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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第四話 追う女王
27/116

03





「どこも代わり映えしないなぁ」


 どこに行っても廃墟なのだから代わり映えしないのも当たり前である。自分で言っていて馬鹿だと思う。まぁでも、例え代わり映えしなくてもキャラクターたちの肉塗れの宴を見ているより精神安定には良いと思う。


「何当たり前の事を言ってんのよリンカ……で、なんでまたこんな所に?」


「なんでって……何となく」


 掛けられた声にそう答える。勿論、嘘である。春なら即座にダウトと言って来そうな嘘だった。まぁ、理由はある。けれど、エリナに対して説明する必要を感じなかった。


「なんで貴女がついてくるのよ、エリナ」


「いや、怠惰と堕落が趣味のリンカが外に行きたがるのが珍しかったし、うちの奴らは私を放置して戦闘訓練しているし、暇だったのよ。……あと、ついでにいえば、男と遊ぶのもちょっと飽きてきたっていうかね」


 というわけでエリナが一緒だった。


 当初予定では女王親衛隊―――酷い呼び名である―――が付いてくる事になっていたのだけれど、なんでだろう……春の差し金とかだろうか。だとすると、そういう事なのだろう。まぁ、あんまりぞろぞろ連れて歩くのも趣味じゃないし、別に良いのだけれど……。言っても、エリナとは昔からの付き合いではあるし。


 ちなみに、春達や他の円卓の騎士達はお城に残って色々やっている。色々である。詳しい事は把握していない。把握したくないが為の休暇なので。とはいえ、春がエリナをここに寄越したというのなら、自明だった。


「身持ちの硬いVR処女の女王様にはわからないかもしれないけどねー」


 エリナがここにいる理由を考えていれば、エリナがそんな事を口にする。


 あぁ、まださっきの会話続いていたんだ、と思いながらぼんやりと視線を逸らすように空を眺める。どうでも良いエリナの会話を聞いているより空を眺めている方が良い。


 毎日見ていた風景だった。


 私の通っている大学がこの都市にあった。


 入って一年目でこんな状況なのでそこまで思い入れがある土地ではない。ないのだけれど、自然と足が向いたのは……まぁあれだ。うん。……彼がいるかなと思ったからである。この地出身で、この地で育ち、この地の大学に入学して現在に至る彼がもしかしたらいないかな、なんて思ったからである。


 ただの夢だけれども。


 彼がこのゲームに参加している事はないだろう。そんな事分かり切っている。けれど、見たい夢というのは私にもある。……でも、彼の趣味を思えばもしかしたらと思っている。一見するとただの妹想いの素敵なお兄ちゃんだけれど、図書館で彼が読んでいた本やモデルガンを売っている御店で拳銃を興味深そうに眺めていた姿や、あるいは人体の何とか展で見た彼の事を思えば……


「ところで何でドレス姿なのよ。似合っているとは思うけどさ?」


 呆と彼の事を考えていた所為で、一瞬、彼女が何を言っているのだろうか?と首を傾げてしまった。そして、


「だってこれが一番防御力高いし」


 女子力の低い返答をしてしまった結果、エリナがげんなりした表情を見せた。この世界はゲームなのだから、そういう選択肢が出て来るのは当然だと思うのだけれども、エリナにとっては違うみたいだった。改めて彼女の姿を見れば、誰に見せるのか知らないが露出の高い服装だった。防御力の低そうな胸元を強調するタイトな白いシャツにこれまたタイトなミニスカート、加えて麦わら帽子。ある意味、清涼感や清潔感が漂うその格好は、金髪碧眼で巨乳である所の今の彼女に良く似合っていた。


