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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十一話 ゲヘナにて愛を謳う者達 下
104/116

05


「正面突破は女の花道!」


「……」


 騒ぐWIZARDの後ろ、背にアリスを庇いながらNPCに向けて引き金を引く。


 パァンと銃声が鳴り、NPCの頭蓋が飛ぶと同時に、次いで別の方向へと銃口を向け、引き金を引く。忙しなく動く僕の右腕。左腕が残っていればもう少し楽だったのだが、と無い物をねだる。回復アイテムを使えば即座に再生するものだが、生憎とそんな暇はない。有象無象の魂無き存在が間断なく僕達を襲って来ていた。


 槍、剣、銃などなど。この世界に存在するありとあらゆる武器が僕とWIZARDを襲う。僕とは違い、WIZARDの身体に一切傷はなかった。いくらNEROが産み出した高レベルNPCといっても、所詮有象無象の魂無き存在である。そんなもので彼女が傷付けられるわけがない。勿論、彼女の綺麗な跡の付いた腕にも傷はついていない。そうさ。こんな程度の低い攻撃でアレを奪われてたまるものか、と少しばかりの憤りを感じながらCz75を背後に向けノールックで引き金を引く。一瞬、びくんとアリスが跳ねた。


「び、びっくりしました」


 その割には大して驚いていないようにも思えるが、多分今更だからだろう。既に百体は殺している。殺せば殺す程僕のフラストレーションが溜まる。なぜ、魂の無い無機物を延々と殺さなければならないのだろう。しかも、そのこわし方も―――自分の事だが―――不愉快なものなのだから尚更だった。DEXが上がり切った御蔭でCz75でも454マグナム弾ぐらいの風穴が開く。最悪である。最低な気分である。これなら他のパラメータをあげた方が良かったのかもしれない、と思ったものの今更な話だ。


「シズぅ。楽しんでるぅ?」


「こんな事を楽しめるとでも?」


「ま、そうよねぇ!シズぅはあの糞餓鬼と違って人形遊びは嫌いだものねぇ」


 きゃはきゃはと云う擬音が今の彼女を表現する最適な表現だろう。大嫌いな人形を我が身諸共に爆破しては笑っていた。その姿は、まるで最初の時のようだった。あの時はちゃんとした人間だったが、今はちゃんとしていない人型の人形である。見ている僕としては大層、気分が悪い。


「これならNEROを長距離射撃で殺した方が良かったよ」


「はいはい。文句言わない。後で新しい服作ってあげるから!」


 返すように、WIZARDに迫っていたNPCに向けて引き金を引いた。どすん、という鈍い音と共にNPCの顔面が破裂した。汚い液体がWIZARDの腕に掛った。この空間で唯一まともに見ていて満足できるそれを自ら汚してしまった。その事にしまったな、という想いと共に、今度は右側から来たNPCへと。


 結果、更にWIZARDの腕が汚れた。


「シズぅ……汚れちゃったじゃない」


「腕には、汚した事は謝るよ」


「腕にはって何よ!?私に謝ってよぉ!?」


「そっちは今さらだろう」


「私、腕に負けたっ!?ちょっと、浮気するにしても私の部位とか止めてよ!」


 性もない戯言である。


「き、鬼畜様。戦場でいちゃつくのはどうかと思いますが、流石です。とりあえず、これ。食べて下さい」


 飛び交う銃弾をうひゃうひゃと慌てて避けながら、アリスはポケットから回復アイテムを取り出し、次いで僕の口へと押し込んだ。


 突然の事に一瞬、驚いたものの、余裕がなかったのは確かであり、ありがたいのは確かだった。しかし、なぜポケットに……いや、そういえば護身用に回復アイテムや爆弾や小銃などを適当に渡していたな、と思い出していれば、口腔から喉を通過する回復アイテムの異物感が胃に到達したと同時に消え、僕の腕が生えた。


