第19話 宿命の対決テッサベルVS白鳳院美琴
本戦合間に行われるリトルリーグ、20歳以下で組まれたこの試合は観客を飽きさせない為、武闘では無く、武踊の意味合いで行われる予定であった。大多数が学生である為、殺傷行為は禁止となっているが、予選時からそのレベルの高さに観客は舌を巻く事となる。
現在、身の丈ほどもあるサムライソードを羽のように振り回す少女と、紙一重でそれを必死に躱す少女に、観客は持っていたビールが溢れているのも気付かない程絶句しながら見る他無かった。
「いやぁ~ほんと初戦で当たるとは思わなかったねぇ……今のを躱すなんてやるじゃん! 胸小さくてよかったね、テッサ?」
「そう? アタシは何となくそんな気がしてたけど、アンタなら殴り易いから調度良かったかな。痴女のミコト姐さん?」
ゴゴゴゴゴゴ……武装気以外のモノが揺れるリトルリーグ本戦第三試合、トロンリネージュ魔法学園代表次席テッサベルと、ゼノン傭兵学校フレピカタ次席美琴=白鳳院の試合が始まった直後である。
「ふふふ~ん、ダマスクス合金で打たれたウチの長竿、”叢雲一文字”に気も使えないアンタが素手で殴り掛かってきた時は正直コイツ大丈夫? って思ったけど……それだけ動けるんだったら本気でやってもいいよねぇ」
「痴女は太くて長いのが好きって言うけど本当なんだ? その剣見た時ちょっと笑っちゃったわ」
睨みを効かせ過ぎたこの女の戦いに、リングの脇で見ていたアベルとリョウは生唾を飲み込み、シャルロットは会話の内容がいまいち解らず小首を傾げる。
「この子は剣じゃなくてカタナ! アンタんトコの国の切れないブッサイクな剣と一緒にしないでくれるぅ?」
「あらゴメンナサイ? じゃあ姐さんのそのナマクラ息子ごとブチ折ってやるからさっさとかかって着たら?」
リングの脇で見ていたアベルとリョウは何故か股間を抑えて嫌な顔をしていた。
「ナマクラね、フ……フフフ、リトルリーグで殺傷は御法度みたいだけど、腕の一本や四本は覚悟しなさいよぉぉ」
「自信過多な女って意外とモテた事無い女だって……この前週刊誌で見たかな?」
ブワッ! リング脇のアベルの前髪にまで風圧が届いた。
ミコトは長竿ごと身体を回転させながらテッサ目掛けて踏み込んだのだ。その姿は正に竜巻を纏った風神であった。腕の一本がどうとか言ってたが、あの勢いじゃナマス切りになるのではなかろうか? 同じくゼノンの同僚であるリョウは、リングの外でちょっと心配になる。
(さっきより倍は速い――イケるかアタシ!)
