女神アルティアナとの邂逅
ソフィーラさんと別れた俺たちは、ダンジョン攻略に向けて物資の準備を整えることにした。
「まずは薬が絶対必要っしょ!」
「ですねっ!」
そうしてリリカたちが向かったのは、赤く丸い屋根に黒い斑点――どこからどう見てもテントウムシそっくりな外観の、小さな薬屋だった。
まるで絵本から飛び出してきたような愛らしい店構えに、思わず目を引かれる。
『まるでナナホシテントウじゃないか。あれは虫屋の装いか?』
「ヘラクレスってば、すぐ虫に例えるんだから~。でも、言われてみれば確かにそれっぽいかも!」
にやにやと笑いながら俺に突っ込むリリカをよそに、タマコが「入りましょうですぅ」と先に足を踏み入れる。
リリカも俺を胸元に載せたまま、続いて店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ~!」
ぱっと明るい声で出迎えてくれたのは、ベレー帽のような赤黒の帽子をちょこんと被った、ふわりとした雰囲気の女の子店主だった。
どこか店の雰囲気と同じく、丸っこくて愛嬌のある顔立ちが印象的だ。
「すみませーん、冒険セットを二つお願いしまーす!」
「冒険セットですね~! ちょっと待っててくださいね~!」
女の子店主が棚の薬瓶をリズミカルにかき分け、慣れた手つきで小さな木箱に薬を詰め込んでいく。
箱の表面には「A.S.K(Adventurer’s Survival Kit)」と、焼き印のように可愛らしく刻まれていた。
「はいっ、こちら冒険セットになりまーす! お会計はコチラで~」
「はーい! ほい、お代ねっ!」
「まいどあり~!」
軽快なやりとりのあと、俺たちは二つの冒険セットを手にして店を後にした。
『なあリリカ、あの箱には何が入ってるんだ?』
「え~っと、傷薬と毒消し、それから魔力回復薬に保存食、それに緊急用の煙玉なんかも入ってるよ!」
それは便利だ。コンパクトな外見とは裏腹に、命を守る装備がギュッと詰め込まれているらしい。
旅先での戦いや遭難にも備えられる、まさに命綱だ。
「必需品はゲットしたし、次はどこ行こっか? タマっちぃ~」
「それなら……願掛けをしに、あそこへ行きましょう!」
「おっ、あそこね! いいじゃん!」
相変わらず抜け目がないというか、やるべきことをしっかり押さえている。
備えあれば憂いなし――冒険者らしい段取りだ。
……で、そのあそことはどこなんだ?
そんな疑問を抱えたまま、俺たちは石畳の通りを抜け、町を一望できる高台へと登っていく。
そこに立っていたのは、まるで空へ向かって両腕を広げるように枝を伸ばす、巨大な一本の大樹だった。
その姿は堂々としていながらも優しく、そよぐ葉音はまるで俺たちを包み込むようで――しばし、時が緩やかに流れる錯覚さえ覚えた。
『ここは……?』
「ここはね、リリカたちのお気に入りの場所っ!」
「リリカちゃんとも、ここで初めて出会ったですぅ……」
なるほど、二人の絆が始まった思い出の場所というわけか。
「それだけじゃないですよ」
タマコがそっと巨木に触れて続ける。
「この大樹は狩猟と大自然の女神アルティアナ様と所縁があるとかで……古くから教会に並ぶ願掛けの場所なんですぅ」
確かにただの木とは思えない気配がある。
ここがこの町のパワースポットと呼ばれているのも頷ける。
そうしている間に、リリカは片膝をつき、タマコは巫女の作法そのものの姿勢で正座していた。
二人とも手を胸の前で組み、静かに目を閉じる。
「どうか……ダンジョン攻略がうまくいきますようにっ」
「みんなで、無事に帰ってこられますように……」
澄んだ祈りの声が、大樹の葉のざわめきと共鳴するように風へ溶けていく。
