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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十一話 ゲヘナにて愛を謳う者達 下
106/116

07


「私を殺した人についていくわけがないじゃないですか」


 アリスが吐き捨てるようにそう口にした。


 口にした瞬間、不思議そうな表情を浮かべた。自ら発したその言葉に違和感を抱いているようだった。彼女の曖昧な記憶が、αテスト時代の記憶が元に戻ったわけではないのだろう。自然と出た言葉、そんな風に感じた。


「……覚えて、覚えているのかイリス」


 言われた側のネロはアリスの事を『イリス』と、そう呼んだ。


 それがアリスのαテスト時代の名前か。アとイが変わっただけという適当さに何とも言えない気だるさを覚えながら、僕はNEROへとCz 75を向ける。


 僕には変身ヒーローの変身を待つような優しさはない。


 NEROの顔面に向け、引き金を引こうとした。


 瞬間、WIZARDがCz75の銃身に指を突っ込んだ。


「WIZARD?」


 銃身の先から白い指が伸びているその光景が何とも馬鹿馬鹿しい。


 感情を持て余すNEROとそれに対峙するアリス。そんな二人を前に、この女は何をしているのだろうか。少しは空気を読むと言う事を覚えた方が良いのではないだろうか。そんな僕のモノ言いた気な視線に、


「良いものが見られると思うのよ」


 と。


 悪い笑みというのはこういうモノを言うのだろう。とてもわるい笑顔でそう口にした。


「それとシズぅ。空気は読まないと。様式美というのは大事なものなのよ?」


 変身ヒーローの変身はしっかりと待てと言わんばかりであった。


 Cz75の銃身から指先を抜き、WIZARDは二、三歩後退する。嘆息し、それに合わせるように同じく後退する。


 この瞬間に何の意味があるというのだろうか。


 楽しそうに厭らしい笑みを浮かべるWIZARDの考えなど僕には分からないし、ましてNPCの考えなど分かるはずもない。あるいはWIZARDには分かるというのだろうか。時折、姉妹のように同じ仕草や行動をする二人だ。共通する考えでもあるのだろうか。


 そんな性もなく、どうでも良い事を考えていればNEROの表情に変化が現れた。


 それを一言で表すならば『歓喜』だろう。


 届かないモノに手が届いた時のように、かつて失った物を再び手に入れたように、薄暗い洞窟の奥深くで小さな光を見つけたかのように、過去に想いを馳せ、未来に希望を見出したかのように。


 そんな表情を浮かべるNEROを見て、僕は元より失望していたものが更に落ちて行くのを感じていた。


 これでは……これではどこにでもいる人間だった。


 ただの人間。


 大量殺人犯とは思えないぐらいにただの人間だった。安穏とした日々を生きる普通の幸せな人間でしかない。こんな光景をWIZARDは見たかったというのだろうか?


 いいや、違う。


 キラキラという擬音が浮かびそうな程に希望に満ち溢れたNEROの瞳。もう一度会えたという喜びを隠しきれない瞳。最高に幸せそうな人間の、その光。


「いえ、覚えていません」


 それを打ち消すのは……小さな光を踏み潰すのは魂なき存在だった。


 その光が心底気色悪いと言わんばかりに引き攣った表情を浮かべながら、ぱたぱたとそこから逃げて僕の後ろへと。


 僕の背を、服を掴む指先はどこか頼りなく、震えているようだった。けれど、それでも彼女は……僕の背からひょこっと顔だけ出して、


「でも、貴方に殺された事だけは覚えています。ですから、ついていくわけありません。そもそも私には鬼畜様がいますので。貴方みたいな女装男子に興味が沸くわけないじゃないですか」


 そう付け加えた。


 瞬間、NEROの瞳からは光が失われ、だらしなく口が半分開いたまま……呆然とした表情を浮かべる。その表情のままに、何かの間違いだと言わんばかりにアリスへと一歩近づこうとし、足が動かない。手を伸ばそうとして、伸ばせない。


