くて良く分かりませんが、おそらくペイロードライフル。それを両手に抱え、こちらを見ていました。
ぞくり、と背筋に冷や汗が……掻くはずのない冷や汗が流れたような錯覚を感じました。
「全員、すぐに逃げるよ」
想像力は欠如していたかもしれませんが、実際に対面すれば恐怖が増すのでしょう。誰も否やを言いませんでした。私が思っている事とは違いますけれど。しかし、それはそれで都合が良いのです。あんなものを延々と直視していればどうにかなりそうですので。
「イクス?……顔色悪過ぎるわよ。やっぱりWIZARDは……」
「そんなのどうでも良いです」
ギルドメンバーを急かしつつ、自らも駆けながら、ビルを降りて行きます。
理念など無視してギルド全員で最初から大人しく別の土地にでも逃げた方が良かったと思いました。こんな所になんて来なければ良かったと本気で思いました。
「隣に居た奴はアレよね。弾丸拾っていた奴よね」
「えぇ。その通りです。……キョウコには分かりませんでしたか?」
「生憎と」
だったら良かったと思えました。そして同時にだったら伝わらないと思いました。けれど、伝わらない方が良いとも思います。あんなのに関っていては命がいくつあっても足りません。自殺禁止ルールのありがたさを思い知った様に思います。
「WIZARDなんかよりも私はアレの方が怖いです」
「いくらライフル所持だからって」
ライフルの攻撃力の高さ、遠距離攻撃の優位さ。それはキョウコも分かっています。だからといって、弾丸には限りがあります。1発で5%ほどHPが持って行かれたからと言って、それだけで殺すのは難しい話です。本来ならば。
「キョウコにも分かるように分かり易く言うと、あれがフロアボスを殺したんです。キルカウントランキングに名前も載っていないプレイヤーが1人で殺し尽したんです。私達が逃げたアレを遠距離から撃ち殺したんです」
「いくら遠距離だからって……」
私の言葉にキョウコは、彼がどれだけの数の弾丸を持っているのか?なんてそんな疑問を浮かべたかもしれません。ですが、きっと無限なのでしょう。
「WIZARDと同じく生成能力持ちだと思います」
キョウコが黙りました。
そして、2人して無言で走り抜けます。
ですが、本当のところをいえば、そんな事はアレを構成する一つでしかないのです。
アレの一番怖い所は、そこにいるだけで死を感じさせることです。
心が死んでしまいそうになる事です。
最初に見た時にも思いましたが、今はその時以上に恐怖を感じました。
私達が人を殺す事に慣れてきたように。
アレもまた、この世界に慣れてきたのでしょう。
あれだけは、早く殺さないといけません。
例え、人殺しではないとしても……殺してしまわなければなりません。
ですが、私にアレが殺せるでしょうか。
アレを殺してしまえるでしょうか。
不安です。
心配です。
でも、以前と違い、私は1人ではありません。
「キョウコ」
「何よ、神妙な顔して……そろそろ抜けるわね。どこに向かう?」
「とりあえず、公園に向かいましょう。アレらの目的は私達じゃないみたいですし、離れられれば追ってこないと思います」
「了解。そう伝えるわ。で、何?」
「……手伝って下さいね」
「何をとは聞かないけれど、了解よ。どこへなりと堕ちて行きましょう。それが必要な事ならば……ね」
「ありがとう。キョウコ」
苦笑を浮かべ、手を振って息を吐いている他のメンバーの下へと向かい、それらに声を掛けて私達は移動します。
公園へと。
レべリングのために悪魔を殺し過ぎて安全地帯になった場所へと。
「次は……殺します」
そのためにはまず、城主になる必要があると思いました。
NPCから少しは聞いていますが、実際、どれぐらいの特権が得られるかは分かりません。
ですが、その必要性を感じました。
アレを殺すために。
けれど、それは、正義という免罪符抜きに、私が他人の死を望んだと言う事に他ならなかったのです。




