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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第五話 廃墟に謳う
36/116

04



 その日の夜。


 いつものように部屋で銃の整理をしていた時です。バタンと乱暴に部屋の扉が開きました。誰が来たかは分かっていたので、振り向く事なく作業を続けます。


「なんであんな事をしたんだ。---さん」


 久しぶりに呼ばれた私の本当の名前を聞きながら、それでも私は手を止めず、武器や防具の振り分けをしていました。


「---さん!こっち向いて」


 再度そう言われて、嫌だなぁという想いと共に振り返れば案の定怒った顔をしたネージュ君がいました。


 そんな彼に向かってため息一つしてから私は言葉を紡ぎます。キョウコと相談して元々用意していた言葉です。


「必要だったからやったんだよ。ネージュ君が望む未来を叶えるためにはどうしても必要だったんだ。そもそもだよ、ネージュ君。貴方は人殺しを野放しにできるの?感情だけで人を殺してしまう人を傍に置いておけるの?弾薬庫で火遊びする人を傍にはおいておけないじゃない」


「だからって殺すことは……」


「同じだよ。放逐したって、どうせ死んでいたよ。私が手を下さなくても、彼は死んでいたんだよ。だったら、同じ事だよ。私達が見放したら彼は死ぬの。でもね、ネージュ君。ネージュ君は気にしなくて良いんだよ。私達が勝手にやった事だから。ネージュ君は何も知らなかった。知らなかったんだよ。だから……ネージュ君は何も気にしなくて良いの。他の人達と同じ様に何も気にしなくて良いの」


「知らなかったからってなんて、そんなの言い訳にもならないよ。何の意味も無いよ。……なんで僕に相談してくれなかったんだよ……他の方法だって考えられたはずだよ。何かあったはずだよ」


「ないよ」


 あったかもしれませんし、なかったかもしれません。


 けれど、もはや遅いのです。もはや過去の事なのです。既に弾薬庫の一部は爆発しましたのですから……誘爆だけは避けなければならなかったのです。


 詭弁ですけれど。


 私とキョウコは最初からそれが起こる事を想定していたのですから。想定していて、対策もせず、それを是としてしまったのです。それが起こったらこうしよう、こうやって組織を作り上げようそんな会話しかしていません。ですから、そういう意味でもネージュ君は知らなかったのですから、本当に気にする必要はなかったのです。


「ネージュ君は神様か何かなのかな?見えないものが見えて、手の届かない所に手が届いて。それで誰でも助けられるのかな?だったら、死んだ人達も助けてあげてよ。……そんなこと、出来ないでしょう?」


 私の言葉に愕然とするネージュ君。そんなネージュ君を見たくなくて、私は、その部屋から離れました。扉を抜けた所で、「それでも……それでも」……そんな風にネージュ君が呟いていたのが聞こえました。


 それで良いと思いました。


 彼はそれで良いのだと思いました。例えそんな事が出来なくても、そんな無意味な事を考える非生産的な事をしていても良いと思いました。こんな世界で私達は人として生きていかなければならないのです。そのためには希望を謳う人がどうしても必要なのです。決して諦めずに希望を謳う人が必要なのです。それが彼だという事が私は嬉しくなり、いつしか鼻歌交じりに歩いていました。


 歌は好きです。


 自分で歌う事は苦手です。


 でも、歌は好きなのです。


 太古の人達は自然が奏でる音を自ら産みだそうとしたに違いありません。そうやって少しずつ自然と同じ音が出るように楽器を作って、自然を奏でて、そして自然を超えるものとして歌を作ったのです。きっと、そうです。


 この世界にあるのは人工の音だけです。それが少しばかり悲しくもあります。


 人は音を奏でて歌う者達ですから、ですからいつか、皆で歌ってみたいと思いました。ギルドの皆で明日の平和を、明日生きていける事をどこかの誰かに祈りながら……


 窓から差し込む月明かり。


 廊下に立ち止まり、窓辺に寄って天上を見上げます。


 その月を見ながら、皆で歌う事ができないかな、そんな風に思いました。きっと、それが今の私の夢なのだろう。そう思いました。


 月の綺麗な日でした。


 とても、幻想的で綺麗な月でした。


 いつか、皆で笑って歌いながら見たい。そんな風に思える月でした。


 隣にネージュ君が立ってくれていれば、何も言う事はありません。いいえ、もはやそれは叶わない事ですから……ですから、離れていても良いから、同じ月の下で、同じ月を見上げていたいと、そう思いました。


「人殺ししたその日に月見で鼻歌?貴女ってほんと、最低ね。二度と---君には近寄らないで」


 突然掛けられた声は雪奈のものでした。


 私の暗視能力が、彼女が私を睨んでいる事を教えてくれました。


 忌諱感、嫌悪感、歪んだ彼女の表情からはそんな感情が見てとれました。これ以上なく苛立っている、そんな風に思えました。ですが、どこか自分が優位に立っているとでも言わんばかりに不遜な感じでもありました。それが何故かはわかりませんでした。


