35日目 可愛い地縛霊
穏やかな日曜日の朝。
すっかり機嫌の直った腰をさすりながら布団を干しているところ、朝っぱらからメスガキの襲撃を受ける。
玄関の扉を開けると、やたらテンションの高いメスガキが手を振っていたのだ。
「今日は随分早いな。まだ9時だぞ」
「だって何だか眼が冴えちゃって。はい、昼ご飯の材料と湿布」
「ありがと。お前んちからここまで結構あるだろ。無理しなくてもいいんだぞ」
メスガキは靴を脱ぎながら、俺を悪戯っぽく見上げて来る。
「じゃあいっそのこと泊まっちゃうとか♡ 布団買ってもいい?」
「もちろん駄目だ。分かってて何故聞いた」
「だっておじさん、腰を痛めて弱ってるし。つけ込むなら今だなって女の勘が囁いてるの」
その囁き、あながち誤っていないだけに怖い。
「そもそも、俺につけ込んで何の得があるんだよ……」
「だっておじさん、あたしが入り浸ったら嬉しいでしょ? あたしボランティアが趣味なの」
うーんまあ、こいつが来るようになって退屈はしていないが。
女子小学生が家に出入りするのに慣れるのは社会人としてどうなのか。自問自答せざるを得ない。
「迷惑ってわけじゃないが、お前だって予定とかあるだろ。毎日来なくたっていいんだぞ」
「だって腰が痛いと家事とか不便じゃん。今日はあたしが全部やったげる♡」
メスガキは白い歯を見せながら腕まくりをする。
「さあて、なにからしようか。着替えのお手伝いとかしてあげようか」
「いいし。朝から一通り掃除は済ませたし。折角の日曜日なんだから、お前もゆっくりしろよ」
俺は冷蔵庫から紅茶花伝を取りだすと、メスガキに手渡す。
「えー、折角来たんだから何かさせてよ。またあたしが上になってあげようか?」
「いや、あれは禁じ手だ」
なんだか色々問題がありそうな気がしてきたし。
昨晩一人でよく考えてそういう結論に達したのだ。
納得がいかないのか。部屋をきょろついてたメスガキの耳がピクンと動く。
「あ、今の音って洗濯機止まったんじゃない? すぐ干すから———」
「待て待て、洗濯物は自分でやるから。ほら、お前は座ってろ」
さすがに俺の下着をこいつに干させるわけにはいかないだろ。
俺はメスガキを強引に座布団に座らせる。
「もう腰は大丈夫だって。ほら、もう普通に歩いてるだろ?」
「でも明日から仕事じゃん。今日はゆっくり休んどこうよ」
「休んでる休んでる。俺は洗濯物干すから、お前はテレビでも見てろ。ほら、ヒーロータイム始まったぞ」
「うー、また子ども扱いする」
その時流れ出すスマホの着信音。
初期設定そのまんまの曲目を聞きながらスマホを手にする。
「代わりに出てあげよっか」
「出なくていい。それにどうせ宅配便か何か———」
画面に出てきた名前は『結菜』。
俺は一瞬メスガキをチラ見してから部屋から出る。
「え? 誰それ。女の人? やっぱあたし出ようか」
「付いてくるなって。お願いだから静かにしててくれ」
俺は洗面所にこもると通話ボタンを押す。
「はいはい、俺だけど」
『慎ちゃーん! なんでメールの返事くれないの!? 地元捨てたの? 東京の色に染まったの!?』
矢継ぎ早に耳に突き刺さるキンキン声。
俺はスマホを耳から離しつつ、結菜の言葉が途切れるのを待つ。
「落ち着けって。お袋には電話したぞ。こっちは元気にやってるし。お前も受験生なんだから風邪には———」
『やっぱメール見てないでしょ! お土産も送ったのにお礼の言葉もないじゃん!』
「お土産……?」
『ほら、私とお揃いのお守りを入れてたでしょ』
何故か入っていた受験のお守りか。
こんなもの俺に送ってどうするつもりだったんだ。
「分かった分かった。ありがとな。今度東京バナナでも送ってやるから」
『なら良し! それと私のメールちゃんと見といてよね』
「ああ、ちゃんと見とくし———」
洗面所の扉。開いた隙間からメスガキがこちらを覗いている。
『慎ちゃん、どうしたの?』
「あー、何でもない。ちょっとこの部屋“出る”んだ」
『え? マジで?! 猫耳とか付いてる?』
ジワジワと扉の隙間が大きくなっていく。メスガキの頭がにょこりと入ってくる。
俺はしっしと手で追い払うが———奴の左手も入ってきた。
「付いてねーし。あ、こら入ってくるな」
『慎ちゃん? どしたの? ホントに幽霊なの!?』
メスガキは無言でスマホと俺の顔の間に、頭をねじ込もうとグリグリしてくる。
いっそのこと幽霊なら良かったのに。
「あーもう、忙しいから電話切るぞ! また今度連絡するから」
『ちょっと待ってよ慎ちゃん。幽霊に私を紹介して———』
「いいからお前は勉強してろ。それに慎ちゃんじゃなくてお兄さんと呼べ」
問答無用。俺はスマホの通話を切る。
「お兄さん……?」
亡者のように俺に憑りつこうとしていたメスガキの動きが止まる。
「つまり……電話の女の子っておじさんの妹?」
「ああ。あいつ、いい年なのに相変わらずなんだよ」
だがしかし。
メスガキの存在がバレなかったのは幸いだ。
俺は胸をなでおろしながら、メスガキの肩を掴んで後ろから押す。
「じゃあ部屋に戻ろうな。はい、順番に足を出してー。右・左・右———」
「ねえ、あたし挨拶しなくていいかな? まずは小姑を二重の意味で攻略するのが早道だって学校の友達が———」
「するなって。とにかくお前は大人しくしてろ」
早道も何も、こいつは何の道を辿ろうというのか。
そしてこいつの学校の友達……なんか怖い。
本日の分からせ:分からせられ……60:40
アラサーさん、年の離れた妹さんに慎ちゃんって呼ばれているようです。結菜ちゃん、ちょっとお馬鹿で可愛いですね。
そして次回アラサーさん、勤労感謝の日なので感謝してお仕事です。
メスガキちゃん、アラサーさんに悪い虫がつかないように頑張ってます。むしろメスガキちゃんが悪い虫になりかねない勢いです。
そんなメスガキちゃんにミツバチコスプレをして欲しい人も、女王蜂コスプレをして欲しい人も是非★~★★★★★を投げて頂ければ幸いです。
きっと、メスガキちゃんが『オスの蜂ってメスの蜂に飼われて働かないんだって♡ 飼われてみる?』と嬉しい提案をしてくれます。
ちなみに女王蜂と運良く交尾にこぎつけたオスはそのまま死ぬし、交尾出来なくても役に立たないので巣を追い出されて死ぬそうです。
……なるほど。人間と似てますね。