テッサ=ベルは魔法学院で魔法の成績は中の下である。そして癒やしの魔力を持って生まれたが故攻撃魔法を一切持たず、格闘能力のみを評価されて今回代表選手となった。
彼女は下級貴族の家に生まれ、同じく下級貴族の向かいに住んでいたアベル=ベネックスとは幼少の頃よりの幼馴染である。母とは死に別れ、父と二人で小さな屋敷に住んでいる。父は中央の役所勤めで、同クラスのセレナ=クライトマンの下で働く言わばヒラ貴族(社員)である。
※この国の貴族は領地での税収が殆ど国に持っていかれるが故殆どの貴族は自らも働いている。これはアンリエッタが王座に着いた時に改変された制度で、平民の税収を少なく、貴族から多くを取るようになった結果。テッサの父親はそもそも殆ど領地を持っていなかったので元々働いている。
父には貴族としてのプライドというものが無かった。それは彼女の曽祖父、ひい爺さんがそういう人で、惚れた小汚い旅の女の為に貴族の地位を捨てて添い遂げたりする人だったらしく、その人の生き様に感銘を受けたから。と前にテッサは聞いた事があった。
男手一つ、テッサには何も教えてこなかった、貴族としてのプライドもない父なのだが、小さな頃から娘に言い続けている事が一つだけある。
”恐怖と権力に屈するな”父はそういう男であった。
安いプライドは犬にでも食わせればいい。 貧乏で笑われようと、没落貴族と言われようと、父は笑ってやり過ごす男である。
しかし父はベル家を、ひい爺様が築いたこの血筋を誇りに思っている。褐色肌の血統、血にプライドを持っているのだ。
その血統は80年前、ゼノン王国からトロンリネージュに流れ着いた女性、ティアレス=ベルからなる血の血統――元ゼノン錆びた釘の彼女は、病に倒れた所をひい爺様に助けられた際、こう言ったという。
『私には友達がいました。でもその娘を私は心の中で疎ましく思っていました』
そして自分のその心が原因で友達と戦い、死なせてしまったのだと。だがその友達は、死に際にこう言ったのだという。
『強い拳は握りしめたくなる……でもね? オテテは繋ぐものなの』
自分はその友達の為に世界中を旅してきたのだと、名前も知らない灰色髪の竜剣士を探しながら旅をして来たのだと。そして倒れる度にこうして見ず知らずの人に助けられてきたのだと。そして思ったのだと。
『あぁやっぱりあの娘は凄いなぁ、マリアの言った通りだった』
そう思ったのだと。
それを聞いた曽祖父、莫大な領土と資産を継承するはずだった青年は、全てを投げ売ってでもこの女性を助けてやりたい、そう思って家を出たのだという。
テッサ=ベル、彼女の父はこの血に誇りを持っている。他に何を笑われてもいい。貧乏で笑われようと、没落貴族と言われようと、父は笑ってやり過ごす男である。しかし――
娘は風の噂で話を聞いた。
父親が上役のクライトマン卿を殴ったのだと――理由は貴族のツラ汚しと言われたからだと。顔中痣だらけで帰って来た父は娘に言う。
「今日の夕食はテッサの大好きなクリームシチューだぞ? 直ぐ作るから待っててくれな」
何故痣だらけなのか知っていた娘は涙を溜めてこう応える。
「父様……アタシの好物はビーフシチューだよ?」
いつになったら覚えてくれるの? そう言う娘に、父は痣だらけの顔を掻いた。
テッサ=ベル、彼女は血統の事は何一つ聞かされず育てられた。ただ父からは”恐怖と権力に屈するな”とだけ教えられ育てられた。
故に彼女は貴族を嫌う。威張り散らかした貴族を嫌う。ふと、リングサイドで自分を応援するアベルが目に入る。彼とは家族ぐるみの付き合いであり、親も似た者同士だったらしく非常に馬があったらしい。
(アイツは小さい時弱かったなぁ……アタシが殴ったらすぐ泣いて逃げてたもんなぁ)
今や自分よりも強くなってしまった幼馴染を見て少し微笑んだ。
「イックよぉテッサ! ウチが勝ったらアベル君は貰うからねぇ!」
「イク言うな痴女! それとアベルは関係ない勝手に持ってけ!」
ミコトの竜巻は更に勢いを増してテッサに迫る。
『白鳳院流奥義”血風鮮花”』
テッサは恐怖にかられる時は必ず目を見開いて見る――自分の大事なものを。
それは決して自分が手放してはいけないものを見ることによって”立ち向かう覚悟”を決める為である。 リングサイドを見る――心配そうに自分を見ている親友を。
(シャル……アタシがボコボコにヤラれたらきっとあの娘また泣いちゃうよね)
その後、横に居るアベルが目に入った。
(あれ? またアイツが視界に入った……何なんだ全くアベルのくせに)
少し微笑んで――彼女は目を見開いた。
ザッ……シュン! ミコトの刀は空を切り、頑丈なブロック畳で出来ているリングを両断する。
「な――にぃ! 躱した? ウチの”血風鮮花”を!?」
テッサ=ベル――彼女は自身の血統を最近知ることになる。何故自分の肌がトロンリネージュ人にない褐色なのか、何故自分の身体能力が元々高いのか、ハッキリと知る事になる。ゼノン人には一部、超人的な力を持って生まれる者がいる。彼女が受け継いだその力は身体能力にあらず――驚異的な”動体視力”である。
(あの時程恐怖は感じない! いける)
その動体視力は、クラスで唯一ユウィン=リバーエンド講師の高速の動きを見切り、”鴉”と呼ばれる暗殺者と対峙した時は逃げずに前に踏み込んだ。その”勇気”と”動体視力”こそ彼女の最大の武器である。
そして思い出していた。シャルロットを助ける為、決死の覚悟でデイオールの屋敷に突入した時の事を。
(二度と……あんな思いをするのはゴメンだ!)