「緑ロングのお姫様みたいな感じで良いんだけど、理由がそれってのは……どうなのよ、花の女子大生」


 そんな恰好の少女が、『女子大生』にアクセントを置いて、皮肉気に唇を歪める。自分が不愉快になるなら言わなきゃ良いのに、と思った。


 彼女は高校卒業後、実家に引き籠った。普通な彼女の両親はそこそこ普通ではなく、彼女の家は裕福だった。だから、彼女が『家事手伝い』という名の就職率を高めるためだけに用意された職業に就いても彼女の両親の懐はさして痛まなかったみたいである。彼女の状況を彼女の両親が心情的に許せたかどうかは別だけれど、結局その状況を許しているのだから許せたと考えて良いだろう。というわけで、彼女は家事手伝いという名の引き籠りと相成った。別に大学を受けなかったわけではない。落ちたのだ。延々と図書館で恋愛小説を読んでニヤニヤしていればそりゃ落ちるという話である。結果、彼女は大学に対してコンプレックスを感じているようなのである。もっとも、そのコンプレックスもこの世界で彼女が手に入れた容姿や地位の御蔭で薄くなっているようではあるけれども……。それでもこうやって時折、嫌味っぽく、皮肉っぽくそういう事を言うのである。


「いいじゃんね」


 そんな彼女の相手をするのが面倒くさくなった結果、どこの方言とも分からぬ感じに言葉を返す。枕詞として『どうでも』を付けたかったぐらいである。


「それでもって刀所持とかどこのエロゲーのキャラなのよ」


「いや、私エロゲーなんてしないし」


 彼女曰くの花の女子大生のやるゲームではないと思う。彼女はやっていたという事なのだろう。日がな一日中ゲーム三昧だったのだろう。きっと。とはいえ、あまり人の事が言えないのも事実である。可能ならば引き籠って本を読んでいたい類の人間だし。休みの日に図書館に行って本を読んでいる類の人間だし。喫茶店に行っても本を読んでいる類の人間だし。あと私がやっていた事と言えば……


『お前のやっている事はただの―――だ。すぐに止めるんだ』


 ふいに、幼馴染の彼の声が脳裏に浮かんだ。一瞬、化けて出て来たのかと思った。思っただけだけれど。だが、それも一瞬。


「しかも、流星刀まで持ち出してくるなんてさぁ」


 エリナの物欲しそうな視線を受けて思考が止まった。その視線は舐める様なと言えば良いだろうか。例えば爬虫類が舌舐めずりして獲物を狙っているかのような絡みつく様な視線。僅かに背筋が震える。勿論……嘘だけど。


「ん?何?コレそんなに良いもんなの?」


 彼女のそんな視線を華麗に無視して、腰に差した刀を手でぽんぽんと乱雑に叩く。


「……もういいわ」


 いらっとした表情を見せた挙句にぷいっと視線を逸らされた。


 そんな態度をされても、私は元々ゲームをそれほどやるわけではないので、武器の凄さとかに興味が無いのも仕方ないのである。ゲームなんて、精々ぷよぷよーっとした奴を積み上げて対消滅させる奴とかテトとかいうリスを隙間に嵌めこんで行く奴をやったことがある程度である。コントローラと一緒に体が動くので弟に馬鹿にされた記憶あり、というぐらいに下手くそではあるけれども。


 閑話休題。


 大してゲームもしないし、得意でもないが故に、この刀の凄さなんて数値ぐらいでしか分からない。そもそも、この装備は城主が行えるアイテム開発で手に入れたものである。結構なお金が掛ったように思うけれど、ギルマスなんだからこれぐらい!というゆかりちゃんとハルアキにそそのかされて持っているだけである。普段は仮想ストレージの肥やしにしているぐらいに私はこの刀に興味が無い。今回は休暇メインなので手軽な武器で良いかなと思っていたが、春に言われた以上、装備しないわけにもいかなかった。


 『念のため』という春の言葉を思い返し、エリナの顔をじろじろ見ていれば今度はエリナが不思議そうに首を傾げた。


 ちなみに、刀の方の説明を見るとこの流星刀は隕石に混じった鉄で作った刀だとか。地球外生命体的な感じがしてちょっとわくわくするものの、まぁ、どうでも良いと思う。どうせ刀なんてまともに扱えないし。私に出来ることと言えば、悪魔をぺちんぺちんとこれで叩くぐらいである。まぁでもグリードに聞いた所、攻撃力が高い武器なので叩いているだけでもダメージは大きいのだとか。ふーん、と思った。