「ちょっとぉ!そこの人形!何羨ましい事してるのよっ!」


「ふふん、お姫様の役得です!」


「誰がお姫様よ、この人形っ」


「ひぃ!?」


 まったくもって、戯言である。


 これだけNPCがいたとしても、WIZARDには何の痛痒も与えられない。それこそ人形遊びに等しい。時間をかければ全部殺せることだろう。寝ずに殺せば一日二日で終わる事だろう。生憎と僕は相変わらずVITのない紙装甲で、傷を負ってばかりである。何日も持つようにも思えない。


 とはいえ、それ程時間をかける気もかかる気もしていない。


 どうせNEROが出て来る。


 アリスがこちらにいるのだ。それを知れば出て来るだろう。時間の問題だ。NEROが出てくればそれを殺す。それで終わりだ。


 正直、情報という観点だけで言えば、もはや僕にはNEROに会う理由は無い。既に『彼』の正体は想像が付いている以上、NEROに聞く事はない。


 だが、こんな魂のない存在によって数少なくなって来た人間プレイヤーが殺されるのは業腹だ。僕はそんな詰まらないものを見たいわけじゃない。まして、『人形殺し』がまだいるかもしれないとなればそれが殺したものを見てみたいと思う。けれど、NPCが先にそれを殺してしまったとあってはやるせないにも程がある。


 ただでさえ、SCYTHE、Queen Of Deathという稀有な才能を持つ人間を失ったのだ。これ以上失ってはそれこそWIZARDみたいな爆破マニアみたいな雑な殺し方しかできない奴や、NEROみたいなNPCに人殺しをさせる奴、あとは正義を謳っていそうな者達ぐらいしかいないのだ。僕が望むような光景を見せてくれるのは『人形殺し』を除いてもういない。


 だったら、先に障害となるべき相手を殺すのが良い。


 そも、以前からNEROは殺しておきたかったのだ。彼自身にも才能は感じられる。だが、それを十全に使う事を知らない。そんな奴を生かしておく理由などない。僕が殺す。無意味な死を産み出す暴君は僕が殺す。


 今まで産み出してきた無意味で、魂の輝きを汚すような不愉快な死の報いは与えられるべきであろう。


 だからこそ、


「き、鬼畜様……ま、まだですかね?まだなんですかね。女装少年さんを見る為にこんな所連れて来られて私憤慨しても良いと思うんですよ」


「とりあえず、その口を閉じておいて欲しいんだが」


 小煩く、弱いNPCを連れて来たのだ。


 爆発音が響くこの戦場へと。


 阿鼻と叫喚。


 人でなしどもの絶叫が響き、四肢が飛び、血が降り注ぐ。所詮、作り物のデジタルデータ。そんな詰まらないモノを産み出しながら、陽が沈んで行くのを感じていた。


 沈み逝く太陽。


 月が姿を現す。


 だから、どうしたというのだ。


 気色悪いセンスの欠片もない月が出た所で何も変わらない。暗闇が世界を埋め尽くそうとも爆弾とマズルフラッシュが世界を照らす。


 襲い来る無限のNPC。攻撃を受け怪我を受ける僕。攻撃を無視するWIZARD。騒ぐアリス。


 その構図は変わらない。


 しかし、ふいに、その構図におかしさを覚えた。


 丁度、太陽が沈んだのと同時だったように思う。


 アリスに向かう攻撃がなくなった。それに気付いたのはアリスが騒ぐ率が減ったからだった。アリス自身も不思議そうに首を傾げていた。


「私、前に出ても大丈夫そうですね」


 盾になりましょうか?と言外に告げるアリス。私、貴方より役に立ちますよ?とでも言いたげな表情だった。その顔面に銃口を向ければ、「ひゃあっ!?」とアリスが鳴いて、しゃがんだ瞬間に引き金を引く。


