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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十三話 棺
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第十三話 棺




『パーティを解散しました』






 そういえばパーティを組んでいたのだったと思った瞬間、手榴弾が眼前に浮かんだ。


 咄嗟に後退し、レイジングブルの引き金を引く。瞬間、射出される454カスール弾。Cz75とは比べ物にならない強い反動に腕がぶれる。


 雷鳴の如き轟音と共に454カスール弾が手榴弾目がけて飛んで行く。454カスール弾と手榴弾のぶつかり合い。人間を殺す為に作り出された兵器同士が作りだす戦争音。人間の業という業を詰め込んだ汚さと醜さを綯い交ぜにした音。


 それが開幕の鐘だった。


 僕達にはちょうど良いみにくさだった。


「残念、死ななかったわねぇ」


「流石にこの程度ではね」


 肩を竦め、WIZARDが鼻を鳴らす。


 鳴らしながら、お手玉といえば良いのだろうか?ジャグリングといえば良いのだろうか?一つ、また一つと彼女の手の内に手榴弾が産まれては宙を舞う。


 都合、十三。


「この程度とか言ってくれるわねぇ。だったら、追加よ。がんばって捌きなさいな」


 言われずとも。


 答える言葉なく、レイジングブルを片付け、FN P90を手にとる。数には数で対抗すれば良い。引き金を絞ればパラパラと軽い音を立てるFN P90。5.7x28mm弾が天に浮かぶ数多の爆弾を打ちぬく。NEROがこれを愛用していたのも分かると言う物だ。使い勝手が非常に良い。


 身を翻しながら、駆けながら、天に浮かぶ爆弾を撃ち落として行く。終われば次、終われば次と終わる事のない、絨毯爆撃とでも言わんばかりの数に辟易しながら、リロード、リロードと呟きながら更地を駆ける。


 どれだけ離れたとしてもここは更地。隠れる場所もなければ、隠れられる様な段差もない。逃げる場所はない。


 いいや、逃げる必要などない。ここが最後なのだから。


 足を止め、正面にWIZARDを見据え、空を埋める数多の爆弾に目を向ける。


 満天の星空を装飾する爆弾群。壮観だった。


 埒が明かない。そう判断し、タボール TAR-21を取り出して二丁で天を穿つ。轟音と共に破裂していく爆弾。周囲の爆弾を巻き込みながら天を爆炎に染める。


「大層な魔法だ」


 破裂した手榴弾の欠片が腕を掠める。けれど、そんな事にいちいち構っている暇はない。痛みに顔を歪める暇もなく、駆けまわりながら、次々と撃ち落として行く。撃ち洩らした爆弾が地面を抉るのを横目に自分に振りかかる爆弾を処理する。


 だからこそ、だった。


「ちなみに、こういうのもあるわよ」


 視線を空に向けた所為で避け切れなかった。


 顔面の横を通過する何か。


 その衝撃に体勢を崩し、撃ち洩らした爆弾が僕に目がけて落ちてくる。瞬間、地面に転がるようにして距離を取る……と同時に、接地した爆弾が破裂し、轟音を放ちながら一瞬前まで僕のいた地面を破壊していく。次々に、次々に。この世界を壊さんとばかりに更地が更に抉られ、その代わりに中空に砂埃が舞う。


 追撃を想定し、その土埃の中を銃撃しようと思い立った瞬間、しかし、手を止め、頬を撫でる。


 指先に血が付いていた。


 それを成したモノ……後方に目を向ければ、剣『だったもの』が落ちていた。半ばで折れた切れ味の悪そうな西洋剣だった。


「剣士に転向したのかね」


「剣士だったら無暗に投げないわよ」


 土煙の向う側から呆れた声がした。


 その声に確かに、と納得しながら再び剣に目を向ける。どこかで見た覚えのある柄だった。どこで見たのだったか……考える僕を、その瞬間を狙ったかのように……いいや、違う。土煙の一部が晴れた瞬間だった。その瞬間を縫い、今度は日本刀のようなものが飛んできた。こちらは最近の事だったので記憶にあった。


「なるほど。剣士ではなく、死体漁スカベンジャーりか」


 僕の戯言にWIZARDが失敬ね、と言わんばかりの表情を浮かべた。


貴方シズぅに言われたくはないわねぇ」


 手をひらひらとさせながら、もうないわよ、と言ったかと思えば、次の瞬間には火の付いたダイナマイトを出現させる。まさに魔法使いだった。


「逃げたかったら逃げると良いわよ?逃げる場所なんて一杯あるんだから」


 お言葉に甘えて僕は後退する。だが、それだけだ。これ以上の後退はない。満足気にWIZARDの唇が弧を描く。


 そう。ここが最後だと、そう思っているのは僕だけじゃない。彼女もまた、ここで終わりだと思っているのだ。


 まったく、おかしなものだ。


 殺し方の趣味も合わなければ、大して性格が合うわけでもない。それでもなお、僕達は今、同じ気持を抱いている。ここで終わらせよう、と。その事にどこかおかしさを感じた。


「君の方こそ寝たかったら寝ると良い。眠そうだ」


「寝ている間に死ぬとか嫌よ」


「眠るように死にたいというのは結構な人間の願望だと思うがね」


 反論するようにダイナマイトを投げられ、それを撃ち抜いた。


 爆風で互いの髪が揺れる。


 さらさらと風に流れるWIZARDの銀髪。それを覆い隠すように土煙が舞う。


 好機なのだろう。だが、それに紛れて互いを攻撃する様な無粋はなかった。変身ヒーローの変身シーンは待つべきだと言っていたWIZARDらしいといえば、そうだった。もっとも僕がそれに付き合う必要はない。が、最後ぐらいそんな感傷に浸っても悪くはないだろう。