「で、どこいくのよ?温泉?」


「それも良いけど……大学」


「あぁ、そういえばあんたこっちに行ったんだっけ」


 その言葉に再び皮肉が混じっていたのを感じ取った。春だともっと分かるんだろうなぁと思いながら適当に頷き、エリナと2人で街を歩く。


 幸いにしてターミナルから出た所には人影はなく、すんなり地上に出られていた。そして、その地上を暫く歩いていれば、駅に近いビル―――壊れているけれど―――の1階にあるコンビニに視線が引き寄せられた。


「何アレ」


「さぁ」


 コンビニの前で繰り広げられる光景に、エリナが絶句した。私も流石に絶句した。


 スカベンジャーに群がられる店員。


 餌でも手に持っているのか、十匹近いスカベンジャーがわらわらと店員さんを襲っている、ように見えたのだが……店員さんが終始にこやかだったので惨劇が発生しているわけではない事が分かった。


 スカベンジャー達の隙間から見える彼女の名前はALICE。つまり、NPCだった。


「そんなに慌てなくても餌はいっぱいありますから!廃棄が多いコンビニとか嬉しくも何ともないですけどっ!とりあえず、落ち着いてスカちゃん達!落ち着いてっ!って痛っ!ど、どの子ですか私の自慢のお肉を狙っている子はっ!あげませんよっ!これはあげませんよっ!」


 などと元気よく騒いでいる。


 確かに見れば大変、良いお肉をお持ちのNPCだった。


 自然、自分の胸元に視線が向く。


 ぺたーん、とまでは言わないが……うん。まぁ、リアル体型に準拠しているし。まだきっと成長期だし、肩こらないし、などと現実逃避しつつ、そんな私をニヤニヤと見ながら笑っているエリナと共に店員さんの下へと。


 近づけば、スカベンジャー達が私たちに気付いたのか、ばさばさばさーっと一斉に飛び立った。


「あっ、残飯処理が……って。あれ?もしかして!も・し・か・し・て!お客様ですかっ!?最近全くお客様が来なくて残飯だけが溜まっていた所に救世のお客様ですか!?」


 何だかとっても元気の良いNPCだった。いや、さっきの喋りっぷりでNPCなのは理解していたけれど、改めてこちらを見てきゃっきゃきゃっきゃと喋る姿を見れば再確認したくもなる。


 こんなに元気が良いNPCは初めて見た。先日春に言われて雇ったNPCの2人のメイドさんはものすごーく憮然とした人達だったし、それ以外にも以前から雇っているNPC達と比較しても、非常に元気が良い。良いにも程がある。


 問い掛けるようにエリナに視線を向ければ、エリナの方もちょっと苦笑いを浮かべながら私を見ていた。


 だよねぇ。


「改めまして!御嬢様方、いらっしゃいませ。こんな辺鄙な所までようこそおいでくださいましたっ」


 たゆん、とお肉を揺らしながらアリスちゃんが私達を店の中へと案内する。それに従って店の中へと入れば、何だか妙に耳に残る軽妙なBGMが流れていた。他のコンビニではこんな事はなかったので、きっとこの子の趣味なのだろう。履いている靴や着ている服の趣味も良いし……まぁ、結局NPCなのでAIによる判断なのだけれども。


「いつもスカベンジャーと遊んでいるの?」


「スカちゃん達しか御店にきてくれなくてですねぇ……いやー、薄情な鬼畜様が来なくなってからはさっぱりです。閑古鳥スカベンジャーが鳴いています」


 おきゃくさま、のイントネーションで発せられたので一瞬何を言っているのか分からなかった。


「きちくさま?」


「えぇ。とっても鬼畜なお客様です。略して鬼畜様です。あんなに毎日来てくれていたのに、これはもう私に対する放置プレイとしか思えません。その内あの御嬢様みたいに半裸にされて放逐されるに違いありません」


「あっそう」


 としか言いようが無かった。


「死んだって事じゃないの?」


 そんな私と違って、エリナが酷い事を言った。


 態々そんな事を言わなくても良いのに、と思う。


 けれど、


「あはは。御嬢様方、あの鬼畜様がそんな簡単に死ぬわけないですよ。その内ひょっこり戻ってくるに違いありません。それで拳銃で私を脅して自慢のお肉を奪おうとするに決まっています。悪い人ですし」


 喜んでいるのか貶しているのか、カラカラと笑うNPCに、私達2人は逆に驚かされた。NPCがそこまで人間の事を考えているなんて、思ってもいなかった。こんなあけすけな感じでプレイヤーかの事を考えるNPCなど見た事なかった。なんとも人間臭いNPCだった。その鬼畜様とやらがこのNPCをここまで育てたのだろうか?


