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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十一話 ゲヘナにて愛を謳う者達 下
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 寒空の下、銃身から空気の抜ける音が響く。ひらひらと舞い散るデジタルスノーは銃身に触れた瞬間、解けて水へと変わった。


「あんな素朴な子を相手に容赦ないわね、シズぅ」


「ほんとですよ……あんな朴訥なシスターを殺しちゃうなんて。神様に怒られますよ」


 WIZARDとアリスが二人横に並んで、双眼鏡を構えながら教会の屋根から落ちて行く『人形殺し』とSISTERの姿を見ていた。やはり、この二人は行動が良く似ていると思った。


「…………殺し方が酷かったものでね」


 銃の乱射。


 あれでは『人形殺し』の死体はハチの巣だ。人の形を残していればましといった所だろう。そんな死体を作り出す人間プレイヤーを僕は許せない。


 まして、それが『人形殺し』だというのだから……。


 ただただ残念に思う。


 NEROの倉庫から奪取したBarrett XM500をストレージ内に片付けながら、僕は教会へと向かう。待ちなさいよ、と言いながらWIZARDとアリスが続いた。


 月光が白い雪を照らす。その光景は、多分綺麗なのだろう。アリスがはしゃぐように雪の上を走る。今のアリスはWIZARDお手製のダッフルコートに身を包んでいた。帽子は所謂ロシア帽。防寒用の毛皮ファーの付いた帽子を被っていた。WIZARDは相変わらずの格好だった。寒いのが嫌いだと言っていた割には、この寒さにも雪にも動じてはいなかった。


 僕は僕でNEROの倉庫から奪取した黒いトレンチコートにブーツだった。WIZARDは『私の作った服が着られないっていうの!?』と騒いでいたが、この地では防寒性が一番重要視される項目だったので無視した。


 ざっ、ざっと鳴る雪道を歩く。


 白い。


 白い土地。


 人によって作り出された違和感を覚える世界。これを僕は綺麗だとは思えなかった。月もそうならば、この雪の世界もまた、綺麗だとは思えない。凄いとは思う。廃墟を覆い隠すように降り続く雪は、廃墟を見たくないと願う者達への優しさにもなるだろう。覆い隠してなかったことにする、それだけで救われる人はいたかもしれない。


 だが。


 そんなものは虚飾でしかない。


「不機嫌そうねぇ」


「そういうわけではないが……残念だとは思うがね」


「そっちじゃないわよ……まぁ、良いけど。ま、何にせよ、これでシズぅの浮気がなくなりそうで安心よ、私」


「これで後は僕とWIZARDだけと言いたいのか?まだ気は早い様に思うが」


「今更よ。今頃、暴動でも怒っているんじゃない?LASTなんとかって所のアジトは。見に行く?死体ごろごろしていると思うわよ、私」


「多少惹かれるのは事実だが……残念ながら、もう僕を満足させてくれるプレイヤーがいるようには思えない」


「あら、まだ千人以上は残っているんでしょう?一人ぐらいいるんじゃない?」


「それを探すのも楽しそうではあるが……」


 今は、とりあえず『人形殺し』の姿を見に行こう。そして、ついでにSISTERの使っていたレイジングブルがあれば貰って行こう。あれだけは最初の頃から使ってみたいと思っていた。


 それから更に暫く歩けば、教会へと辿りついた。


 カァ、カァと鳴くスカベンジャーが死体を啄ばんでいた。


 Cz75を取り出し、それらを撃ち抜く。


「食べたいなら後にすると良い」


 その言葉を理解したのかしていないのか、カァカァと鳴きながらスカベンジャーがアリスの下へと向かって行った。スカベンジャーに追われるアリス。雪で躓いてこけるアリス。それの背に乗ってカァカァ鳴くスカベンジャー達。もしかして、彼らはアリスがコンビニ店員をしていた時のただめしぐらいだろうか。


