王の道
馬車に揺られながら進むこと三日。
王都へと続く道のりは、拍子抜けするほど平坦で、そして穏やかなものだった。
行き交う旅人や商隊の馬車はあれど、危険な魔物や賊の影はほとんど見当たらない。
まるでこの道そのものが、「王の通る道」であることを誇示しているかのようだ。
『さすが王の道だな。整備も警備も、抜かりがない』
「そーだね~。ここまで何もないと、リリカちょっと退屈かも~」
俺を胸元に乗せたまま、リリカは大きく背伸びをして欠伸を噛み殺す。
そんな彼女の言葉に、珍しく同調したのは武人気質のカルラだった。
「まったくだ。平和すぎて肩透かしだな。わらわはこの道、あまり好かん」
『同感だ。戦いこそ生き甲斐、という者もいるからな』
カルラの傍らで、ムサシも低くぼやく。
だがその空気をやんわりと和らげたのは、平穏派の二人だった。
「でも、何も起きないのが一番ですぅ。無事に着けるなら、それでいいですから」
「その通りですよ。ボクたちは戦いに来たわけじゃありませんからねっ」
「――タマコもピルクも、どうにも堅いのう」
カルラは肘をついて、いかにも退屈そうに天井を仰ぐ。
「じっと馬車に揺られているだけというのは、わらわの性には合わん」
そんなやり取りを聞きながら、俺は窓際で外を眺めていた梨香の膝元へと飛び移った。
『梨香はどうだ? やっぱり退屈か?』
「私? ううん」
梨香は少し考えるようにしてから、柔らかく微笑んだ。
「パパとこうして一緒にいられるなら、それだけで十分かな」
そう言って、俺の角を優しく撫でる。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
『……それでこそ、俺の娘だな』
「え~っ、それじゃあリリカは何なのさ~?」
すかさず口を尖らせるリリカに、俺は苦笑しながら答える。
『リリカだって大事な家族だろ。娘みたいなものさ』
「……ズルい言い方っ」
ぷいっとそっぽを向くリリカの褐色の頬が、ほんのり赤く染まっている。
「――ほう? それは嫉妬というやつか?」
「なっ!? ち、違うし! そんなんじゃないし!!」
からかうカルラに、リリカは過剰な反応を見せる。
普段は他人を茶化す側の彼女が、こうして弄られているのは実に珍しい。
「ちょっと、ヘラクレス~?」
『誤解するなよ? 本当に変な意味はないからな』
じとっと睨まれ、俺は慌てて角を下げた。
――そんな軽口を交わしているうちに、空は次第に茜色へと染まり始める。
日が傾く頃、俺たちを乗せた騎士団の一行は、道中の小さな村へ立ち寄ることになった。
馬車から降りたカルラと騎士たちの姿を見て、村人たちは一斉に背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
案内されたのは、村で最も大きな宿屋だった。
「こちらで騎士団の皆様にお泊まりいただけますでしょうか」
「うむ、十分だ。突然の訪問にもかかわらず、感謝する」
カルラが軽く礼を返すと、宿屋の主人――おそらく村長だろう――は慌てて手を振った。
「とんでもない! 王都の騎士団にお泊まりいただけるなど、こちらこそ光栄でございます!」
宿屋に入るなり、俺たちは自然な流れで風呂場へと向かうことになった。
「お風呂があるですぅ!」
「やった~! やっぱ旅先の風呂って最高だよね!」
タマコとリリカが声を弾ませる。
……そして当然のように、俺も連行される。
『あの……リリカ? 俺は外で待ってても――』
「今さら何言ってんの。家族なんだから一緒でしょ?」
『家族理論、万能すぎないか……?』
反論は却下された。
