第百十七話 見えない狂気
遅くなりましたー
入場を控えた生徒達が待つ、アリーナの入り口付近で虹色を待っていた夜十は、彼女を見つけるなり、手を振って合図する。
「おーーい!こっちこっち! 」
「夜十、ごめん。この子なんだけど頼むね!私はちょっと入学式の段取りがあって……」
虹色は申し訳なさそうに、後ろに連れていた熱矢を夜十へ差し出して、アリーナ入り口の奥の方へ消えていった。
「今朝ぶりだな。ちょっと座って話そうか。 」
熱矢は不貞腐れた表情でそっぽを向いた。
夜十と話す気は毛頭無いらしい。
だが、今は捕縛状態。手を出すことも出来なければ、逆らうことも出来ない。
熱矢は黙って地面に腰を下ろした。
「……話すことなんざねぇよ! 」
「なんで暴力沙汰を起こしたんだ? 」
熱矢の態度を無視して、夜十は優しく声をかける。
「だからお前には関係ねぇだろうが! 」
「関係なくはないと思うけど……何か嫌なことでもあったの? 」
「別に何でもねぇし!気安く話しかけんな!うぜぇ! 」
熱矢は夜十の言葉を跳ね除ける。
そっぽを向いて、哀愁が漂う瞳で遠くをぼーっと見つめているだけ。
夜十は、そんな熱矢の表情に怒りが籠っていることに気がついた。
そして、燈火の言葉を思い出す。
熱矢は、目の前で大好きだった兄を火炎に殺されたことで憎しみを持っているのだと。
「……火炎が憎いか? 」
「……っ!!な、何でそれを知ってやがる! 」
動揺した熱矢を無視して、夜十は続ける。
かつて、姉を失った自分に新島が突きつけた真実、事実を教えるために。
「姉貴が言ったのか!! 」
「まあ、そんなところだよ。 」
「くっ……! 」
熱矢は唇を強く噛み締めて、形相を変えた。
血走った瞳で怒りの篭った表情を浮かべる。
それと同時に焦っているようにも感じた。
「俺は己の復讐を果たす為にこの学園に入ったんだ!俺の邪魔をするのが誰であろうと容赦はしねぇ! 」
「復讐……か。誰に復讐するんだ? 」
そして、彼は自分の復讐の意味を告げた。
それは彼が背負う闇を知らしめるように。
「魔法師の名家だ。壁の外に出ず、自分達で強がってるクズに制裁を下してやる!後は、火炎だ!兄貴の仇、必ず!! 」
夜十は、深く息を吸って、呼吸を整えてから熱矢へ問いかけた。
「名家の話は置いておくけど、火炎の話は別だな。熱矢、君の兄は本当に火炎のせいで死んだの? 」
夜十の質問に怒りを感じ、熱矢は怒鳴る。
当然だ。自分の仇を庇うような発言をしたのだから。
「はぁ?!当たり前だ!火炎は俺の目の前で兄貴を殺しやがったんだ!兄貴が死んだのは、火炎のせいーー」
「本当に火炎のせいか?違うだろ? 」
熱くなっている熱矢へ、夜十は冷静な表情と声音で問いかける。
「何が言いたい!! 」
「火炎を止める力がお前に力が無かったからだろ? 」
「そ、それは……っ!! 」
図星を突かれて、反応が出来ない。
熱矢だって薄々気が付いていたのかもしれない。
夜十は十年前の自分を思い出していた。
何故、姉は目の前で死んだ?