 NEROがそんな傷心の少年のような仕草をした瞬間、風が吹いた。


 背中側でアリスがきゃっと髪を押さえ、バランスを崩したのか背に凭れて来た。そんなアリスの一挙手を目で追い、手を伸ばそうとするNERO。その無様なNEROの姿をWIZARDが嘲り笑う。


 カァ、カァとスカベンジャー達も空で笑っていた。


 周囲にいたNPC達は動きを止め、主の姿を見つめていた。


 そんな中、アリスは風で少し寄れた髪を直しながら、とって付けたような適当さで言葉を続けた。


「あと。それとですねぇ。これが一番不愉快だったのですけれども……ネロ様の名前を騙るのも止めてくれません?」


「わた……僕が、僕がネロだよ……あぁ、この身体だから分からなかったんだね。イリス。この身体は……最低で最悪な神様あいつに身体を作り変えられたんだ。この身体の事なら僕だって嫌いだ。これはあの女の物なのだから。……僕がネロだよ。ネロなんだよ」


 『誰かに憑依してなり変わる』という物語がある。その物語の主人公が昔の自分を知っている人達に自分の証明をするシーンがある。そんなシーンのようにNEROは必死に自分のことを説明していた。僕がネロなのだと。君と一緒に過ごした時間が云々、僕と君だけの記憶だよ云々と。その度にWIZARDが『必死過ぎて笑える』と指差して笑っていた。


 しかし、彼は一体何を期待しているのだろう。NPCの記憶は記録でしかない。失われたのならば決して戻る事はない。一部残っているのはそういう風に消したからでしかない。だから、いくらNEROが熱弁した所でアリスの記憶が戻るはずがない。そんな当たり前の事を彼は理解できないのだろうか。いいや、理解したくないのか。これが現実と思いたくない……そういう思いだろうか。そんなNEROの姿を、親に玩具をねだる子供のようだと思った。


 考えている間にもNEROの言葉は続いていた。


 『二人で渓流を昇った。昇り切った場所。川の産まれる場所を見た。苔と植物の葉に覆い尽された岩、その陰から零れ落ちる滴。』とても綺麗だった。君もまた、と身ぶり手ぶりでそう語るNEROに、


「あぁ、鬼畜様と見ましたねぇ。何ですか貴方私のストーカーとかですか?というかもうストーカーですよね。嫌です。本当止めて下さい。殺しただけでは飽き足らず肉体までも支配しようと!?最低ですね。この女の敵!……あ、でもこれが鬼畜様ならっ、私……」


 と返すNPCの慈悲の無さと鬱陶しさ。それを『よかったわね、人形に遊ばれているわよ!』と笑う人間ウィザード


 WIZARDもアリスも、NEROという人間を相手にしていなかった。


 いつものようにふざけていた。


 確かにアリスの中には殺された記憶があるのかもしれない。だが、アリスにとっては正直、殺された事もNEROの事もどうでも良いのだろう。寧ろこんな女装男子など無視してさっさと帰りたいとでも思っていそうだった。


「まぁ、ネロ様というのが誰かは分からないので、どうでも良いといえばどうでも良いんですけれども。早く帰って鬼畜様とお姫様に罵ら……いえ、会話トークがしたいです。というか、この間ネロ様の姿を見たので、貴方じゃないのは知っていますよ?騙そうとしたって騙されてやりませんよ!」


 思っていそう、ではなく思っていた。


「……僕の姿?この世界に僕の姿……だと」


「はい。見ましたよ!なんだか小さくなっていた気がしますけれど!あ、いえ?大きくなっていたんでしたっけ?」


 僕達には見えなかったネロの姿。


 恐らくそれはネロのαテスト時代の姿。


「九分九厘間違いないと思うが、『彼』だ」


 フォローのつもりはないが、僕はそう口にした。


 瞬間、NEROの表情が歪み、ぎり、と歯を鳴らす音が聞こえた。


「どこまで僕を馬鹿にすれば気が済むんだ、あいつ!……死ぬ前に殺してやる」


 憎悪と共に指を動かす。画面操作をしているのだろう。何をしたのかは分からない。が、早々にこの世界ゲームを終わらせるための行動に違いない。例えば、このNPCの数を更に増やしたとか。そんな所だろう。


