第二百二十一話 対を成す炎
「未完成の割には、よくやるようだが、所詮は魔術師の真似事。お前如きの炎で俺の炎を焼き尽くす?ふっ、やってみろ! 」
アグニスは炎の鎧を身に纏った燈火を前に、未だ余裕綽々と笑みをこぼす。
新木場と輝夜、ミクルに夜十と燈火、連戦が続いているからこそ、疲労とダメージは蓄積されているはずだ。
「ソロモン様の前で赤っ恥はかけないからな。……最初から本気で行かせてもらう! 」
アグニスを中心として緋色の光を帯びた魔法陣が生成される。輝夜を最も簡単に瀕死状態にした、攻撃魔法でも最強の一種、エクスプロード・ドミニオンだった。
燈火は何かを察知して、険しい表情を浮かべる。明らかにこの魔法陣の中に入ってはいけないと、本能が拒絶しているようだ。
「ふっ、俺様は近距離型の魔術師じゃないんでな。ソルフレア! 」
アグニスの頭上、空が白く灼け、一気に空気が変わった。落ちる無数の光柱が雨の如く降り注ぎ、燈火の逃げ場を潰しながら襲いかかる。
「今、私の人生がここで尽きたとしても、朝日奈家の名の下に恥じない戦いを!朝日奈の名の下に、焔を従え、神火の如きで敵を貫け!焔弁の爆炎花! 」
燈火の背後から無数に具現化された炎の剣は、光柱をものともせず、一瞬で相殺。
次々と降り注ぐ光の雨は燈火に当たることは愚か、地面に着弾するよりも前に綺麗に消滅した。
「ほう……このレベルの魔法を防ぐか。ならば……!!エクスプロード・ドミニオン!」
地面に手を伏せ、詠唱を完成させると、燈火の立っている場所も含め、広大な土地を包み込む巨大な赤い魔法陣が生成された。
超攻撃的な空間で彼女は不敵にも笑う。
「この燈の金蓮花の防御力を舐めないで頂戴。その魔法がお気に入りなのかもしれないけど、私には効かないわ! 」
地面が足の形に陥没するほどの強い踏み込み。
一瞬で加速し、アグニスの間合いへ。
凄まじい威力の小爆発が途端に燈火を襲った。爆発による黒い煙が燈火を包み込み、視界を奪う。
「この魔法の威力に耐え切ったものは、魔術師でも少ない。自ら飛び込んで死を選ぶとは血迷ったな!傲慢こそ敗北の証よ!ふはははははは……ーーッッ!? 」
高らかに嘲笑するアグニスは、途端に驚愕した。出力も威力も先程輝夜を倒した時と何ら変わらないはず、なのに燈火の鎧には傷一つついていなかった。
「今の言葉、そっくりそのままお返しよ! 」
燈火は、アグニスが驚き、ギョッとして一瞬、大きな隙が生まれたことを見逃さなかった。
燈火の掌が火照り、炎が灯った。
指の隙間から零れ落ち、ゆっくりと赤い焔が立ち昇る。まるで一輪の花が咲いたように、炎が刃の形を縁取った。
その炎が完全な「形」を成した瞬間ーー剣は唐菖の名を持つ炎剣へと変化する。
「……朝日奈の名の下に、静炎、集え!焔の唐菖! 」
振り抜いた剣は花弁が散るように軌跡を描き、触れたものを静かに、しかし確実に焼き切る。現に空間の温度の高まりを感じた。
「はぁぁああああああッッ!! 」
大きな隙を生んだアグニスの首へ刀身を滑らせる。綺麗で流れるような動きと相まって、アグニスは防御の姿勢を取ることも出来ない。
咄嗟に鍛え抜かれた太い腕で剣戟を防御しようと構えた瞬間ーーぼとり。と、重みのある音が地面へ。
「ぐっ、ぁぁぁあああ!! 」
痛烈な痛みがアグニスを襲った。
だがしかし、アグニスにとって腕が一本斬り落とされても魔法を使えば回復するーーはず。
「この剣は一度斬った場所を炎が記憶する。この意味がアンタに分かるかしら? 」
首に矛先を向け、構えの姿勢を取る。
アグニスは静かに腕に手を当て、呟いた。
「……回復魔法! 」
圧倒的な回復量でボコボコと音を立てて、腕が再生した。ーー瞬間、斬られた断面と同じ位置からツーと、赤い血が垂れる。
「……ッッ!? 」
ーーボトリ。さっきと同じ、重みのある音が周囲に響き、アグニスの腕が落ちる。
「どんなに回復しようと、私の炎はアンタを確実に燃やし尽くす。忘れられないくらい、その身体に刻み込んであげるわ! 」
「……ふっ、そんなの当たらなければいいだけの話だろう?腕の一本くらいくれてやる!俺様を舐めるなよ! 」
アグニスは目にも留まらぬ速度で移動し、確実に燈火の間合から外れた位置に移動しようとした瞬間ーー足元で軽く地面が抉れるほどの小爆発音と振動が響き、体勢を崩してしまった。