「雪奈……分かりました。極力そうします。でも、彼から近寄ってきた場合は許してほしいです。それか、雪奈がネージュ君と四六時中一緒にいてくれれば良いと思います」


「ちっ……ふん。ま、良いよ。今回の件で---君も貴女を見放しただろうからね。後悔しても遅いわよ?」


 何を後悔するというのでしょう。


 きょとんとする私に、雪奈は少し愉快そうにしていました。馬鹿よね、貴女。なんてそんな感じでした。そこには少し同情が含まれていたかもしれません。ですが、やっぱり意味は分かりませんでした。


「ネージュ君には私が、この世界に来ておかしくなったとでも言っておいて下さい。私はこれからキョウコと行動を共にします。極力ネージュ君には関りません」


「私がそんな事いっても---君は……」


 雪奈が呟くようにそんな事を言いました。巧く聞き取れませんでした。いいえ、口にしなかっただけでしょう。彼女は私にそれを聞かれたくなかったようでしたから。


「なんですか?」


「何でもないわ。……それにしてもキョウコね。うん。餞別という事で教えてあげるわ。あの女、私より性格悪いから気を付ける事ね。名前の通り、狂っているわよ?」


 狂子とでも言いたかったのでしょうか。


「貴女、騙されているわよ?あいつの行動、よくよく見ておきなさい。私からの最初で最後の忠告よ。それと……これも最初で最後よ。ありがとう、---君を私にくれて」


 言葉とは裏腹に嘲笑混じりでした。


 彼女が何を言っているのか良く分かりませんでした。


 私は頭が良い人間ではありません。


 キョウコの事も。ネージュ君の事も。雪奈の事も分かりません。


「ネージュ君、私の部屋にいるから連れて行って。……作業の邪魔だから」


 だから、私に言える事はそんな事ぐらいでした。


 早く私の部屋から出て行って欲しい。


 私がおかしくなって、悪い人になって、ネージュ君の願いを歪めて自分のために行動していると思わせて、すぐに出て行かせてほしい。


「貴女、馬鹿だと思っていたけど、ほんと……馬鹿よね。じゃあね、馬鹿ひとごろし


「うん。じゃあね」


 そう言って、雪奈が立ち去りました。


 立ち去った後、私はまた、月を見ながら鼻歌交じり。


 こんなにも月が綺麗なのですから。


 そうしていれば、今度はキョウコがその場に現れました。狭い建物ですから、そんなものなのかもしれません。


「イクス。レべリングとギルド結成に関しての情報が手に入ったみたいだから……って何よ?何を泣いているのよ?」


 涙なんてこの世界にはありません。だから、私は泣いてなんていません。


「泣いてなんかないよ?」


「嘘吐きは泥棒の始まりね。でも、あなたは泥棒猫というより、餌の取り方も分からない可愛らしい子猫よね。目の形だけは大人の猫だけれど」


 言いながら、キョウコが私を抱きしめてくれました。


 暖かかったです。


 柔らかかったです。


 そして、髪を撫でてくれました。


 優しかったです。雪奈が言ったような性格の悪さなんてどこにも感じられません。とても優しかったです。だから、疑いなんて持ちようもありませんでした。


「イクス。今夜はとても月が綺麗ね」


「はい。綺麗です」


 並んで、月を見上げました。


 そのまま静かな時が流れました。それから、十数分が過ぎた頃でしょうか。ようやく離してくれたかと思えば、キョウコが私の手を握りました。


 手が震えていました。


「次は私がやるから」


「次も私で大丈夫だよ」


 そう返せばキョウコが俯きながら小さく首を振りました。


「一緒に堕ちるといったもの。私がやるわよ……私は貴女にだけ罪を着せたりはしないから」


「疑ってはいませんよ。もしかして聞いていました?」


 でも、こんな風に私の事を気にしてくれている人が、私に嘘を吐いているとは思えません。


「聞くって何を?」


「雪奈がキョウコの事を『セツナ以上に性格が悪い』と言っていた事です」


「……そんな事言っていたの?というか本人に言ったら意味がないじゃない。貴女、ちょっと馬鹿な子?」


「たぶん……」


 そんな私の髪を、またキョウコが撫でてくれました。ちなみに、キョウコもわりと背の高い方です。きっとこれがネージュ君だったら私がしゃがまないと駄目だったでしょう。そんな事あるわけがないのですけれど……。


「私は性格悪いわよ。自分だけだと耐えきれないからって貴女を地獄に引き摺り込んだのだから。そして、貴女がそれを是としてくれたのを嬉しかったと喜んでいる私は性格悪いわよ」


「優しい人ですね、キョウコは。もっと性格悪いと思っていました。私良く睨まれていましたし」


「それはそれ、これはこれよ。恋敵を相手に和気藹々する気はなかったしね」


「私なんか恋敵にはならないですよ……というか、なぜ知っているのですか?私が、その……」


「あぁ、うん。……なんていうか、貴女可愛いわね。残念というのかもしれないけれど……少しネージュの気持ちがわかったわ」


「はい?」


 良く分からない事をいうキョウコでした。


「現実に帰られたら、一緒にショッピングにでもいきましょう。2人でガールズデートしましょう」


「はい。約束です。でも、ですね。帰られたらではなく、私たちは帰るんですよ」


「そうね。そうだったわね。そのために私たちは堕ちるのだからね」


「はい」


 これが、私が人を初めて殺した日の思い出です。


 作られたはずの月がとても綺麗な夜の事でした。



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