第百三十五話 罪からの解放
「……そんなことがあったのか。 」
龍騎が感傷に浸っていると、スラムの街の方から先程の黒髪の少年が、金髪の白い肌が印象的な少年と歩いてきた。
「ジジイとの会話は終わったのか?新島鎮雄。 」
「嗚呼、終わった。今から帰るところだ。 」
新島は和かにもならず、少年を見続ける。
「初期からの《第一世代》てのは、そんなに強いもんかよ?ジジイが恐れるくらいって、テメェなんかしたのか? 」
威圧的な態度の少年とは、裏腹に金髪の少年はニコニコと笑っている。
「お前には関係ねーよ。じゃあな。 」
新島はそれだけ言って、少年の前から立ち去る。神城と龍騎も後を続く。
「ミクル・ソネーチカ。そちらの組織に居るんでしょう? 」
新島を含め、三人の足が止まった。
revoluciónの隊員の口から自分達の部下の名前が出てきたからである。
「……何故、ミクルを知っている? 」
「貴方方がウチのボスの質問に答えるなら教えてあげても良いですよ? 」
黒髪の少年の隣に立っていた、金髪の少年は和かに笑った。
彼の印象はどこか狂気的で落ち着いた雰囲気をしている。瞳の奥にいくつもの嘘を隠し持っているかのように、凄く不気味だった。
だが、無論、答える義理はない。
気にはなったが、日本に帰った時、ミクルに聞けば良いだけの話。
三人は一度止まった足を動かして、日本に帰るべく、空港へ向かった。
「ギル、よく抑えたね。 」
「ジャック、お前こそな。 」
彼らが去った後、金髪の少年ーージャックは、何もしなかったギルに称賛を与える。
何かと手が出ては、問題ばかり起こすギルに内心ヒヤヒヤしていたからだ。
「さて、日本に向かうか? 」
「そうだね、俺達の任務は日本の状況観察……。お姫様にも会っておくかな。 」
ギル、ジャック、二人は自分達に課せられた任務を遂行すべく、日本へ向かった。
道中、仲間達と合流して。
空港に着き、飛行機を待つ間、
龍騎は新島の首から提げている赤い宝石について問いかけていた。
「その宝石は何を意味するんだ? 」
「此れは《第一世代》を意味する宝石だ。つまり、ルーニーの右腕層と認められた者だけが託される。 」
龍騎は何かを悟ったように、少し微笑んで深く頷いた。
だから、その強さか。新島。
と、言っているようだった。
「まあ、もう俺には何の価値もない赤い石だけどな。 」
「……それでもう一つ気になったんだけど、《赤目》ってのは? 」
「それはアイツの異名だ。《赤目のギル》って聞いたことはねえか? 」
龍騎も神城も二人で顔を見合わせて、首を振った。《双翼》の名を聞いた時とは、別の反応だ。
「まあ、聞いたことはねえか。アイツは、対魔術師に長けた魔法師だからな。 」
「対魔術師? 」
新島は頷き、話を続ける。
「そうだ。アイツは魔法使用時、両目の瞳孔が赤色に染まる。そして目視した相手を任意で消滅させ、戦闘能力も向上するんだ。 」
「は!?消滅!? 」
強すぎる魔法に驚きを隠せない二人。
目視されずに戦うことなど、絶対に無理だ。
なら、《赤目のギル》が対魔術師の魔法師ではなく、自分達の敵になってしまったら?
