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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第四話 追う女王
29/116

05





 足の跡あるいは痕跡。


 それを求めて壊れた建物を探し廻る。傍から見れば怪しい行動に見えるだろう。けれど、そんな事、今さらだった。そうでなければ、彼が他人には秘密にしている趣味など知るはずもない。


「ふふ……ふふふ」


 壁を手で撫で、彼の跡が無い事を確認する。


 この世界に来て、今が一番楽しいと思えた。身の内から爆ぜる様な気力が溢れ出んばかりに私を埋め尽していた。だってそうだろう。この世界に何も見いだせず、精々やった事といえば彼のように家族を大事にした事ぐらいだ。所詮付け焼刃だったけれども。


「あの子には悪いけれど……」


 彼がいるのならば、あの子の事も、ギルドの事もどうでも良い。今すぐ身軽になって彼の事を探したい。


 でも、でも。


 ギルドはまだあった方が都合良いのではないだろうか。


「中国、四国、中部、北陸……それから関東、東北、北海道」


 全てを手中に収めれば彼も探しやすいのではないだろうか。


 エリナがいなくなったとはいえ、いや、寧ろ居なくなったからこそ中国地方の城主は攻めて来る事だろう。エリナの言葉が正しければその城主はエリナの男なのだから。それぐらいの気概は見えてくれるだろう。だったら、迎え撃つなんてまどろっこしい事をするよりもさっさと落としてしまおう。落城させてしまおう。運営が付けた名前の通り、死を振り撒く者となり果てよう。


 とはいえ、懸念もある。裏切り者が身内に居た。しかも円卓の騎士という幹部だった。そういう者が1人でも居る、ということは他にも居る可能性があるし、ギルド内に沸いているであろう疑心、その対応は酷く面倒だった。


 でも……それがいつしか彼に繋がるのならば、がんばってどうにか対処しよう。


 そうやって今後の予定を考えながら、更に歩きながら痕跡を探していると、ふいに気付く。


「弾痕が多い……かな」


 弾丸によって削られた壁。場所によっては蜂の巣のようになっている程だった。これは彼が行った事なのだろうか。そう考えていれば、自然と壁に唇を当てていた。舌を這わせ、彼が傷付けたそれを舐める。


 ざらりとしたコンクリートの舌触り。


 ぞくり、と痺れるような感覚が体の奥に響き渡り、下腹部が熱を持ち始める。


「あぁ……」


 これが彼以外の手によるものだったら目も当てられない行動である。考えなしと言えば考えなしなのだけれど、ここ数カ月間の禁欲かれのいない生活の御蔭でタガが外れたようだった。


 きっとこれは彼が付けた傷痕だ。


 きっとこれは彼が残した痕だ。


 そんな妄想に駆られ、体がもっと、もっとと何かを要求する。乳房に手が、下腹部に手が向かう。これが彼の手だったら良いのに。彼の綺麗な手だったら良いのに。あの華奢で綺麗な長い指先だったら良いのに。


「あらあら、こんな所で自慰行為とか変態にも程があるんじゃないの?」


 けれど、そんな行為は長く続かなかった。


 突然掛けられた声は女の笑い声だった。


 ケタケタと、耳に触るような声音。この声音を私は聞いた記憶があった。……いや、多くの者がその耳障りな声を聞いているはずだ。


「WIZARD……」


 振り返れば、太陽を背に、肩に乱雑にローブを掛けた汚らしい灰色の髪をした女がいた。髪以外は女の私から見ても見惚れるぐらいに美麗だった。エリナ達のような作られた存在とは違う、天然物の美。神が作りたもうた存在。ただ、残念な事に灰色の髪が全てを台無しにしている。どれだけ綺麗な水であろうと一滴の泥が混じればそれは泥水でしかないように。


