第百四十八話 焼肉屋あらきばちゃん ①
あの一件から数日の月日が経った。
ミクルが暴走した原因を作ったソロ組の連中は激怒した不知火に半殺しにされ、今回の増援協力の話から追放された。
本人達は謝罪を申し出てきたが、勿論受理されず、今は病院に通っているのだとか。
「本当に申し訳なかった!全て、俺の責任だ!ソロ組を代表して、腹を斬って詫びる! 」
と言って、日本刀を生成した不知火が新島の部屋で切腹しようとしたのは正直驚いた。
神城が冷気で止めてくれたから良かったものの、不知火の瞳は本気だった。
「お前の覚悟で今回のことは水に流す。だが、一つ約束してくれるか。 」
「……ああ、何だってする。何をすればいい?切腹か?指詰めか? 」
「人類の勝利の為に死に物狂いで戦ってくれ。それ以外で自分を傷つけるな。 」
不知火は拍子抜けた表情で新島の顔を見る。
「そんな簡単なことでいいのか? 」
「ああ、俺は多くを望まない。組織に入っていなくとも、作戦に参加してくれる以上はお前らも俺の家族と同意義だ。 」
「御宅のボスは凄い寛大だな、神城。 」
不知火は新島の心意気に感服し、思わず神城に話を振った。
「まあな、新島は家族馬鹿だからな。 」
「おい、家族馬鹿ってなんだ! 」
呆れたように答える神城に新島は少しだけ怒りを露わにして叫び倒す。
「そうですね、確かに馬鹿ですね神城さん。それも取り返しがつかないくらいには! 」
扉の近くで三人のやり取りを見ていた夜十は、新島を馬鹿にした口調で話に混ざる。
「はぁぁぁ!?夜十、テメェなぁ!! 」
「新島さんは昔っから馬鹿ですからね!バーカ、バーカ!! 」
「なんだとぉぉおお!!? 」
新島と神城、夜十の三人のやり取りを見て、不知火はクスッと笑った。
この人達は口だけの家族、上辺だけの家族をしているわけじゃない。本当の家族なんだ。
張り詰めていた自分の想いが馬鹿馬鹿しくなった。こんな素晴らしい組織に最初から所属していれば、変わったのかもしれない。
不知火は哀しげに何処かを見つめていた。
「ねえねえ、燈火ちゃん!そう言えば、魔法師になってからデート行った?夜十と! 」
「えぇっ!?な、なんですか急に!! 」
燈火が生徒の組手の稽古の授業を観ている時、何処からか現れた鳴神が耳元で囁いた。
「それでそれで行ってるの?どうなの? 」
「お互い忙しくて行けてないですけど……」
「そっかー、明日休みだよ?偶の休日くらい二人で羽伸ばしてきたら? 」
確かに明日は休日。生徒達の熱意があり過ぎて、あまりに休暇を取らない為、風見が強引に稽古禁止の日を定めた。まさに明日はその日なのだ。
「そうですね……誘ってみます。 」
「折角付き合ってるんだから恋人っぽいことしなきゃ、出来なくなった時に辛いよ? 」
「うぅ……その言葉、説得力あり過ぎです。鳴神先輩……。 」
「あはは!私はもう平気だよ!明日はお墓参りでも行ってこようかなってね。 」
轟音が亡くなってからの鳴神は何処か暗かった。それでも乗り越える為に実況の役目を引き受けたり、生徒達に教えられることを教えてあげたりと、凄い努力家。
燈火はそんな鳴神のことが大好きだ。
「そうなんですか、轟音先輩も喜びますよ。私、明日デート行ってきます! 」
「うん!そうそう!今を楽しみなよ! 」
それだけ言って鳴神は去って行った。
燈火はニコニコしながら端末を取り出して、夜十にデートの誘いのメッセージを送った。
久々のデート、行くとしても何を着てこうかな。何処に行くのかな、色んな期待が高まり、燈火は様々な妄想に耽る。
考えただけでも幸せになることばかりだ。
「……き、ねき、姉貴!!聞けええ!! 」
熱矢は、端末を持ち、ニヤニヤと笑って、空を見ている燈火の頬をつねる。
「い、痛っ! 」
指を離すと、つねった部分が赤くなった。
「あっ、え……ごめん。どうしたの……? 」
頬を右手で撫でながら、燈火は明らかにイライラしている様子の熱矢に尋ねた。
「何ぼーっとしてたんだよ、ニヤニヤしてたし、変な妄想でもしてたのか? 」
「ち、ちがっ……!熱矢には関係ないわよ!それで、要件は何?! 」
図星を突かれたことで燈火は顔を赤らめた。あまりの分かりやすさに熱矢は首を傾げ、やれやれと呆れた様子で彼女へ言った。
「授業の時間終わったぞ。鐘の音鳴ったのに立ち尽くしてるから声かけた。それだけ。んじゃ、俺戻るから。 」
熱矢はその場から立ち去っていった。
周囲を見回すと組手をしていたはずの生徒達は誰一人居ない。
授業終了の鐘の音はとても大きく高音だ。
その高音が聞こえなかったとは、羞恥心を感じたのだろう。彼女は顔を赤らめて、職員室へ走って戻っていった。
職員室へ到着し、自分の席に腰を下ろす。
メッセージを夜十に向けて送ったことを思い出し、端末を急いで取り出した。
夜十からの返信は来ていたようで、「いいよ、何処に行きたい? 」とメッセージが届いていた。
燈火は急いでそのメッセージに返信を送る、「美味しいもの食べたい! 」と。
一番最初に行ったデートの場所はバーガーショップだった。あの時の味は絶妙で美味しかったのを覚えている。
ーー翌日。
白のTシャツに青色のジーンズとラフな格好の夜十と、白のインナーの上に紺色の大人っぽい印象の目立つジャケットを羽織り、白と紺の水玉模様のロングスカートを履いた燈火は学園の外を歩いていた。
「今日はどこに連れてってくれるの?当日まで秘密なんて、楽しみよ! 」
燈火は目を光らせて言った。
「色々迷ったんだけど、居住区に行くのは気が引けるから。……まあ、行こうか! 」
夜十はそう言って、燈火の手を取る。この瞬間、彼女は全てを察した。
今ここは学園を出て直ぐの所に位置している公園の中、美しく吹き出す噴水が印象的で、噴水の水を見ているだけで何もかもを忘れて一日を費やしてしまいそうになる。
僅かながら魔力の昂りを感じる。
それは、手を取ってくれた夜十からだ。
「え、休日もこの移動方ーー」
声は遮られ、二人は青白い光の空間に吸い込まれた。亜光速による瞬間移動は、燈火にとって苦痛でしかなかった。脳を揺らされる感覚と嘔吐感、この魔法の使用者ならいいが、夜十の場合はーー、
「アレ……何も感じない。 」
圧倒的な浮遊感は消されてないが、脳を揺らす感覚も嘔吐感も一切無かった。
数日前まではあったはずなのに、どうして?
