仄暗い小屋
大分感想に返信できてません、すみません
「九月に入る前なンだがな、繁華街でやンちゃしてた奴が変死したンだよ」
夜更け過ぎの繁華街。
仲間たちと遊んでいた被害者AとBの二人は突如奇声を発し、痙攣しながら路上へと倒れた。
まぁ今は名前はいいかと髭をなぞり、若本はスクラップヤード内に積まれたゴミを見上げる。
「クスリのやり過ぎ……ってオチじゃないんだよな?」
「あぁ、俺たちも最初はそう思ったンだがな」
縣からの問いへ、若本はため息交じりに応えた。
スクラップヤード内の地面には油のような染みが広く広がり、異臭を放っている。
今にも崩れ落ちそうな、乱雑に積まれた廃棄物。
智彦と縣の目には、敷地内に佇む霊。
若本は顔を顰めながら、小さな建物……管理小屋の前へたどり着いた。
「ンで解剖したら、まぁアレだ。妙なのに体の中を喰われて、苦痛の中死ンでいった、って感じだ」
「あー、確かにあれは激痛ですからね。耐えられずに死ぬ可能性はある、か」
智彦のしみじみとした呟きに、ぎょっとした表情を浮かべる若本と縣。
二人の表情に「あぁ」と、智彦は微かに笑みを浮かべた。
「ハリガネムシ、っていうのかな。以前、カマキリの化物を千切ったら中から飛び出してきて、爪先から体内を食い破……」
「痛い痛い痛い!」
「やめろ八俣、言わンでいい!」
そもそもそんなハリガネムシなんているのか。
いや、いたんだろうな、と。
若本と縣は苦虫を嚙み潰した表情のまま、管理施設の周囲を探る。
鍵は……かかっていない。
三人は短く視線を交わし、施設の扉を……開いた。
まずは、漂ってくる爽やかなハッカの芳香。
軋みも無くすんなりと開いたドアの向こうには、薄暗い室内。
誰かが暴れたかのように、床には物が散乱している。
「……で、だ。昨晩もまた、同じような犠牲者が出たンだよ」
時間としては、夕方。
とある若者向けのBARで、若い男二人が突如奇声を放って倒れた。
救急車が来るまでの間、二人はこの世の苦痛を凝縮したかのような声を上げ……絶命したとのことだ。
「ンで、さっき解剖の結果が出てな。前日の奴らと同じように、体の中を喰われてたンだとさ」
しかも、通行人の撮影した死に際の動画も拡散されているという。
今はまだ反応は小さいが、時期に大きくなっていくだろう、と。
「……以前死んだ人と今回死んだ人の接点が、ここってことですか?」
智彦の言葉に、若本は緩慢に頷いた。
先行する縣の足元から、ピチョリと小さな音が響く。
見ると、床の所々に水たまりができており……それは、奥まで続いているように見えた。
「死ンだ奴らはここを拠点にしてる『堕悪棲寧苦』って半グレのメンバーだ」
「うわ、だせぇ」
「うわ、ダサい」
智彦と縣の重なった声に、そうだよなと若本は呵々と笑う。
だがその表情は一瞬で、神妙な様相へ変わった。
「名前はふざけてるが、やンちゃ……じゃ収まらないことをしてやがるようでなぁ」
床に散乱する物、そして水たまりを避けながら三人は奥へと進む。
人がいた形跡はある。
が、今現在は誰もいないようで、三人の足音だけが建物内にこだまするだけだ。
「恐喝、暴行、クスリは当たり前。最近は狂暴になり結構な数の女性が不幸な目にあってる……らしいンだが」
「……どうしたんです?」
室内を見渡しながら唸る若本に尋ねる、智彦。
