第百六十二話 兄弟対決の決着?
ーーその頃、学園長室では錚々たる面子を目の前にして風見蓮が緊張して硬くなっていた。
「……今日はどういうご用件でこちらへ?新島さんとリアンさん。 」
風見の問いかけに二人は真剣な表情を見せ、クスッと笑った。
「そんなに緊張せずとも良いんだよ? 」
「そうだぜ!別に俺らはお前と同格の立場と言っても過言じゃねえからな。 」
「……同格?!そ、そんな!私が新島さんとリアンさんと同格だなんてあり得ません! 」
両腕をぶんぶんと振って否定する。
「それでご用件は何でしょう? 」
風見も緊張が取れてきたのか、平然と話を進める姿勢を見せた。
「familiarとATSと学園で合同の演習を行おうという話になったの! 」
「……合同の演習ですか? 」
「そうだ!半ば合宿と言っても良い。戦争までのリミットは半年。俺らも親睦を深め、互いのことを知らねえと連携も取れねえからな! 」
新島は腕を組みながらフンと鼻を鳴らした。
実に名案だろう?とでも言いたげだ。
「確かに名案ですが……」
「何だ、何か問題でもあるのか? 」
「いえ、ここまで足を運んで私に案を提示してくること自体が凄いことだなと……」
風見の発言に新島は疑問げな表情を浮かべ、首を傾けた。
「ATSとfamiliarだけの合宿なら俺もそうしたさ。だが、学園の長は俺じゃねえ。勝手に決める権利は俺にはねえよ。 」
「鎮雄の部下は素直さんだな〜!そんなこと普通は考えないよ〜!! 」
風見はハッと我に帰って、確信した。私は目の前の伝説と謳われた魔法師達と同格になれたのだと。小さい頃から戦闘向きではない自分の魔法に悔しんできた。
魔法師はアビスを狩る職業。アビスを殺められなければ、実力として証明されない。
だが、私は19歳という若さで普通なら成し得ないことを成し遂げた。
もっと自分に自信を持って良いのだろうか。
「風見、お前は考えすぎだ。俺はお前に学園を託した。それだけだろ? 」
「そうですね……職務は全うしてきました。やれるべきことは全て。でも、改めて私は凄い地位に付けたのだと……」
「それは誰でもねえ、お前の力で辿り着けたんだよ。部下からの信頼も厚く、リーダーシップの取れる性格、分析力と冷静な判断力、戦場で戦う魔法師にとって必要不可欠な力だ! 」
リアンも頷き、にっこりと笑う。
「やりましょう!合同合宿!私は全力を尽くして戦争に挑みます!! 」
「ああ、楽しみにしてるぜ!それじゃ、日にちは後日電話で話そうか! 」
話がひと段落したところで新島は思い出したように口を開いた。
「ところでリアン、あいつは何処に行ったんだ? 」
「……確かに何処へ行ったんでしょう?少し不味いですね〜。珍しく着いていきたいと言われて連れてきたものの行方不明とは…… 」
新島とリアンは周囲を見回して冷や汗を流し始める。リアンの問いかけに風見はキョトンとした表情で答えた。
「連れの方がいらっしゃったんですか? 」
「新しい家族なんだけどね……かなり問題がある子でさ。 」
リアンは俯き、焦った表情で言った。
「風見、学園内の防犯カメラを調べろ! 」
「はい!店長に連絡します!! 」
新島とリアンは学園長室を飛び出した。
風見はポケットから端末を取り出し、液晶の上で指を滑らせ、耳にあてた。
電話先は店長だ。学園内全ての監視カメラを確認させる。だが、既に遅かった。
ーー「ここで決着をつけるわ!! 」
「俺はッ……姉貴を超えさせてもらうッ!! 」
燈火の速度は熱矢よりも遥かに上回り、防御力も瞬間的な火力も常軌を逸している。だが、熱矢は諦めてはいなかった。
炎の鎧に炎の太刀、見たこともない魔法だが、見るからに凄まじい力を持っている。
だから何だ?その程度のことが自分を諦めさせる理由になると思うか?いいや思わない。
「……《碧色の炎は静、緋色の炎は剛、交わり、鋼をも貫く一筋の矢となれ!碧炎の緋爆弓》! 」
弓を持ち、炎の矢を引く。何故だか分からないが、数十分前に撃った矢よりも精度が上がっている気がした。詠唱も魔力も同じ、何が違うのか、熱矢は分かっている。
自分が目の前の大きな壁である姉貴を超えられる瞬間に自分は興奮しているのだと!
「何度も同じ手はッ……! 」
太刀を振るい、引かれた矢を斬り落とさんと構えた。勝負は一瞬。矢が先に燈火に届くか、その前に矢と共に熱矢が斬られるか。
ーー何処からか、燈火と熱矢の間合いの間に謎の男が現れ、二人の剣撃を同時に直撃した。
だが、不思議なことが起こった。
燈火の振るった刀身の一撃と、熱矢の炎の矢は自分自身に直撃したのだ。
「がッ……はぁッ!! 」
「なッ……!! 」
二人の間に挟まれている男はキョトンとしてズボンのポケットに手を突っ込み、無傷で立っていた。
運動をしたことがあるのかと疑いたくなる程に腕と足、身体に筋肉がない。見た目もひょろひょろで立っているだけでも不思議になる程に病弱的な容姿をしている。容姿通りに気怠る気で男は手を口に当てて欠伸をした。
「は……?テメェ、じゃ、邪魔しやがって……ッ!!許さねェ!! 」
「熱矢、待って!何か様子がおかしいわ! 」
熱矢は燈火の忠告を無視して地面を蹴る。
掌で小爆発を繰り返し、爆風で速度を上げ、男の頭上へ瞬間的に移動した。
速度だけで言えば男は反応すら出来ていなかっただろう。
だがーー、不思議なことが起きた。
かかと落としを頭上で放ったタイミングで熱矢の足に激痛が走り、受け身を取れずに地面に叩きつけられる。肺が圧迫し、一瞬目眩がして立てなくなった。
「……アンタ、熱矢に何をしたの! 」
燈火は透かした表情で熱矢を見つめ、未だに戦闘意欲の感じられない目の前の男を強く睨みつけた。
「すみません、ここは何処ですか? 」
男の放った第一声にその場にいた誰もが驚愕した。
「……は?アンタふざけてるの? 」
燈火は怒りを露わにし、大太刀を構え、地面を蹴った。熱矢は今何をされたのか分からないという状態だった。目の前で見た自分も何をしたのか分からない。
下手に近づくのは得策ではないが、燈火は怒りで冷静さを欠いてしまった。
すると男は、
「ダメですよ、僕に近づいては……」
男のボソッと吐いた忠告を無視して、燈火は怒りの一撃を放つ。どんなに間合いを詰めてもポケットに手を突っ込み、男には隙しかなかった。この間合いは勝った!!
ーー「なッ、なんでッ……!! 」
男に刀身が届く僅かな位置で刀身は大きな音を立てて跳ね返され、凄まじい負荷が腕に募る。
「……アンタ、何者なのッ!! 」
「僕の魔法は"害"を成す全てを跳ね返してしまう魔法。僕に攻撃しても無駄ですよ。 」
男は傲慢そうに言うでもなく、感情を殺しているかのように無感情で続ける。
「ごめんなさい、そちらの方も。僕の魔法は呪われている。酷いことをするつもりはないんです。 」
燈火はキョトンとして、相手に好戦的な意思がないのだと判断してか、炎の鎧と大太刀を解除する。空気に溶け込むかのように消えるその様は空気に煽られ消える炎のようだった。




