公爵令嬢はその婚約破棄を認めない。特訓しましょう、木枯らしのなかで
「クレア! 君との婚約を破棄する!」
突然、宣言されたのは収穫祭の最中だった。
祭りの賑わいでかき消されがちだったがその声は、確実にクレアの耳にも届いた。
クレアは怒りに震えた。なっていない。
「王子! 婚約破棄をナメてはいけません!」
「はあっ!?」
「声小さい! 傲慢な響きが不足! キレが悪くて正義に酔ってる感がない! 全てにおいて失格です!」
クレアの実家である公爵家は、劇場を抱えている。クレアも自然、演劇には詳しくなった。
そんなクレアにとって王子の婚約破棄宣言は、まったく下手な芝居だったのである。
「そのような婚約破棄、認めなくってよ!」
クレアは王子に指をつきつけた。
「わたくしが付き合ってあげます。お稽古しましょう!」
王子に拒否権はない。この国では、婚約破棄は受理されなければ成立しないのだ。破棄したいのであれば、訓練するしかなかった。
稽古場は野外劇場と決まった。春が来るまで屋外は興行に使わないため、ガラ空きだからだ。
かくしてクレアの厳しい指導が始まった。木枯らしの、吹き荒ぶなかで。
「ダメですわ! もっと腹の底からシャウト!」
「ダメですわ! もっとバカっぽく!」
「ダメですわ! 己を恥じず、堂々と!」
「ダメですわ! バカには違いないのですが、ご自分をバカだと認識してはいけませんのよ!」
連日、木枯らしに曝されて王子の肌は荒れ、目は渇き、喉は枯れてしまった。
それでもクレアの指導が止まることはなかった。
ついに王子は倒れた。
見舞いに来たクレアに、王子は熱で赤くなった顔を向け、半ば朦朧としながら呟いた。
「稽古をやめたいんだ……」
「あら、まだ諦めてはいけません。頑張って、完璧な婚約破棄を目指しましょう!」
クレアは王子の手を握り、励ます。
熱のためか恐怖のためか、ガクガクと震える王子。ついに、懇願を始めた。
「頼む! いえ、どうか、お願いします! もう、婚約破棄は、しないから……!」
「まあ! 本当に……?」
「ああ、済まなかった…… いえ、まことに申し訳ありませんでしたぁっ!」
クレアは微笑んだ。
「では公爵家から、婚約解消の届けを出しておきますわね」
王子は驚いた。
クレアが自分を愛しているから、あんな稽古で引き留めようとしたのだと思っていたのだ。
「なぜ……?」
「あら、わたくしがあなたを愛しているわけがないでしょう?」
そう。クレアが愛しているのは、演劇だけ。
―― 家を出て女優になることを父にやっと認めてもらった日の、出来事だった。
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なろうラジオ大賞応募用、千文字短編。お題は 『木枯らし』 です。




