第13話 Type:A&O
「――オリハルコン!?」
「対魔人……破結界死殺技”魔人剣”……竜族に使えぬとでも思うてか」
「お父さんと同じ剣技っ――」
色金とオーラを組み合わせ全ての霊子体の防御結界を切り裂く”魔人剣”そしてこの先がザッハークの必殺の布陣であった。
「――か、躰が重い! なんで!?」
「我が妻子の痛み――思い知れ魔王!」
ザッハークが能力、Lv3の高位魔法言語――暗黒の霧結界”死屍園陣アスワドヴァイローネ”は相手の能力を低下させる。そしてそれは対象者に近づけば近づくほど効果を発揮するのだ。対魔人用死殺技”魔人剣”によって魔人の防御結界を切り裂かれ、大量の霧を体表面から吸ったキャロルの身体能力は急速に衰え、5割以下に落ちていた。
「魔人剣火牙大蛇……一閃!」
オリハルコン製サムライソードを突きに転じてキャロルの胸、魔王赫球目掛け刳り込む。
黒竜王ザッハーク後方より、竜王の血統を引く2体の竜人、蒼海竜王シカイリュウと黄竜妃ミヅチが超高速で接近――2体の躰には竜の武装気、ドラゴニックオーラが揺れる。
「奥義竜闘気絶杭!」
「武装竜闘気特式”対極双纒手”!」
ガドッン!――砕けた。
竜闘気を帯びた三つの奥義の炸裂に、キャロルの立っていた後ろにあったはずの黒曜石の玉座が粉々に吹き飛び砂塵と化す。玉座の間どころか城全体に衝撃が及びその振動が収まるのを待ってから地面に伏せて一部始終を見守っていたキリンが「やれやれ疲れた」そんな表情で立ち上がる。周囲の毒の結界は消滅し、エルフの魔人は大きく深呼吸をしてから、玉座の間に現れた少年に目をやった。
『――あ、あのぅキャロル様、き、今日の御夕食なんです……けど……鶏肉と牛肉、ど、どっちにされるかその……決めて……決めてくれました……か?』
「あ~シーゼロ=オー君ごっめ~ん忘れてた!」
でもまぁ今決まったよクフフ、邪悪な笑顔で竜人三体に手を振るキャロル。
「バ、バカな……先代魔王以上……だというのか」
「こ、子供!? こ、んな、コドボヴァ……ッ」
「ワ、ワシのぅう――腕が!?」
「本気になったキャロルを傷つけられると思った? クッフフ……か~わいいな~もぉ~」
ザッハークの刀はキャロルの胸に傷一つ付けることは叶わず、胸の位置でガチガチと音を立てるだけ――その振動は黒の竜王ザッハークの震えからくるもの。そして黄色のツノをもつ竜妃ミヅチはその美しい容姿からは決して出してはいけない音を立てて、腹に空いた穴から生み出された大量の内蔵物と一緒に、床に倒れ込んでビクビク痙攣してから動かなくなった。
「で~も助かったよ。この毒の霧結界にはちょっとだけ手を焼いてたんだ~ありがとね」
『そそそんなキャロル様……こ、こんな出来損ないのぼ、僕なんかに…あの……その……ありがとうなんて』
「うでがぁあああ、ああああ!」
いつの間にか現れていたシーゼロ=オーと呼ばれる非常に小さな少年は、顔を真っ赤に染めて持っていた大きな腕を放り投げてうずくまってしまう。
「でもシーゼロ……”Oシリーズ”って呼んだほうが良いのかな? まぁいいや。本当に強いね~」
「うん確かに…あの一瞬で…外から毒結界を破壊…更に竜人2体を同時に攻撃…戦闘能力だけならキャロルに匹敵する…かも」
キリンも腕を組みながら傍らの少年にめをやりながらキャロルに同意。
『い、いえホント大したこと無いんです……姉様達に比べたら……ほ、ほんとに僕……何にも……料理位しか……出来なくて」
「うで! うで! ワシの腕ぇぇあああああ!」
『すすすすいません……ちょ、ちょっと静かに……して下さい』
ゴドッ! 自慢の豪腕をもがれ、精神に異常をきたしていたシカイリュウの上半身が消し飛び、立ったまま生臭いオヴジェとなった。
「シ、シカイリュウとミヅチを……一撃……? 刻印を開放した竜王族がこんな簡単に……なんなのだ……その少年は……」
「タンジェントの戦闘人形Oシリーズだ~よ? さって~ 残るはザ…ザッハ……え~っと」
「ザッハークよ…キャロル」
傍らで体の埃を払いながらキリン。
「ザッハーク君だけになったねぇ」
震えるザッハークは未だキャロルの未発達の胸元に刀を突きつけたままである。そして周囲を見渡す――玉座に展開していた自身の暗黒結界が消えている。目の前に居る幼女――魔王の言い方からして、先程急に現れ同胞2体を一撃の元葬って見せた、あの小さな少年の行った事と推測されるが。
