03
遅かれ早かれだとは思っていました。
けれど、その時は思いの外早かったのだと思います。
「彼は仲間を殺しました。自らの弱さに耐えられず、とても些細で自分勝手な理由で仲間を殺しました」
本当に些細な事でした。彼が殺した人物が、偶然彼よりも良い装備を手に入れたからというそんな他愛もない理由でした。どうしようもない理由でした。
「ち、違う。そんなつもりじゃなかったんだっ!」
そう喚くのは犯人の男の子でした。見た目の年齢は私達とそう変わりません。少し下かもしれません。床に横たえ、首と両手両足に木で出来た轡を掛け、地面と結合して逃れられぬようにしました。いわゆるギロチン用の処刑台みたいな感じでしょうか。そんな彼を足元に、私達2人は立っていました。
ギルドの皆の前に立っていました。ネージュ君や雪奈はそちら側に立っていました。彼の困惑気な表情が良く見えました。
「このような悪は裁かれる必要があります。人を殺す事を是とするような者は。悪の芽は早々に摘んでしまわねばなりません。皆さん。この世界には警察はいません。誰も私達を守ってはくれません。ですから、私達が、私達こそが……正義でなければなりません。こんな世界です。誰も守ってはくれません。だから、私達がそれを成しましょう。私達だけがそれを成せるのです。この世界で人を殺したくないと願った私達だからこそ」
キョウコは饒舌でした。こういう場に慣れて居るのかは分かりませんが、とても上手にギルドの皆を扇動していました。
そう。これはただの扇動です。都合の良い事だけを語り、都合の悪い事は騙る。メディアと同じです。集団の意識を一方向に向けさせるそれを扇動と言わず何と言うのでしょうか。
「だったら、お、俺のことも」
喚く男キャラが人を殺したのは事実です。ですが、それを良い機会だと考えてキョウコが皆を扇動しています。その片棒を担いでいるのが私です。
「私達……いいえ、私達以外の貴方達は正義を成して下さい。私達は、その礎となります。貴方達にその責は負わせません。貴方達は正義の体現です。罪あるものには罰を下すのは私達です。そう。人を殺したこの者にはそれ相応の罰を」
「や、やめてくれ……」
「許せますか?貴女達は。私たちは人を殺す事のない当たり前の人間として生きる事を誓った者達です。それを汚した者をそのままにできますか?反省という名の体の好い放置を望みますか?再び疑心暗鬼に苛まれる日々を送りたいでしょうか?私は皆を信じていたいと思います。故に、人を殺した者は厳罰に処すべきと考えます。貴方達には何の罪もありません。ですから、安心して任せて下さい。全ての罪は私達に」
身ぶり手ぶりで大衆を扇動するキョウコ。良くお似合いでした。
深い臙脂色のジャケットに同色のスカート。カッターシャツに棒ネクタイ。とっても似合っていました。どこかの政治家の様にさえ思えました。
「お、おい……なぁ、イクスっ!こいつイカれてるぞっ!?どうにかしてくれよ」
首だけを動かして喚く男キャラの頭に銃口を向けます。
彼のレベルなら、私だったら一発で十分です。
皆に見せるように、ゆっくりと銃のスライドを引きました。
かちゃん、という音が響きます。
そして、静寂が訪れました。見れば誰もが息を飲んでいました。ネージュ君が動こうとして雪奈に腕を掴まれているのが見えました。雪奈が彼の隣にいてくれてありがたかったです。
「まて、待ってくれ!俺の話も聞いてくれよっ!なぁ、皆……な、なんだよその目!」
大多数は悪を許さないという眼をしています。キョウコが狙ったように、皆が皆、彼を恨んでいます。一部は目を逸らしていましたが、取り立てて騒ごうともしていませんでした。ただ、ネージュ君だけは……。
「さぁ、審判の時です」
そう言って、キョウコが私にバトンを渡して来ました。
だから、彼に伝えるように。
「身内からこのような者を出してしまった私を許してとは言えません。起こった事なのですから。もはや過去なのですから。ですが、私から一言だけ。こんな事、もう二度と起こらないように、皆はずっと正義を成してほしいと思います。いつかこんな世界から助けてくれる人が現れる事を信じて。貴方達は人として生きて下さい。だから……全ての罪はギルドLAST JUDGEMENTのギルドマスターであるこの私、イクスに」
「そして、サブギルドマスターである私、キョウコに」
私に続くキョウコの言葉が終わったと同時に、引き金を絞れば、その場に轟音が響き渡り、次いで薬莢が地面に落ちた軽いからんからんという音が響きました。
処刑が終わりました。
正義の鉄槌と言う名の偽善を行った私達2人を祝福するかのように気の抜けたファンファーレが鳴り、それと共にレベルがあがりました。
人殺しおめでとうと言われているようで、とても不愉快でした。けれど、そんな表情は皆には見せられません。
だから、極力表情を押さえて皆の方を見ました。皆言葉静かに、しかし私達の行為をまるで英雄の行為のように熱を帯びた瞳で見ていました。
キョウコの言った通りでした。そうなるように扇動したのですから、当然ですけれど。もちろん、全員がそうだというわけではありません。
彼が人を殺していたからこそ。我が身に降りかかる危険、自分の本当の家族に降りかかる危険を野放しにするわけにもいかないのです。掴まえて隔離しながら食事の用意などをしていれば、まかり間違ってストックホルム症候群に掛った子が彼を脱走させてしまう可能性はゼロではなかったので、殺すしかなかったのです。
いいえ、そういう風な話にしました。
それが真実かどうかなんていうのはどうでも良いそうです。彼らが納得できれば良いのです。キョウコがそう言っていました。
今は少し嫌悪感が残っている人達もいます。ですが、いずれその人達も周囲の言葉に流されて私達を英雄か何かのように見る事でしょう。彼らは、流されてここに来たのですから。一度流れる事の楽さを覚えた者は流される事を是とするでしょうから。
免罪符としての私達がいる。
それが彼らに希望を与えます。
勿論、それだけではありません。希望だけではありません。処刑を見せることで自分が殺人を犯した時には殺される事を理解致させました。そして……
スカベンジャー達が空から降ってきました。男の死体を啄ばみ、この世界から彼が居た証を消し去って行きます。
……つまり、そういう事です。誰だって、そんな姿になりたくないでしょう。
希望と絶望。
私達はそれらで仲間を縛り付けたのです。
信じると言いながら、全く信じずに。
「皆、がんばってこの地で生きて行きましょう。そして、いずれこの世界全体を平和な場所にしましょう。マスターイクスの下で私達は生き延びて行きましょう」
ネージュ君が絶望した様な表情で私を見ていたのがとても印象的でした。
これで叶わなかった私の初恋は完全に終わりです。
彼を雪奈から奪い取ろうなんて、そんな物語染みた事もできなくなりました。
でも、良いのです。
辛そうな表情を浮かべる彼には、傍に付き添って、献身的に支えてくれる人がいるのですから。彼はそれで幸せになれるでしょうから。