 発射音が聞こえなかった。


 不発ではない。確かにNPCの顔は飛び散った。だが、銃弾の発射音も、薬莢が落下する音も、NPCの顔が飛び散る音も聞こえない。


 それを覆い尽くす程の音が響いていた。


 聞こえるのはWIZARDによって作り出される戦争協奏曲コンチェルトのみ。狂騒を謳う破壊の曲。魔法使いにしかなれなかったシンデレラの狂乱と狂騒の曲。それは世界を埋め尽す程の狂気。これを聞けば誰も彼もが狂ってしまう。殺されるのがNPCで良かったのだろう。作られた阿鼻と叫喚で良かったのだろう。残った人間達プレイヤーがここにいなくて良かったと思う。こんなものを聞いた日には踏み潰された肉塊と血が地上を埋めるだけだ。そんな光景を僕は見たくない。そんなつまらない光景を見たくはない。無暗矢鱈に、乱雑に死体が並ぶ光景を見たいとは思わない。


 そんな憤りと同時に、WIZARDの狂気に興味を抱く。彼女の作り出す光景を見たくはない。だが、それを作りだそうとする彼女の魂に興味を抱く。


 たかだか20年前後の人生の内に、どれだけの狂気を培ったというのか。どれほどの悪意を詰め込められたというのだろう。


 子は、幸せであれと願われて親より産まれる。産声を、世界に産まれたくなかった嘆きだと称する者もいる。しかし、僕の妹のように、彼女は望まれてきた者だ。願われ、望まれ産まれて来た者だ。そうでなければここまで狂う事はないだろう。最初から狂っているのならば僕の様に、あるいは『人形殺し』のようになるだろう。僕とは決定的に違う。産まれた瞬間より人の死に興味を持っていた、生まれながらの人でなしとは違う。


 にもかかわらずこれだ。


 ケラケラとNPCの残骸の上で嗤う。


「お姫様、怖いですねぇ」


「……」


「鬼畜様にとっては怖くない、と?」


「あの殺し方は嫌いだ」


「答えになっていませんよ……」


 彼女はきっと嘘が巧いのだろう。


 きっと自分を騙すのが巧いのだろう。


 自分が最初からそうであったのだと思える程に巧いのだろう。


 けれど、だからこそ。


 彼女の奥深くに住まうシンデレラは泣いているのだろう。


「……だから、どうした」


 泣いている妹ならば慰めるだろう。だが、WIZARDを泣きやませる事なんて僕にはできない。同情するような性質は持ち合わせていない。それを残念とも思えない人でなしだ。


 そんな僕だからこそ、WIZARDは付き纏うのだろうか。


 彼女はきっと、僕と共にいるのが楽なのだろう。


 同情もなければ、友情もない。まして愛情などあるはずもない。あるのは傷跡のある腕への執着のみ。そんな碌でなしで人でなしな僕だからこそ、彼女は狂わなくて済むのだろう。


