44日目 接近遭遇○○ちゃん
俺は職場が入っているビルの前、ぼんやりと道路を行きかう車を眺めていた。
……おっと、昼休みにネクタイを緩めたな。
締め直しながら、道路に視線を送り続ける。
これから取引先のお偉いさんの出迎えをして、社長室まで案内するのだが———
「でも相手の顔、写真でしか見たことないんだよなあ……」
課長曰く『高そうな車が停まったらその人だ』とのことである。
まだ時間には少し早いが、居ないわけにはいかないし……と、一台の車に俺の目が留まる。
ひょっとしてあれか?
高そうな黒塗りのセダンが一台、スピードを落としながら近付いてきている。
黒い車はハザードを出し、ゆっくりと路肩に寄せて来る。
間違いない。
車に近付くと、フィルム張りの後部座席の窓に人影が揺らめいた。
俺は後部座席のドアを開ける。
「今日はお忙しい中、ご足労頂き———」
思わず言葉が止まる。
開けたドアの裏にいたのは一人の少女。年はメスガキと同じくらいか。
大人びた子供らしさ———そう表現するにふさわしい表情で俺に微笑みかける。
「あら。素敵なお出迎えね」
「すいません! 間違えました!」
ドアを閉めようとするより早く、少女は手を差し出してくる。
「おじさま。エスコートしてくださる?」
……え?
思いがけない言葉に戸惑ったが、間違ってドアを開けた負い目がある。
俺は素直に少女の手を取る。
「えーと、どこまで———」
「お嬢様!」
運転席から降りてきたスーツ姿の若い男が、血相を変えて駆け寄ってくる。
……なんか俺、マズいことでもしたか?
思わず固まる俺を横に、少女は横目で男を一瞥。
「野村は良い子で待ってなさい。できるわね?」
「は、はい……」
……なにこの光景。
「さあ、参りましょう」
「え? ああ。どこまで連れて行けばいい?」
「シャイン・プランニングという会社がこの辺りにあると」
「ああ、それならここの6階が受け付けだ。ビルの前まで送るよ」
シャイン・プランニング。
このちょっと胡散臭い感じの社名は――俺の勤める会社である。
……運転手付きの車から降りてくる少女が、うちに何の用だ?
まさか、この子がお出迎えするお客さんじゃあるまいな。
並んで歩きながら視線を送ると、少女はマジマジと俺を見返してくる。
「……ひょっとして、理沙ちゃんのお父様ですか?」
「え?」
理沙……って、あのメスガキだ。つまりこの少女はあいつの友達なのか。
そうと分かれば安心だ。最近は女児と必要以上に触れあわないよう用心深く過ごしているが、関係者なら問題なかろう。
「いや、俺は彼女の父親の会社で働いている。あの子なら、今日はまだ来てないよ」
少女は「あら」と呟くと、俺の頭の天辺から足の爪先まで見回して更に「あらあらあら」と呟いた。
「えっと……どうかしたか?」
「いえ、理沙ちゃんのお父様にしては、吊るしの安価なスーツだと思いました。そうですか! あなたが例の殿方なんですね!」
なんか俺、失礼なこと言われてないだろうか。そしてスーツが安物なのは理沙ちゃんのお父様のせいでもある。
そして何より気になるのが……例の殿方?