「イリス。君は今、僕に会って動転しているんだよ。だから、ちょっと待っていてね。こいつらをさっさと片付けるから。さっさと片付けて僕達の家に帰ろう。懐かしいあの場所へ帰ろう。イリス」


「……気色悪っ!?だから、さっきから言っていますけれど、貴方について行く気はこれっぽっちもないんですって!」


 慌てて僕の背に顔を隠すアリス。


「……Cz。君のせいだよね。……全く。これだから人間は」


 歯軋りの音が聞こえて来そうだった。


 歪んだ唇、つり上がった瞳、威嚇するような剥き出した歯、右手には刀、左手にはFN P90。小さな体躯にこれでもかと憎悪と怨嗟を詰め込んでいた。僕が死ねば全て解決する。そう言わんばかりだった。


 僕を解体ころした所で意味はない。


 認めたくもないが、アリスはアリスの意志こころに基づいて行動している。僕がどう言った所で何が変わるわけもない。恐怖に怯え、抗う事なくただ従順な人形が欲しいのならばそれでも良いのかもしれないが……。


 僕はNPCに魂があるとは思っていない。


 けれど、NEROはそうあるべきだと信じている。だが、彼の行動はその逆を行っている。真っ直ぐ逆に止まる事なく向かっている。彼自身がアリスの魂を、心を否定している。


 恐怖に怯え、主の怒りを買わないように行動する者に魂などあるはずがない。それこそ人形でしかない。主の言葉通りの行動をするだけのAIに何の意味がある。承認欲求というにも酷いものだ。誰も彼もが自分の思い通りに動かないと気が済まない。NEROはそういう人間なのだろう。自分の思い通りに動く者達だけを集めて、その王座に座る。そこに何の意味があるというのだろうか。