 まったく。なんとも酷いシンデレラストーリーだ。


「あれ、鬼畜様。もしかして、今、笑いました?気持ち悪かったですよ?」


 答えず、僕はMP5をストレージから取り出し、引き金を引き、リロード、引き、リロードを繰り返し、玩具の死体を作りだす作業に戻った。


 それから数時間が経過した。


 時計の針が12時を示した。


「気障な餓鬼ねぇ……シンデレラの魔法が切れる時間に現れるなんて。まぁ、あんな餓鬼が王子様なわけがないけどさ」


 何時の間にかWIZARDが僕の隣に来て、そんな事を言った。


 あぁやだやだと眉間を寄せながら。


「いつから夢見る少女になったんだ?」


「女の子はいつだって夢を見るのよ」


「寝言は寝ている時だけで十分だ」


「何よっ!?女の子にしては歳が行き過ぎとか言いたいの!?」


「いや、君の年齢を知らないから何とも言えないが……」


「えっと、誕生日は過ぎたと思うから―――」


 WIZARDの個人情報に興味はないが、言葉を切られたのは流石に可哀そうだと思った。


「Cz、遅かったねぇ……遅かったのは許さないけれど、良く見つけてくれたね。そこだけは褒めてあげるよ」


 女装少年が僕達の前に現れた。


 相変わらずのロングパーカーに、デニムのショートパンツ。気に入っているにしても他に着替えはないのだろうかと少し心配になるぐらいにいつも通りの彼だった。


「時間指定はなかったはずだが?」


「私が待てるまでだよ。そんな事、決まっているじゃないか」


 あっけらかんと告げるNEROに、WIZARDが舌打ちした。


「ねぇ、シズぅ。この糞餓鬼さっさと殺して良い?」


「お言葉だねぇ、WIZARD。君如きが、私に勝てると思っているのかい?」


「これだから調子に乗った糞餓鬼は嫌なのよ」


「NERO。少し聞きたいのだが……」


 時間を稼ぐつもりもなければ、新しい情報を手に入れたいわけでもない。


 確認程度だった。


「彼女を連れて来てくれたんだ。それぐらいは聞き入れるとしよう。何かな?」


 肩を竦め、したかないなぁとばかりにため息を吐く。あざとい仕草だった。WIZARDはその姿を見て、うへぇと顔を歪めていた。


「君は『かみさま』の正体を知っているのか?」


「随分、つまらないことを聞くねぇ。……ま、良いけど。知っているよ。『彼』が何処の誰で、どういう奴かも知っているよ。住まいも、彼の今の状態も知っているよ。一応は友人だったからね。それと『彼』の妹がこの世界でBLACK LILYなんて呼ばれているのも分かっているよ。兄のためなら何でもする、欠損死体が好きな変態だけど。……まぁ、だからといって、君があの子に会う事も、『彼』に会う事もないけどね」


 BALCK LILYが『人形殺し』という確証を得られたのは思いがけない事であり、NEROが僕をここで殺す気であるという事など正直どうでも良かった。


「それだけかい?冥土の土産は弾むよ」


「ROUND TABLEにいた春というプレイヤーが『彼』だと思っているんだが、あっているのか?」


 口にした瞬間、NEROが苦笑を浮かべた。


「…………ふぅん。なるほどね。口癖のように『ダウト』とか言っていたなら本人だね」


「WIZARD」


「何よ。私に振らないでよ。……む。そんな顔しないでよ。はいはい。言っていたわよ。鬱陶しいぐらいに」


「なら、本人だ。なるほど。少し疑問だったけれど、ROUND TABLEの仲違いはそれが原因か。相変わらず良い性格をしている……死に体の癖に良く頑張ったものだよ。そんなに人の死体がみたかったのかね?」


「知らないわよ」


「君には聞いていないし、君と会話しているつもりもない。黙っていてくれないかな、売女」


「私だって会話している気はないわよ。糞餓鬼」


 二人はどうも合わないのだろう。以前に交戦したことがあったと聞いているが、その時に何かあったのだろうか。


「だとするならば、だ。NERO」


「ログアウトしたんだろうね。この間導入された建築素材なんてとても『彼』らしい。……ま、最後ぐらいは現実が良かったのかもね。あんな所の何が良いのかね……とすると、やっぱりLAST JUDGEMENTもそろそろ終わりかな。『彼』が動いたのだとすれば、彼女も動くだろう」


 どんな花火になるか楽しみだよ、そう付け足した後、NEROは仮想ストレージからFN P90を取りだした。


「報酬としてあげる予定だったものだけれど、まぁ、FN P90から発射されるんだ。弾丸でも変わりはないよね?」


「大きな違いだがね」


「怨みたかったら自分を怨むと良いさ。……さて。イリ……いや、今の名前はア……リ……」


 ぎりっと歯軋りが鳴った。


 僕の影に隠れていた所為で今まで見えなかったのだろう。アリスの頭上に浮かぶNPCの名前、それを見てNEROの顔が歪んだ。憎悪と怨嗟。誰が見てもそんな感情が浮かんでいるのが分かる。


「……アリス。こっちにおいで。君の居る場所はそこじゃない。君が居るべき場所は僕の隣だ。過去も現在も、そして未来も。君は僕と一緒にいるべきだ」


 押し殺せない感情を浮かべながら、隠れているアリスにNEROが言う。


 その言葉に。


 NEROが現れて以降、一言も喋っていなかったアリスが僕の背から顔だけ出して、言った。


「普通に嫌ですよ」


 瞬間、WIZARDが噴き出した。



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