それは、暗殺者と対峙した時その圧倒的力の前に一度恐怖に屈し、友達を置いて逃げようと思ってしまった事。それ以来テッサとアベルは超絶極まりない鍛錬を怠ること無く続け、アベルに至っては武装気を纏える程にまで短時間で成長を遂げる。
(今のアタシじゃ武装気は使えない――でもね!)
テッサの瞳は長竿を振り切ったミコトの空いた脇腹を捉える。
「アタシのチョップはパンチ力だぁぁぁ!」
言葉の意味は良く解らないがとにかく凄い自信があるぞ、と言いたかったらしい。
彼女の握力150キロ、背筋力350キロからなる筋力と、その類まれ無いバネから繰り出される攻撃は破壊力に換算され(でも何故かチョップ)、ミコトの脇腹に刳り込んで吹き飛した。
「――っつあぁぁこっの女ぁ……何て馬鹿力」
あんた熊科か何か? 吹き飛んだ所を受け身を取りうずくまるミコト。減らず口を言っているが相当効いたらしく足が痙攣していた。
「武装気を使えなくたってアタシにはこのチョップ(パンチ力)があるのよ姐さん?」
「グ…ペッ! そうねぇ悪魔的な威力だった……かな」
しかしミコトも流石はまだ学生とはいえゼノンの傭兵である。瞬時にわらってしまった下半身を復活させ、血の混じった唾を吐いてからすっくと立ち上がり抜刀術の構えを取った。
「なら近づくのは……止めようかな!」
次の瞬間、美琴は身の丈ほどもある刀を抜き払った。
「痛っ――な、何なんじゃこりゃ!?」
テッサの腹部が横一文字に切り裂かれる。着ていた制服も当然切り裂かれ、下着が見え隠れしそうなキワドイ姿になってしまう。
「ウチは”放出武装気”あまり得意じゃないからその程度の切り傷にしかならないけど、連続で喰らうと堪えるよ? っていうか、なんじゃこらは無いでしょ女子として」
呆れ顔ながら美琴は再び鞘のない抜刀の構えを取る。
「こ、この魔法学園の制服高いのよ! アンタ負けたら買ってよねウチ貧乏なんだから!」
「あ、あれ……痛くないの? 結構血ぃ出てるけど」
あ、そうだった。思い出したら痛くなってきちゃった、忘れてたのに~。アタシの腕力を警戒して遠距離からチマチマ攻撃する方法に切り替えたのか、ほんっとうにイケ好かない女だなぁもぉ。
「ウチに勝ったら買ってあげるわよ……ま、無理だけどね」
『白鳳院流”雹導閃花”――乱!」
今度は一発ではなく、無数の刃が飛んできた。
(イッタァ……これはキツイ、どうする!?)
