01
中国地方の城を落としたのは、ギルドなんとかなんとかという名前だった。……覚えるのが面倒だった。反省はしていない。
最低でも2,30人規模ではあると思う。それぐらいいないと、城主は倒せないと思うし……まぁ、勝手に思っているだけだけれど。NEROとかDEMON LORDとかいう個人で城を落としているキャラも居る事だし。
「……この世界の唯一の楽しみがお風呂ってねぇ」
城主になって真っ先に作ったのがこのお風呂である。
超広い。
浴室も広ければ浴槽も広い。
25mプールとまでは言わないが、それに近いぐらいだった。
その広い風呂を1人で使うなどというとても優雅な事をしながら、浴槽のヘリに背凭れ、白い天井を見つめて呆とする。ぬくぬくとしたお湯に次第眠気が沸いてくる。このまま眠ってしまいそうだった。けれど、残念ながらこの後に残った仕事を思えば寝てはいられない。
「……はぁ、面倒くさい」
全部投げ出して旅に出たい。
そんな風に思う。とはいえ、姉として、あの子を置いて1人で行くわけにもいかず、だからといって言ってもついて来ないだろう。あの子にとってここは誰も襲って来ない安全地帯なのだから望んで外に出る事もないだろう。
「安全なんかじゃないけれども」
けれども、けれども、と自分の声が浴室に響く。
どうでも良い事だけれど、『声』はキャラの顎の形とかで決まっているみたいだった。御蔭で私は元の私と割と似た声である。まぁ、何が言いたいかといえば、作られたテンプレートなキャラ達は同じ声というわけである。気持ち悪い。それぞれがそれぞれに喋ったりすると蛙の合唱かと思ってしまう。
円卓の騎士にはそういうキャラ被りがなくて良かったなと割と本気で思う。まぁ、作られたキャラというのは何人かいるけれど。
閑話休題。
円卓の騎士、などと私の感性からいうとださーい名前を付けたのは私の古くからの友人である。幼馴染といった方が良いだろうか。
その友人は城主との戦闘時に死んだ。結果的にいえば、あと数分生きていれば生き延びられた。切ない話だった。その友人―――彼はいわゆる良い人だった。こんな世界だからこそ人を殺すような馬鹿な事をしてはいけない。皆が皆、人を殺さずにいればいつか絶対に救いの手は来るなんて言っていた。その所為でレベルが足りずに死んだけれど。良い人だったけれど、馬鹿な人だった。WIZARDやNEROという望んで殺す者がいるという現実を無視してそんな風に思えるのは能天気が過ぎた。
「ばーか、ばーか」
悪態を吐いていれば、幽霊となって出てこないだろうか。
別に彼に未練があるとかそんな話ではない。まして、彼に恋心を抱いていたとかそんな事実はない。私がこの身を捧げたいのは現実世界にいるであろう『あの人』である……
「ハァ……」
またもや彼の事を思い出した所為でさっきと同じようにため息が産まれた。頭を振り、その人の事を脳の奥底に仕舞いこみ、思考を元に戻す。
幼馴染の彼とは産まれた時期も近い所為でほぼ姉弟の関係だった。うちの両親は出張が多く、良く彼の家でお世話になっていた。だから、尚更、恋愛になんて発展しようがなかった。私が姉で、彼が弟で。時折、そんな事しちゃ駄目だよなどと窘められる姉ではあったけれど、でも、私にとって幼馴染の彼が大事なのは間違いなかった。だから、こういった時に愚痴るなら彼が一番妥当だった様に思う。思うけど、もう居ない。どこにもいない。
化けて出てくれば良いのに。
悪魔が蔓延る世界なのだから幽霊ぐらいいても良いと思う。けれど、残念ながら化けて出て来ることはなかった。あの子に対して、お前が心折れて動かなかったから俺が死んだのだ、なんて恨み事でも言ってくれればあの子も少しは目を覚ますだろうに……。
再度、ばーかばーかという声を浴室に響かせる。
そうやって何度も繰り返していれば、思い出した。
円卓の騎士の事を考えようとしていたのだった、と。
彼がいなくなって11名。その後任としてあの子を任命して12名。それで円卓は構成されている。
そして、その上に立つのが私。
トップがいたら、円卓の意味が無いように思う。
さておき。
彼らにはそれぞれ役目がある。
お金集めとか、対人戦闘に関する訓練を行う部隊とか、武器防具などアイテム開発部隊とか、レべリング研究部隊とか、新人教育部隊とか、情報収集部隊とか。なんだか多業種に手を出した会社みたいな感じである。
部隊として一番大きいのは、エリナが代表を務める対人戦闘に関する部隊である。血気盛んな廃人達の取りまとめ役……というか傀儡として彼女は存在している。彼女自身はその事に気付いていない。御蔭で面倒くさい提案をいくつも出してくるから始末に負えない。肉林を作り上げたのも元を辿れば彼女の所の奴だったように思う。
