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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第四話 追う女王
28/116

04





「リンカ、あの子殺す気だったでしょう?貴女、プレイヤー殺す時って凄い仏頂面になるからすぐわかるわよ」


 大学は山の上にある。山の麓から大学までは約2kmほど。一度現実で試したが、徒歩だと30分少々。駅舎のある場所からは徒歩2時間弱である事を考えると、2時半から3時間の道程といった所である。そんな道程の最後である山登り---といっても道路があるので山道ではない―――を行っている最中である。


 ふいにエリナが私にそう問いかけてきた。


「なんでそんな面倒な事をしなきゃならないのよ」


 この世界だと山登りの方が面倒ではないな、とどうでも良い事を考えながら、それよりもさらにどうでも良い嘘を吐く。


 ちなみに、山登りをしていても体力を失うわけではないので、こうやって舗装された坂を昇るのも現実に比べれば楽である。ただただ視界に映る景色が切り替わり、後方に流れて行くのを眺めながら足を動かせば良いだけ。時折、悪魔が出て来るのでそれを流星刀でぺちぺち叩き殺してエリナに解体を任せる、そんな事を何度か行っていた。


「面倒じゃない事だからでしょ。そのシズとかいう奴、あんたの何なの?」


「……何でもない」


 何でもない。


 何者でもない。


 彼にとって私は何者でもない。部屋の隅に積っている塵芥の方が彼にとっては身近だろう。彼にとって私は空気のような存在だった。ううん……空気なんてそんな必須なものじゃない。彼の目に見えなかったという事ぐらいしか共通点はなかった。


「何でもないわけないじゃない……友達にも言えないの?」


「そろそろ黙って」


 汚されているような気がした。


 だから、そんな悪態を吐く。今度は嘘ではなかった。


「……やっぱり怖いわねぇ、リンカは。伊達や酔狂でQueen Of Deathとか言われてないわよね」


 そう言って、降参、とばかりに両手を広げて手をあげる。


 どうでも良い。そんな風に呼ばれるのももはやどうでも良い。本当に何もかもどうでも良くなって来た。


 その証拠とばかりに返答すらせず、さっさと先を行く。


 淡々と、淡々と無言で坂を昇る。


 枯れた木。


 崩れた山。


 大して懐かしくもないけれど、やはり通っていた場所がこうも汚く壊されているのを見るのはあまり良い気分ではない。


 遠くに見える建物は軒並み倒壊している。それが尚更に私の気分を滅入らせる。


 面倒くさくなってきた。


 どうせこの山を昇った所で彼がいるわけでもない。業腹だけど、この地に彼がいるのならば、コンビニにも顔を出している事だろう。わりと律儀な人だし。


「さてと……ここらで良いかな」


 山の中腹辺り。残り1kmといった所で、ふいに、エリナがそんな言葉を紡ぐ。


「何が?」


「何がって……リンカの死に場所」


 にや、とエリナの口角と右手があがり、瞬間、彼女の片手には細身のレイピアが装備され、彼女はそれを全力で、私の心臓に突き立てた。


 結果、私のドレスに穴が空いた。


 穴が空いて、止まった。


「……え?……ちょっと。なんでよ」


 驚くエリナの表情が酷く滑稽だった。なまじ綺麗に作られた顔だったから尚更だった。


「何が?」


 STRが高いエリナの攻撃が私に通らなかった事だろうか。


 ぼんやりとそんな事を考える。


 そして、同時に面倒くさいな、と思う。春が念のためとは言ってのはこの事で、加えていうならばそれはほぼ確定の情報だったのだろう。まったく……ちゃんと言えば良いのに。それで私がどうこう言うと思ったのだろうか?貴女の旧友が貴女を殺そうとしていると言われて私が錯乱したり、怖がったりするとでも思ったのだろうか?