一発の時より威力は大分落ちたけどこれは精神的にヤバい、顔を十字防御で護ったが制服は原型が留まらないくらい切り裂かれてほぼ下着姿、ストリップのおねえさんみたいになってる。こんな所父様に見られたら最悪……良かった今日仕事で。
「参ったする? テッサちゃん、それともアベル君の目の前でもっとキズモノになる?」
イラッ……この女何でアタシの前でアベルアベル言うかな腹立つ。
「何でアベルが出てくるかな……てゆーかキズモノ言うな、まだ新品だ!」
アタシの言葉に目の前のイケ好かない女は眼を丸くした。何だ? アタシが新品って事が意外だった? それともまだ元気だからか? いやいや効いてますよしっかりと、既に全身傷だらけでクラクラしてるんだから。
「テッサ……アンタ気付いてないの? アベル君いつもアンタの左側に立ってるの……」
「はぁ? 同じクラスメイトなんだから近くにいるのは当たり前でしょ」
何言ってんだこの女……しかしどうする? どうやって間合いを詰める……ん? 左側ってなんだろ。
「はぁぁ……アンタはあのシャルロットって娘よりは大人だと思ってたのに、気付いてなかったのね……」
だから何!? 溜息付くな!
「アベル君って右利きなの……男は自分の利き手側に好きな女を置きたがるの……アンダスタン? ミステッサ」
「………………は?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
アタシとリングサイドにいるアベルの「は」がカブる。
アベルに眼をやったが真っ赤っ赤のアホ面でこっちを見てる。つーかこっち見んな! アタシ今ほぼ下着しかない状態なんだから。
「要するにそういう事……だからアンタに一応許可をとってるの、解った?」
アタシは一瞬考える。なんだ、そんな事か。
「ふ~んあっそ。まぁ良いけど」
「へぇ~じゃあ今晩あたり」
「何よ?」
「エッチィ事しに行くけど」
「独りエッチ?」
「なわけないでしょ、馬鹿?」
「だって痴女じゃん」
「喧嘩売ってる?」
「喧嘩の途中ですけど」
「アベル君にだよ!」
「だからアイツが何だって言うの!」
「襲っちゃうぞ? って言ってんの!」
「あぁ果たし合い的な意味で」
「あ~~~~鈍い女だなぁぁぁこの馬鹿女ぁぁ!」
(ここだ――!)
美琴がキレて刀を下げたその瞬間にアタシは駆ける。さっきの会話はブラフ――抜刀術の構えをなんとか解いてその空いたコンマ数秒の時が欲しかった。アベルがアタシを? フンッ、そんな事――とっくに知ってるっての!
「姐さん一途なんだ――ちょっと意外だった」
「ちっ――演ってくれるわ」
長竿は振り被るまでの初動が遅い。完全に意表を付いたと思ったのだが流石はゼノンの傭兵、急速に接近したアタシにバックステップしながら愛刀を振り込んできた。マズイ、このタイミングでは美琴姐さんに攻撃が当たる前にアタシの振りかぶった右腕が両断される。必死にそれより早く動こうとするが――駄目だ、これは絶対に間に合わない。でもアタシは諦めない、絶対に退かない、前へと踏み込め――前へ!