そんなのは簡単な理由、自分が弱く、勇気もなかったからだ。
目の前で姉が最後の魔法の詠唱を終え、綺麗な歌声を響かせながら夜の星空に、三体の龍と共に消えたあの瞬間を、見ていることしか出来なかった。
俺が弱かったのが原因だ。
「全て当人の力不足からなる問題だ。火炎の肩を持つ気ではないけど、自分の過ちにも気づいた方がいいよ。 」
夜十は非情にも、昔の自分に言い聞かせるように吐き捨てた。
「……お前に何が分かる!俺の気持ちも知らないくせに、上から説教うぜぇ! 」
瞳に涙を溜めた熱矢は勢いよく立ち上がり、その場から立ち去っていった。
夜十は、その光景をただただ見つめていることしか出来ない。
そして思い出す。
「あっ……!見張り任されてたんだった!!クッソ、探すしかねぇ! 」
夜十は、自分の立場を思い出し、大急ぎで熱矢の後を追ったのだった。
ーーその頃、アリーナ内では。
「入学式まであと三十分もない!沖、生徒達の移動は終わったかい? 」
「ああ、終わった!新入生は、もう外に控えてる。上の観客席には、在校生も揃ってるよ。いつでも準備はオーケーさ! 」
アリーナのステージ上では、スーツに正装した風見が沖へ指示の確認をしている。
夜十の同級生達は、学園が変わってから辞めた人達も少なくはないが、大半は二年に進級して在学してくれている。
風見の同級生も同じだ、大半が学園復興の為に生徒として、新しい教員を支える努力をしてくれた。
ステージ上でマイクを持った風見は、在校生一同へ言葉を向ける。
「全員、今回の入学式を手伝ってくれてありがとう!いよいよ本番だ!明日の演習等も心して掛かってくれ!以上! 」
「おおおぉぉぉぉぉおおおお!! 」
風見の言葉に心を打たれた在校生達は、大声を上げて自分達を奮い立たせた。
一年前のこの役は、柳瀬刀道が担っていて、ここまで士気が高まることもなかった。
各派閥同士で良く思わない部分もあったりしてか、派閥制度の廃止を行わなければここまでの団結力は見出せなかっただろう。
彼らの反応に風見は感激した。
「……それじゃあ、行くよ!新入生入場! 」
アリーナの外へ続く扉が開き、新入生の先頭列の生徒が入場し始めた。
真新しい制服に身を包んだ彼らは、覚束ない足取りでアリーナの奥へ進む。
緊張した表情の生徒もいれば、自分に対する自信に満ち溢れて、満面の笑顔の生徒もいる。個性は様々だ。
盛大な音楽が流れ、アリーナの二階席は透明な防御障壁で覆われた。
新入生が在校生に危害を加えないことも無いと、様々な想像を膨らませて、最悪の事態に備えた完璧な準備。逆も然りだ。
生徒全員の入場が終わり、新入生は並べられたパイプ椅子に着席した。
今から名前を呼び、新入生の代表が在校生へ話をする、重要な時間が始まる。
風見はマイクの前に立つと、机の上に並べられた新入生の名簿に目を通し、声を張り上げた。
淡々と名前を呼ぶ中、風見は瞳力で生徒達の心を見抜く作業に集中していた。
学園に入ったとて、ATSやKMCに恨みを持っている輩が入学し、これから始まる新学期を潰すことだってあり得ないことではない。
風見の六神通は、対象を捉えた瞬間に様々な情報を脳へ送り込むことが出来る。
それが人外だったとしてもだ。
大半の生徒の名前呼びも終わり、いよいよ終了が近づいてきている。
何事もなく、不正もなく、終われる。
風見は安堵していた。
「……沙雪虎徹君! 」
「はい!! 」
元気のいい声に、風見は思わず笑顔が溢れた。賺さず、六神通で虎徹の心を見る。
異常は何もない、正常な少年の筈だった。
「……え、ど、どういうこと……? 」
少年を凝視し、目を酷使する。
だが、風見は驚愕を隠しきれなかった。
「み、見抜けない……!? 」
その場にいた在校生全体が戦慄した。
風見の六神通で見抜けなかったことなど、ただの一度も聞いたことがなかったからだ。
「風見!彼は何を考えているんだい!? 」
風見の耳のイヤフォンに、焦った様子の沖の声が入る。いや、違うんだこれは。
考えているとか、そういう次元じゃない。
考えそのものがない、それも違う。
風見が心を読む時、彼女の視点に見えるのは心の中の声が文体となって具現している。
その文体が沙雪虎徹の場合、見えるどころか、真っ黒なモヤに覆われていて、一切の光を通さない状況にあった。
だから、風見は彼が次に話し出すことも予知できなかった。
表情は柔らかく、声音も優しい。
性格も悪くない感じで、誰に対してでも温厚な社交性の高い生徒と、詳細が記されていた資料を読んで確認する。
「あの先生、どうかしました? 」
「……い、いや、何もないよ!次、次! 」
風見は首を傾げながら、次の生徒へ視線を移した。後で、沖に聴取させようと考えて。
次の生徒に視線を移したからこそ、彼の黒い笑顔と憎悪には気がつけなかった。
会場中全ての在校生、新入生らも。
彼の黒い笑顔が、学園を良くない方向へ誘おうとしていることも。
百十七話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
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@sirokurosan2580
今回から不穏な影が動き出し始めました。
次回、新たな学園では見えない狂気が蠢き始めていた。波乱の展開にーー!?
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