「貴女の攻撃力が低かっただけでしょ?」


「嘘よ。ギルドで一番STRが高いのは私よ!?」


「そうね。一番STRが高いのはエリナよね。円卓の騎士の中では」


 酷くつまらない理由だ。


 ギルド幹部は12名。


 その1人1人に私はちょくちょく呼び出される。理由は色々だ。アイテム開発用材料を集めている最中にプレイヤーを捕獲した、情報収集がてらに移動していたらプレイヤーを捕獲した、対人戦闘訓練している最中に人影を見掛けたから捕獲した等など。そして、その度に私に人を殺させる。皆、同じ事を言う。ギルドマスターのレベルが低いのは問題だ、と。今では数日置きに当たり前のようにそんな事をさせられている。態々PTを組まされ、共闘ボーナス入りで経験値を分配されている私のレベルがその1/12である円卓の騎士より低いわけがないじゃないか。それぞれ10人程度だとしても100人は優に超えている。共闘ボーナス付きでそれだけ殺せば……そこそこほどほどなレベルになるのも当然だろう。


「……まぁ、その御蔭で楽に殺してあげられるから良かった」


 そんな事、エリナも当然、知っていると思っていた。きっと、部隊や派閥の人間にそそのかされたのだろうと、そう思う。『貴女がギルドで一番強い。リンカなんかより貴女の方がギルドマスターに相応しい』とか言われて。あるいは反旗の恐れがあったエリナに対して、春が情報統制を掛けたかだ。どっちでも良いけど。


「ちょっと……ねぇ、リンカ。ただの冗談だって。ね?ね?私達ってほら、友達じゃない」


 再び両手をあげて降参のポーズ。


 戦ってどうにかしようという気概はないようだった。楽で良いけれど。『私がいなくなったら円卓が』とか『派閥の奴らが黙ってないわよ』とか『中国地方の城主は私の男なのよ。今度は貴女の城が攻められるわよ』とか、そんな性も無い事を言いながら命乞いをする御友達。


「私の友達は、男に言われたからって私を殺そうとはしないわ」


 どちらにせよ遅かれ早かれだ。


 ギルドなんて所詮一時凌ぎの場。最後まで残れば、仲違いが発生するのは必然である。ましてこの段階で反旗を翻そうとする輩は今命を救ったとしても当然、また同じことを繰り返す。だから……


「なんで流星刀を持ってきたか、とか聞いていたよね。私もようやく得心いったよ」


 嘘である。最初から分かっていた。


「えっと……」


「中国地方の城主の間者だから、殺してこいって事よね。今頃貴女のお仲間も捕まっている頃だと思うわよ……しかし、酷いわよね。私がマスターなはずなんだけど、皆してこんな事ばっかりさせるんだからね」


 腰から流星刀を引き抜き。


 切っ先を天へと向ける。


 両腕を伸ばし、さらに喚くエリナへと、


「そうそう、私って大学入ってから剣道やっているのよ……ほら、あれって切るじゃなくて叩くって言うじゃない。まぁ、あの人の妹がやっていたからやっているだけの俄かだけど」


 振り下ろす。


 頭。


 顔。


 首。


 胸。


 腹。


 腰。


 股。


 一切の抵抗なく、エリナの体が二つに分かれ、内側から血が噴き出した。間欠泉のような勢いで綺麗な作られた造詣をしていたエリナが二つに分かたれた。作り物の体の中は、作り物の割には人間なのだな、と思った。中身ぐらいはエリナ―――恵里奈のままだったのだろうか。


 どうでも良いけれど。それよりも、


「……まだまだよね」


 腰骨の所為だろうか。正中線から少しずれてしまった。こんなのじゃ、まだまだ駄目だ。


「これじゃ、嫌われちゃうわよね……」


 ため息を吐いていれば、空を舞っていたスカベンジャー達が降りて来る。


 そして、友人だったモノの肉を啄ばんで行く。


 くちゃ、くちゃ、という音が耳触りだった。


「……やっぱり、確認だけはしないとね」


 喰われる友人の死体を尻目に、私は壊れた大学へと向かった。


 彼の痕跡があるかもしれない大学へと。






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