そう考えただけで寒気がした。
「まあ、効かねえ奴には効かねえよ。条件ってのがあってな。誰でも簡単に消せる万能な魔法じゃない。だが、力は強力だ。これだけは揺るがねえ事実さ。 」
新島は真剣な表情で言った。
少なくとも、新島が言っていることは事実だろう。新島と同じ宝石を持っている時点で、それは察せる。
神城と龍騎は、日本に帰るまでの間、これからのことを真剣に考えるのだった。
学園では、夜十が生徒との組手に奮闘していた。複数対一、尚且つ、夜十は魔法使用の禁止。これは虎徹が決めたルールだ。
精鋭、というわけではないがコレと言って弱いわけでもない生徒を複数人相手にして素手だけで勝てるわけがない。
普通ならそう思うかもしれない。
でも、彼は普通ではなかった。
「……」
真後ろから二人の生徒が同時に襲いかかる。
一人は地面にスライディングして足場を崩す要員、もう一人は頭を狙った速度の速い蹴り技。二人の連携は抜群だった。
「避けてもっ……!! 」
スライディングをジャンプで避け、もう一人を足を空中で掴み、地面へ容赦なく叩きつけた。
けれど、夜十の予想を遥かに超え、生徒達は次の一手を講じる。
スライディングを避けられた生徒が上体を素早く起こし、詠唱を終わらせていた。
「……《轟け、雷獣》!! 」
雷光の速度で空気を焦がしながら突き進む、雷で具現化された猛獣は、空中で無防備な夜十へ襲いかかる。
「ここまでやるか、なら……」
猛獣が迫り、当然避けられる要素はない。
生徒は初めて夜十に勝ったと、内心喜んだ。
「避けるだけが全てじゃないよ。 」
夜十の全身に雷獣が直撃し、火の粉が飛び交う。確実に大ダメージを負っただろう。
生徒の誰もが、そう思っていた。
「まだまだ甘い。全力で倒すなら深追いくらいしなきゃね? 」
夜十が雷で燃えた服を脱ぐと、服の下から黒い戦闘服が見えた。
ATSが独自に開発した対アビス用の戦闘服だ。防御性能は勿論、伸縮性のある素材で作られており、簡単に壊れることはない。
「今の十万以上の電圧は出ていたはず……」
「なのに、あんなにケロっとしてるって! 」
彼ら自身は思い知っていた。
自分達は確実に相手を射止められると踏んだ策を成功させたはず。
だが、結果としてそれは成功になっていない。
「今の魔法は良かったよ。後、五回くらい連続で魔法が来てたら防げなかったかな。まあ、二人は合格。おめでとう! 」
夜十は笑顔で拍手した。
二人の生徒は満足している様子はなかった。
合格と言っても及第点、そんなふうに彼らは思っているのだ。
目の前の先生を気絶させる、それくらいしないと真の合格に、なりはしないだろう。
「さて……次は、虎徹と熱矢? 」
だが、見るとそこには虎徹しか居なかった。
虎徹は少し拗ねたような表情で言った。
「熱矢は休みの日だから、クソ教師!今日は俺とタイマンだバーカ! 」
「あー、火炎のとこか。オーケー!じゃあ、お前は魔法アリな!! 」
「はぁ!?ルール変更とか聞いてねえよ! 」
と、虎徹の言い分を無視し、夜十は掌に魔力を乗せた。
「……負けるのが怖いんですか、虎徹サン? 」
にっこりと微笑んで煽り口調で虎徹へ問いかける。
「くっそがぁぁ!!教師の台詞じゃねえよそれ!ホントクソ教師だな!!殺す!! 」
虎徹は地面を蹴って、夜十へ攻撃を仕掛けるのだった。
ーーその頃、保健室。
戦闘演習試験以降、火炎は保健室で生活をしていた。全身複雑骨折に加えて、大きな火傷。重症だった。
試合が終わった時は、平気そうだったが纏の診察で数週間の入院が決定。
纏の治癒魔法を酷使しても完治とまではいかず……。
「そろそろ復帰してえ……」
顔以外の至る箇所に包帯を巻きつけ、足を金具で固定されて、ベッドに横たわっている火炎は、退屈そうに呟いた。
「あと二週間は絶対安静って纏先輩が言ってたじゃん。火炎も賛同してたでしょ? 」
毎日看病をし続けている燈火は言った。
先程、一日二回の受診を受けたばかりなのだ。
「あの闇医者の前で否定的なこと言えるわけねえだろ!!殺されるわ!! 」
「それは火炎に完治して貰いたいからでしょ。我慢してよ。 」
まるで母親のように火炎を諭した。
すると突然、保健室の扉が勢いよく開いた。二人とも扉の方に視線を傾ける。
そこにはーー、
「……あっ!熱矢、待ってたよ。 」
ズボンのポケットに手を突っ込み、真っ直ぐな瞳で火炎を見つめる熱矢の姿があった。
「……熱矢、久しぶりだな。 」
火炎は話しづらそうに切り出した。
あと一戦以来、会えていなかった弟。
自分を恨み、憎しみの炎を滾らせていた熱矢に火炎はどう接するべきかを考えていた。
「まだ、許したわけじゃねぇよ。でも、全部姉ちゃんから聞いた。操られてたってことも、俺を庇ってくれたことも……」
「あぁ……本当にすまなかった。 」
「……俺自身も徐々に許せるように頑張っから、バカ兄貴も頑張りやがれ!じゃあな! 」
熱矢はそう言い去っていった。
その時、火炎の刻が一瞬止まった。
「ぐっ……うぅ、ぅぅぅ……」
そして、刻が流れ出すと、火炎の瞳からは滝のような涙が流れ始めた。
「次の当主は火炎なんだから、その泣き虫も直さないとダメっ……だよ"……」
その頃、保健室に帰ってきた纏は二人の咽び泣きを耳にして一瞬戸惑ったが、少し口元を緩めて何処かへ去っていった。
「全く……兄弟揃って泣き虫だな。流せる涙は流した方がいい。俺は邪魔だな。 」
暫く、保健室には二人の泣き声が響いたのだった。