「この剣さえ――なければぁ!」
「な――武装気!?」
これは随分後で思ったことなのだが――あの時のアタシの瞳には炎が灯った気がした。その炎は大雑把に言えば”ブッ壊す力”あの時はそう感じた。そしてその力はアタシに迫り来るサムライソードを逆に真っ二つに両断する。
「アイツはアタシの幼馴染だ! 襲うなら金払えぇぇ!」
アタシの拳は美琴姉さんの顎にクリーンヒット、バックステップの反動も合わさって派手に後頭部を殴打して動かなくなった。まぁ死んではいないだろうと勝手に納得。制服もボロボロだしこんな公衆の面前でストリップだし体中が痛いけど、でもまぁこれで……。
『美琴=白鳳院選手気絶につき戦闘続行不可能とみなし、勝者トロンリネージュ魔法学園テッサ=ベルに決定致しました!』
うんいい感じの勝どきだ。
でも疲れた寝たい……ふと疑問に思う。
(何で姐さんの刀が折れたんだろうか)
まぁいいや、とにかく服と止血を……そう思ってたらシャルの奴が跳びかかって抱きついて来た。
「テッサちゃんっ! ボク心配したよぉ死んじゃうかと思ったよぉ~ふえ~~ん」
何だ、シャルはアタシが勝っても泣くのか……親友の頭の匂いを嗅いで少しほんわか。でももう限界、倒れそ。でもその前に、ちらっと左後方に目をやった。
そこには少しだけ、あの頃よりも顔が大人になった幼馴染がいる。美琴姐さんがしつこく聞いてきたのは”アタシの気持ちも配慮して”だったんだろう。でもまぁ……。
アベルを見た。お向かいさん家の泣き虫アベル君を、「いつまでもテッサに負けてられねぇ」そんな暑苦しいこと言ってたっけ。
(アタシもコイツを? フン……どうだか)
シャルの重みで限界を迎え、アタシはそのままぶっ倒れた。
彼女には悲報だったのだが、このストリップ状態の娘をちゃんと父親は仕事を休んで見に来ており、周囲の観客に「ウチの娘だ見るな!」とか言って大乱闘を繰り広げたのだそうな。そしてテッサはそれを目覚めた時知ってしまい、もう一度昏倒する事となる。
そして彼女の動体視力と謎の武装気は、とある事件で完全なモノとなり更に開花する事になるのだが、それはまだ少し先の話である。
◆◇◆◇
”そこ”は異様な空間だった。
ただの、そう、ただの貴族屋敷の地下に過ぎない”そこ”にあるのは色欲の固まり、肉欲の祭りだった。何十人もの女と男が特殊なオモチャで穴という穴を塞がれ、悶え、苦しみ、あるいは絶頂を迎えている。中には手足の無い裸体も転がっていた。匂いとしてはイカ臭さとエチケットボックスにパンパンに詰まった使用後のナプキンの香りが混合した擬似受精状態と言えば良いのか。
(うっわ~他人の趣味には口を出したくないけど……これは嫌なもん見たかも)
アンリエッタ=トロンリネージュ専属のメイド、リア=綾小路――火の国ジパングの武将とトロンリネージュ人の母を持つハーフで、カッコイイからという理由だけで母親に無理矢理ジパングに留学させられ、彼女も早く帰りたいから、という理由だけで死に物狂いで修行した結果、たった1年で忍術を極めて帰国した天才忍者マスターである。
(カミーユ=クライン……特殊な性癖有りかもっと……)
お手製のメモ帳にペンに唾を付けてから記入、現在監視対象は絶賛男と性交中と書き足す。ここはカミーユ=クライン外交大臣の別宅――トライステイツトーナメント本戦一日目が終了した夜であった。執事長クロードに静かに、そして無言の圧力で、半ば強引に”クライン卿を見張って報告しなさい”と言われ、しぶしぶ承諾したのだが、リアは現在超絶後悔している最中であった。
(クロード様には時間外労働させられるは、受けたら受けたで初日から嫌なもの見せられるわ……もぉ帰ろうかな? 明日は適当に報告して……そうだそうしようそれがいいかも)
納得した。そして納得したらスッキリした。仕事中は風邪っぽいのに家に帰ったらメッサ元気! みたいな心理が急にリアを爽快な気分にさせる。
(さて帰――――ん? 誰か来た……1名)
常人の耳では決して捉える事適わない音の変化をリアの耳は感じ取る。それ程までにほぼ無音に近い歩行で階段を降り、此処に近づいて来る人間がいる。
「おいおいおいおいお兄ちゃんよぉ~楽しそうなことやってんじゃん、オレも入れて~っつーか入れさせてぇ? かぁ?」
その男は全身、顔までも刺青を施された異様な男だった。いや男と言うのは些か違う、眼の焦点が合っておらず皮膚も醜く歪んでいるため解りづらいが、まだ少年と言った頃合いの男だった。
(うっわまた濃いのが来たかも、帰りてぇぇぇ早く入れてそこどけ刺青!)