 土煙が風に流されれば、更に抉られた大地が姿を見せる。


「この穴、どこまで空けられるのかしらね?」


「さぁ」


 興味もない。


 精々、最北端のように壁があるだけだろう。見えない壁に囲まれた閉鎖世界クローズドワールド。閉じた棺桶。天に昇ったとしても同じ事だろう。これがこの世界。趣味の悪い事だ。


「それにしてもシズぅ?」


「なんだ?」


「……ちゃんと殺す気で来なさいよ。あんまり馬鹿な事しているとさっさと殺しちゃうわよ?」


「いや、なに。銃弾で君の腕を切り離すのに躊躇しているだけだ」


「どういう理由よ、それ」


 辟易された。


 辟易と共に苦笑を浮かべられた。『まぁでも、らしいわよね』とでも言われた様な気がした。


 そうやって互いに戯言を交わしながら、攻撃を加える。


 傍から見れば殺し合い。事実、殺し合いである事に違いはない。気を抜けば即座にHPバーは消えるだろう。それぐらいの危機感はある。


 それでも、どこかいつもと同じ様な気分でもあった。


 僕は彼女の腕に執着し、彼女は冗談交じりに僕を爆破する。いつもと変わらない。その内彼女が眠くなり、意識を失えば、僕はこの手を止めるのだろう。『どう切れば良いか考えていた』などと言いながら、彼女が目覚めるまでその腕を眺め続けているのだろう。


 綺麗な月を見るぐらいなら、自らを殺めようとしたその腕の傷を眺めていたい。そんな風に考えながら。


 最後だとは言え、我ながら、感傷的だと、そう思った。


 こんな事を言えばきっとWIZARDには笑われる事だろう。アリスに聞かれた日には何と言われるだろうか。『鬼畜様がでれでれです!』とかだろうか。


「なんか他の女の事考えてない?」


「……」


「…………余裕ねぇ。シズぅ?」


 苛立ちと共にWIZARDが天に向かって爆弾を投げつける。それらは放物線を描き、僕の下へと。淡々と5.7x28mm弾と5.56mm NATO弾をばら撒く。


 轟々、轟々と鳴り続ける爆弾と弾丸の織りなす交響曲シンフォニア。指揮者もいなければ、譜面もない。ただただ、互いに思うがままに奏でている。


 その音が僅かにずれた。


 音は僕より遥か右側。次いで左側から。


 M24型柄付手榴弾ポテトマッシャーがあらぬ方向に飛んでいった。


「WIZARD。眠いなら眠れば良い。急いで殺す理由もない」


「うるさいわねぇ。美女わたしの寝顔が見たいのは分からないでもないけれどっ!高いのよ、私の寝顔!」


「何を今更」


「っ!た、対価を払いなさいっ!ほら、その命で我慢してあげるからっ」


「勝手に見せておいて高額請求とは……世も末だ」


「実際、末よ!」


 確かに、と苦笑を浮かべながらFN P90の引き金を引く。今度は真っ当に僕の方へと飛んできたマークII手榴弾パイナップルをその5.7x28mm弾で爆破させる。


 轟と風が鳴る。


「まぁ、だが、高いのは確かだろうな」


「はい?」


「君の死体はさぞ綺麗だろうからな」


「酷い褒め言葉もあったものね」


「それはどうも」


 その後は苛烈だった。


 種類、量共に今までの比ではない。苛烈だった。


 僕に手加減しているだろうと言っていた割にはWIZARDの方が手加減をしていたとしか思えない。なんとも嘘吐きである。


 そんな彼女の攻撃を受けながら、僕は考える。


 どうやって彼女の腕を手に入れようか、と。


 ふいに視界に先程僕の頬を削った剣の欠片と刀が映った。剣は……いつぞやの天使のものだろう。今、思い出した。もう片方はBLACK LILIYの使っていたものだ。前者はどうでも良いが、後者はあの人形殺しが使っていたものだ。さぞや名品だろう。僕みたいな下手くそが使っても多少は……と考えていれば、身体がそれを手にしようと動いていた。


 爆弾の豪雨を撃ち、爆破させ、煙の中を走る。


 爆風によるダメージを受けたものの、目的の場所へと達せた。AGIを上げていた御蔭である。いや、VITをあげていれば歩いてでも来られた事を考えればなんともいえないが……。


 剣と刀をまとめて拾い、ストレージへと入れる。


 これで準備は整った。僕の腕では綺麗に切る事はできないだろうけれど、それでも銃弾で引き千切られた腕を手に入れるよりは良い。意気揚々、準備万端。そんな僕の表情が気に障ったのか、


