22日目 恋川さんはほだされない
一陣の風が吹きつけ、俺はその冷たさに思わず身を震わせた。
11月もそろそろ中旬に差し掛かろうとしている。
東京では木枯らし1号が吹いたというし、そろそろ冬の影がそこらにちらつき始める季節だ。
「そういや木枯らし2号って無いのかな……」
多分一億回は言われたセリフと煙を吐き出し、俺はセンチな気分で白くかすむ空を眺める。
扉のきしむ音。
力強いこの扉の開け方は———
「主任、お疲れ様っす。うー、冷えるっすねー」
「お疲れさん」
後輩の恋川だ。
煙草の箱をトントン叩くと、せり出してきた一本を直接咥える。
「あれ、点かないな」
今日は少し風がある。ライターと格闘しているが、上手く火が点かないようだ。
「火、俺の使うか?」
「あ、助かります」
ライターを取り出そうとしていると、恋川はちょっと戸惑うくらい気軽に距離を詰めてくる。
と、くわえたままの煙草を突き出して、そのまま俺の吸っている煙草と先を合わせる。
「主任も吸ってくださいよ。火、もらえないじゃないっすか」
「お、おう……」
目の前に恋川の顔。
伏し目がちの睫毛が意外と長い。
二度、三度……タイミングを合わせて息を吸う。
ようやく火が点いた。ダメ押しにもう一度息を吸うと、恋川は細く煙を吐きながら顔を離す。
「頂きました」
「お、おう……」
「やっぱ人にもらった火は美味いっすね」
屈託なく笑う恋川は手すりに上体を預けると、変哲もない街並みをぼんやり眺める。
「田中主任、謝っていいっすか」
「……なんかしでかしたか?」
「それはおいおい。実は私、主任の事メッチャ疑ってました」
「……なんで? 俺なんかした?」
「だって週末来なくてもいいし、テレワークも無いって言ったじゃないっすか」
そりゃここんとこ進捗悪くないし。
週末も働くのは主任以上で充分だ。
「なんでそれで俺が疑われるんだ?」
「だって一課だと、土日出勤しないと課長から直電くるんっすよ。休んでいいって言われても、んなわけないって思うじゃないですか」
「形式上、週末は全社テレワーク導入じゃなかったっけ……?」
「テレワーク導入してからも報告は対面だったんすよ。毎日一度は出社必須だし」
……それ、テレワークの意味あるか?
流石、弊社パワハラ四天王の一角、開発第一課長だ。
「だって、二課にいた時はそんなことなかっただろ?」
「あれっす。試用期間だから辞められないように、手加減されてたと思ってました」
恋川は指先でタバコを弄ぶ。
「だから、週末来なくていいって聞いて思ったんっすよ。……来たな、って」
……なにが来ちゃったの?
はてなマークをバラまく俺に向かって、恋川は薄く笑う。
「———これが新人イビリだなって。真に受けて家で寝てたら、エライことになる奴だなって」
「違うし、いいから寝てろよ。一日20時間寝ろ」
「私って真面目だし、ちゃんと職場に来るじゃないですか。したら二課の人、誰もいないじゃないっすか」
「うん。だって休みだし」
「私思ったんです。主任、ここまでやるか———って」
恋川は指先で煙草の灰を落とす。
「……悪い。話についてけてないんだが」
「これって完全に新人イビリだなって。このまま帰ったら絶対面倒になる奴じゃないですか」
「お前、疑い過ぎだろ。ハムスターの動画とか見るか?」
「あとで見ます。しゃーなしで仕事してたんすけどね。昼になっても誰も来ないし、これ以上勝手に進めらんないとこまで済ませたんで」
「ようやく帰ったのか?」
「はい。ゆで太郎でチキン南蛮そばをやっつけて帰ったんす」
ようやく帰ったか。
「で、家に帰って気付いたんすよ。これ、田中主任が黒幕だなって」
「なんのだよ」
「だから主任の携帯に電話したんです」
「そこまで俺を疑うか」
……あれ。俺、こいつから電話なんてもらって無いけど。
恋川はくわえ煙草、俺を横目で眺めやる。
「電話に出た女の子、誰っすか?」
「……電話かけたの何時頃だ?」