一方、一番権力というものを持っているのはお金集め部隊である。
財布を握り締めている所が一番強いのは世の常というか。御蔭で他の部隊とのいざこざが絶えない。特にエリナの部隊とは険悪である。私達がいなければあんたら死ぬでしょとかそういう脅し文句を言っている、とお金集め部隊の代表であるベルンハルトという年若い美少年風の男キャラが愚痴っていた。まぁ逆にその代表は金を握り締めているのでエリナも最終手段は取れないのだけれども。
城主特権である武器や防具の開発など、欲しい物リストを上げるのはエリナ達だが、そのリストから特に重要な、攻城戦なども含めて考慮した形で、何を作成するかという基本方針はアイテム開発部隊が担う。そして、そこが上げてきたリストを元に、最終決定する権限はベルンハルトにある。城主権限を使えば、開発するためにはお金だけあれば良いので、そう言う話になるわけである。普通に設計図を手に入れて材料を手に入れて作成するという事に比べればそれはあまりにも労力が低い。だから自然と城主権限で物を作る事が多い。勿論、全部のアイテムを作る事ができるわけではないので、アイテム開発部隊の任務が無くなる事はない。ともあれ、そういった経路を辿って欲しい物リストがあがって来た後に私の出番が登場する。城主専用メニューを開いてタップするのである。楽で良いが、それまでに至る過程をいちいち皆が説明してくるのでかなり煩わしい。
で。これが部隊的な意味合いでのやり取りである。
個々人の派閥の話になってくるとまた話は違う。
エリナの派閥……エリナを持ちあげている人達は何も戦闘部隊だけではない。お金集め部隊にも、アイテム開発部隊にも、情報収集部隊にも、色んな所にいる。
エリナの派閥だけであれば下剋上でも合ったのだろうけど、そうなっていないのは、そんな彼女に対抗できるぐらいに人気のある者がいるからだった。これまた可愛らしいアイドルちっくな容貌の女の子である。この子も円卓の騎士であり、名前はヴィクトリア=ぷりんという面白い名前である。通称ぷりんちゃんである。エリナ程ではないが、派閥人数は結構な数だという。ギルドの金を握っているベルンハルトが彼女を気に入っているというのもあって、その拮抗は成り立っていた。御蔭で更にややこしい。今のところエリナもその子も表だって派閥同士で争おうとは思っていないようなので、良いけれど、一旦争いが始まったら行き着く所まで行くだろう。これまた面倒だなぁと思う。
「にしても、なんとも人間活動だよねぇ」
などと黄昏るように口にする。
こんな事をしていても、結局生き残れるのは最後の1人だけなのに、なんでこう人間的な活動をしているのだろう。やっぱり、みんな忘れているのだろうか。それとも、慣れてしまったのだろうか。それとも、この世界で生き延びていればいずれ助かるなんて寝言を本気で信じているのだろうか。そんな事はないと思うんだけれども。
「面倒くさい……」
両手をぐっと伸ばして背筋を伸ばす。ぐぅっと伸ばし、首を右や左へと傾けて肩のコリっぽい何かを取っていれば、ぱちゃぱちゃと真っ当な水音が鳴り、私の体をお湯が伝って行く。
しばらくそうやって体を解した後、口元までお湯に浸かってぶくぶくと泡を作りながら再び考える。
あるいは逆に。
皆、忘れてないとかだろうか。
胸の内には最後に残るのは私だ!と思って生きているのだろうか。だとすると、怖い話だと思う。信用信頼なんて何もない。言葉なんて裏切りの為の嘘でしかない。裏切るために作られた関係なんて……ほんと、面倒くさい。
「嘘だけど」
私は、最初から自分が帰る事しか考えていない。
私の事はさておき、最初は皆で生き延びよう、そんな当たり前に人間らしい集まりだったように思う。エリナもそうだったはずだ。そして、現実を知り、絶望に打ちひしがれた者達がただ生き延びるために集い、どんどん人が増えて来て今の形になった。そんな中で部隊や派閥が出来て人間関係が密になり、いざこざが絶えなくなり、更には肉欲に溺れまくって……今がある。どこからが本当で、どこからが嘘なのかが酷く曖昧で、私には彼らが擬似人間活動をしているようにしか思えなかった。
それはこれからもだろう。これからもっと酷くなる事だろう。それだけは、分かり切っていた。腐り始めたROUND TABLE。
いずれこの円卓は自らの重さに潰れてなくなってしまうんじゃないかと思う。
その時は、きっと今よりも更に面倒な事になるのだろう。
「どっか旅行行きたいなぁ……」
現実逃避したい。
ゲームだけれど。
「……うん。二、三日お休みを貰おう」
私、激務だし。