「呆れた。そんなに欲しいのこれ?」


 傷痕を、腕を見せつけながら、彼女はそう言った。


「あぁ、欲しいね」


「こんな醜い傷痕の残った腕によくまぁ、そこまで執着するわよね」


 理解は得られないだろう。


 それを求める僕の想いは誰にも理解できないだろう。例え、その腕が、現実の彼女の腕ではなく、人造の作られた腕だとしても。それでも、


「月より、綺麗だ」


 雲一つない夜天には数多の星の姿。煌々と光るそれらの中で一際輝く月。最後の夜にふさわしいと、僕でも思ってしまう程に。


 だが、そんな月よりも、それこそが僕は美しいと思った。


「…………」


 反射的にWIZARDが月を見上げた。


 何を思っているのか、何を考えているのかなど分かるはずもない。その思いを想像する事すらできない。けれど、それでも彼女を見ることは出来る。月の下におぼろげに浮かぶ姿は綺麗だ。その姿をそのまま死体にしてしまいと、そう願うほどに。そして、だからこそ僕には、彼女が一瞬だけ眉間を寄せて堪えるようにしたのが見えた。


 きっと、十二時を超えたのだろう。


 そう思った。


「こんなもののどこが。どこが綺麗だっていうのよっ!」


 彼女は叫んだ。


 強く手を握り締め、エメラルドグリーンの瞳に敵意と怒りを浮かべ、歯を食いしばり、僕に向かって叫んだ。


 世界にではなく。


 ただ、僕に向かって。


 彼女は叫んでいた。


「自分で自分を殺そうとして、それでも殺せなかった証。切り落とす事もできず、ただただ血を流すだけの何の意味もない自殺行為の証。弱かった私の証明。そんなものでしかない。自分を殺したいならもっと別のやり方だってあった。私はそれを知っていた。屋敷の屋上から落ちればそれで良かった。それで私は死ねたはずなの。結局、姉達の同情を得ようとしただけ。私は死ぬほど嫌なのだと訴えたかっただけ。それでも、それでも分かって貰えない。そんなものは得られなくて―――」


 持て余した感情が、爆弾のように破裂する。


 乱雑に髪を掻きながらどうしようもない感情を吐き出すその姿。目を見開き、表情を歪め、身ぶり、手振り。吐き出された感情を全身で表していた。


「シンデレラになんか絶対になれない。生まれ変わったってシンデレラなんかにはなれない。私はずっとこのまま。未来も、来世も、ずっとずっと永遠にこのまま。私は誰も助けられない。私を誰も助けてくれない。だから、だから---だったら、魔法使いになるしかないじゃない。怖がられて、誰にも近寄られずに、それで一人になって。ずっと、ずっと―――でも、そんなのっ」


 歯を噛み締め、続く言葉を切った。


 きっと涙がこの世界にあったのならば、彼女はずっと泣いていたのだろう。


 なりたくもない魔法使いにならないといけなかった。自分を殺す者がいるならば、それを殺さないのは自殺でしかない。そう思っても、それでも尚、彼女は人間でありたいと願い、殺したくないと願い。それでも殺してしまった。


 酷い世界だと、そう思う。


 もっと世界は優しくあっても良かったのだと、そう思う。


 けれど、世界は僕みたいなものを産み出すぐらいに残酷なのだ。あんな掲示板を産み出すような世界なのだ。臭い物だと蓋をされた世界は酷く残酷で、気持ち悪いものばかりなのだ。けれど、世界はその上に出来あがっている。きっと漏れ出た臭いが彼女を襲ったのだ。それをただ不幸だと思える程、彼女は強くなかった。


 彼女はずっと泣いていたのだろう。


 ずっと、ずっと自分に嘘を吐いて。自らを見失うぐらいに嘘を吐いて。


 自分は魔法使いなのだから仕方ないのだと嘘を吐いて。


 シンデレラにはなれないのだ、と諦めて。


 夢見る事を諦めて。


 決して世界はそれを許してくれないのだと諦めて。


 諦めきって、自らを死んでいるのだと嘘を吐いて。


 けれど。


「―――だからこそ、君は美しい」


 例え、彼女の産み出す死体が汚いものだとしても。


 それでも、彼女は、人であり続けたいと願った彼女の思いはとても尊く、美しいものなのだ。


 僕の様な産まれた瞬間から産まれて来た世界を間違えたと感じた人でなしとは違って、夢を見て、世界を求めて、世界を巡る事に喜びを感じられるそんな人間なのだ。


 いつだって世界は残酷で、臭い物だらけで、汚いものだらけだ。


 けれど、それでも尚。


 綺麗なものだってあるのだ。


「シズぅ……私……」


 再び、言葉を切った。


 それは理性だったのだろう。


 間違った理性だったのだろう。


 ここに至っても彼女はまだ嘘を吐くのだ。自分の罪を十全に理解し、それだけは言ってはならないと思っているのだ。呆れるほどに純粋で、それでいて馬鹿だった。


 叫べば良いのだ。


 自分を糾弾するのではなく、世界を恨めば良かったのだ。NEROのように他人の所為にすれば良かったのだ。


「彼岸で待っていれば良い。どうせすぐに僕も行く事になる」


 寂しげに、彼女は笑った。


 