途中で梨香とカルラも合流し、俺は脱衣所の籠へと移される。
『ムサシの気配がないな』
「部屋で留守番だ。あやつは風呂嫌いでな」
『……賢明だ』
正直、俺もそうしたかった。
「はいはい、ヘラクレスは大人しくしてなさい」
そう言われ、俺は籠の縁にちょこんと乗る。
脱衣所では、ぱたぱたと衣擦れの音。
……さすがに直視は気まずいので、視線は天井へ。
そんなことを考えていたら、薄いピンク色の下着姿になった梨香が俺に胸を寄せる。
「そんなに緊張しなくてもいいよ、パパ。私もパパと一緒に入りたいから」
『梨香……』
そういえば梨香が小さい頃から、俺が当たり前のように身体を洗ってやってたな。
この愛娘は父親の俺と入るって、いつも聞かなかったっけ。
そんなことをしみじみと思い起こしていたら、梨香の背後からリリカが抱きついてきた。
「ひゃっ!? いきなり何をするんだリリカ!」
「おや~? リカねぇ、ヘラクレスといい雰囲気じゃん。リリカも混ぜてくんない~?」
「親子が風呂を共にするのは当然のことだろ!」
「だったらリリカもヘラクレスの娘みたいなもんだし~!」」
『リリカ……』
下着姿で背後から抱きついてくすくす笑うリリカと、苦笑する梨香。
この二人、ほんとに息が合ってきた。
「わたしは先に入ってるですぅ~」
「それでは失礼するぞ」
タマコとカルラが先に浴室へ向かう。
カルラの足取りは堂々としていて、まさに武人。
……色気というより、存在感がすごい。
「ほら、ヘラクレスも行くよ~」
『ああ、はいはい』
サテンの下着を脱ぎ捨てたリリカに俺は桶ごと運ばれ、湯気の立ちこめる浴室へ。
温かな空気に包まれ、思わずため息が出る。
『……やっぱ風呂はいいな』
「でしょ~?」
湯船の縁に置かれた桶の中、俺はまったりと浸かる。
湯煙の向こうで、楽しそうに話す声が聞こえる。
「ふむ、なかなか良い湯だな」
「カルラお姉ちゃん、肩まで浸かると気持ちいいですよぉ」
「――ほほう、ヘラクレスよ」
『な、なんでしょうか』
からかうような声に振り向くと、カルラが腕を組んでこちらを見ていた。
「さっきから妙に落ち着いておるのう。肝が据わっておる」
『いえ、単に諦めているだけです』
それを聞いて、カルラは豪快に笑った。
「ははは! 正直でよろしい!」
『……褒められているのか、それ』
豊満な胸を揺らして豪快に笑うカルラ、そうかと思えば俺の小さな身体はリリカにつまみ上げられた。
「こーらっ! あんまりヘラクレスをからかわないでよ! ……リリカの方がいいっしょ?」
『な……っ!?』
そう言うリリカの表情は、いつになく蕩けていて色気が半端ではない。
……駄目だ、娘に欲情しては父親失格だ!
「こらリリカっ、パパをあんまり困らせるな」
「ぷ~っ」
「それじゃあパパは私と一緒ね」
そう言いながら梨香も何食わぬ顔で俺を自分の胸元に乗せる。
「……りかもおっきくなったよ」
「……っ!!」
屈託のない笑みを見せる梨香に、俺は思わず込み上げるものを感じる。
ああ、やはり娘の成長は喜ばしいものだ。
……だが、同時に俺は今の立ち位置に危うさも覚える。
「ヘラクレスさんも人気者ですぅ」
タマコの天然フォローが、やけにありがたい。
こうして賑やかに湯を楽しみ、俺たちは風呂を後にした。
風呂上がり、それぞれの部屋へ。
俺はいつものようにリリカとタマコの部屋へ。
廊下で別れる際、梨香がこちらを振り返った。
「それじゃ、また夕方ね。パパ」
『ああ、それまでゆっくりおやすみ』
軽く角を上げると、梨香は微笑んで部屋へ戻っていく。
こうして俺たちはつかの間の休息を取ることにした。