「そこは可愛らしくウィズが良いわね。で、貴女こんな所で何やってるのよ?」


「……なんでも良いじゃない」


 流星刀に手を掛け、抜刀の準備をする。


「やる気満々ね。残念だけど、殺す気はないわよ。殺す気ならそもそも声を掛けないわよ。まぁ、死にたければ別だけど」


 その言葉の真偽は分からなかった。けれど、確かにそれもそうかと刀から手を離す。


「だったら……」


「人探しをしていたら自慰行為を始める変態がいたからついつい声掛けただけよ」


 言って、再びケタケタと笑い始める。耳触りで苛立たしい音だった。良い所を邪魔されたから尚更そう思うのだろう。


「探し人なんて知らないわよきっと」


「んー……だったらやっぱり殺そうかしら」


 その言葉に再び刀に手を掛けようとした所で、WIZARDが手をふりふり、面倒だから良いわよと言わんばかりに戦闘を拒否する。


「あいつほどじゃないけど、その気だるげで腐った目、嫌いじゃないわ。だから見逃してあげる」


 言って、何かを思い出したのか頬を膨らませ、腰に手を当てて憤慨し始めた。なんだか、面倒な人だった。


「……見逃してくれてどうも」


「ふぅん。……ねぇ、貴女何人殺したの?」


「さぁ?覚えてないわ」


「ふぅん……そっか。そっか。だったら、貴女がQueen Of Deathか」


「……良くおわかりで」


「SISTERとかいうコソ泥は前に見たしね」


 人のもの奪う悪い奴なのよ、とか何とか憤慨していた。世間一般ではWIZARDの方が悪い奴だと思う。まぁ、私も人の事がいえないので、どうでも良いけれど。


 ただ、彼女のその一挙手一投足が苛立たしい。そんな風に思ってしまう相手というのは初めてだった。生理的に無理といえば良いのだろうか。


「他の候補としてはSCYTHEの方はまだ見てないけど、ぺたん子らしいし………って、貴女も十分ぺたん子ねぇ」


 じと~っと胸元に注がれるエメラルドグリーンの瞳。


 先程の行為の所為で僅かに肌蹴たドレス。それを正しながら再び視線は流星刀の方へ。


「貴女に比べればね」


 アリスちゃんとどちらが上だろうか。造詣でいえば、WIZARDに軍配はあがる。けれど、こんな人間の胸元を見て欲情する人間がいるかという話だ。


 不愉快さを満面に表した私の視線に、WIZARDがふいに苦笑し、肩を竦める。


「ちなみに今の私のレベルは54ね。レべリングの賜物よ。だから……その凄そうな刀でも、ダメージは通らないわよ。なんなら試してみる?」


「……結構よ」


 いくらゲームに疎くとも、20近くレベルが離れている相手に攻撃が通じるとは思えなかった。私が、エリナを一撃で真っ二つに出来るステータスとそれに合った武器を持っているとはいえ、無理だろう。今、WIZARDに攻撃をしかければ、今度は私がエリナの二の舞だ。


 もしこれがWIZARDでなければ、試してみただろう。そんな気の狂ったレベルに達しているわけがない、と。けれど、この女は違う。他の誰とも違う。この女ならば、そのレベルに達していたとしてもおかしくないと思える。春がいなくても、この女が嘘をついていない事ぐらい私にも分かった。


「それでQODきゅーおーでぃーちゃん」


「リンカよ」


「ふぅん。……じゃ、私の事は可愛らしくウィズで良いわよ?リンカ」


「呼ぶかどうかは別だけど……それで誰を探しているの?」


「この辺りで、死人みたいなプレイヤーを見た事ない?二週間ぐらい前までは一緒にいたんだけど、気付いたらいなくなっていたのよね……また浮気かしら?」


 再び腰に手をあてて私怒っていますのポーズ。気に入っているのだろうか、そのポーズ。


「死人みたいな……」


「そそ。見ているだけで死にたくなるような奴。あんなのが人間謳っているんだから酷い話よ。でも、だから一緒にいると私の方がまだましな人間と思えるから気分良いのよねぇ……ま、死体より死体らしいプレイヤーよ。まったく、勝手にどっか行っちゃって……酷いわよね?放置プレイは嫌いなのよ、私」


「何言っているのか分からないし、別に貴女の趣味なんて聞いてないんだけど……とりあえず、ここに来てから貴女以外には誰にも会ってない」


「ま、そうよね。会っていたらスカベンジャーに喰われていた子みたいになっていただろうしねぇ。ちなみに、あれは貴女よね?」


「そうだけど、何か」


「別に。また、あいつが浮気しそうな感じの殺し方だったからねぇ……駄目よ?あいつに手を出したら……殺しちゃうわよ?」


「出す出さない以前に誰かも分からないわよ。そんなプレイヤー見た事も聞いた事もない」


 嘘である。


 そんな風貌のプレイヤーがそう何人もいるわけもない。


 間違いなく彼の事だ。


 そして、出来うるならばこの女を今すぐにこの場で殺したいと思った。一時とはいえ、彼と2人きりで一緒に居たなんて……殺すには十分な理由だし。


 けれど、それを成す力が今の私には無かった。


 だったら……。


「WIZARD、ちょっと良い?」


「なぁに?自慰行為が大好きなリンカちゃん」


「うちの情報網を貸すから……ちょっと人殺しを手伝ってくれない?」


 今の内にこの女の弱点を知っておこう。


 彼女が私を殺す前に。


 彼女が彼の情報を手に入れる前に私が手に入れられるように。


 脅されてギルドを使って情報を得ようとしていると思わせるために。


「魅力的な提案ね。情報が得られて更に経験値までくれるってねぇ……私に都合が良すぎて、逆に遠慮したくなるわね」


「…………だとしても貴女には私達をどうにかできる力があるわよね」


「ま、そうね。どうせ情報はないわけだし……貴方達の御蔭で私の行動範囲狭まっているし……良いわ。手伝ってあげる。ひ・と・ご・ろ・し」






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