「昼の二時頃っす」
確か……タバコを吸いにベランダに出ていたのがその頃だ。
まさかその時、電話がかかってきていたとは。
つーかあのメスガキ、なんで電話に出てるんだ。
「えーと、その、親戚の子……かな」
「先輩、東京に親戚なんていたんですか?」
「うん……姪っ子」
「え、先輩って二人兄妹で、妹さんは高校生でしたよね。もう子持ちなんすか?」
……こいつ何故そんなこと覚えているのか。
恋川はスマホを取り出す。
「……これって警察に電話した方がいい系っすか?」
「待てって、最初からやり直させてくれ。姪っ子じゃなくて妹だ。妹本人。今年受験だから、下見で東京に出て来たんだって」
「電話の声、めっちゃ子供に聞こえたんすけど。具体的には小学生くらい」
「……俺の妹、童顔だし」
「…………」
続く無言。
恋川はゆるゆると煙を吐き出す。
「……じゃあ警察に電話しますね」
「待て待て待て! だからあれだよ、社長の娘! 関係者だって!」
今度こそ時が止まる。
……二人の煙草が全て灰に変わった頃、ようやく時が動き出す。
「社長の娘って、いつもいるあの娘っすか?」
「そう! だからやましいことなんて何にも無い! 仕事の延長みたいなもんだから!」
「……社長の娘さんが……先輩の家に……? 頼まれて預かってるとか」
「え? まあ……そんなとこかな」
「血の繋がらない小学校高学年の女児を……家で……預かる……」
ブツブツと呟きながら考え込む恋川。
俺は半端ない心臓の鼓動を感じながら、次のタバコに火を点ける。
「まあ、社長の娘さんですもんね。変な関係じゃないっすよね」
「お、おう。分かってくれたか。……それはそうとスマホの画面から指を離そうか」
恋川は俺の言葉を無視して、火の消えた煙草を差し出してくる。
「……手、塞がってるんで。主任の灰皿に捨てさせてもらっていいっすか?」
「いいけど。スマホ、しまってもいいんだぜ?」
「次はもう一本、咥えさせてくれますか」
恋川の口に煙草を一本咥えさせる。
……すっぴんかと思っていたが、唇は薄桃色に塗られている。
そのまま近付いてくる恋川の顔の前に、俺は反射的にライターを差し出した。
「……火、くれないんすね」
「ライターでいいだろ。ほら」
ライターの火を点ける。
目を瞑り、息を吸う恋川。
煙草に火が点くと、薄桃色の唇に面白がるような笑みが浮かぶ。
「お嬢さんの事、あんまり人には言わない方が良いんすよね?」
「……まあな。変な誤解が生じるし」
「———じゃ、二人の秘密っすね」
言って、楽しそうに小さく笑う恋川。
「やましいことはなんもないからな? 向こうのご両親も俺に付きまとってるの知ってるし」
「マジっすか。両親公認っすか」
「だから公認が必要なことは何もしてないって」
「いや、独り暮らしの男の家に女児がいるだけで事案っすから」
ぐうの音も出ない。
そしてスマホの通報ボタンから、そろそろ手を放してくれてもいいんじゃないか。
「あのさ。分かってくれたんなら、スマホしまわないか?」
「そっすね。主任に女児に手を出す度胸とかあるわけ無いですもんね」
「その度胸、あっちゃダメな奴だろ」
笑いながらスマホをしまおうとした恋川の笑顔が凍り付く。
「……あ、押しちゃったっす」
本日の分からせ:分からせられ……ノーコンテスト
アラサーさん、なぜ恋川さんに行かないんでしょう。
やはり彼は自分が気付いていないだけで、何らかの属性持ちかもしれません。
メスガキちゃんにも勝機が見えてきた……?
そして始まった新たな一週間。
分からせ人も分からせられ人も、メスガキさんに★マークをお投げ頂ければ幸いです。
そうすればきっと、メスガキちゃんが『目を瞑ってポッキーゲーム』に挑んできます。途中で折れたら『意気地なし♡』となじってくれる二段構えなので安心です。
私は最近、途中で折れるとかいう言葉に敏感です。意味が分からないお友達も、年配の先生には聞いてはいけません。可哀想です。




