26話
馬車はゆるやかに屋敷の前で停まり、カーサリアル殿下が最後まで丁寧に私をエントランスまで送り届けてくださった。
ちょうどそのとき、扉の前にお父様の姿があった。どうやら私たちの帰りを待っていたらしい。お父様は殿下に「殿下にお話がございます」と告げ、そのまま応接間へと案内していった。
――お父様は、カーサリアル殿下に何を話すのだろう。気になって、私は応接間の前でそっと待った。やがて扉が開き、姿を現した殿下が私を見つけ、わずかに目を見開く。
「ルルーナ嬢? ここで待っていたのか?」
「え、ええ……。あの、お父様は何をお話しになったのですか?」
問いかけると、殿下の瞳がやさしく綻ぶ。どこか嬉しそうな表情で、それが不思議で私は見入ってしまう。
「あの……カーサリアル殿下?」
「ルルーナ、安心して。とてもいい話だったよ。いずれ君の父上から直接教えてもらえるだろう。――ねぇルルーナ。明日は残念だけれど執務で手一杯なんだ。けれど明後日なら、君を迎えられる」
「明後日……? よろしいのですか?」
王子である殿下と、そう頻繁に会えるはずがないと思っていたのに。たった二日後だなんて――胸が高鳴る。
「ふふ……そんなに顔に出るなんて。君が嬉しいと、僕まで嬉しくなる。薬草のこと、僕が知っている限りをたくさん教えてあげるから、楽しみにしていて」
「はい……ありがとうございます。――はやく、明後日になればいいのに」
「僕もだよ」
その言葉に頬が熱を帯びる。殿下もまた、私の訪れを心待ちにしてくださっている――そう思うだけで、胸の奥がくすぐったくなる。思わず零れそうな笑みを、必死に噛みしめた。
⭐︎
外はもう薄暗く、灯りがともりはじめていた。
「気をつけてお帰りくださいませ」
「ありがとう。明後日、待っている」
「はい」
馬車へと向かう殿下を見送ろうとしたとき、不意に手を取られ、彼のそばへ引き寄せられる。そして、頬にやわらかな口づけが落とされた。驚きで目を見開く私を見て、殿下は微笑む。――その視線が、私の唇に落ちていることが分かり、胸が跳ねた。
「真っ赤なルルーナは可愛い」
「か、からかわないでください……」
「本当のことだよ。できることなら、今すぐ君を連れて帰りたい。……ルルーナ、僕は君の婚約者になりたい」
――婚約者。
その言葉に、すっかり忘れていたカルロの存在が胸を刺す。私は彼を愛していないし、彼も私を愛していない。ならば、一刻も早く彼に会い、婚約の解消を話さなくてはならない。
「明後日、会おう」
「できるだけ、早くお伺いします」
馬車の扉が閉まり、ゆるやかに走りだす。私はその姿が小さくなるまで、ずっと見送っていた。




