28話
婚約のことを、早くカサロ様に伝えたい。
けれど、何度も彼に命を奪われた記憶が蘇り、どうしても一人で会うのが怖い。
(……そうだわ、殿下。カーサリエル殿下に、その日は側にいてほしいわ)
そう思いつくも、第二王子である殿下を軽々しく屋敷へ、呼び出すわけにもいかない。
けれど、ふと思い当たった。
(来月の、私の誕生会に殿下をご招待するのはどうかしら?)
誕生会なら正式な招待として、カーサリアル殿下をお呼びできる。来てくださったら私一人ではない。そこでなら落ち着いて、カサロ様に婚約のことを伝えられる。
(……そうしましょう。明後日お会いするとき、カーサリアル殿下への招待状をお渡ししなくては)
私は招待状を書くべく筆を取った。
⭐︎
カーサリアル殿下にお会いするこの日、私は殿下へお渡しする誕生会の招待状を大切にバッグへとしまい、メイドのシャロンとともに馬車へ乗り込んだ。
――殿下は、誕生会に来てくださるかしら?
王城に向かう馬車に揺られ、バッグを持つ手に力が入る。馬車は王都の門を抜け街の中を走り、王城に着くと、カーサリアル殿下の側近ササが待っていた。
「ごきげんよう、ササ様」
「ごきげんよう、ルルーナ様。カーサリアル殿下がお待ちです」
「は、はい」
側近ササの案内で奥の部屋に着き、扉をノックすると、すぐに中から返事が返る。ササは扉を開けて殿下へと伝えた。
「カーサリアル様、ルルーナ様をお連れいたしました」
案内された部屋の中は以前とは違い、ふわりと薬の香りが満ちていた。テーブルの上には薬師専用の魔導具、授業に使う薬師棚が置かれている。
(前にも見たけれど……あの薬師棚、本当に便利なのよね。風魔法で薬の保存してくれて、薬の乾燥を防いでくれる、いまの私が一番欲しい道具だわ)
「ごきげんよう、カーサリアル殿下。本日はお呼びいただき感謝いたします」
「いらっしゃい、ルルーナ。待っていたよ。すぐ授業に入ってもいいけれど、まずはお茶にしようか。ササ、お茶の準備をしてくれ」
「かしこまりました」
「わ、わたしも手伝います!」
お茶を準備するため部屋を出ていくササの後を、シャロンも手伝うと部屋を出ていく。殿下は目を細めて座るソファをポンポンと叩いた。
「ルルーナ、馬車での移動は疲れただろう。ソファに座って、俺の隣でもいいし好きなところにどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
私は緊張しながらも、殿下の隣へ座った。
一瞬、カーサリアル殿下の表情がわずかに揺れた気がしたけれど、気付く余裕はなかった。というのも、今日の殿下は前回のジュストコールではなく、見たことのない紺色の服を着ている。
(その服……殿下にとても似合っているわ。それに、生地が薄くて動きやすそう)
隣から、チラチラと視線を向けてしまう私に気づいたのか、殿下は小さく笑い。
「ルルーナ、この服が気になる?」
「え? は、はい。初めて見る服なので……とても動きやすそうで、すごくお似合いです」
「ありがとう。この服は、ルルーナの言う通り動きやすいよ。俺に薬を教えてくれたガゴ師匠が着ていた服でね。この大陸の向こう、海を渡った東の国のものなんだ」
「海の向こうの……東の国? その国のことを本で読みましたわ。なんでも珍しい食べ物が多くて、一夫一妻の文化がある国ですよね」
きっと、見たことのない薬草もあるはずだ。
「詳しいね。俺も一度は行ってみたい国だ。そうだ一緒に行こう」
突然の誘いに胸が温かくなり、私は嬉しさを隠せず微笑んだ。
「はい……殿下と、一緒に行きたいです」
そう伝えて、私は少しだけ勇気を出す。
「あの、カーサリアル殿下……来月の、私の誕生会に来ていただけませんか?」
手書きの招待状を差し出すと、殿下は目を細めて受け取る。
「ありがとう、もちろん行くよ」
と即答だった。
「嬉しい。あ、……でも、殿下は来月ご多忙では……?」
「忙しいかな。まあ、確かに忙しいけれど――」
殿下は椅子から少し身を乗り出し、私との距離を詰める。近い。心臓が跳ねるほどに。
「ルルーナの誕生日を祝わない理由がどこにあるんだい?」
「……!」
顔が熱くなる私を、殿下は逃がさず見つめ続ける。
「君が招いてくれたんだ。嬉しいに決まっている。……それに、俺はね、ルルーナ」
その声はとても優しく、けれど確かに甘かった。
「特別な日には、誰より先に駆けつけたいと思っている」
胸がドクンと鳴る。殿下の熱を帯びた視線が、真っ直ぐに注がれていた。
「カーサリアル殿下……」
「ルルーナがくれた招待状、これってルルーナの手書きだろう? 招待してくれてありがとう。俺の予定は全部調整する。何があっても君の傍に行くよ」
「ありがとうございます。それで、お願いがあるんです」
「お願い?」
私は当日、カサロ様に話したいとがあると、それでカーサリアル殿下にそばにいて欲しいと伝えた。彼の目が開き、いいよと頷く。
あまりの嬉しさに彼の両手を握った。その時、扉の向こうでササとシャロンが戻ってきた気配がした。けれど彼は私に近付き頬にキスをする。
「ルルーナ。君の誕生日を祝える日が今から楽しみで仕方がない。……君の喜ぶ顔、たくさん見せてほしい」
その甘い声音に、頬がまた熱を帯びた。