 WIZARDが、人形遊び好きというのも頷けた。


 そして、だからこそ。


 だからこそ、彼の殺し方は雑なのだ。その持つ力を十全に使えないのだ。


 幼子が癇癪と共に人形を壊すのと同じだ。言い表せぬ感情を激情でしか表現できない幼子。理性を育む途中の産まれたばかりの赤子。それと彼の何が違う。


「NERO、やはり、君は僕が殺そう」


 これ以上、子供ネロ人間プレイヤーを殺されないように。


「僕が、お前を殺すんだよ。粋がるなよ、ただの人間が」


 だったら何なのだろう。


 化物とでも言うのだろうか。


「化物はただの人間に殺されるのが常だよ、NERO」


 苦笑と共に言葉を紡げば、


「うわぁ。自分の事ただの人間だと思っているとか。それは流石に人間が可哀そうよ。……シズぅ、もう少し自分の事を客観的に見ないと……」


 とWIZARDが場も弁えずに呆れた声でそう言った。


 失礼な奴である。


「煩い」


「はいはい。じゃ、殺しちゃいましょうかね。人形遊び好きな餓鬼なんてさっさと殺して遊びに行きましょう」


 どこに、という疑問を浮かべるよりも前に。


 僕とNEROの間に、ピンの抜かれた手榴弾と共にC4が投げ込まれた。


「人形遊び、好きでしょう?」


 ケタケタと笑いながら、小人型に加工されたC4が十個。


 ……いや、10体というべきか。


 映画や小説に良く出て来る粘土状の爆弾。固形の爆弾では難しい隙間などに埋める事が可能ではあるものの、人形ひとがたに加工した馬鹿はWIZARDぐらいのものだろう。


 C4は本来、起爆装置が無ければ通常爆発することはない。が、起爆装置の代わりとばかりに投げられた手榴弾。それが、C4を起爆させる。


 破裂した人型が周囲に散らばる。


 最低の開幕だった。


 その爆発で地面が抉れ、舞い上がる砂埃に視界が塞がった。


 とりあえずとばかりにWIZARDの顔面にCz75を向け引き金を引いた後、


「いったぁぁ!?ちょっとシズぅ!?」


 叫ぶWIZARDを無視し、僕はCz75をストレージに仕舞いながら後退する。


 慌てるようにアリスが僕の後を付いて来た。


「お姫様を残して逃げるとか鬼畜様は最低です。普通逃げるのはお姫様の役割ですよっ」


「僕はか弱いんでね」


 僕を叱責するアリスを無視し、物陰に隠れ、XM109を取り出し、未だ砂埃のあがるそこを目がけて引き金を引く。


 轟と鳴る大きな音にアリスがびくりと跳ね、耳を抑える。お構いなしにリロードを掛けながら連続で引き金を引く。銃身が熱を持ってしまう事などお構いなしに撃てるのがこの世界だ。延々とリロードを続ければWIZARDがきゃあきゃあ言いながら爆弾をばら撒いては破裂させていた。


 余計に見えなくなる。


 が、そもそも見えていない故にどうでも良い、と更にリロード。


「Cz、流石にそれは悪手だよ」


 突然、声が掛けられ、反射的に声の方を向けば、NEROが刀を横薙ぎにしたところだった。


「きゃああっ!?」


 痛みより先にアリスの叫びが耳朶に響く。


「―――っ!」


 銃身を支えていた左腕と共にXM109が空を舞った。


 相変わらず良く飛ぶ腕だ。


 そんな戯言を思い浮かべながら、咄嗟に転がり、NEROから距離を取る。


 が、その行動を分かっていたかのようにFN P90から射出された弾丸が僕を襲う。避けられるわけもなく、腹に、胸に、腕に、足に、眼球を弾丸が傷付ける。


 噴水の如く。


 残った瞳で見たそれは血の噴水だった。


 片目に映るHPバーが徐々に消えていく。痛みが意識を奪って行きそうになる。


 だが、だからどうした。こんなにも穴だらけで無様な死体を晒すなど許し難い。自分の事だからこそ尚更に。


 右手を動かし、ストレージからCz75を取り出す。


 それをNEROに向ける。


 そうさ。まだ動く。


 引き金を引けば、音速を超えた弾丸がNEROの胸元へと突き刺さる。だが、それだけだった。血は流れている。ダメージを受けていないわけではない。けれど、一発の9mmパラベラム弾でどうこうできる相手ではない。いくら僕のDEXであろうとNEROの防御力を抜くには足りなかった。続けて引き金を引いてもなしの礫だった。


「足掻くなよ、人間」


 NEROが嘲る。人間なんて所詮、そんなものだろうとでも言いたげだった。


「しかし、相変わらずDEXだけ……ねぇ。馬鹿じゃないの?良くそんなので生きて来られたね。良かったね、運が良くて。良かったね、WIZARDが庇ってくれて。良かったね、WIZARDが一緒にいてくれて。どうせその内殺されるのに……どうせ、裏切られて捨てられて殺されるだけなのに。おめでたい頭だよ、本当」


 自分が優位に立つと、喋りたくなるものなのだろうか。すぐに殺せば良いものを。


 そんなヒーローの変身が終わるのを待ってくれる優しい化物にんげんに弾丸を。


 こんな状態には今まで何度もなっている。HPが低いのだから当然だ。WIZARDに連れまわされて多数の悪魔に腕を引き千切られ、喰われ、足を切り裂かれ、眼球を串刺しにされ、歯を抜かれ、生爪を剥がされてきた。たかが足一本、腕一本、眼球一つで人が死ぬものか。


