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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第四話 追う女王
26/116

02





 開けて翌日。


 そんなにすんなり行くわけも無く。休みたいなら仕事をしてからにしろというお達しが円卓の騎士達から下った。酷い話である。私、激務なのに。


 ため息を吐きながら、現在、私は割り当てられた執務室で、椅子に座って眼前に浮かぶメニュー画面とにらめっこしながら時折タップするという作業に没頭していた。アイテム開発とか都市の発展とかを指示に従って行っている。甚だ面倒な仕事である。


 まだまだたくさんあるなぁと思いながら一つ一つ頼まれていた事をこなしている時だった。


「やぁ、リンカ。おはよう」


 ジーンズにカッターシャツというラフな格好をした少年がノックも無しに扉を開けた挙句、よっと手をあげて私に声を掛けてくる。


 病的に白い肌をした少年。美少年というにはちょっと微妙な感じで、どこにでもいそうで、どこにもいない。そんな男の子だった。年齢は確か15、6ぐらい。その割に老成しているのがこの少年である。


「Spring has come」


 一瞬、少年に視線を向け、そんな戯言を口にして、再びメニュー画面を眺める作業に戻る。


「相変わらずだるそうだね。そんなに旅行に行かせてもらえなかったのが不満かい?」


 どの口がそれを言うのだろう、と思った。


「そういう春は相変わらず病的よね」


「ま、それは仕方ない事だよ」


 『春』。


 それが彼のキャラ名であり、彼の現実での名でもあった。


 彼とはこの世界に来てから出会った。初日の惨劇から逃れる途中に彼と、彼の率いていた7名と出会った。まぁ、その7名と春が出会ったのも惨劇の前だけど。ゲームマスターが現れる前の数時間。その時にたまたま街を歩いていたら、たまたま8名が同じ場所に集ったらしい。折角だからと春はその7名と共に行動しようと考えたそうである。


 そして、逃げる段階になって私達と合流した。


 幼馴染の彼、エリナ、加賀ちゃん、トネリ子……トネちゃん、あの子の5名―――九州に居た頃の同級生や弟の友人―――。そして、春、ベルンハルト、ヴィクトリア=ぷりん、シホ、グリード、ハルアキ、ゆかり、ルチレーテッド=クオーツ。その8名。


 13名-1名+私。


 総勢13名。


 それがROUND TABLEの幹部である。


 12人の名前とか自分でも良く覚えたと思う。


 さておき。


 私を除いた円卓の騎士達の代表が誰かといえば、彼である。本来ならば彼がギルドマスターになるはずだった。けれど、彼自身が拒否した。


 拒否した理由は、彼がいずれ死ぬからである。


 いや、言葉がおかしい。


 彼は現実世界で不治の病を患った病人だ。不治の病というと大仰に聞こえるが、末期であるという意味でしかない。もはや治らない。治らないが故に、クオリティオブライフとしてこのVRMMOに参加したという。その結果がこれではクオリティオブライフも何もないけれど。傍から見ると散々な人生だと思うけれど、春自身は特に気にしていないらしい。達観し過ぎにも程があると思った。


「それで、何か用?私、これでも忙しいんだけど」


「エリナから連絡があってね。攻城戦の訓練にダンジョンを解放してほしいってさ」


「…………」


 机に突っ伏した。


 面倒にも程がある連絡が来たものである。加えて、春を通してというのが小賢しい。


「権限移譲してくれれば、僕がやるよ。そのためのサブギルドマスターだしね」


「ありがと。そう言う事を頼めるのは春以外にいないし、お願い」


 机に突っ伏したまま視界に浮かぶウィンドウをタップしていき、春へとダンジョン作成権限を譲渡していく。


 城主クリエイトダンジョン。


 ダンジョンと言ってしまえば何やら洞窟のようなイメージが沸くが、特にそういうわけではない。仮想空間内に存在する仮想空間。そんなメタ構造空間を城主クリエイトダンジョンという。このダンジョン、好き勝手にやりたい放題好きな物を作る事ができる。まぁ、この好き勝手にやりたい放題という所が問題なのだけれど……


「春はよくそんなの作れるよね……」


 春に権限を譲渡し終われば、視界の端に小さなウィンドウが開き、春の作業状況―――ダンジョン作成過程―――がそこに映る。


 元々、城主がいた広くて白い空間が彼の手によって現代建築物に作り変えられて行く。彼の手が空中を動くたびに部屋、階段、内装、外観とポチポチと設置されていく。びっくりする程、作業が早い。私がやったら数日かかっても出来ないレベルである事を思えばなんというか、凄い人である。


