第二百話 鬼神の帰還
「……新木場さん、新島さん、ごめんなさい。約束を破ってしまうことになります。 」
服の下に隠されていた十字架のネックレスを取り出すと、夜十は悲しげに呟いた。
新木場に使用禁止令を出されて半年以上が経ち、この先二度と頼ることはないと思っていた代物だ。それでも、相手が相手、使わずして勝てる見込みはない。
「魔源の首飾りでかつてのガレオン王を復活させる! 」
「……成る程な。だが、そんなに上手くいくのか? 」
「分からないけど、きっと大丈夫だ!流石のリアンさんもアレを相手にするのは骨がいるだろうし……! 」
「昔のガレオン王がキングに勝てる保証はねえけどな。何もしねえよりはマシか、いいぜ!その話、ノッてやる! 」
オリジナルのキングは常軌を逸した強さだ。あり得ない魔力、威圧力、彼がその場で力を振るうだけでこの国が消滅してしまうんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
最早、相手にするのは今の状況下では無理。
普通ならば逃げるのが得策だろう。
だが、全員が満身創痍のこの状況、逃げるのも不可能に近い。
「……《この腐り切った世界に終焉を、十字架の光の下に、願いを叶えよッ!願いの十字架》!願いは、かつてのガレオン王を呼び醒ましてくれッッ! 」
夜十の握る十字架のネックレスから眩く白い光が照り、キングはその光の強さに目を細めた。
「……あのガキ、何をした? 」
凄まじい威圧感で夜十を睨みつけるが、夜十は動じない。今は久々の願いの十字架を使うことに集中するべきだ。眩く白い光は直線上に伸び、両腕が使えなくなり戦意喪失状態のガレオンへ放出された。
「うっ……ぐぁあああああッッ!!! 」
光を浴びたガレオンを襲うのは激痛だった。
彼は悶絶し、地面に頭をこすりつけて痛みを耐え凌ぐ努力をする。だが、意味はなかった。
内部からすべてが破壊し尽くされるようなそんな感覚に、意識さえ朦朧としてくる。
「……」
白目剥き出しで静かに立ち膝の体勢で上を向き、口をポカーンと開けて気を失った。
「……こ、こいつはまさか……ッ! 」
キングはその変わり果てた姿に誰なのか理解していなかったのだろう。気絶したガレオンを見て身震いする。
かつて自分と戦い、接戦を繰り広げた末に敗北したあの人間の男。勇ましく鬼神のような強さで圧倒された記憶はついこの間のように覚えている。その時、キングの中で優先して殺すべき相手が生まれた。白目剥き出しで倒れている今であれば息の根を止めるのは余裕。
キングはニヤリと微笑み、何処からか取り出した巨大な黄金の剣を素早く振り下ろした。何の躊躇もなく、迅速に敵を討つために。
「……早すぎるッ!こ、これは護れない!ガレオン王、起きてください!そして逃げてッッ! 」
夜十の必死な言葉は中へ浮かび、彼の耳に届いたーーーーようだ。
ーーキンッ!!
まるで鉄を打つかのような鋭く激しい金属音が鳴り響いた。キングは顔を真っ青にして後退し、夜十達の目の前には大きな瞳をカーッと見開いた王の姿があった。
何処からともなく現れた巨大な刀身が赤みがかった鋼の剣はガレオンを守るべく地面に突き刺さった状態で顕現し、キングの一撃を防いだのだ。
「……わらわの王の首を獲れるとでも思っタカ?下等生物がッッ! 」
「久々の顕現、少し遅かったな。腕、鈍ったんじゃないか?夜姫。 」
ガレオンは微笑んで地面に突き刺さった夜姫を抜き去る。剣と会話している姿に一瞬だけ驚いたが、それがきっと彼の魔法なのだろう。
それにとてつもない力を感じる。オリジナルのキングに引けを取るどころか、その先を行っているような強い力を。
「相変わらずの減らず口、戻ってきタナ!お前が霞めば、剣である妾も光を失ってしまうのダ! 」
「すまなかった、護るべき者の為に自分を見失ってしまったようだ。数年と民には苦労をかけたからな。今一度、私が全てを背負おう! 」
ガレオンの握る夜姫の魔力が一瞬で何倍にも膨れ上がり、鋼鉄の鋼は刀身が大きく伸び、赤く真っ赤な炎を彷彿とさせる光が夜姫を照らす。
「また貴様か……!前の時のように一切の油断などしない!最初から本気で捩じ伏せる! 」
キングはその凄まじいまでの魔力で金色の鎧を身に纏い、ガレオンの前に立った。
「この金色に輝く装甲、貴様の刃など通らん!見せてくれよう、俺様の最強をッッ!! 」
「……久々だな。今顕現出来るのは夜姫だけと言った所か。 」
「お前、駄目ダゾ!復帰したてノ身体デ、アイツを顕現するのハ!! 」
「……分かっている。だが、お前で敵が倒れなければ……その時は考えている暇はない。 」
「減らず口バカリ!わらわで倒れンわけないダろ!! 」