「ただの執着だよ、化物にんげん


 XM109が飛んで行ったのならば、Cz75が駄目なら、別の物を使えば良い。伊達にWIZARDに連れられてあちらこちらへと行っているわけじゃない。


 仮想ストレージからIMI タボール TAR-21を取り出し、即座に引き金を引く。


 イスラエル・ウェポン・インダストリーズ製のアサルトライフル。30発の5.56mmNATO弾を格納した湾曲箱形弾倉マガジンから次々と弾丸が射出される。毎分1000発の弾丸を、初速950m/秒という音速の3倍近くの速度、避けられるものならば避けてみると良い。


「この野郎っ」


 NEROの可愛らしい顔が怒りに歪んだ。


「君だっていくつも武器を持っているだろう?」


 言い様、NEROが離れたのを確認して回復アイテムを取りだそうとしたものの、右腕は牽制のために引き金を引くのに忙しく、どうしたものかと考えたのと同時に、離れて隠れていたアリスが近づいて来て、本日二度目―――僕の口に回復アイテム突っ込んだ。


「げほっ」


「わっ!?あ、ご、ごめんなさい鬼畜様ぁ!?わ、私焦って、その!?」


「いや、ありがとう。助かった」


 突然の行為に驚きはしたものの、わたわたと、あわあわと慌てるアリスに感謝の言葉を伝えれば、


「―――鬼畜様がデレた!」


 などと状況を全く察していないのか、アリスが喜んでいた。その喜びと共に僕の腕が、眼球が、足が生えて来る。


「……僕のイリスに何をさせているんだよ、シズ」


 そんな僕達の姿を見たNEROが激昂していた。


 刀を地面に引き摺り、ゆっくりと近づいてくる。まるでホラー映画に出て来るリビングデッドのようだった。


 狂気と憎悪と怨嗟に満ち溢れた表情。5.56mmNATO弾によって服は千切れ、腕や胸元から出血しているのが見えた。それらが尚更リビングデッドのように思わせた。


 それと同時に、その耐久性にNEROのVITはカンストしているのだろうと思った。だったら、とリロードと口にし、TAR-21の引き金を更に引く。


 いくらHPが多かろうと、5.56mmNATO弾を万発も当てれば死ぬだろう。


 勿論、万に達するまでに僕が殺されなければ、だが。


 避ける仕草も見せず、NEROが近づいてくる。


 顔面を狙えば、腕がそれを庇う。その隙間を抜けた弾丸が彼の頬に傷を付ける。舌打ちの声と共に速度があがった。走るNEROの足元へと銃口を下げて行けば、彼の下腹部に弾丸がめり込み、バランスを崩す。だが、それでも歩みは止まらない。


「そんな豆鉄砲で僕を止められると思うなっ」


「あらそ。じゃあ、こっちはどうかしら」


 直後、爆風がNEROを襲った。


「というわけでお待たせ。にしても全く。情けないわねぇ、シズぅ。約束、破る気なの?」


 自ら作り出した爆風に揺れる銀色の髪。それを指で梳かしながら、WIZARDが僕の方へと。


「というか、さっきのアレ。許さないからね。覚悟するのよ!」


「君が最初にあんな事をしなければ、こんな状況にはならなかったと思うんだが、それを理解した上で言っているのか?」


「勿論」


「だと思ったよ」


「じゃ、シズぅは後ろから援護お願いねぇ。私に当てる度にペナルティ一つ追加ね」


「何をさせられるのかね……」


「秘密よ」


 言い様、FN P90の弾丸がWIZARDへと。がこん、とWIZARDの首が曲がった。が、その直後にはもう元の位置に戻っていた。


「所詮、こんなものよね。シズぅがおかしいだけで」


 痛痒はない、とばかりにWIZARDは爆弾を生成していく。その手に内にM24型柄付手榴弾ポテトマッシャー、マークII手榴弾パイナップル、M26手榴弾レモン、M67破片手榴弾等アップルが作り出される。WIZARD自身はそれらの違いに頓着をしない。そもそも違うものだとも思っていない。全てまとめて手榴弾だ。


