見えてきた王都
宿屋で一晩明かした俺たちは、食堂で朝食を取ることに。
「ん~! 朝ごはんもめっちゃおいしいんだけど!」
リリカが頬張るのは、こんがり焼けたソーセージ。
「ホントですね! 朝から美味しいものを食べられて、わたしも幸せです~」
その隣でタマコも同じようにソーセージに舌鼓を打っている。
「どうやらこの辺りはソーセージが有名らしいですね」
「ソーセージか……昔のお弁当にタコさんウインナーが入ってたときは、すごく嬉しかったな」
ピルクがうんちくを披露するそばで、梨香は昔の思い出に浸っているようだ。
「リカーシャさん、何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ」
キョトンと首をかしげるピルクに、梨香は取り繕うように口を拭く。
『……俺が梨香に、タコさんウインナーを作ってやれればいいんだがな……』
あいにく今の俺はヘラクレスオオカブトだ、細かい調理はできそうにない。
「いいよ、パパ。私は気持ちだけで嬉しいから」
『そうか、ならいいんだ』
ほっこりと笑みを浮かべる愛娘に、俺も胸が温まるようだ。
その様子を、カルラがニヤニヤしながら見つめている。
「――ほうほう、お二人とも仲良きことかのう」
「これは家族としての親愛だ、別に深い意味はないっ」
カルラにからかわれて、梨香はぽっと頬を染めた。
俺も食事にしよう。
目の前に置かれたナナバを、俺はブラシ状の口を付けてすする。
やはりナナバの甘味はいいものだ。
するとスマトラオオヒラタクワガタのムサシも、控えめにこちらに近寄ってくる。
『それは美味いか?』
『ムサシ、もしかして君もこれを食べたいのか。ならば一緒に食べようじゃないか』
『他人の口がついたもの、誰が食うかっ』
『そうか……。――リリカ、ナナバはまだあるか?』
「ん、あるよ~」
ナイスだリリカ。
リリカがナナバを剥いて取り出すと、ムサシは真っ先に口からブラシ状の器官を伸ばした。
『う、ウマイ……!』
夢中になってナナバをすするムサシに、リリカも意外そうな顔をする。
「へ~、ムサシもそーゆーの好きなんだぁ」
『カブトムシとクワガタは好物が共通しているからな。それ故争いも絶えないのさ』
「なるほど~」
俺の虫うんちくに、リリカもポンと手を叩いた。
そうして腹ごしらえを済ませたところで、俺たちは出発の準備を整える。
「我が村に立ち寄っていただき、誠にありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方だ、一晩世話になった」
頭を下げる村長に、カルラも少し謙遜しながら軽く応えた。
ふと村長が、カルラの耳元で何事かをささやくのを、俺は偶然目にした。
「――ふむ……肝に銘じておこう」
その瞬間、先ほどまでの豪放な笑みが消え、カルラの表情が一瞬だけ鋭く引き締まる。
そうして俺たちは再び王都への道を辿ることになったのである。
馬車に揺られることまたしばらく、俺はリリカの膝元に置かれてくつろいでいた。
「あれ、ヘラクレスもう揺れはへーきなん?」
『ああ。さすがにもう慣れたよ』
「そっか。よしよし」
リリカに角を撫でられて、俺もまた心地よくなる。
「ヘラクレスの角、意外とふさふさで気持ちいいんだよね~」
『そんなところ触らんでもいいだろ』
ヘラクレスオオカブトの角、内側にはきめ細やかな毛が生えているのだ。
なんでも滑り止めのためといわれてるらしいが、同じカブトムシでもコーカサスとかには生えてないのが謎である。
「ヘラクレス~、おーい」
『おっと、悪い。また独りで考え込んでいた』
リリカに目の前で手をひらひら振られて、俺はハッと角を上げた。
『ふさふさといえば、タマコの尻尾もすごく手触りがよかった』
「それな! あー、もっと触りたいのにな~」
リリカの物欲しげな視線で、向かいに座るタマコが自分の尻尾を庇うように抱く。
「もうダメですよぉ!」
「はいはーい。……ちぇっ」
ぷくっと頬を膨らませるタマコに、リリカは肩をすくめて笑い、視線をそらした。
「まあまあ、あんまり固いこと言うでないぞ。我が妹分よ」
「頭ならいいですけどぉ~」
カルラに頭をわしわし撫でられて、タマコは気持ち良さそうに狐耳を伏せる。
『なあカルラ、さっきは村長に何を言われたんだ?』
「何だ、ヘラクレスよ。大したことではない。……ただ、王都でいくつかの派閥が騒ぎ始めておると聞いただけだ」
「――王都の勢力、だと?」
食いついてきた梨香に、カルラは指を立てて説明した。
「王都は陛下の都。だが教会派、王権派、貴族連合……水面下で均衡が揺れておるらしい」
「……ヌイヌイタウンの件が、波紋を広げていると?」
申し訳なさそうなピルクに、カルラは豪快に笑ってのける。
「そなたのような小僧が気にすることではない! とはいえ、気を付けるに越したことはないかの」
「私も肝に銘じておこう。教えてくれて助かる、カルラ」
「礼には及ばん。我らはもはや仲間のようなものでないか」
「ああ、よろしく頼む」
そう言って手をさしのべたカルラに、梨香も握手を交わした。
「王都ではわらわが前に立とう。だが、背中は預けるぞ」
「頼もしい限りだ、カルラ」
そうして進むことしばらく、やがて視界の先に、白亜の城壁が地平線を塞ぐように現れた。
その中央にそびえる巨大な城門は、まるで王国そのものの威光を体現するかのようだ。
「わ~っ、おっきいー!」
「あれが王都の入り口ですぅ!?」
馬車から身を乗り出すリリカとタマコは、一様に目をキラキラと輝かせる。
「王都はもうすぐだ、楽しみにしておれ」
胸の前で腕を組み、にししと牙をのぞかせるように笑うカルラ。
――王都はすぐそこだ。
だがその城壁の向こうに、どれほどの思惑が渦巻いているのか、この時の俺たちはまだ知らなかった。