夜姫の刀身に緋色がかった光が圧縮され、刃を赤く染めた。ガレオンは頭上へ夜姫を掲げ、瞳を閉じる。
「また無駄なことを!余計なことをされるくらいならば此処で殺すッ!! 」
キングの生み出した灼熱の炎を纏った竜巻が目を閉じた状態のガレオンへ突如として迫った。
絶体絶命の状況下で彼は何を思ったのか、先程顕現した夜姫の刀身を首筋に当てる。
「ふんッ!!……夜姫、この命くれてやる。だから、寄越せ。お前の力をッ!! 」
「……いいゾ!くれてやル!だかラ、全テを救エ!妾の王よ! 」
首筋に当てた刀身を強く押し引き、自らの首を夜姫で切り裂く。夥しい量の血が流れたかと思うと、白い蒸気のようなものに包み込まれ、竜巻はそれと同時に消滅した。
「……この感じ、久しぶりだァ! 」
蒸気が消え、キングの眼前に現れたのは先程までのガレオンの姿ではなかった。
鬼神と恐れられていたとは言え、歳を重ねた身体、筋肉の衰えもある。
だが、今のガレオンは夜姫顕現前とは別人のようだった。
色白で引き締まった筋肉と口元に生えていた無上髭も綺麗に消え、年老いた歴戦の猛者ではなく、若々しい好青年へ。
「この姿でずっと過ごしてえなァ!歳を重ねると身体が思うように動かねェんだ! 」
新たに顕現した刀身の長い剣を手に重心を低く、目の前のキングを睨みつけた。
「……よォ、テメェ!俺の国で好き勝手やりやがってッ!許さねェよ、テメェだけはッ! 」
「ふんッ……!おかしな魔法を使うようだが、それがどうした?俺様に勝てる秘策があるとでも……? 」
ガレオンは地面が足の形に陥没するくらいの強い踏み込みで地面を蹴った。
「んなもん、ねェよッ!! 」
「笑止!貴様はここまでだッ!! 」
キングの両腕から再度生み出された灼熱の竜巻は凄まじい速度で地面を削り、空気を焦がし、ガレオンへ迫る。
だが、今の彼にそれは見えていなかった。
最早、眼前の敵の魔法に一切の興味無し。
「……はぁああああああッッ!! 」
両手に携えた剣で竜巻を一刀両断し、さらに地面を強く踏み込んでキングとの間合いを一気に詰める。
「なっ……!? 」
竜巻が斬られたことに驚きを隠せなかったキングを前にガレオンは相手の首元へ渾身の大振りを叩き込んだ。刹那、キングは咄嗟の反射神経で両腕を差し出した。
「残念だが、その程度の防御力でどうにかなるレベルじゃねえんだッ!! 」
キングの指先で大剣を止め切れたーーかと思うのも束の間、彼は自分の視点がクルクルと回転し、気がつけば地面に足を踏みしめたガレオンが大きく見えた。
「ま、まさか……この俺様が二度も……ッ!? 」
「ああ、そのまさかだァ。テメェを前に倒した時はこの魔法は使ってねえからなァ。初見じゃ動きを追うことも出来なくて当然だァ! 」
ふふんと鼻を鳴らし、足元のキングへ躊躇なく大剣を振り下ろす。
「残念だが、このガレオン。貴様が如何に強かろうが関係ねェ。俺はいつでもその上を行く! 」
グシャリと踏み潰されたトマトのような二度目の最期を迎えたキング。胴体も動く気配はなく、どうやら戦いは終結したようだった。
「……す、凄すぎる!あの化け物をたった一撃で鎮めるなんて! 」
「うっ……ぐっ、ぁああああああッッ!! 」
戦いの終結と共に夜十は断末魔のような叫び声を上げ、前のめりに倒れた。
「夜十!夜十!!夜十ぉぉおおお! 」
直ぐに駆け寄って名前を叫び続ける燈火に「大丈夫」の言葉も言えずに。夜十は意識を手放した。
「我が名はアウグリーオ。貴方の回数はもう三つ、これ以上使えば命の危険です。 」
目を覚ますと、夜十は何もかもが真っ赤に染まった世界にいた。自分の目の前には白い光に包まれた女性、輪郭も身体の形も光が強すぎて分からないが、彼女は悲しげに忠告する。
「それは分かってる。でも、こうしなきゃキングには勝てなかった! 」
「それでも貴方はいつも他の人の為にと力を使いすぎている。無限に湧き上がる私の魔力を駆使するのは構いませんが、どうか貴方だけは呪いに侵されないで欲しい。 」
表情も分からないが、この時の彼女は凄く真剣な表情をしているかのようだった。
「呪い、魔力回数を使いきればアビスになるって話か。 」
「あのシステムを組み上げた魔術師は天才だと思いますが、同時に悪魔も同然です。 」
「分かった、全力で気をつけるよ。でも、約束は出来ない。君の力を使う俺はいつでも必死なんだ。 」
「分かりました。善処はしてください。私はこの場所から見ています。貴方が魔術師を滅ぼすその日まで。 」
アウグリーオはそれだけ言って眩い光に包み込まれるように消えた。その瞬間、夜十の視界は暗転し、身体の力が抜けるように再度、意識を手放した。