 ぺたん、と地面に座り、僕を仰ぎ見る。


 一瞬たりとも目を離さないとばかりにエメラルドグリーンの瞳が輝いていた。




 それを壊すのは勿体ない。




 彼女の顔を壊すのは勿体ない。




 首、鎖骨、乳房、腕、足、腰、腹、そのどれもが勿体ないと感じられた。




 傷付けずに殺せればどれほど良いだろうか。




 けれど、今この場所にそんなものはない。




 だから。




 Cz75。




「やっぱ、それよね、シズぅは」


「まぁ、好きだからな」


「私のことは?」


「殺し方は嫌いだ」


「最後までそれぇ?」


「らしいだろう?」


「確かにね。ほんと、私に優しくないわね、シズぅ。あぁ、そうそう。アリスに帰れなくてごめんと言っておいてくれると嬉しいんだけど」


「……人形は嫌いだったんじゃないのか?」


「ま、最後ぐらいはね」




 Cz75を構え、心臓を狙う。そこだけを破壊する。多少の苦しみは仕方ないだろう。それでもきっとWIZARDは我慢する事だろう。それは自分の罪が故に、と。


 どうしようもない馬鹿だった。


 そんな馬鹿を淡々と殺そうとする僕もまた……馬鹿なのだろう。




 そんな馬鹿にCz75の銃口を向け、引き金に指をかけ、引こうとしたその瞬間。






「―――残念ながら、その願いは叶えられない。Time is overだよ、諸君」






 無粋な神様が現れた。






―――






 翼が生えているわけでもなく、空を飛んでいるわけでもなく、ただ人だった。この世界に存在する名状しがたい悪魔達をデザインした神様とは思えないぐらいに普通の人間だった。全体的に華奢な印象を受ける。それが神様の姿と言われてもピンとくる者はいないだろう。それぐらい普通の人間だった。アルカイックな笑みだけが唯一、それっぽいといえた。


 そうか、これが『彼』か。


 その『彼』は僕達の反応を待っているのだろう。無言で、僕達を見つめていた。


 嫌な性格をしているのは既に分かっているが、それにしても性格が悪い。演劇の最中にカットと言ってくる演出家のような、そんな印象だった。


 最初に動いたのはWIZARDだった。


 跳ねるように立ち上がり、つい今し方までの表情は何だったのかと思えるぐらいの形相を浮かべながら、一瞬で百の爆弾を産み出し、神へと攻撃する。


「邪魔を!するんじゃないわよっ」


 自分を不幸にした神様への恨み辛みではなく、邪魔をするから殺そうとする、というのが彼女らしくて場違いにも口元が緩む。


 だが、そんな彼女の攻撃を受けるのは曲がりなりにも神様だった。


「……まぁ、それも良いかな。シズ君とは少し話がしたかったし」


 手にはどこかで見た事のある刀。


 しゃらん、という抜刀音と共に爆弾が切り裂かれた。どういう理屈なのか爆弾は一切、破裂しなかった。その全てが地面に落ちて行く。ころん、ころんと弱々しく。この地を更地にし、穴だらけにした暴力が転がって行く。


 その事に驚く間もなく。


 彼の指先がパチンと音を立てた。


 その音と共に。


「何よ、これ。ふざけんじゃないわよ……」


 足先から、WIZARDの身体が薄れて行く。


 消えて行く。


 ゆっくりと、その姿を消して行く。


 見えなくなっていく。


 彼女だったものが、彼女を構成していた身体が、粒子となって消えて行く。天に昇り、星にならんとばかりに消えて行く。


「Time is overと言っただろう?君には退場して貰うよ。さようなら、魔法使い」


 もはや彼はWIZARDの方を見ていなかった。僕に目を向けていた。けれど、その期待に応える気はなく、僕はその消えて行くWIZARDへ視線を向けた。


 消えゆく自分の足先、太もも、腰、それらを見ながら、彼女は呆然と天を仰ぎ、嗤った。


「アハハハハハっ!こんな最後!こんな最後なのね、私!最低な終わり方ね。まったく……悪い事し過ぎよね……魔法使いの最後なんて、こんなものよね。出番が終われば消えて行くのが必然よね……ほんと……」


 そしてまたしても彼女は言葉を切った。


 だが、その先の言葉は言われなくても分かった。


 泣いている。


 笑って誤魔化しながら、けれど、間違いなく泣いていた。


 自らを灰と名乗った女が、その名の通りに灰のように消えて行こうとしていた。


 生まれ変わったら、シンデレラになりたいと願った女が消えて行く。


 もはや止まる事はない。止められる事もない。神様がそうしたのだから、止まるはずもない。


 だから、そんな彼女へ送る言葉があるとするならば……


「いや、君は今でもシンデレラだと思うが。12時を超えて消える辺りが」


 その言葉に、WIZARDはきょとんとした、年相応の表情を浮かべた。


「何を言っているのよ……馬鹿じゃないの」


「最後まで失礼な奴だ」


「でも、ありがと。私だけの……人でなしの……王子様」


「……そう言うならば、うでぐらい置いていってくれると嬉しいんだが」


「嫌よ。そんなに欲しければ取りに来なさいっ」


「なら、そうするさ」




 僕の言葉に、彼女は静かに笑った。




 嘘偽りなく、笑っていた。




 彼女シンデレラは消えた。




 この世界から消えて無くなった。








―――






 風が鳴く。


 世界に神様と二人きり。SISTERと呼ばれていた彼女であれば、その事を喜んだだろうか。いや、あくまでそう呼ばれていただけで彼女自身が望んだ名ではないか。そんな事を考えていれば、脳裏に『消えた途端浮気とか』という言葉が聞こえて来た。間違いなく気の迷いだった。