「君は俺のこと知ってるのか?」
ふと口にした一言に少女の瞳が燃え上がる。
少女は俺の手を両手で握ると、妙な迫力で詰め寄ってくる。
「ええ、子供に手を出す悪い殿方だとお噂はかねがね!」
「俺、そんな噂たってるの!?」
ヤバい事を口走るヤバい少女に詰め寄られ、さすがの俺も怖気つく。
「ちょっと待って! それとここ、俺の会社の前だから。あんまり変なこと———」
「……俺の会社?」
少女はフルッと身を震わせると、グイグイと俺をビルの玄関まで追い詰めてくる。
「ちょっ?」
「つまりっ! 理沙を篭絡して会社の乗っ取りを企てているのですかっ!? それとも弱みを握って裏から操るとか! 素敵っ! 私も一口———」
えっ、なにこの子怖い。
ひょっとして俺、あらゆる角度から社会的に葬られようとしてる? 車の運転手も、なんか一眼レフで俺を撮ってるし———
「千代花っ?! あんたここで何してんの?!」
その時、聞き慣れた甲高い声が俺の耳に飛び込んでくる。
まさかメスガキの声にこんなにホッとする日が来るとは———
「いいとこに来てくれた! ほら、お前の友達が来てるぞ!」
「あら、理沙ちゃん。偶然ですね」
千代花と呼ばれた少女はニコリとほほ笑む。
「偶然? そんな訳———って、おじさん! なんで千代花の手を握ってるのよ!?」
……なんか俺、怒られてるんだが。
駆け寄ってきたメスガキは手を強引に離すと、少女を俺から守るように抱き締める。
「もー、千代花。このおじさん、危ないから半径2M以内に近付いちゃダメよ? 煙草臭いし、側にいるとイヤらしい目で見られるんだから」
「あら、じゃあ理沙ちゃんもいつもイヤらしい目で見られてるんですか?」
「えっ?! ま、まあ、日によってはそんなことも———」
「そこは否定しろ」
……とにかくこの危険少女はメスガキに引き取ってもらおう。
何しろ俺は仕事中なのだ。取引先の社長さんをお迎えしないと———
……あれ。
なんか少女を乗せてきた車の後ろ、高そうな車がもう一台停まっている。
「やばっ! お客さんをお待たせして———」
車に向かおうとした途端、写真で見た顔がこちらに歩いてくる。お出迎えするお偉いさんだ。
その隣には———少女の車の運転手が半歩引き、鞄を持って並んでいる。
「このようなところでお会いできるとは光栄です。社長にはウチの先生も今度是非ご挨拶に伺いたいと———」
「いやいや、認可の件ではこちらこそ先生に一肌脱いで頂いて。今度のパーティーでは社を上げて応援をさせて頂くとお伝えください」
「先生に必ずお伝えします! お待ちください。このビル、自動ドアも付いていませんもので———」
運転手は入り口のガラス戸を開けて、社長さんをビルの中に案内する。
……あれ、なんか俺がいなくても問題無く進んでいる。
あの運転手、なんか優秀そうだなあ……うちの会社来てくれないかな……
「えーと、彼は一体」
「秘書の野村ですわ。おじさま、どうぞご自由にお使いください」
「いや、俺の仕事だし。つーか、こんなことしてる場合か!」
「あ、ちょっとおじさん!」
メスガキの言葉を背中に、急いでビルに飛び込む。
見ればエレベーターが昇り始めたところだ。
6階に先回り……するしかない。
俺は階段を一段飛ばしで駆け上がりつつ、千代花なる少女のことを考える。
……彼女は俺を知っていて、恐らくは俺を見にやってきた。
ひょっとして、なにかしら嗅ぎつけて———
……いや待て。嗅ぎつけられるような悪さは何もしてないぞ。
そんなこと、考えてる場合じゃねえ。
俺は最後のワンフロアを一気に登り切ると、旧型エレベーターの扉が開くより先、来客を出迎える。
「と……遠い中、ご、ご足労……頂き………あ……ありがとうございます」
アラサーさん、千代花ちゃんと初遭遇しました。メスガキちゃんの男が会社にいると踏んで視察に来たと思われます。彼女は一人だけノクターン側の人なので、秘書の野村さんに人生をかけて引き受けてもらいましょう。
そして取引先の社長さんはメスガキパパの若い頃からの飲み仲間のようです。謎の領収書が経理に回り、お局様大激怒です。
次回、メスガキちゃん、覚悟を決めます。
メスガキちゃんとアラサーさんの恋物語、最終章に入ります。
更新が一日おきになるかもしれませんが、是非最後までお付き合いください。