地上に上る階段は少年の立っている場所だけの為、リアは胸中で哀願に近い叫びを上げる。
「昔は良く……弟とこうやって遊んだものです」
「あぁ? あぁサギの奴ねぇ……そうだねぇ見事な最後だったよ弟さん! で! お兄ちゃん、オレ金髪ロリ巨乳が良いんだけどぉ」
「その変のを勝手に見繕って下さい。私は弟似の男にしか興味ありませんので」
「はぁ~~~い勝手にやりまぁ~す」
手近な女に狙いを定めたのだろう、刺繍の男はフラフラ揺れながら階段を降りきった場所を離れる。
(よっしゃナイスかも! つーか歩きながらパンツ脱ぐな!)
再び胸中で突っ込みながらリアは文字通りの抜き足でゆっくり地下室から出ようとした所、霧が立ち込め人影が更に三体分現れる。
「タンジェント……いや失礼ミスリィナ、彼……些か強化し過ぎたのでは? 対象を殺してしまったら元も子もありませんよ?」
「イッヒッヒ失敗失敗、あまりに感度が良かったもんで呪印を打ち込み過ぎちゃってねぇ……でもその分強いし良いじゃない?」
『博士……あれナニしてるんですか? 男同士で』
「文字通りナニしてるのよ? でもメアちゃんは知らなくて良いことよ?」
『ハイ博士、超忘れることにします』
ニッコリ微笑むメアという女の子をこっそり見ながらリアは思う。
(びっ――くりしたぁぁぁ! 急に現れなくてもいいじゃん流石にバレるかと思ったかも……)
そして新たに現れた三名を見る……約二名は良く解らないけど一体は確実に魔人かも。お手製のメモ帳にペンに唾を付けてから再び記入する。
『所で博士? さっきからコソコソしてるあのメイドさんもナニされる人ですか?』
(にゃに? こっち見たかも? こっち見んな!)
「イヒヒ駄目よメアちゃん、あれは忍法って言って隠れてるつもりなんだから……でもナニされちゃうかもね? とっても酷めに」
忍法識外の術――人間の無意識化外に自分を置くことが出来る、いわば自身を”空気のような存在”にする事が出来る忍術である。故に人体の感覚を強化する”索敵武装気”ですら捉える事は不可能な術なのだ。
(なのに何故?)
「あぁ? 眼鏡?……メガネ巨乳……くっハハハ!」
「うっさいイカレ刺繍! パンツ履け!」
あ、しまった、ついツッコんじゃった。完全に術解けちゃってるかも。
「おやおや、私でも気が付きませんでしたねお美しいお嬢さん」
「ヒッヒッヒ、アビリティメーターに死角はないのよメイド忍者ちゃん?」
「何かよく分かんないけどピンチかも……」
「誰の差金かなぁ~ アーサー辺りが勘付き始めてるんならちょっと急がないとねぇヒッヒ」
トータル八つの眼がこっちに向いてる。だからこっち見んなって言ってんのに! でもどうしよう……これは凄いエロくて痛い事されそうなパターンかも。
「でもよぉぉぉこう言うシチュでメイドか忍者っつたらやっぱあれかなぁ博士ぇ」
「亀甲縛りに三角木馬な人間便器プレイ?」
うーわ何ソレ嫌な知識かも。
でも下半身丸出しの刺繍君、お前とは絶対にヤダ! リアはどうやったら家に帰って寝られるか、必死に考えた結果とりあえずクロード様を恨み、それから本気で戦う決意を固めるのでした。