「麗しいと称すれば良いのかな」


 僕に声を掛けるかみさまは、無表情に笑って手を叩いていた。ぱちぱちぱち、と何の感情も込めず、何の意味もなく手を叩いていた。


「さて、これで君は最後のプレイヤーになったわけだが、何か感想は?」


「特にないな」


「だろうね。そういう人間だからね、君は。……全く、面白い」


「僕は面白くないがね……ゲームマスターがゲームに参加するなんてもっての他だ」


「確かに。それは僕……いや、私も認めるよ。ただね、さっきも言ったように時間切れなのさ。この私が作った世界で、この私が最後を見られないなんてそれこそもっての他だ」


「我儘な神様もいたものだな」


「神様なんてそんなものさ。古今東西神様なんていうものは自分の都合で好き勝手世界を玩具にする。そんなものだろう?」


「違いない。---ちなみに一つ質問だが、GMアカウントでも死ぬのか?」


「勿論。こちらとしてもGM能力を使って君をどうこうしたいわけじゃない。君達二人を相手する時間がなくてね。君と彼女どっちを相手にするかと考えた時、私は君を選んだというだけの話さ。彼女は運が悪かったんだ」


「ダウト」


「言われるのは初めてかもしれないね。……良く分かったね。君を選んだ理由は妹を……BLACK LILIYを殺した奴を殺してくれたから、だ。ありがとう。別に感謝しているわけでもないけれど。あぁ、でも君と話をしたいと思ったのも事実だ」


 くすくすと笑う。酷く癪だった。


「良く回る口だな……」


「それはどうも」


 苦笑を浮かべ、彼は次の瞬間、淡々と、楽しそうでも面白そうでもなく、感情を込める事なく、無表情に言った。


「あぁ、そうそう話はかわるんだが、伝えておかなければならない事がある。君は僕が作ったNPCだ。考えてみれば分かるだろう?君みたいな人間がいるわけがない」


「……それで?」


「もう少し驚いてくれても良いだろうに。君の中にある妹の記憶。それは私の妹の記憶だよ。ほら、似ていただろう?顔が」


「……それで?」


「冗談だよ。冗談。他人の空似って奴だよ。君の妹の写真を見てびっくりしたから、つい嘘をついてしまっただけだ。……そんな顔をしないでよ。シズ君。君、面白くないって言われないかい?」


「……本当に良く回る口だな」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 そう言って彼は再三の苦笑を浮かべた。


 そして、一度目を瞑り、次の瞬間、目を開ける。


 開いた瞳は死人のようなものだった。直前までの瞳が嘘だったかのようにどこまでも深い黒色。諦め、絶望、悪意、虚無、人の作り出せる負の感情を全て混ぜたような腐臭のしそうな瞳。見る者全てを死に追いやりそうな暗い色だった。見つめられた者がこぞって死んで行ってしまいそうな、そんな瞳だった。


 けれど、それがどうした。


「ここは私の棺だ。古来、王が死ぬ時は道連れを墓に入れたという。君たちはそれだ。一度目は実験、二度目は本番。本当はβをおわらせた後の正式サービス後としたかったのだけれど……残念、時間が許してくれなかったよ」


 そして、大仰に手を広げ、彼は言った。


「全くもって口惜しい。五体満足であれば悠々と最後まで見ていられたのに。残念極まりない。いや、五体満足であれば最初からこんな事はしなかったのかもしれないね。どうだろう?……無言ね。まぁ良いか。本当……世界は不平等だ。まぁ、今更そんな事を言っても始まらない。さて、シズ君。これで、終わりだ。これが最後だ。最後ぐらい遊び心が必要だと思って考えたよ」


 言葉を切り、その虚ろな瞳で僕を見つめる。


「この世界にいたにせものは全て消去した。悪魔もNPCも何もかも。君達が大事にしていたアリスももうこの世界にはいない。つまり、私や君を殺せる者はいない。さらに私を殺せばこの世界を停止する事はできない。私が死ぬか、君が死ぬか。どちらかだ。まぁ、私が君を殺した所で私はすぐに死ねる。この世界からさようならできる。けれど、君はそうはならない。この世界でずっと生き続ける必要がある。さて、どうする?」