 どうでも良いか。


 転がっている死体は四つ。


 その死体を順番に眺めて行く。一体は少し離れた場所でもはや欠片しか残っていなかった。残り三体の内二つの死体は仲良さそうに手を繋いでいた。そのすぐ傍にスカベンジャーに喰われて原形を留めていない少年の死体があった。


 人形殺しとSISTERと名前も知らない誰か2名。それがその全てだった。


 それにしても死んでもなお手を繋いでいる程に仲が良いなら殺し合う事もなかっただろうに……とは思ったものの即座にその考えを否定した。人形殺しのような生粋の異常者がこの世界で正常な人間の中に混ざっていればそうもなる。どうしようもない僕達ひとでなしさがだ。もし僅かでも人形殺しに人の心が残っていたのならば―――殺し合ってもまだ手を繋いだままでいられる相手がいる事を思えば、そうなのだろう―――、きっとこれで満足なのだろう。死なねば止まらない。なればこそ、親友に止めて欲しかったなんてそんな陳腐な物語を脳裏に思い浮かべる。けれど、まぁ、きっと、その考えも間違いなのだろう。所詮、僕だ。


「悲惨ねぇ」


 WIZARDがそれらの死体を眺めながらそんな事を口にした。他愛のない戯言を口にしたつもりなのだろうか。あるいは、十二時を周りそうになっている所為だろうか。


 考えても仕方ない、と僕は近場に落ちていたレイジングブル、スーパーブラックホークなどの銃器を回収して、レイジングブル以外をストレージへと入れる。


「リロード」


 言葉と共に454カスール弾が弾倉に装填される。


 そして、銃口をアリスの背にいるスカベンジャーへと向け、引き金を引く。


 轟。


 と音がなり、スカベンジャーがその体を散らし、その体液がアリスの服へとかかった。音に驚いたのか他のスカベンジャー達は空に逃げて行った。が、空でぐるぐると円を描くように飛んでいるようだった。まぁ、死体がこれだけあれば彼らの役目からすれば消えるわけにもいかないのだろう。


「ちょ、ちょっと鬼畜様ぁ!?」


「……良い銃だ」


 『それが、それが女の子を汚物塗れにしておいて言う台詞ですかーっ!』とアリスが騒いでいるが、気にせず、教会の中へと向かう。


 そんな折、SISTERの影に隠れて見えなかった人形殺しの顔が視界に映る。


 綺麗なものだった。


 SISTERは顔を狙わなかったという事だろう。戦闘の最中に何とも余裕があることだ。


 などと考えていれば、自然足が人形殺しの下へと。


「シズぅ?死体なんかに興味持つぐらいなら私の肢体をって……あぁ、まぁ、シズぅだものね……」


「穴だらけの死体に興味はないが……」


「そりゃ、女の肢体だもの穴だらけよ」


「…………」


「お姫様、それは流石にちょっと下品ですよ!」


「ほんと煩い人形ねぇ」


 二人の戯言にも慣れたものである。


 しゃがみ、人形殺しの顔を見る。見た事のある顔だった。東北のあのタワーで見た記憶は……あったとしても僅かな物だろう。こうして近くで見ることはなかった。だが、見た事のある顔だった。


「妹に良く似ている」


 何から何までとは言わないが、妹に似ていた。同じ格好をして、同じ髪型をして、同じ仕草で声を掛けられればきっと間違えてしまうだろうと思えるぐらいには似ていた。


「へぇ……だったら、シズぅの妹は美少女ねぇ」


 勿論、妹がこんなゲームにいるわけがなく、彼女が妹だという事はない。そもそも人形殺しであるこの子は神様の妹だ。だからといって、どうしたというわけではない。が、こうも似ていると思う所があるのは事実だった。


 やはり、妹の死体を見たいとは思わない。


 そう思った。


 立ち上がり、今度こそ教会へと向かい、その中に転がっている死体の切断面の美麗さにもう少し早く辿りつければと、惜しい事をしたと思いながら、その日、僕達はその教会で一夜を過ごした。


 


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