燈火が疑問げな表情を浮かべていると、夜十はニッコリと笑って言った。
「ミクルにコツを教わったからな。どう?身体の調子は? 」
「そうなんだ……うん、大丈夫よ! 」
教わって直ぐに実行出来るものでも無いはずだが、そう言えばこの数日間、夜十は演習場に篭りっきりと言っていた。
「相変わらず、夜十は凄いね。 」
「ミクルに怒られたよ……こんな空間を歪ませて、自分以外のことを考えろ!って! 」
「ミクルちゃんはアレから大丈夫? 」
「ああ、演習場で毎日特訓してるぞ。明日から学園にも戻るってよ。 」
燈火は内心ホッとした。数日前のあの件でミクルのことが凄く心配だったのだ。
あの場に居た身としては、ミクルが持つ強大な魔力に嫉妬、いや恐怖を覚えた。
但し、味方としてなら最強、とても心強い。
青白い光が湾曲した空間を進み続けると、視界が真っ白になった。目的地に到着したサインだ。燈火は地面に降り立つと、目の前の木造建築の建物を凝視した。
古臭いというよりは古民家のような構造で、店というよりは家に近い。
「え?ここ? 」
冷や汗をかき、建物を指差して言った。
まさか、此処じゃないだろうなんて、淡い期待を頭の中で描きながら。
「そうだよ、見た目は悪いけど入ればいい店なんだ。 」
一瞬で燈火の期待は両断された。よく見ると、建物の入り口に"あらきばちゃん"と書かれた木彫りの看板が置かれているのが目に入る。"あらきば"という名前で、燈火は全てを察し、目を丸くする。
店の引き戸を勢いよく開けると、燈火の想像通り、黒いエプロンを付けた新木場が腕を組み、笑顔で立っていた。
「おう!いらっしゃい!よく来たな! 」
「はい!新木場さん、お疲れっす!! 」
夜十は上機嫌で新木場に挨拶する。燈火は、思っていた場所と違うことに一瞬だけガッカリするが、厨房から流れ込んでくる美味しそうな匂いに胃袋が奮い立つ。
「今日は腹一杯食べていってくれ! 」
「本当にお腹一杯なるまで食べていいんですか!? 」
桃色の瞳をキラキラと光らせて、彼女は笑顔を見せた。やはり、食べ物のことになると凄まじい興味が湧くらしい。
「ああ、食べてってくれよ!燈火ちゃん、俺と勝負するかい!? 」
「勝負ですか……? 」
椅子に腰を下ろし、新木場の提案に頭を傾けた。
この時、夜十は何か嫌なことが起こる気がした。それとなく、あくまで勘だが。
「そうだ、勝負だ。今から厨房から無数に用意される焼肉を多く食べられた方が勝ちだ。所謂、早食い対決だな。俺に勝ったら、これから毎日、燈火ちゃんの食事代は俺が出そう!制限時間は一時間だ。 」
「えっ……?! 」
燈火の光っていた瞳に雷光が走ったようにピカーッと一瞬の光が帯びた。
「但し、俺が勝ったら毎晩、俺と稽古だ。焔に子供達の基礎体力を上げるようにと言われていてな。強制はしたくないから、こういう形式でだが、どうだ? 」
新木場の稽古と言えば、ATSの組織に属する隊員ですら受けたいとは思わないことで有名。稽古を続けることでの成果は明確に見えてくるが、その辛さは異常を期している。
「……分かりました。受けて立ちましょう!私、今日は一食も食べてないんです!絶対に勝ちますよ、新木場さん!! 」
燈火と新木場は箸を構えた。厨房からエプロン姿で登場した男性店員の持つ肉に狙いを定め、ロックオン。
目標確認、目標の乗っている皿まであと何メートル。緊張感の走る早食い対決が今此処にスタートしたのだった。