 性格の悪い神様のその問いに。


 僕は、


「それが---どうした」


 そう返した。






―――






 僕の返答ににやりと笑い、そして神はまた無為な言葉を紡ぎ出す。




「人は死を恐れる。死を前にすると人を殺してでも助かろうとする。自分1人しか生き残れない状況であってもああして群れる。群れるけれど所詮、そんなものは作り物に過ぎない。今の状況を見れば良く分かる事だろう。君みたいな人でなしが生き残った。人間などそんなものだ。そして君以外の人殺し達はここで死んだ。良い事だ。人殺しなど死んでしまえば良いのだから。そんな人間ばかりのいる世界。こんな世界に意味があると思うかい?」




「どうでも良い。ただ、人間が生きているものだけが世界ではないとは思うがね」




「そう。その通り。とはいえ、私は今、嬉しいんだよ。こんな世界に生きて行く必要がなくて良かった。病に死ねる事がこれ程幸せだとは思わなかったよ。所詮、一皮むけば人殺しだらけのこんな世界に」




「ご大層な台詞どうも。一つ言えるとすれば、だ。僕は君の殺し方が嫌いだ。最初から最後まで徹頭徹尾下らない。こんなにも下らないものを産み出すだけの人生とはさぞ詰まらない物しか見て来なかったのだろう。勿論、同情はしないが」




 Cz75を構える。




「人が死んでいる姿をみるのが好きだ。氷漬けのような、眠るように安らかに死んでいる姿が一番好きだ。けれど、そんな僕でも彼女の腕はとても良いものだと思った。それは生きようとした証なのだから。死にたくないと願いながらそれでも自らを傷付けずにはいられない。だからこそ、綺麗だと思った。だからこそ、その腕が欲しかった」




「……それをご大層な悲観主義で意味も無く奪った君は……最高に最低だ。ここまで苛立ったのは初めてだよ」




「汚らしく、下手くそに……見るに堪えない姿にしてあげよう」




 腸を引き摺りだして飾ってやろう。




 腕を引き千切って並べてやろう。




 指の一本一本を押し潰してやろう。




 骨の一つ一つを削り落してやろう。




「喜べ少年かみさま。君は僕が一番嫌いな殺し方をしてやる」






―――






 怒り。


 というものをここまで明確に自覚できた事はあまりない。いつだって僕は冷たい人間だった。冷え切った心。残念だと思う事はある。執着を持つ事もある。けれど、手に入らないものを延々と求める事はない。手に入らなかったものを手に入れようと闇雲に動く事もない。


 そんな人間だ。


 そんな人間だった。


 僕は確かにそんな人間だった。


 けれど、今、この瞬間。


 僕は確かに怒りを感じていた。


 目の前の少年のような神様に対して酷く怒りを覚えていた。


 いいや、最初からだ。


 この世界に来る前から、だ。


 そういえば、そうだった。僕はこの少年の作りだす死体の写真に酷く憤りを覚えていたのだ。『芸術的ではない下らない写真だ』だなどと大層な事を考えながら。


「私の殺し方……ねぇ。君の期待に答えられないのは残念だが……君も頻繁にアクセスしていた掲示板。あそこにあげた画像は結構、評判良かったと思うんだけど?」


「……僕は心底嫌いだったがね。殺すために殺すわけでもなく、殺したいから殺すわけでもなく、殺したくないと願いながらそれでも殺さなくてはならなかったわけではなく、ただただ無意味に、無為に殺した死体なんて何の価値もない」


「人間の死なんてそういうものだろう?意味なんてあるはずがない。この世界の最初に告げた通りだ。未来に死ぬならば今死のうがこの先に死のうが変わらない。だから私の人生にも意味はない。勿論、この世界で死んだ者達もそうだ。その死に何の意味もない。そんなものさ。人間なんてね。いつだって嘘を吐いている。そんな者に生きる価値はないよ」


「流石、神様だ」


 右手にCz75、左手にFN P90。


「話合いはもう終わりかな?まだまだ話足りないようには思うけれど、確かに……時間がもったいない」


 地面に向けてFN P90の引き金を引き、土煙を舞わせる。その間に、立ち位置を変え、FN P90を片付け代わりにレイジングブルを取り出し、土煙の中心へと向かってCz75の引き金を、レイジングブルの引き金を引く。


 猛る雄牛がその怒りを表すように454カスール弾を神様の下へと。Cz75から射出された9mmパラベラム弾が僕の代わりとばかりに神様へと迫る。


 瞬間、カキンという間抜けな金属音が響いた。反射的にその場に向かって引き金を引き続ける。WIZARDの爆弾を一度に切り去ったイカサマ染みた技だろう。恐らく、GM専用スキル。大人げないにも程がある。


「流石にNEROの友人だけあるっ」


「やだなぁ、これは単なる技術スキルだよ。勘違いしないで欲しいね。言っただろう?GMスキルを使いたいわけじゃないって。それと……彼と一緒にしないで欲しいな。あんな女々しい男と一緒にね……ま、御蔭で楽しめたけれども……とても滑稽だった」


