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追憶のアビス  作者: ezelu
第2章 組織編 《新入生編》
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第百二十話 復讐の炎は燃え尽きない

ーーこれは暗い記憶。

憎しみの根元になった悲しい記憶だ。


その日は、朝日奈家の重鎮が集い、次期当主の決定の意向を思考する日だった。

時期当主に推薦されていたのは、本家の朝日奈溶二(ようじ)と朝日奈火炎。

溶二は火炎よりも歳上で、既にKMC魔法学園を卒業し、世に蔓延るアビスを駆逐していたプロの魔法師だった。


火炎はその年、KMC魔法学園に入学した若手ではあるが、実力を兼ね備えた所謂、天才。

何方が時期当主に選ばれてもおかしくはない実力差だったせいもあってか、一族の間ではこの二人の勝負を楽しみに期待しているものが殆どだった。


「兄貴!今日の試合で現当主勝ち取ってよ! 」


「熱矢、心配しなくても、兄さんなら勝ち取ってくれるよ! 」


燈火が不安そうな熱矢を優しく諭した。

分家上がりの火炎と仲が悪いわけではないが、実力差で言えば自分の兄に勝る人物はいないと、燈火は思っている。

すると、二人の前で試合の準備をしていた溶二は、二人の頭の上に両手をポンと乗せた。



「二人とも、ありがとう!この試合が終わったら、三人で外に出かけよう!壁の外は危険だけど、俺が居れば大丈夫だ!」


「え、ほんとに!?ほんとにいいの!? 」


熱矢が嬉しそうに食いついた。

産まれてこの方、危険という理由で朝日奈家の敷地外に出たことは一度もなかった。

それに外に出ることを勧めてくれる人も居なかったからか、熱矢は今までにない程の嬉しそうに笑う。



「ああ、約束するよ。一緒に外へ出よう!外には沢山楽しいことが待ってるんだ! それじゃ、行ってくるよ!燈火、熱矢、またな! 」


溶二は楽しそうに笑顔でそう言った。



ーーそれが最後の会話だった。

溶二は火炎との対戦後、命を落として、二度と帰らぬ人となってしまった。



「外に連れてってくれよ兄貴!約束したじゃねぇかよ!なぁ!兄貴! 」



熱矢は酷く苦しんだ。もう全部壊れて仕舞えばいい。

溶二の居ない世界なんてどうでもいい。

壁の中の見苦しい生活から自分を解き放ってくれようとした兄、熱矢はそれ程に兄を慕っていた。



熱矢の中で縋っていた全てが壊れていく音がした。

パキパキと乾いた音が連続し、修復不可能にまで割れて壊れてしまった。



それから、数ヶ月後、熱矢に言い渡されたのはーー




「……熱矢、溶二の件でお前は変わったな。お前は破門だ。もう帰ってこなくていい! 」


焔の厳しい言葉だった。

言い渡された後、熱矢は硬直してしまったが、思わず笑ってしまう。

それは嘲笑なのか、苦笑なのか、自分でも分からなかったけれど。



「こんなクソ家!二度と戻らねーよ! 」



ああ、兄貴は俺と一緒に外へ出たかったんじゃないかって、そう思った。

非情な父、分家上がりのヤツが人殺しで破門のみ。世の中腐ってやがる。


この俺が全てを燃やし尽くし、壁の中で巣を作る害虫が二度と出ないようにするんだ。






「兄貴……俺は今日、やっと兄貴の仇を取れるんだ! 」


アリーナに到着した熱矢は、自分の対戦相手を見て震えた声音を吐いた。

何せ相手はあの憎き、朝日奈火炎なのだ。



「……俺の光を奪ったアイツだけは許さない! 」


復讐の炎に己を燃やす熱矢は、アリーナの中へと消えていった。




暫くして、演習試験開始の時間が迫ると、アリーナ内に甲高くテンションの上がった声音が鳴り響いた。



「はーい!それでは、演習試験を始めます!実況はこの私、鳴神茜がお届けするよ!第一回戦目はーッ、この人達ィ!!! 」


キレッキレの実況は、轟音を真似しているようだった。風見も沖も、そんな鳴神の姿を見て、安心した。

轟音が消滅してしまってから数ヶ月間の間、彼女はロクに食べ物も摂取せず、ただ青い空を虚空の空いた瞳で見つめているだけだったからだ。


数週間前に、やっと気持ちの整理がついたのか、前の明るい鳴神に戻ってくれた。

だがしかし、今だって相当辛いに違いない。

傍で支えてくれていた人が居なくなってしまったのだから。



「炎魔法の名家、朝日奈家同士の勝負!右コーナァァァ!!どんな魔法も絶対反射!朝日奈火炎! 」


わぁぁぁという歓声が湧き上がり、火炎はステージ上に上がった。

瞳の奥に燃え上がる炎が具現したかのように、火炎の瞳は燃えていた。まるで、今からの試合を本気で挑もうという意思が顕現しているかのよう。



「対するは左コーナァァァ!!ATS魔法学園教員、朝日奈燈火の実の弟!期待の新星、朝日奈熱矢ぁぁぁ! 」


颯爽と登場し、熱矢は火炎を視界に捉えるなり、憎しみで表情を歪めた。


両者はステージに立ち、一刻と迫る試合開始の時間を待った。



「……熱矢、本気でかかってこい!俺はお前に負ける気はしない! 」


火炎は少し強めの口調で熱矢を挑発する。

普通なら笑い飛ばして終わりの挨拶みたいな初歩的な挑発だが、熱矢は違った。

それを宣戦布告として本気で捉えたのだ。



「絶対殺す……!!お前だけは絶対!! 」


本気の殺気を感じた所で、火炎は安堵した。自分の行った挑発を相手は真に受けている。

1つ目の作戦は見事に成功した。



「試合開始まで5秒前!