「……ふぅん。ちなみにその鬼畜様の名前は?」


 興味を持ったのか、エリナがそんなことを聞いた。私も気になった。


「えっと、目は腐った魚っぽいのに、犬っぽい名前です。シーズーだったでしょうか?」


「何その可愛らしい名前」


 ケタケタとエリナが笑う。けれど、何だかふいに、私は……私の中から、さっき思い出していた『彼』の名前が浮かんでくる。


「もしかして……シズ?」


 初めて見た時、女の子のような名前だと思ったその名前。


「あぁ、それです。それ。そんな名前の線の細い感じの男の方です。顔立ちは良い感じで、あと……えっと。確かカッターシャツに棒ネクタイが好きとかそんな事言っていました。生憎とうちには無くて申し訳なかったんですけれどっ。……御嬢様、もしかして鬼畜様の事をご存知なんですか?」


「…………かもしれない」


 とくん、と胸が鳴った。


 目が腐った魚っぽくて、線の細い感じで、顔立ちが良い。それでいてカッターシャツに棒ネクタイ。多分、スラックスも好きなんだろう。革靴も好きで、妹を大事にしていて、家がこの辺りからもう少し行った所にあるんだろう。


 とくん、と再び胸が鳴った。


「リンカ?」


「何?」


「なんか顔が赤くなってない?」


「気のせい」


 きっとシズだ。


 私が―――していたあの人だ。


 いるんだ。


 この世界に。


 こんな世界に。


 私と同じ世界にいるんだ。


 ぞくりと体が震える。


「なんか、いつになく気合いの入った顔になってるし……なんなのよ。もしかして、あれ?大学に入って見つけた愛しの彼氏とかだった?」


「そんなんじゃないよ……もしかしたら、知ってる人かもしれないけれど……そんな関係じゃないよ」


 単に私が---しているだけの人。


 怠惰と堕落だけな私が唯一興味を持って行動している相手なだけ。自分でいうのも何だけれど、張りきっていたと思う。がんばっていたと思う。なんでそこまでするんだろうと自分でも思った事もある。諦めようとも思っていた。無理だとも思っていた。けれど、それでも自然に---しているのだ。


「ねぇ、アリスちゃん……その人、どこに行ったか分からない?」


 だから、自然とそう口にしていた。


「と、言われてもですね……」


 顎に指を宛て、首を傾げながらしばらくアリスちゃんが考えて込んでいた。うーんうーんと唸る姿は可愛らしいけれど、次第に苛立ちが湧いてきた。


「鬼畜様はよく大学があった所に行っていらしたのは知っているのですが……すみません」


「そう。……良かった。貴女が知らなくて」


「はい?」


「ううん、何でもない」


 本当に、良かった。


 もし、彼の事をこれ以上この子が知っているというのならば、この愛らしい情報提供者を殺さないといけない所だった。情報提供と彼と会話した事でイーブン。それ以上は……許せそうになかった。


「リンカ?」


「何?エリナ」


「……い、いや、なんでもないよ。で、予定通り大学に行くって事で良いの?」


 私の様子に何を感じ取ったのかは知らないけれど、エリナが引き攣った顔をしていた。


「そうする」


 不思議そうに首を左右に傾げながら、ハテナ?という疑問符が頭の上に沸いているようなアリスちゃんを置いて、適当に食糧を買ってから私達2人は大学へと向かった。


 歩いている最中、ふいに思い出した。


「あぁ……聞くの忘れてた……半裸の御嬢様って誰?」


 やっぱり、殺さなくて良かった。






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