 煙が晴れた。


 全く笑っていない、つまらなそうな顔をしていた。


「私がこの世界を作った理由の一つは彼にある。αテストで誰も彼もが誰をも殺さなければ私はそれで満足した。人間はそれでも人を殺さない高潔な生き物だと。そんな高潔な生き物達の中で先に逝く私はとても不幸だが、それでも構わないと思っただろう。けれど、残念ながら彼は人を殺した。私の指示通りに。あまりにも面白くない所為で警察を誘った。誘って、警察さんの妹がNEROに殺された事を伝えたよ。正義を謳ってくれれば良かったのに復讐を選んだ。全く……度し難いよね?」


「それが、亜莉栖アリスか」


「ご名答。ははっ。やはり君とは戦うより語っていた方が楽しい。けれど、止めてくれないのだろう?」


「当然だろう」


 場所を変え、武器を持ち代え、刀を持つ少年と交戦する。


 身体能力は低い。だが、足だけは早かった。狙いを定め、銃口を向け、引き金を引いた時にはその場にいない。


「これもGMスキルとかじゃないからね。この世界で手に入れたステータスの結果さ。あぁ、ROUND TABLEは面白かったね。特にリンカは面白い人物だった。君は気付いていなかっただろうけれど、彼女、君のストーカーだよ」


「それで?」


 返す言葉と共に弾丸をお見舞いする。頬を掠る。だが、それだけだった。小煩い神様の口を止める事はできなかった。


「考えると言う事を放棄してほしくないなぁ?ストーカーだよ?かなりやんちゃな事をやっていたみたいだけれど、気付かなかった?君の家にも勝手に入った事があるような感じだったよ?」


「それは、それは……」


 是非、話をしてみたかった。


「ほんと、ずれているね。……全く。これならリンカにも多少、分はあったのかもしれないね。残念ながら私が掻き乱してしまったけれど。……いやはや、もう少し長く居られると思ったんだけれどね。まさかヴィクトリア嬢が私を殺してしまうとはね」


「それもお前がやったんだろうに」


 少年の持った刀はReincarnationと名乗った少女が手にしていたものだ。それが少年の手にある事に、酷く我慢がならなかった。


「まぁ、そうだけれどね。それで動いてしまうというのが問題なんだよ。まぁ、ROUND TABLEの事は置いておこう。あぁ、そうだ。シズ君。キョウコの仇を取ってくれてありがとう」


「お前の為じゃない」


「勿論、知っているよ。もっとも、この場に連れ込んだのは私なんだけどね。あぁいう風に育ってしまったのは私の所為だよ。全く……四肢欠損死体が好きな妹なんて最低だ。『どう、この画像だるま!素敵よね、お兄様!』なんて言葉、一生聞きたくなかったよ」


「お前の方が最低だよ、神様」


 彼女とも話してみたいと思っていた。


 何もかもが、誰も彼もがこの神様の所為で狂ったのだ。けれど、神様はそれを他人の所為だと称する。やはり、NEROの友人だと思った。


「いい加減、黙ってくれると嬉しいんだが」


「線香花火みたいなものさ。最後の戯れだよ。DEMON LORDと会った事はなかったかな?彼も古い友人なんだが……あちらは私のことを覚えてはいないだろう。いやはや、面白い死に方をしていたよ。AIなんかに恋をするなんて、人間というのは本当……馬鹿だよね?単なる反応に恋をできるなんて、AIの方が賢いんじゃないかな?」


 僕自身、DEMON LORDと顔を合わせた事はない。だが、神様の言葉に不愉快さを感じた。確かに彼の言う様にNPCに懸想するなど性もない事だとは思う。だが、NEROのようにNPCを代替とするわけではなく、DEMON LORDがそれを真摯に追い求め、その末に死んだというのならば、さぞ、その死体は綺麗だったろう。見てみたかった。


「いやはや、私が直接誘った人は軒並み良い結果を示してくれた。人間なんて何の意味もないものだという事を証明してくれてみせた。嬉しく思うよ。悲しくもあるけれどね」


「戯言を」


「その通りだ。後は、そう。君に関りがあるというと……SCYTHEかな。これは本当に偶然だから、私が誘ったというと少し違うのだけれども。……WIZARDと現実で関係があったようだね」


 それでか、と酷く納得した。SCYTHEを殺した後の彼女は酷く沈んでいた。


 WIZARDが鳥籠と呼んでいた場所から逃げた時に出会ったのだろう。短い、他人から見れば些細な関係。けれど、WIZARDにとってはとても大切な想い出だっただろう。SCYTHEと出会えた時はさぞ嬉しかっただろう。そして、殺さざるを得なかった事に、酷く悲しんだ事だろう。


「ちなみに、アリスの事だが。βに入る時に色々手を加えてね。少し、WIZARDの気質を入れてみた。気付いたかい?」


「時折、似ている感じはしたがね」


 名を言われ、脳裏に天真爛漫を絵に描いたNPCが浮かぶ。僕はNPCの死に興味はない。しかし、あの小煩いアリスがいなくなった事に少しばかり残念さを覚えていた。そんな自分に少し驚きを覚えた。


「だったら成功だ。悲しくなるね。人間の気質なんて所詮デジタルデータで表せるものなのだ。まぁ、脳自体が電気信号を交わしているだけなんだから当然といえば、当然なのだけれど」


