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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十一話 ゲヘナにて愛を謳う者達 下
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09



「イクス様、ネージュのことで伝えたいことがあります」


「勿論、そのためにお呼びしました」


 広い部屋。会議に良く使う場所。いつだかネージュ君が雪奈の亡骸を抱え、泣きそうな表情を浮かべて来た場所です。勿論今は血の匂いはしません。実際、すんすんと鼻を鳴らしても、香る事はありません。強いて言えば、雨の匂いがしました。屋外は雨。まるで今の私の気分を表しているようでした。


 鼻を鳴らす私を訝しげに見つめる男女。


 30名近くの人達がいました。これだけ多くの人達がネージュ君と志を同じくしているようでした。そんな彼らを見て、場違いにもやっぱりネージュ君は凄い、そう思いました。


 元々LAST JUDGEMENTにいる人達、元ROUND TALBE、あるいはその他の人達。色んな人がいました。前々からギルドに所属している人以外の名前は覚えていません。名前を覚えないことは相手を人間と思っていないことでもある、という話も聞きます。そういう観点からすれば、私はこの人達を人間とは思っていないのかもしれません。ネージュ君が集めた人達というそんな非人間的なレッテルを張っているのでしょう。最低で、最悪な人間だと思います。


 沈黙を破ったのは先頭に座っていた男の人でした。


「イクス様、ネージュは……」


 噛み締めた歯の音が雨音以上に響きました。


 ネージュ君の事でここまで感情を剥き出しにしてくれる事に場違いながらもどこか嬉しさを覚えました。何があったのかは今から聞かないと分かりません。けれど、ネージュ君がこういう人達に守られているという事はとても良い事なのだと思います。名前、ちゃんと覚えようかな、と思いました。


 けれど、それもネージュ君が戻って来てからの話です。


 佇まいを正し、私は聞く姿勢に入りました。


 そして、彼らを代表してその男の人が、


「あの日、ネージュは騎士ナイトと一緒に北海道の城に向かいました」


 そう口にしました。


「……どういう意味ですか?」


「言葉そのままです。イクス様にとっての親友であるキョウコ……様。ネージュは、変わらず、イクス様が放逐された後も変わらず、疑っていました」


「それは知っています。……貴方はネージュ君達がキョウコの城に向かって、キョウコに捕えられたと、そう言いたいのですか?」


 私の言葉に男の人は頷きました。


 ネージュ君が未だにキョウコのことを疑っているという事は知っていました。


 キョウコ本人からも聞いています。時折、怖い怖い視線を向けられると。その後に、怖いので慰めて!と抱きついてくるのはどうかと思いますけれど……ともあれ、私は知っていました。


 雪奈の死体をキョウコが汚したという疑い。あの時よりも冷静に考えられますが、どう考えてもそんな事をしてキョウコにメリットはありません。そんな事をした所で何の意味もありません。


「貴方達もそう思われるのですか?」


 聞くまでもなく、全員が頷きました。


 ため息が出そうになりました。


「キョウコがそんな事をして何のメリットがあるんですか……」


 いえ、出ました。


「イクス様。これはネージュが見つけたものです。北海道の処刑場、そこに送られた者達と処刑された者の数が違うのが分かるかと思います」


 差し出された紙、それを受け取って目を通します。そこに書かれていた数字は確かに違っていました。


「これが何か?」


 送られた者に対して処刑された者の方が多いのだと、その男は言いました。確かに多いですが、それの何が問題だというのでしょう。


「その書類の真偽もありますが、どちらにせよ、北海道はキョウコの裁量に任せています。今、北海道には多くの者がいます。いざこざもあるでしょう。中にはキョウコが直接手を下さなければならない事案もあるでしょう。そういう報告は受けていませんが、言うまでもないと判断しただけかと思います。気になるようでしたらキョウコに確認します。けれど、それだけです。……まさかこれを証拠だと言ってネージュ君はキョウコを疑っているのですか?」


 あちらで問題を起こした者を処刑するのはキョウコの裁量に任せています。ですから、それが何の証拠になるというのでしょう。それにこれをもって雪奈の件でキョウコを疑うというのはどうかと思います。それではまるでキョウコに殺人嗜好があると言っている様なものです。馬鹿馬鹿しいと、そう思いました。


 それと同時に、ネージュ君はそこまでおかしくなってしまったのだろうかと心配になりました。こんな人殺しと人死にばかりの世界です。おかしくなっても仕方の無いことなのかもしれません。ネージュ君にはそういった世界から離れてほしかったのですけれど、もう遅いのかもしれません……。


「その通りです。ネージュはキョウコの城で行方不明になりました。犯人はキョウコしかいません。イクス様。冷静にお考えください。ネージュや騎士ナイトがあの辺りに出る悪魔如きに殺されると本当にお考えですか?まして騎士ナイトはまだランキングに名前を連ねている。死んでいないのです。にも関らずあの二人が戻ってこない。連絡がない。……イクス様。ネージュがイクス様を裏切ると本気でお考えですか?」


