王家の迎え
それから数日後。
俺たちは再び、領主ディナス卿の屋敷へと招かれていた。
「中もやっぱり豪華ですぅ~!」
「何度来てもマジで映えるじゃん、ここ! ヤッバ~!」
天井から下がる巨大なシャンデリア、磨き上げられた床、壁一面に飾られた調度品。
豪奢な内装に、タマコとリリカは初見でないのに完全に目を奪われている。
「お二人とも。この程度で驚いていては、国王陛下の御前で田舎者丸出しになりますよ」
「むぅ~、ピルクってば相変わらず感じ悪~い!」
「でも、ピルクくんの言うことも一理あるですぅ。少しずつ場馴れしないとですね」
「それも……そっか」
そんなやり取りを、俺はいつものようにリリカの胸元から眺めていた。
やがて、ディナス卿の使用人が現れ、俺たちを応接間へと案内する。
「よくぞ来た、勇者殿一行よ」
大きな円卓の向こう。
どっしりと腰を据えたディナス卿の姿に、場の空気が引き締まる。
梨香たちも自然と背筋を伸ばし、席についた。
ディナス卿は両手を組み、静かに口を開く。
「王都より通達があった。勇者リカーシャ殿、ならびにその一行の功績を高く評価し――陛下自ら、謁見を望んでおられる」
「え、マジで!?」
「はわわわ……こ、国王陛下ですぅ!?」
取り乱す二人を、梨香がすっと一瞥する。
「落ち着け。国王陛下への謁見だ、失礼があってはならない」
「は、はいですっ……!」
タマコは慌てて姿勢を正したが、緊張は隠しきれていない。
その時、使用人がディナス卿の耳元に近づき、低く囁いた。
「……噂をすれば、か」
「どうされましたか?」
梨香の問いに、ディナス卿は軽く咳払いをして告げる。
「再び王家の使者が到着した。今度は正式に、そなたたちを王都へ迎えるためだ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「カルラお姉ちゃーん!!」
タマコが応接間を飛び出していった。
「ちょ、タマっち!? 待ってってば~!」
「おいリリカ! ……まったく、仕方がない」
「ホントですよ……!」
慌てて追いかけるリリカ、梨香、ピルク。
当然、俺もリリカの胸元に掴まったままだ。
屋敷の入口に駆けつけると、そこには王家の騎士団、そして――
「カルラお姉ちゃん! 本当に来てくれたですね!」
「当然であろう、タマコ。わらわは約束を違えぬ女だ」
タマコを受け止め、優しく頭を撫でるカルラの姿があった。
その懐から、黒光りする影が這い出てくる。
スマトラオオヒラタクワガタのムサシだ。
『また会ったな、好敵手』
『ああ。無事そうで何よりだ』
ムサシと俺は、無言のまま複眼で視線を交わす。
「おおっ、また因縁バトル始まっちゃう感じ!?」
「今回は違うだろ、リリカ」
梨香の一言に、カルラが頷いた。
「その通りだ。今回は剣を交えに来たのではない。勇者殿――王都への正式な招待だ。わらわと騎士団が護衛に当たる」
「承知した。よろしく頼む、カルラ殿」
差し出されたカルラの手を、梨香は迷いなく握り返す。
――こうして勇者リカーシャとその仲間たちは、王家の名のもと、王都へと向かうことになった。
俺たちは馬車に揺られながら、王都へと続く街道を進んでいた。
道幅は広く、よく踏み固められている。
これまで通ってきた街道とは明らかに格が違い、まさに王の都へ至るための道――そう呼ぶにふさわしい。
『……王の道、か』
『洒落た言い回しだな、好敵手』
向かいに座るムサシが、大あごを鳴らしながらぼそりと応じる。
『別に洒落てるつもりはないさ。ただ、そう感じただけだよ』
『ふん……』
一瞬の沈黙。
俺は少しだけ言葉を選び、話題を変えた。
『ムサシ。君も転生者だと言っていたな。よければ……そのことを少し聞かせてほしい』
『…………』
ムサシは大あごをわずかに伏せ、視線を逸らした。
『オレの過去など、語る価値はない』
『……そうか』
その複眼には、確かに影が落ちていた。
『でもな。気が向いたらでいい。話したくなった時で構わない』
『……その時が来たら、な』
それ以上は踏み込まない。
俺はそう決め、視線を移した。
向かいでは、カルラがタマコの頭を膝に乗せ、豪快に撫でている。
『カルラ、ひとつ聞いてもいいか?』
「なんだ? わらわでよければ答えよう」
『ムサシとは、どうやって出会った? 君は王都の使者で、タマコと同じ東方の島国出身だと聞いたが』
「ムサシとの出会い、か?」
「それ、わたしも気になるですぅ!」
タマコも顔を上げる。
カルラは一瞬目を細め、やがて快活に笑った。
「カッカッカ。やはりそなた、ムサシに似ておるな。よかろう、話してやる」
カルラの語りは簡潔だった。
武者修行の旅の途中、荒れ果てた土地で暴れ回っていた一匹のクワガタと出会ったこと。
刃を交え、力を確かめ合い、最後には背中を預けるようになったこと。
「ムサシは変わり者だ。虫の身でありながら、武を尊ぶ心を持っておる」
「それで仲間になったんですねっ」
「うむ。それから共に修行を重ね、気づけば王家の要人に召し上げられておった」
そう言いながら、カルラの手が――自然な流れで、タマコの狐尻尾へと伸びる。
しかし。
「ひゃっ!? カルラお姉ちゃん! 尻尾はダメって言ってるじゃないですかぁ!!」
「相変わらず厳しいのう……。そのふさふさ、さぞ触り心地がよかろうに」
「ダメなものはダメですぅ~!」
「タマっちって、尻尾だけは絶対ガードだよね~。リリカも一回でいいからモフりたいのにな~」
リリカのぼやきに、俺の視線も自然とタマコの尻尾へ――。
次の瞬間――俺は、飛んでいた。
「はわわっ!? ヘラクレスさん!?」
す、すまん! 気づいたら体が勝手に!
ふさふさ。
柔らかい。
ほんのり獣の匂い。
――これは病みつきになりそうで危険だ。
「ヘラクレスだけズル~い! リリカも~!」
「待て、リリカ! わらわも混ぜろ!!」
「うえええええん~!!」
馬車の中は一瞬で混沌と化した。
そんな中でピルクがわざとらしく咳払いをする。
「ごほん、皆さん遊びに来たんじゃないんですよ?」
「良いではないか。……ピルクと申したな、そのような融通の利かん堅物では女子に好かれぬぞ?」
「よ、余計なお世話ですっ!」
ピルクがむきになって言い返すのを見て、カルラは楽しそうに肩を揺らして笑った。
「カカカっ、冗談だ冗談。だがな、肩の力を抜くことも強さのうちよ?」
逆にニヤニヤとするカルラに、ピルクは完全にあしらわれてしまっていた。
武人なだけでなく、場を和ませる余裕もある。
――なるほど、これが姉御というやつか。
……こうして、王都への道中は思った以上に、賑やかなものになったのであった。