その視線は床に広がる水たまりへ向いている。
「いや、管轄は違うンだがな。こういう連中がいるって話が全くきてなかったンだよ」
徒党を組んだ外国人犯罪者。
不穏な目的で結成されたヤクザの下部組織。
通常、そういう存在が確認されれば否応でも耳に入るのだが、今回はそれが無かったと語る若本。
「やっぱり」と内心で思いながら、縣は自身の得た情報を……野口の件を含めて、警察内部にそのダサい名前の半グレへの協力者がいると伝えた。
激高するだろうなぁと智彦は若本を見ていたのだが、意外にも若本も「やはりか」と呟き、大きく息を吐いた。
そのまま懐から電子タバコを取り出し眺めるも、少しの間をおいて再び仕舞う。
「そうか、お前達に友人も被害に。……そうか。帰ったら炙り出すか、クソが」
訂正。
どうやら腹の底ではマグマのように怒りが煮えたぎっているようだ。
その証拠に、若本のこめかみ部分が歪に震え、若干息も荒くなっている。
「キレてんなぁ、とっつぁん」
「あたりまえだ! 警察という肩書を悪事に使いやがって!」
警察になって、甘言に絆されたのか。
それともそれ目的で警察組織へ食い込んだのか。
どっちにしろ許される事じゃないと、若本は誰に向けたわけでもない小言を溢れさせた。
「まずは能登に電話して簡単に目星を……って、それどころじゃなさそうだな」
その言葉に、智彦は頷いた。
若本の視線の先……雑に『食堂』と書かれたプレートの貼られた部屋から、懐かしい匂い。
ハッカ臭に混ざり、濃厚な死臭が流れてくる。
(この濃さからして6人ぐらいかな。死んでるの)
血の匂いは薄い。
例えるなら、セールで買った豚バラをそのまま突っ込んだ冷蔵庫の匂い。
「……あー、こりゃひでぇな」
先行した縣が、セリフの割には軽い口調で嘆いた。
続いた若本も、心底嫌そうに唸る。
陽の光が弱い薄暗い室内。
食堂とは名ばかりの、机とパイプ椅子が置かれた小さなコンビニ程の大きさ。
智彦の目にまず映ったのは、6体の男性の遺体だ。
だが、その様相が異常であった。
「ポリゴン欠けって言うのかな。謙介が遊んでた昔の格闘ゲームっぽい」
人間の表面が所々で抉れ、喪失し、中の肉が見えている遺体。
中には骨や臓器も晒され、全員がもれなくこの世の苦痛を凝縮したような表情で果てていた。
ただ不思議にも血は流れておらず、ピンクの肉がテカリと光っているだけだ。
「お前ら若いのに死体に慣れてやがるな。俺が若い頃なンかしょっちゅう戻してたぞ」
そう言いながら、若本は室内を調べ始める。
縣と智彦を追い出すようなそぶりは見せず、むしろ何か見つけろと言うように顎を動かした。
(食堂と調理場が一緒になってたみたいだけど、長い事使われて無い感じか)
まずは、カウンター越しのスペース……調理場を眺める智彦。
油が錆のようにへばり付いた器具には、油分を吸い込んだ埃が見た目を不潔に彩っている。
冷蔵庫はドアが壊され、ただの棚としての役割。
シンクも汚く、排水溝口のネットに詰まった生ゴミがどろりと黒ずんでいた。
(カップ麺ばかりだな。……あ)
真新しいポットとカップ麺が積まれた、横。
500mlのペットボトルの空が無造作に転がっているのだが、そのうちの何本かが微かに光っているのだ。
(嫌な気配は無し、と。ハーブでも入ってたのかな?)