4


3


2


1


START! 」


試合開始の合図が鳴り響くなり、熱矢は両掌を眼前に突き出す。

烈火から短剣を顕現し、目の前の火炎へ狙いを定める。最速で最短で敵を効率かつ、簡易的に仕留める為に。



「火炎、テメェだけはッッ!! 」


熱矢は神速し、火炎との間合いを詰める。

火炎は予想よりも遥かに上回る熱矢の速度に驚きを隠さずとも、眼前へ迫る短剣の矛先を紙一重で避けた。


しかし、避けられることが想定内だった熱矢は、火炎の眼前に迫れた一瞬の機を逃さないよう、短剣から手を離し、火炎の腹部に強烈な蹴りを叩き込む。



「……ぐあっ!! 」


腹部に強い衝撃が加わり、肺の中の空気を強制的に吐かされた火炎は嗚咽した。

急激な速度上昇で剣戟まで繋げていた体勢を一瞬で一転させる判断力と、それを咄嗟に考えて実行出来てしまう戦闘センスに思わず、火炎の意思は滾った。



「……中々やるじゃねえか!! 」


「うるせぇ!!! 」


蹴られた腹部を抑えて、熱矢からの追撃を後ろに飛ぶことで回避した。

火炎は右掌を熱矢に向け、詠唱を手向ける。



「《朝日奈の名の下に、炎を従え、神火の如きで敵を貫け!焔弁の爆炎花(アキメネス)!》 」


顕現した爆炎が鋭利な鉾へ具現し、真っ直ぐ熱矢へ向かう。

その技を見た瞬間、熱矢の憎しみの炎が更に燃え上がった。

何故ならその技は、燈火が使用する炎技。

元は、朝日奈溶二が愛用していた技だったのだから。



「……テメェ、俺に喧嘩売ってんのかよ!それは兄貴の技ッ!! 」


熱矢の魔力量が底無しに上昇した。

火炎の放った焔弁の爆炎花を容易に回避し、爆破による速度上昇で一気に間合いを詰める。



「……ッ!! 」



一瞬で目の前まで迫られた火炎は、咄嗟の判断で右掌を突き出し、防御の態勢を取ると、火炎の周りには球体を帯びた見えない防壁が貼られた。それは、夜十程の観察眼で無ければ目視は出来ない薄い膜。

火炎が得意とする魔法、反射壁の展開だ。

どんな魔法も物理的攻撃も反射してしまう、最強の盾。大型アビスの黒龍を反射壁で挟み込めば、押し潰す程の破壊力も秘めている。



しかしーー



「その程度の壁で……ッ!舐めんなァ!! 」



熱矢は、火炎の反射壁を目視して、尚、右手に備わった鋭利な短剣を突き出した。



その瞬間、火炎は戦慄する。

あり得ないことが起きた。

防御力は申し分なく、どんな魔法も物理的攻撃も弾いてきた反射壁が熱矢の放った短剣の一撃で粉々に砕け散ったのだ。



「う、嘘だろ……ッ!? 」


右手で展開した防壁が破られたことで、火炎は驚愕を隠せなかった。

直ぐに左手で反射壁を展開しようとして試みるが、既に火炎との距離がゼロの位置にある熱矢がそれを許すはずがなかった。



「これでッ……終わりだぁぁぁ!! 」


熱矢は短剣から手を離し、火炎の首を右手で掴んで、笑みを浮かべる。



「……何で防壁が破られたか、分からねえだろ? 」


火炎は強い眼差しで熱矢を睨みつける。

火炎は勝つ気でいた。自分を分からせるために、理解させる為には、やはり力で相手を捩じ伏せてからでないとならない。況してや、熱矢の性格からすれば当然だろう。


けれど、この状況、非常にまずい。



「俺の魔法は振動系魔法。朝日奈家を破門になった後、お前の反射魔法を崩す為に猛特訓を重ねたんだバーカ! 」


「なっ……!?振動系だと!? 」



振動系魔法とは即ち、地震などの振動を自分自身で巻き起こすことの出来る魔法。



「お前も知ってるだろうが、名家を抜けた奴は名家の刻印が無くなる。刻印がある時は、属性魔法だけが使える。刻印が無くなりゃ、俺個人が備わっていた魔法が使えんだよなァ?俺はそれを知って嬉しかった。テメェをこの手で殺す手段が出来たんだからな! 」


火炎は熱矢の拘束を解こうと、必死にもがくが、簡単には逃げられるはずもない。



「あんまり動かない方が身の為だァ!俺がちょっとでも力込めりゃ、首の骨なんぞ反射壁の比じゃねぇ! 」


火炎は絶体絶命の窮地に追いやられてしまった。

火炎の描く想像以上に、熱矢は強かった。

それに、自分の魔法を火炎が誇る反射壁を意図も簡単に破壊する程、極めていたのだ。


もう無理か、そう思った瞬間だった。


ーー「火炎、諦めてんじゃないわよ!アンタは、次の朝日奈家の当主なんだからーッ!! 」


「そうだぞ、テメェ!諦めてんじゃねぇ!! 」


観客席の方から必死に絞り出した燈火の声が聞こえてきたのだ。

火炎は思わず、耳を疑った。燈火だけではない。

燈火の横に立っていたのは、朝日奈焔だった。






第百二十話目をご閲覧いただきありがとうございましたー!


次回は、火炎覚醒回です。


次回もお楽しみにー!

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