「……と言う事はWIZARDとも知り合いだったのか?」


「おや、質問とは珍しい。……けれど、その質問には答えないでおこうか。その方が面白そうだ」


「…………そうか」


 確かに答えが知りたいわけではない。知った所で何になるわけでもない。


 いい加減、終わらせよう。


 言葉を聞けば聞くほどに頭が痛くなる。


 たん、と音を立て、神様へ向かって走る。


 FN P90で牽制を入れながら、真っ向から迫る僕に神様が一瞬、躊躇する。が、次の瞬間には刀を構える。


「やはり、NEROの友人だ」


 刀の間合い、と僕が認識した瞬間、予想通り神様は僕に向かって刀を振り下ろす。咄嗟に避け……る事なく、FN P90を投げ捨て、右手の平でそれを受け止める。


 ずぶり、と手の平に刀が侵入してくる。身体の内部を犯される気色悪い感覚に眉間が歪む。だが、そんな事は想定していた事だ。手に力を入れ、刀の侵攻を押さえ、左手でレイジングブルの引き金を引く。ドスン、ドスンと鈍い音が鳴り、彼の腹に華を咲かせる。


「っぁ……AGI特化には痛いねぇ」


 刀を持つ手の力が緩んだ、と認識した瞬間、その刀を彼の手から奪い取り、背後に投げる。


 呆然、とした表情を浮かべた彼の顔面に、そのどんよりと曇る瞳に向かって―――レイジングブルを投げ捨て―――、仮想ストレージから取り出した神様の妹の刀を突き刺した。


「っぁ……」


 ぷちゅ、という情けない音と共に神様の瞳が潰れ、真っ赤な血と眼球だったものが神様の頬を伝う。


「折角、拾ったんでね。……ついでにこれもどうだ?」


 刀から手を離し、次いでストレージから剣だったものを取り出して神様の腹に突き刺す。天使の剣に突き刺され痛みに蹲る神様に滑稽さを感じながら、刺し傷から指先を突っ込みその中身を捕まえ、引き摺り出す。血と共に真っ赤な腸が月に照らされた。むっと香る血の匂い。最低の気分だった。


 手を離し、一歩後退し、


「…………」


 次いでストレージからサイスを取り出し、横薙ぎに振り抜く。生憎と僕の技量でまともに扱えるものではない。だが、VITの低い神様の足ぐらいは切り落とせた。あぁ、SCYTHEが切れば綺麗なものができただろうに。まぁ、こんな神様の足などいらないが。


 そして。


 からん、とサイスを投げ捨て、神様が手放したReincarnationの刀を取りに行く。


「見よう見真似でしかないが……」


 木刀を上段に構えた妹の姿を思い浮かべる。あぁ、なるほど。ストーカーだったから妹の動きに似ていたのか、と苦笑を浮かべ……振り下ろす。


 神様の腕が飛んだ。


 汚い切断面だった。


 WIZARDの腕を刀で切らなくて良かったと心底思った。


「……まさか、ここまで一方的にやられるとは……ねぇ……流石、産まれついての殺人鬼ナチュラルボーンキラー


 ぼとり、と落ちた腕に目を向け、喘ぐように口にする。


 次から次へと沸いてくる神様の血は赤黒かった。


「助かりたければ、僕を殺したければGMスキルとやらを使えば良いだろう?」


「それこそ無粋だ」


「今更何を言うかね、この神様は」


 言って再び大上段へ、切り下ろす。もう片方の腕が落ちた。


 見るも無残。見るに堪えない。


 そんな死体が後少しで出来あがる。


「なぁに……君は嘘を吐かないから手心を加えてしまっただけさ」


「それこそ冗談だ」


「…………ダウト」


 最後の仕上げは……苦笑が浮かぶ。


「僕はこういう殺し方が嫌いだ……」


 ストレージから、WIZARDお手製の人形型C4を取り出し、開けた腹の中に突っ込み、Cz75を手に取る。


 スライドを引き、マガジンから9mmパラベラム弾がチャンバーに装填される。カチャン、と鳴った。そして、神様を名乗った人間の腹にCz75を押しあて、その引き金に指先を。






「ははっ。……酷い殺し方もあったものだ。愛に溢れているよ、まったく。……それじゃあ、今度こそ本当にさようならだ。精々、がんばって生きてくれたまえ」




 そう言って、アルカイックな笑みを浮かべ―――




 ガチリ、と撃鉄が音を立てた。




 ―――神様は死んだ。




 腹が裂け、胸骨が飛び出し、折れた鎖骨、顎はなく、内側からの衝撃に割れ、中身を周囲に撒き散らした頭蓋。そんな醜く出来あがった死体を見下ろす。




 感慨はなかった。


 こんなものに興味はない。


 立ち上がり、空を見上げる。




「……少しばかり時間がかかりそうだ」




 何もいなくなったこの世界。


 その世界でただ一人。


 ナニモノにも殺される事のない世界。




「待っていてくれると嬉しいね」




―――仕方ないわね。でも、良い女をあんまり待たせるんじゃないわよ!




 そんな声が聞こえた気がした。




 Cz75を手に取り。




「まったく……鬱陶しい」




 苦笑と共に銃口を米噛みにあて、その引き金を引いた。









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