「……逃げ腰ね。自分の好きな間合じゃなきゃ、攻めることすらできないのかしら? 」
冷めた声音が聞こえた直後、アグニスは左足に違和感を感じた。痛みすらもなく、気がつけば地面に転がっているのは自分の左足だった。
「……クソ!なんだ今の衝撃は……! 」
重い打撃音と共に地面に打ち付けられる。
身動きが取れないまま、コツコツと耳元に聞こえてきた足音のほうへ身を捩らせて顔を向けた。
「……雑魚が!お前達などソロモン様の手にかかれば、一瞬でーー」
「キングのほうがまだ厄介だったわよ。……終わりね。 」
油断もせず、燈火は一気に剣を振り抜いた。
一度斬れば、二度と回復できない剣を前に、既に連戦続きで満身創痍だったアグニスは敗北を期した。
真っ二つに両断された首が宙を舞い、血液が飛散する。圧倒的な力の前に敗北を期したアグニスは驚きを隠せないまま、無念の表情で息を引き取った。
戦いを終え、夜十の方へ目をやると、まだまだ勝負は始まっていない様子だった。
両者共に歪み合い、どちらが先に先手を取るか、読み合いの戦いをしているようだ。
「……まさかッ!! 」
ソロモンの表情が強張り、顔に血管が浮き出る。目をカッと開き、怒りに満ち溢れ始めた。
「アグニスの魔力が消えた……燈火、やったのか。なら、次はこっちの番だな。 」
夜十は両掌を叩き、一閃にして黒剣を構える。
ソロモンは夜十そっちのけで、魔力を展開した。
「お前ら一線を越えたな。この俺様の最高傑作を何人も……許せない! 」
指をパチンと鳴らすと、ソロモンを中心に巨大な魔法陣が現れた。
前線の都市を余裕で飲み込めるだけの圧倒的な大きさだ。
煌々と光り輝き、周囲は眩い光に包まれる。
ーー次の瞬間、ソロモンとアグニス以外に魔術師は居なかったはずの場所に、無数の魔術師が出現した。
「……お、ソロモン様!?どこだここは!? 」
「ここは恐らくアグニスの管轄だな、何故急に……」
魔術師達は取り乱している様子だった。
「今、これを聞けてる魔術師に命令だ。今すぐ、未完成共を根絶やしにしろ!アグニス、ロゼ、キングがやられた。未完成を多くやれたものには、四魔術師に上がれるだけの魔力と地位を約束する! 」
ソロモンの背後に現れた、ひ弱そうな魔術師が冷めた目つきでこう言った。
「ソロモン様、自分の大切な玩具が殺されて御立腹なのはわかりますが、少し気をーー」
シュッと、空を斬る音と飛散した血液がその場の空気を凍りつかせた。
ソロモンに物申した魔術師の頭がコロコロと小さな音を立てて、ソロモンの足元に転がる。
「いいか?文句があれば辞退してくれて構わない。だが、その時はこのバカと同じ目を見るだけだ。……分かったな? 」
無言の承諾が続く。
「特に末裔と桃色の髪の女を殺したものには、それ相応の素晴らしい地位と名誉、魔力を捧げてやる。分かったら動け!以上だ! 」
ソロモンは魔術師達の影に隠れて、夜十の前から消えようと踵を返す。
「……おい!待て!ソロモン!逃げるのかよ! 」
夜十の言葉も虚しく、目の前には無数の魔術師が立ちはだかった。
「……ああ、ひとつ言い忘れていた。魔術師たちを召喚したのはここだけじゃない。お前が大切にしている"生徒"もいつまで持つかな?それではな、末裔。 」
手を振りながらソロモンはその場から消えた。
今の言葉を前に学園に対する心配が募る。
「沖先輩、ここは俺が食い止めます。どうか、学園へ行ってもらえないでしょうか! 」
「風見……あぁ、分かった。虹色、少し戦場を離れるぞ。ここは任せてもいいか? 」
沖の様子に吹雪はコクリと頷いた。
その瞬間、空間が切り拓かれ、沖は空間に吸い込まれるように消えていった。
「……お前が末裔だろ?それに桃色の髪ってそこの女か。こんな弱そうな奴倒して、四魔術師レベルに上がれるなら上手い話はないわな! 」
有象無象の魔術師達が狂気的な笑みを浮かべながら、夜十と燈火の前に立ちはだかる。
圧倒的な人数差、絶望的な状況の中で夜十と燈火は笑みをこぼした。
「……燈火、まだやれそうか? 」
「当たり前じゃない!夜十こそ、既に満身創痍なのに無理しないでよ! 」
二人は背中を預け、剣を構えた。
迫り来る魔術師の大群を見据えて。