「ネージュ君が、私から、LAST JUDGEMENTから離れたいというのならば私は止めません。止める言葉も持ちません。貴方達のような仲間もいる事ですし、死ぬ事はないでしょう。同窓ですので、死なないでいてくれた方が嬉しく思いますが」


「そんな言葉が聞きたいんじゃねぇんだよ!」


 突然の罵声は入り口付近に座っていた男の人からでした。見るからに野蛮な感じの人でした。もっとも、この世界の見た目に意味はありませんけれど。


「ネージュが何のためにこんな事やっているのかあんた何も分かってねぇよ。全部あんたの為だってのに。ふざけんなよ。それが、あんたにまで疑われて……くそっ。なんだよ、この女!ネージュが馬鹿みたいじゃねぇかよ。おい、お前ら。こんな奴に話たって無駄だ。さっさとネージュを助けに行くぞ」


 男の言葉に反応して、何人かが立ち上がりました。


 立ち上がり、私を見下しました。


 車に轢かれ、内臓が破裂して道路の隅に転がったままにされた動物の死体を見る様な眼でした。ちょっとの憐憫とその光景を見させられた事に対する嫌悪、それらが合わさった眼でした。


「待って下さい」


「待たねぇよ。あんたは今まで通り、あの女と友情ごっこでもしてりゃいいんだよ。あんたにネージュは助けられないんだからな」


 吐き捨てるようなその言葉が癪に触りました。


 私がどういう想いで、ネージュ君を遠ざけたと思っているのでしょうか。こんな人に分かるわけがありません。


「待ちなさい」


 自然、敵対する者へ向けるように。


「っ……流石、殺人姫シスター


「黙りなさい。キョウコの下へは私が向かいます。貴方達は何があったかだけを教えてくれれば良い。ネージュ君が城に向かったのは教会完成式典中で良かったですね?」


「……あぁ」


 私の言葉に男がふてくされたようにその場に座り、それに合わせるように男女数人がその場に座りました。


「……確かに式典中、キョウコは席を外しました」


 ざわり、と音が鳴りました。


「私は中立を保ちます。キョウコにはネージュ君のことを知らないかと問います。貴方達がそこまで疑うならば城の中をくまなく探索します。手伝いたいならば、貴方達にも手伝ってもらいます。それで互いの疑いが晴れればそこで終わりです。キョウコにとってはただ疑われているだけです。何もないようならばキョウコには私から謝罪します。……これ以上、雪奈のことでギルドが分かたれることは私が許しません。それがギルドマスターとしての私の判断です」


 それが結論です。


 NEROがいなくなり、危険なのはNPC軍団とあの二人。それが収まれば争う必要はなくなるのです。こんな所でいつまでも止まっているわけにはいきません。


 死人である雪奈の想いは分かりません。ですが、雪奈だって、自分の事でネージュ君がこれ以上苦しむ事を是とはしないでしょう。


 あるいは……そう。


 あるいは。


 私にとってはもはや腕一本、足一本どこかに持っていった者がいたとしても、気にならなくなっているのかもしれません。だからどうしたのだという思いが少なからずあるのは否定できませんでした。


 あんなにも人を殺したのですから。


 あんなに殺して、今更同窓の者だからといって死体を損壊された事に怒るなんて、もう私にはできません。してはいけないでしょう。冒涜するように数多の命を奪ったのですから。


 面と向かって殺人鬼シスターと言われても怒る気力すら沸いてこない私にとっては今更な事なのです。仮にキョウコが雪奈の両手両足を奪って持って行ったのだとしても、私はもう何も思えません。『あなたは人を殺しているじゃない。死体の腕を切るのと人を殺す事、どっちが悪い?』なんて問われれば二の句も告げられません。


 もう、私には……何も言えないのです。


 でも。


 キョウコがネージュ君に何かをしたのだとしたら……そんな事をキョウコがするわけがありません。そう思います。ですが、中立を謳うならばそれも考えておかなければいけません。


 仮に、キョウコがネージュ君に何かをしたのだとしたら……


 私は感情のままに。


 キョウコを責め立てるでしょう。感情のままに怒りと憎しみを持ってキョウコを殺しにかかるでしょう。どうしてそんな事を!と嘆きながら理由を問い、泣きそうになりながら、それでも殺そうとするでしょう。


 最低で。


 最悪な女です。


 自分勝手で、手前の幸福しか考えられない女です。


 こんな女に好かれても、ネージュ君は何にも嬉しくないでしょう。


 ごめんなさい。


 こんな殺人鬼わたしあなたを好きになってごめんなさい。



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