 両手を広げるようにばら撒き、ソレら全てを爆発させていく。


 そして、更に彼女の白い手に、


「さっさと死になさいよ、糞餓鬼」


 焼夷弾が産み出され、次の瞬間にはNEROの下へと。


 焼夷弾から作り出された炎が世界を照らす。


 手榴弾とは違う、ゆっくりとした炎の煌めき。


 次、次と投げられ炎は大きくなっていく。


 僕達の下まで熱が伝わってくる。


 その熱の中でNEROは耐えられるだろうか。


 いいや、耐えているのだろう。


 彼が死ねば、世界にアナウンスが流れる。


 だったらまだ彼は生きている。


 回復アイテムを使いながら生き延びているのか、あるいは僅かの痛痒もなく耐えているのか。それは分からないが、しかし、生きているのは確かだった。


 そして、この状況はつい先程と同じだ。


 だから、僕は予想が出来た。


「馬鹿の一つ覚えもいい加減にするんだね」


 声と共に刀を構えたNEROがWIZARDの腕を切り落とそうとすることを。


 だから―――


「NERO、それは君にはやらせない」


―――僕はその邪魔をした。


 刀身を、秒速700mの弾丸で狙い撃つ。金属音と共に、NEROの腕から刀が飛んで行った。


「邪魔をするな、シズぅぅぅぅ!」


 叫ぶNERO。


 服は焼け、所々肌が見えているものの、その肌は綺麗なものだった。僕が与えたダメージもなくなっている。案の定、回復アイテムを使ったようだった。


「邪魔もするさ」


 WIZARDの腕をNEROなどに切らせるわけにはいかない。SCYTHEやQueen Of Deathなら良かった。だが、それ以外の下手くそな奴にやらせるわけにはいかない。あれをNEROなんかに奪われるのは許せない。


 それを怒りと呼ぶのならば、僕はそんな怒りにまかせ、TAR-21の引き金を引いた。


 カラン、カランと薬莢が音を立てる。


 TAR-21から放たれたNATO弾。それがNEROの身体を削って行く。返すようにFN P90から5.7x28mm弾が射出され僕を削って行く。


 互いに位置を変えながら、延々と弾丸を穿つ。つかず、離れず、互いに距離を保ちながら己が銃の引き金を引く。


 どちらがダメージを受けているのかなんて歴然だ。


 頬を通過する弾丸、肩を抉る弾丸。


 構わない。


 腕を抉る弾丸。足を抉る弾丸。


 構わない。


「ソレは君には過ぎた物だ」


「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇよっ!さっさと死ねよ、人間プレイヤー!」


 そんならしくもない口調は激昂が故だろう。


 瞬間。


 カチャ、と間の抜けた音が響く。僕と違い、彼には弾丸生成能力があるわけじゃない。今まで弾丸が続いていた事が不思議だったぐらいだ。弾倉マガジンを取り換え、再び僕へ……なんて悠長な事をしている暇などNEROにあるはずもない。


 その隙を付く僕に、舌打ちと共にFN P90を投げ捨て、NEROが代わりの刀を装備して僕に接近してくる。


 一直線に。


 まるでずぶの素人のように。


「なるほど……遠目で見た時は分からなかったが、目の前でみると良く分かる。君はただの素人なのだな」


 その言葉に。


「あぁぁぁぁっ!!!」


 NEROは激昂した。


 滅多矢鱈に刀を振りまわす。視線と刀筋が全く同じ。フェイントの一つもない。早さだけは一流だ。当たればそれこそ首が飛ぶだろう。けれど―――


「これでも妹とは仲が良かったんだよ」


 妹程じゃない。


 ちょっと付き合ってと言われて、僕を相手に木刀を振るう姿を何度見たことか。何度妹の試合を見させられた事か。虚実入混じり、予想外の方向から繰り出されるそれに比べてNEROのソレは酷く稚拙だった。