 こういう理由で、彼以外には頼めないのである。他の円卓の騎士達にも無理だ。


 ちなみに、城主権限の移譲はその全てが出来るわけではない。こういうクリエイティブな作業に関してだけだ。そもそも、出来たら既に誰かに押しつけて逃げているという話である。


「慣れの問題じゃないかな」


「私はそんなの慣れたくない。面倒」


「言うと思った。ほんと……面倒くさがり屋だよね、リンカは」


「そうそう。堕落と怠惰で作られたのがこの私よ」


 まぁ、嘘である。私も何かを必死で行う事もある。それが何かは態々春に伝える気もないけれど。などと考えていた時である。春が私を指差して言った。


「ダウト。僕に嘘を吐く時はもう少し表情の変化に気を付けた方が良いよ」


「知ってる」


 これである。


 これが春の怖い所である。


 彼には嘘が一切通じない。私だけではない。他の者達も、である。表情の変化や、声音、視線の移動、反応速度の僅かな差、それらによって真実か嘘かを判断しているらしい。普通の人には分からない軽微な変化でも彼は分かるとか。怖い話である。


 御蔭で、割と嘘吐きである私にとっては天敵である。……まぁこれも嘘だけれど。


 死を間近にしているからそんなのが分かるのだろうか。どうだろう。考えても分かりそうになかった。


 でも、そんな彼だから、ある意味安心してサブマスターをお願い出来ている。そして、ギルドで一番重要といっても良い情報収集部隊もまた彼にお願いしている。とっても心強い。彼の肉体が死を迎えた時にこのギルドはどうなるのかは心配だけれども……。


 そんな凄い春ではあるが、だからこそ彼を恐れる者がいる。


 円卓の騎士の中でいえば、エリナ、トネちゃん、ベルンハルト、ぷりんちゃん、シホちゃん、ルチレ君辺りが彼を怖がっている。見事に円卓の騎士の半分である。リーダー的な人物として信頼はできるが、怖いものは怖いという事のようだった。まぁ、その内、ぷりちゃんに関しては畏敬といった方が良いのだけれども……彼女のファンは多いけど、彼女が畏敬を込めて恐れながらも信望しているのは春だけである。円卓の騎士以外でいえばそれこそ数え切れない。一方で、それ以外の人達とは逆にかなり仲が良い。円卓の騎士でいえば特にグリードとかゆかりちゃん、ハルアキは春と仲が良い。……ちなみに私と春しか知らないけど、ゆかりちゃんとハルアキはリアル夫婦であり、性別が逆である。この世界では性生活が大変らしいとかどうでも良い愚痴をゆかりちゃんに言われた。


 閑話休題。


「で。本題はエリナの事?」


 顔をあげ、再び頼まれていた作業をしながら同じく作業をしている春に問い掛ける。


「良く分かったね。そうだよ」


 そうでもなければ割と忙しい彼が態々この場に居座って作業をする事もなかっただろう。


「勝てるの?」


「戦力的な意味では心配してないね。問題はその後。というか途中かな」


 淡々とダンジョンを構成しながら彼が口にする。


 途中。


 戦争中と言う事だろうか。


「彼女自身は隠しているつもりかもしれないけれどね……中国地方の城主。彼女の知り合い……というか、彼女の部隊の人の知り合いみたいね」


「どこでそんな情報手に入れてきたの」


「ストーク」


「なるほど」


 春のステータス振りはAGI特化。AGIのみ、と言っても良い。いずれ自分が死ぬ事を前提に振られたステータスだった。元より長い命ではないが故に、最初から戦闘行為は諦めているらしい。それならば、皆がやりたがらない諜報でもやるよ、とそんな事を言っていた。その結果、諜報に都合よさそうなスキルを手に入れたらしい。移動速度1.5倍とか。傍から見ていると割と面白いスキルであるが、狙われた方は大変である。


 ……そういう春の行為を自己犠牲というのだろうか。


 この世界で出会った人の中で、春が一番人間らしい人間だと思う。誰かがゲームをクリアする前に絶対に死ぬからこそ、人間であり続けられる。


 生きたいと願う者達は獣と化し、死を理解している者が人間であり続けられる。


 皮肉な物だと思う。


「リンカ。Lv30ぐらいのNPCって結構お金かかる?」


 突然春に言われた指示に従い、城主用のメニューを一旦閉じて、ギルドマスター用のメニューを開き、NPC雇用という項目を選ぶ。アジトや城の防衛などに使えたり、ギルドで開発したものを販売する販売員を雇ったりすることができる。後者は特に意味はないのだけれど、前者は大いに役に立つ項目である。絶対に裏切らない仲間が手に入るという意味で。