木漏れ日が二人の頭上に降り注ぎ、その姿はどこか神聖で――。
俺は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
――この世界では、こうやって神に願いを託すのか。
なんだか悪くない習わしだな。
俺も見よう見まねで、静かに角を下げる。
目は複眼だから閉じられないが、心を静めるだけでも祈りになる……そう信じて。
――すると。
次の瞬間、俺の意識はまばゆい白一色の空間へと移り変わっていた。
「ここは……あの時の……?」
そう、俺がこの世界へ転生する直前に訪れた、あの謎の空間だった。
すると、空間に風が吹くような気配とともに、銀髪をたっぷり三つ編みにまとめた少女が、ふわりと舞い降りてくるように姿を現す。
「あなたがヘラクレスさんですねっ!」
軽やかに挨拶を交わすその少女は、古代ギリシャ風の短めのチュニック姿。
下半身は短パンで、白くすらりとした脚が眩しいほど大胆に露出していた。
……見てはいけないと分かっていても、つい視線が吸い寄せられてしまう。
「おやまぁ。いきなりそこを見るなんて、破廉恥な虫さんですねっ?」
「あっ、す、すみません!」
しまった、完全に見透かされている……!
「ガイヤ様からあなたのこと、すでに聞いております。この世界に転生した特別な魂……それがあなた」
「は、はい。そうです」
「わたくしはアルティアナ。大自然と狩り、そして旅路を司る女神ですっ!」
なるほど、このお方がリリカたちが祈りを捧げていたアルティアナ様か……!
「あなたの祈りに応じて、わたくしも力を授けましょう。これは女神ガイヤの祝福に連なる加護……」
そう言ってアルティアナ様が俺の頭上にそっと手をかざすと、背中がじんわりと熱を帯び始めた。
「これにて加護の授与は完了ですっ。よき旅路を――」
女神の声が風に溶けるように消えていき、気づけば俺の意識は現実へと戻っていた。
「ヘラクレス!? よかった、やっと気がついた~!」
『ああ……リリカ……?』
目を開けると、リリカが涙ぐみながら俺に頬をすり寄せてくる。
「もーっ、いきなり石みたいに固まっちゃうから、マジでビビったんだからね!?」
『そ、そうだったのか……すまない、ちょっと別世界に行ってたみたいで』
俺がそう言うと、タマコがぴくりと狐耳を動かして近づいてくる。
「もしかして……女神アルティアナ様とお話ししていたですかぁ?」
「えっ、それマジ!? ヘラクレスずっる~い!」
リリカがぐいっと身を乗り出し、興味津々に俺を見つめる。
「ねぇねぇ、アルティアナ様ってどんなお姿だった!?」
『そうだな……あの石像をもっと軽装にしたような感じで、下は短パンだった。すごく美しいお方だったよ』
「うわ~! リリカも会いたかったしぃ~!」
「まぁまぁリリカちゃん、信仰を重ねていれば、きっといつか会えますよっ」
宥めるタマコだったが、彼女はその時ぴたりと目を見開く。
「へっ、ヘラクレスさん!? 背中に……っ」
「ホントだ~! いつの間にかヘラクレスの背中にカッコいい紋様があるよ!?」
『なにっ!?』
自分の背中は見えないため、俺が戸惑っていると、リリカがにやにやしながら小さな手鏡を持ってきた。
「ホラホラ、ちゃんと映してあげるよ~」
鏡越しに見えた俺の背には、黄金色にわずかに輝く、弓矢を象った神秘的な紋様が刻まれていた。
『これが……アルティアナ様の加護……!』
「うっわー! めっちゃカッコいいじゃーん!」
「アルティアナ様に選ばれし虫さんですねっ!」
褒められているはずなのに、「虫さん」という言葉の響きに、俺はどこかこそばゆい気持ちになってしまった。
その後は案の定、リリカからアルティアナ様との会話内容をしつこく聞き出される羽目になったのだった――。