 袈裟に来る刀筋を避け、お返しとばかりに引き金を引く。パラパラと音と立ててNEROの身体が血を吹く。


「どいつもこいつも僕を馬鹿にしてぇぇ。当たれ、当たれよっ」


 NEROが叫ぶ。


 この世界で一番レベルが高いのに。


 この世界で一番の勢力を誇っているのに。


 この世界で唯一のαテスターなのに。


 αテストの勝者サバイバーなのに。


 色んな想いがNEROの中に駆け廻っているのが分かった。その源泉は認められたいと言う事なのだろう。他者に対する優越感。誰も彼もが彼を強者だと謳っている。それが今はこの体たらくだ。自然と高まった自尊心が今、侵される事に恐怖を感じているのだろう。


 心底つまらない。


 こんなものが化物のはずが無い。


 化物ひとでなしは人間らしくないからこそ、化物ひとでなしと呼ばれるのだ。今の彼はただの人間こどもでしかない。自分を認めてくれぬ世界を、自分の思い通りに行かぬ世界に対して癇癪を起こす子供でしかない。


 彼の人生において、何がそうさせたのか。


 彼がどうして人間よりもNPCを大事にしようと思ったのか。その事には興味はあった。大量殺人者の思考というものは興味があった。


 だが、今の彼を見みれば分かる。


 自慰マスターベーションでしかない。


 世界への怒りでも、世界への憎しみでも、世界への悲しみでもない。SCYTHEのように殺したくなくても殺さなくてはいけないという二律背反アンヴィヴァレンツでもない。Queen Of Deathのように誰かに魅せるために殺しているわけでもない。『カニ』のように食欲から出た獣じみた意志カニバリズムでもない。『人形殺し』のように芸術アートだと思っているからじゃない。WIZARDのように世界への諦めと絶望が産んだ混沌カオスが作り出した殺人なんかじゃない。


 まして理念、思想、理想なんて欠片もない。


 自分を慰めるために理由をつけて他者を害しているだけだ。


 つまらない。


 心底つまらない。


 他人の自慰行為マスターベーション程見ていて不快な物はない。


「君はただの人間こどもだよ。化物ぼうくんなんかじゃない」


「だまれよぉぉ!!」


 刀が首皮一枚を削って行く。


 血が流れ、切られたそこから痛みが脳に届く。


「鬼畜様っ!?」


 煩いNPCが騒いでいた。


 傍から見れば今の僕は危なそうに見えるのかもしれない。WIZARDも歯噛みし、手を出しあぐねている様子だった。だが、傍から見るほどのものじゃない。


 ざり、ざり、と地面を移動する音。それに合わせて身を逸らす。身体を捻る。これが妹ならば持って行かれただろうが、この男にそれは出来ない。もっとも、最初にNEROと出会った時だったら違っただろう。


 先日の事だ。


 DEXがカンストした後に上げたのがAGIという事にWIZARDが心底呆れたものだが、動きが良くなったのは確かであり、僕は満足している。そうでなければ今こうして避ける事はできなかっただろう。


 右から、左から、上から、下から。位置を変え、体勢を変えながら幾度となく迫る刃を一重で、二重で避ける。避ける都度に引き金を引き絞り、NEROの身体を穿つ。そしてまた襲ってくる刃。


 その度に、アリスが悲鳴に似た声をあげていた。何度も、何度も。


 一分。二分。三分。どれだけの時間が経過したかは分からない。決着は付かず、さりとて互いの攻撃が止む事もなく。ただただ時間は経過して行く。


 服は破れ、身体の端々に切り傷が、刺し傷が出来ていた。流れる血がHPを削って行く。勿論、NEROも無事というわけではない。服は破れ、身体には無数の穴。だが、それでもNEROの方に分があるように見えるだろう。