ふと、智彦の脳裏に堂前の顔が浮かんだ。
今回の件で皆に責められているかも知れない、野口の押しかけマネージャー。
同時に。
急に、彼女が野口に飲ませていた飲料が気になりはじめる。
(あの時は流してたけど、異常……ではあるんだよね)
光っているのは、儀式用として扱われるハーブやハッカ類を使っていたからだろうか。
それでも、あれだけの発汗量は理解できない。
しかも事後は「整う」と称し、実際調子が良くなった……とは、野口談。
(あれは……そう、まるで中身を入れ替えるような)
と、そこで智彦は富田村の、先程話題にしたハリガネムシをも思い出した。
両腕が蟷螂の、着物を着た老婆の化物。
もはや脅威ではなくなっていたソレへ横薙ぎの手刀を放ち、上半身を斬り飛ばした矢先に化物の中から飛び出してきた線状の蟲。
身体全体を極小の棘で覆った細い寄生虫に体の中をぐちゃぐちゃにされたな、と。
智彦はペットボトルを掴みながら、目を細めた。
(例えばだけど、あの飲み物の中に何かがいて、質量分の水分を外に出して、野口君に寄生して……)
いや流石にないかと、智彦は口角を上げる。
先日まで綺麗な世界に身を置いていた堂前に、そのような厄物を用意する手段も伝手もないはずだ。
第一、そうする理由も……。
「とっつぁん、この中に葛山はいねーみたいだ」
「顔部分の損壊もひどいが、蛇のタトゥーがある遺体はない、か」
縣と若本の声で、智彦は思案から現実へと戻る。
二人の言うように、遺体の頭部の喪失もひどい。
人体模型のように半分の筋肉が露出している遺体。
顔の下半分が無く、下だけがだらりと垂れている遺体。
脳が見えているどころか、表面をジグザグに何かが抉った跡も見て取れた。
「あの男の顔は覚えてるけど、確かにこの中にはいないみたいだね」
逃げたか、と若本のぼやきが耳に入る。
智彦の中で、残念と思う気持ちと歓喜が複雑に沸き上がった。
これならば復讐できるという仄暗い思いを抱き、縣も同じく不敵な笑みを浮かべている。
若本は二人の表情から何かを読み取り、面倒そうに息を吐いた。
「お前ら、ちょっくら撫でてやるぶンはかまわンが、殺すなよ?」
おや、と智彦は顔を上げた。
そう言ったものの、若本の表情には複雑さが同居している。
少年法とか、加害者への救済が篤い時勢とか……そういうのに、この人も折り合いを何とかつけているのだろうな、と。
薄っぺらい窓ガラスの向こうを眺めながら、智彦は頷いた。
「さすがとっつぁん、話がわかる」
「はい。両脚砕くくらいですよ。それに……、その葛山って奴に復讐したい人は多そうですから」
智彦の視線の先には、スクラップヤードの一区画。
錆色の濃い廃棄物が積まれた下に、数人の霊が佇んでいる。
「若本さん、あの人達……霊、見えます?」
若本も窓ガラスの向こうへと首を動かす。
目を細めるなどして少しの間があったが、智彦が言わんとしている事を理解し、応えた。
「あぁ。ぼんやりとだが……やっぱアレ、霊だったのか」
「はい。多分、地面に埋められてる可能性があります」
瞬間。
若本の目が見開かれ、全身が逆立つように見える圧を放った。
歯ぎしりと共にどかどかと窓際に進み、改めて霊達……と、その地面を凝視する。
「……地面の色が微妙に違う場所もあるな。クソッ、何がやンちゃだ! りっぱな犯罪者じゃないか!」
すぐさま応援を呼ぼうと、若本がスマフォを取り出す。
と、そこにタイミングよく、着信を知らせる演歌が流れはじめた。
「おう能登! 丁度良かった! 例の場所に応援を……あン?」
相手はどうやら、いつもコンビを組んでいた能登のようだ。
抑え切れず大きくなった声で指示を出す若本だが、動きが……止まる。
「おい待て、それは署内でか?」
『そうなんです! いきなり警官が藻掻きだして倒れて……水もないのに、死因は溺死だって』
スマフォの向こうから聞こえてくる、能登の焦った声。
唖然とする若本の後ろで、「また先を越されたか」と智彦と縣は目を合わせた。