 そんなNPC雇用画面をLv順でソートを掛けてその金額を眺める。


 Lv30台ともなれば1000万単位でしか雇えなかった。


「30?……んー?戦闘メイドさんだったら2体かな」


 とはいえ、ROUND TABLEはギルドメンバーが多い分、お金が溜まり易い。1人10万稼げば1000万などすぐなのである。


「なんで最初に例として出すのがメイドさんなんだよ……まぁ、それで良いや。ダンジョン出来たらそこに配置しておいて」


「……ふーん。演習と思わせてやってしまうんだ」


「そういう事。ま、気を失わせて、後はリンカの養分だね」


「プレイヤーの事を養分とか酷い言い草よね」


「ダウト。どうとも思ってない癖に良く言うよね、リンカも」


 視線は画面のまま、右手の指先だけが私の方を向いた。


「まぁ、そうだけど」


 またばれた、と思いながら春を見れば、肩を竦めて苦笑していた。


 真っ当な人間プレイヤーである春が、殺人に対して忌避はないのか?と聞いた事がある。君らと違って他人だしねぇ、という答えが返って来て妙に納得した覚えがある。


「ねぇ、春。今更だけど、なんでギルドマスターに私を指名したの?面倒見が良いとか嘘よね?面倒見の良さだけで言ったらハルアキの方が良いでしょ。彼……というか彼女は人望もあるわけだしさ」


 そんな春に、前々から気になっていた事を聞いてみた。


 聞けば、画面から視線を動かし、私を見て再度の苦笑を浮かべた。妙に苦笑が似合う少年である。


「この世界で、人望に意味なんてないよ。正義で縛るか恐怖で縛るか。どっちかだ。そして、そのどちらかを出来るのが君だったというだけだよ」


「恐怖……ねぇ」


 そう言ったらまたしても苦笑された。


 まかり間違っても正義はありえないから、どうあがいてもそっちになるだろうと思って言ったのにこれである。酷い少年だった。……そして多分、春がマスターだったとしても恐怖だっただろう事は想像に難くない。


「加えて言うならば……いや、こっちの理由の方が大きいかな。このギルドで最後まで残るのはきっと君だ。だから選んだ」


「私が……ねぇ。こんな堕落した怠惰な人間が生き残れると本気で思ってるの?」


「ダウト。生き残る気満々でしょ。……ま、だからこそだよ。あとはレベルがあれば十分だ。その協力は惜しまない。最後に誰かの為になる事をして死ねるなら、僕の人生は十分幸せだったと言えるだろう」


「春も、どっかおかしいよね。普通の感性じゃないよね」


「否定はしないよ」


「そういう所、嫌いじゃないかな」


「ダウト、と言いたい所だけど、そうじゃないみたいだね。ふむ。気懸りが残るね。死ぬ前に是非見ておきたいものだ」


「何がよ」


「君が懸想しているという相手の事さ……きっと、碌でもない人間なんだろうね」


「……それ以上彼の事を言ったら、死ぬ前に殺してしまうわよ」


「それも悪くないけど、まぁ、馬に蹴られる気はないから安心しなよ。もう言わないさ。見てみたいとは思うけれどね。その彼を」


「…………」


 私も見たい。


「あぁ、なるほど。……君の弟君に対する面倒見の良さはあれか。弟を見殺しにする子だと彼に思われたくないからとかか。納得したよ。ま、それが良い方向に働いている分には何も言わないさ」


「言わないって言った傍からそれ?」


「失言だったね。どうせ暫くしたら死ぬ人間の戯言と思って許してくれると嬉しいよ」


「……3度目はないから」


「了解、了解。あぁ、話は変わるけどさ。リンカ。休暇に行くなら流星刀装備していってね」


「……なんでよ?いつもみたいにストレージに、とかじゃ駄目なの?」


「念のため装備しといてよ。僕にはあんな重い物持てないけど、君なら十全に使えるでしょ?」


「ぺちぺち叩くぐらいしかできないと思うけど。刀なんて使った事ないし」


「ダウト」


 本日何度目かの春の苦笑した姿を見ながら、作業を続けた。


 その日は遅くまで作業が続いた。






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