 僕が、ではない。


 僕以外の者にとって、だ。


 ……だから、きっとそれは僕を心配しての事なのだろう。


 突如、アリスが、


「私、貴方のことが大嫌いです!」


 そう叫んだ。


 その刹那、NEROの動きが止まった。


 同時に僕の手も止まった。


 いや、それだけに留まらず、この世界に存在するその全てが停止したようにさえ思えた。それ程に彼女の声は世界に響いた。


 目を向ければ、歯を食いしばり、恐れに唇を震わせ、両の手握り締め、それでも尚、毅然とした瞳を携え、アリスがNEROを睨みつけていた。


「イ……リス?」


「私と同じ仲間であるNPCを人形の様に使い潰しているなんて……最悪です」


 震える声で、心にもない事を心ないNPCが口にした。


 その戯言はきっとNEROの注意を引こうとしての言葉だったのだろう。思っていもいない心ない言葉。


「違うっ!僕は……僕は君の為に」


 そんな心ない言葉に返すのはそれもまた、心ない言葉だった。


 それは酷く不愉快な言葉だった。自分の行動その全ての責任をアリスになすりつけたと云う事に他ならない。


 だが、それでもこの男には分からないのだろう。そう言われたのが、例え魂のないNPCであったとしても不愉快に思うと言う事を。


「私の為というのならば今すぐその刀を捨てて死んでください。目障りです」


「Czっ!!お前、イリスを洗脳しやがったなっ。畜生。こんな奴を同類だと思っていたなんて僕はどうかしてたんだ。僕の同類なんているはずもないのに!」


 そんな高尚な事を僕にできるはずもない。コミュニケーションを洗脳と称するのならば話は別だが……。


 そんなNEROの言い草にWIZARDがゴミを見る様な目を向けているのが見えた。


 誰も助けてくれなかったと嘆いていたWIZARD。それでも他者を恨む前に自傷行為に走ったWIZARD。自らの存在すら消そうとしてそれすらも許されなかった少女。魔法使いになるしかなかったシンデレラ。灰被りの少女は自分の罪を十全に理解している。だからこそ、我が身の罪すらも、全てを他人の所為にするこの男が心底嫌いなのだ。


「私の為、私のため、わたしのため。そんな事いうくせに私の言う事なんて一言も聞いてない。そんな貴方が大嫌いです!例え、そう。例え貴方が本当にネロ様なのだとしても、です。私の記憶の奥底にある幸せそうな記憶。今は見ることもできません。それはとても幸せな記憶なのかもしれません。ですが。そんな記憶を産み出したのが貴方だというのならば。願い下げです。もう二度と思い出したいと思いません」


 毅然とした表情。


 魂のない存在が見せるそれが、どうにも人間らしい。


「いや、そうだ。そうなんだ。こいつは違うんだ。そうさ。イリスがそんな事を言うわけが無い」


 慌てるように。


 顔を青ざめ。


 NEROが呆けたように呟いた。


 その言葉に、安心したように胸を撫で下し、アリスは誰しもが身惚れるぐらいの笑顔を浮かべた。


「あぁそうですか。それは良かったです。でもそうですね。折角なので、その貴方の記憶にあるイリスさんによろしくお伝えください。貴方、騙されていますよ、って」


 けれど、その奥にあるのは怒りだった。それをNEROは感じ取れたのだろうか。いや、取れなかったのだろう。それだけは僕みたいな奴でも分かった。


「私の大事な人を傷付ける人間プレイヤーなんて死ねば良いんです」


 護身用に渡していたWIZARDお手製の爆弾。


 それを、その全てを今、彼女は解放った。


 過去への決別とばかりに。


 世界が明滅した。


 どれだけの数の爆弾をWIZARDから預かっていたかは知らないが、呆気なく。今まで僕やWIZARDが戦っていた時間が無駄で無意味だと言わんばかりに。


 本当に呆気なく。




「私、やりましたっ!」




 NEROが追い求め、NEROが守ろうとしていたNPCによって―――




『関東地方、中国地方、関西地方、中部地方、四国地方、九州地方 現城主 NERO 


 が死亡しました。以後、 関東地方、中国地方、関西地方、中部地方、四国地方、九州地方 は城主無し となります』




 溌剌と。


 ただ爛漫に。


 記憶に引き摺られることなく、


 不安も、後悔も、憂いも、何もなく、


 魂無き人形アリスによって、




 ―――暴君は殺された。



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