出発の前に
梨香と刃を交えたカルラは、薙刀を背に収めると、静かに背を向けて告げた。
「この件、まずは陛下にご報告せねばなるまい。勇者殿――いずれ正式な招待が届くであろう」
その格式張った言葉に、梨香もまた背筋を伸ばしてうなずく。
「承知した。こちらも準備を整えておこう」
「うむ。それでは、達者でな!」
踵を返し、馬車へと向かうカルラに、真っ先に声を上げたのはタマコだった。
「カルラお姉ちゃ~ん! また会えるですよねぇ!?」
「無論だ、我が妹分よ! 必ずまた来よう!」
豪快な笑みとともに手を振るカルラ。
どうやらこの二人、同郷というだけではない、確かな絆で結ばれているらしい。
その様子を眺めていた俺のもとへ、ムサシの声が届く。
『また戦おう。次は完膚なきまでに勝ってみせる』
『その言葉、そっくりそのまま返してやるさ』
俺が角を掲げると、ムサシもまた大あごを高く掲げて応えた。
そうして王家の使者たちは、馬車を率いてヌイヌイタウンを後にする。
姿が見えなくなるまで、俺たちは皆で手を振り続けていた。
翌日、俺とリリカ、タマコの三人は、町外れのカフェでソフィーラさんと落ち合うことになった。
梨香とピルクは、勇者として町の人々との交流を優先している。
「ソフィーラさん、もう大丈夫ですかね……?」
「大丈夫っしょ。だってソフィーラさんだよ?」
「それでも……ちょっと心配ですぅ」
タマコの表情は、まだ晴れきらない。
教会に追われていた俺たちを庇い、彼女は酷い仕打ちを受けたのだから。
そんなことを考えていると、カフェの前に寄りかかって待つソフィーラさんの姿が目に入った。
「あーっ、ソフィーラさん! おっはー!」
「おはよう、リリカちゃん。元気そうね」
穏やかに微笑む彼女の様子を見て、タマコが真っ先に駆け寄る。
「お身体はもう平気ですかぁ?」
「ええ、この通り。もう全快よ」
頭を撫でられ、タマコの狐耳がふにゃりと伏せる。
「ヘラクレスちゃんも久しぶりね。調子はどう?」
俺が角を掲げると、ソフィーラさんはくすりと笑った。
「相変わらず元気そうで何よりだわ」
それで俺たちはカフェに入り、改まって話をすることに。
「みんな、最近頑張ってるみたいね。お疲れさま」
「へへっ、やっぱわかる~? リリカたちすっごいがんばってるし!」
「昨日ね、王家の使者が来たんですぅ」
「……そう。王家が、ついに動いたのね」
タマコの報告に、ソフィーラさんは一瞬だけ神妙な表情を見せる。
「ならいっそ、ソフィーラさんも一緒に王都へ行こーよ!」
「それは遠慮しておくわ」
即答だった。
「国王陛下に呼ばれたのは、あなたたちでしょう? 私は関係ないわ」
『ソフィーラさんの言う通りだ、リリカ』
しょんぼりするリリカの頭に、ソフィーラさんがそっと手を置く。
「今のあなたたちなら、大丈夫。自分を信じなさい」
その言葉に、リリカは小さくうなずいた。
その後、俺たちは高台の大樹へと向かった。
前に来た時は、女神アルティアナ様の加護を授かった。
今回はどうなるだろうか――そう考えていると、既に梨香とピルクの姿があった。
「奇遇だな、リリカ。それに……パパも」
『王都への旅路の願掛けだ。梨香もここを知っていたのか?』
「ピルクに聞いた。アルティアナ様と縁のある場所だと」
やがて皆で祈りを捧げた、その瞬間――俺の意識は、白い光に包まれた。
『ここは……』
隣には梨香とピルクの姿。
風のような気配とともに現れたのは、――古代ギリシャ風のチュニック姿に、短パンから伸びるすらりとした脚。
女神アルティアナ様だ。
「またお会いしましたねっ、女神に見初められた昆虫さんっ!」
『お久しぶりですね、アルティアナ様。あの時授けてくださった加護には助けられましたよ』
「それはよかったです!」
ニカッと笑みを浮かべて応じるアルティアナ様に、ピルクと梨香が意外そうな顔をする。
「ずいぶん親しげなんですね……!」
「パパは一度お会いしたことがあるの?」
『ああ。前にダンジョン攻略でアルティアナ様に加護を授けてもらったことがあるんだ』
「それでっ、そちらのお二人さんも仲間ですかっ?」
アルティアナ様の軽快な問いに、梨香とピルクが居ずまいを正して名乗った。
「私はリカーシャ、女神アテナルヴァ様に選ばれし勇者でございます」
「ボクはピルク、勇者リカーシャさんのお付きをしています」
「なるほど、アテナルヴァお姉様が選んだお方なのですねっ」
お姉様、か。同じ女神でもそういう関係性があるんだな。
そんな俺をよそに、アルティアナ様は後ろ手を組んでこう告げる。
「それで、今回は何の用ですか? ここに来るということは、またどこかへ旅をなさるおつもりで?」
『我々はこの度王都に行く事になりました。女神アルティアナ様には旅の安全を祈願をと思いまして』
「なるほどですねっ。それでは私アルティアナがあなたたちに加護を授けましょう」
アルティアナが手を組み合わせると、俺の背中が熱を帯びた。
「パパ、背中にアルティアナ様の紋様が!」
『ああ、前もそうだったさ』
そう言う梨香の手にもアルティアナ様を示す弓矢の紋様が刻まれている。
「これがアルティアナ様の加護……!」
一方ピルクは額に紋様が刻まれたようだ。
「それでは、良い御旅を~」
アルティアナ様が天に帰っていくのを見届けて、俺たちの意識は再び現実に引き戻される。
意識が戻ると、心配そうに覗き込むリリカとタマコの顔。
「やっぱり会ってきたんでしょ?」
『ああ、その通りだ』
「へへーん、やっぱり!」
背中の紋様を指差してはしゃぐリリカ。
「ってかピルクの紋様おでこにあんじゃん! めっちゃウケるんだけど~!」
ピルクの額の紋様を見て、また騒ぎ出す。
「笑わないでください! ありがたい加護なんですから!!」
「まあまあ、落ち着いてですぅ」
……騒がしくて、あたたかい。
ああ、やっぱり俺たちは家族なんだな。
そう思いながら、俺は心の中で祈った。
――この旅が、無事でありますように。
頼みますよ、アルティアナ様。




