22話
会話を途中で止めたカーサリアル殿下が、ふと入口の方を見やる。と同時に、部屋の扉が開き、二足歩行の白いモコモコが、男の子を抱えて部屋に入ってきた。その姿を見たメイドは、小さく息を呑み、震えるように体を揺らし、涙ぐんだ。
「リム……?」
「あっ、お姉ちゃん」
「咳は? 熱は出てない?」
男の子はこくりと頷く。
「ああ、よかった。カーサリアル殿下、感謝いたします。弟を助けていただき、本当に……ありがとうございます」
「まあ、毒を盛ったことについては怒りがある。だが、それはあいつらが悪い。君のせいじゃない」
殿下は眉を寄せ、しばし沈黙する。そして、ふと何かを思いついたように紙を取り出し、地図を描き始めた。続けて近くの棚を開け、白い袋を取り出してテーブルに置く。
「それを持って、この場所へ行け。そこには薬に詳しいじじいがいる。奴らが気づく前に、ここを出たほうがいいな。ササ、姿を隠して王都まで出て、二人を馬車に乗せろ」
「かしこまりました。お二人の姿隠し用のロープをご用意いたします。……では、行きましょう」
「は、はいっ……」
メイドは何度もカーサリアル殿下に頭を下げ、男の子を抱きしめ、ササと共に部屋を後にした。
――ササさんがいれば、あの子とメイドはきっと大丈夫。
「殿下、大丈夫ですか……?」
「え? ああ……大丈夫だよ。ちょっと、イラついてはいるけどね」
苦笑しながら答えた殿下の目は、どこか痛みを堪えているように見えた。
――私に、何かできることはないかしら。こういうときって……誰かに抱きしめられると、落ち着いたりしない?
「殿下、こちらへ来てください」
「ルルーナ……?」
ソファに座りながら、私は殿下に向けて両手を広げてみせる。それを見た殿下は驚いた顔をしたが……
「……大胆だね」
そう言って、そっと私を抱きしめた。
殿下は魔法を使った後のせいか、体はひんやりとしていて、私はその冷たさを包むように、ぎゅっと抱き返した。
「……わ、私、キッチンに行ってまいります」
私たちの様子に、シャロンが慌てたように部屋を出ていく。
二人きりになった室内に、静けさが満ちていく。
――恥ずかしい。やっぱり、ちょっと大胆すぎたかも。
けれど、あのときの殿下は、何かに耐えていた。そんな姿を見て、少しでも元気づけたかった。出会ってから、まだ日は浅いけれど……私はもう、カーサリアル殿下のことが気になって仕方がなかった。
「ありがとう、ルルーナ。君は温かいね。それに――柔らかい」
「柔らかい……?」
「このまま、食べてしまいたくなるくらい」
「え、ええっ!? 私、美味しくなんてありませんわ!」
私の慌てた返事に、ふっと殿下が笑う。そしてそっと離れると、私と目を合わせ、切れ長の目をすこし細めた。
ゆっくりと顔を近づけ、私の頬に、そっとキスを落とす。
「……ほんとうは、唇にしたいけど。まだダメだからね」
その一言に、私の頬も、胸の奥も、熱く染まっていく――。