「人形?……その体中の刻印は……す、全てが竜刻印なのか……」
ザッハークが少年の体中に入れられた刺繍を睨みつける。その鋭い視線にシーゼロと呼ばれる少年は「ひっ!」怯えてキリンの背中に隠れ、そこからこっそりザッハークを見ながら律儀に応える。
「い、いえこれは竜族の額にある刻印じゃないです……この”神呪刻印”は……竜と天使の因子を最適化して圧縮……要するに外付けで僕の核と直結して身体能力を向上させる魔科学言語……です」
「天使……だと? まさかタンジェントという魔人は魔導科学を……紅い魔女の過ちを繰り返そうと言うのか……」
「クッフッフ~その”神呪刻印”1つに何体のドラゴンが必要か聞いたらビックリするよぉ~?」
戦意を消失していたザッハークの刀を持つ手に再び剛力が入った。キャロルは口元を有り得ないほど釣り上げ、戦闘人形シーゼロは両手で顔を覆い、エルフの魔人キリンは溜息を一つ。
「き、貴様らぁああぁあ!」
その叫びを最後に、最後に残った竜人ザッハークの意識は途切れる事となった。
◆◇◆◇
銀製の皿、ミスリル金属で出来たナイフとフォーク、氷を削って作り上げたクリスタルボウルには彩り鮮やかな野菜が飾られ、牛が一頭丸々乗りそうな大理石のテーブルにメインの肉料理を筆頭に所狭しと食材が並ぶ夕食の席、キャロルとキリンは並んだ料理を目で楽しんだ後、食し始める。その傍らにはキリンのメイドエルフ、使徒フヨウと料理長服に身を包んだ少年シーゼロが立っていた。それ以外の者はこの食事用の部屋”キャロルちゃん一家の食堂”には居ない。
キャロルはキリンと影王意外とは食事を共にしない、それは食事は家族とするものだ。そう思っているから。魔王一家はまるで今日一日何もなかったかのような平穏な夕食の時間を楽しんでいた。
「今日は余興があって楽しかったね~キャロル傷を負わされたのって、この体になってから始めてだったよ~」
「ゴメンねキャロル…私があの竜人共を…抑えきれなかったから…」
「キリンが気にすることないよ~キャロル痛いのって人間だった時のおかげで慣れてるから~それにむしろちょっと気持ち良かった位だよ~」
「あ…そうなんだ」
既にキャロルの人差し指は再生していた。器用に新しい人差し指を使ってシイタケをフォ―ク裏側に乗せて小さな口に運んでいる。
「でもオーシリーズって凄いんだね~結界を無効化出来るんだ」
『え?……は、はい、ぼ、僕達OタイプはAタイプに魔法を使えるよう改良されたシリーズですから…姉様達の能力は高位粒子体含め全ての結界を無効化し、身体能力を最大169倍まで引き上げる特殊な武装オーラを持ちます……から』
「…たしかアウローラタイプのベースは…100年前位のゼノンのお姫様だったよね…確か黄金とか呼ばれてた…オータイプは誰をベースにしているの?」
『え、えっと…バラキエルとかいう……天使…って聞いてます…でも人格は呪印に打ち込まれたドラゴンの性格と意識が強く出るみたい……です』
「そういえば君等って…竜と天使とお姫様の融合クローンとかタンジェントちゃんがややこしい事言ってたっけ」
『は、はい…博士は黄金の姫……アウローラタイプに思い入れがあるみたいで……僕達オーシリーズは”アウローラ”を完成させる為の…試作品ですから……だから弱くて役立たずで……ゴ、ゴメンナサイ』
「そ~んな事ないよ~ラビットハッチ君とキリンでも圧されてた竜人をやっつけたんだから~それに今日のゴハンも美味しいよっ? お料理も得意なんてすっごいよ~」
『お、おいしぃですか!?……本当ですか?……あ、そうか…キャロル様はお優しいから……僕に気を使ってくれてるんですね……ゴメンなさい』
ここ1ヶ月美味しいって言い続けているのに何でそんなに自信がないんだ? 傍らで黙って食事を見守っていたメイドさんフヨウは、自らの主人キリンのグラスにぶどうジュースを注ぎながら思った。
「シーゼロ君って何でそんなにいつもオドオドしてるの?……モグムグ」
素直なキャロルは、表面だけ炙り低音で長時間焼いた赤身のステーキを頬張りながらフヨウが思っていた事を率直に聞いた。
『え? えぇと……オータイプは失敗作なんです。人格がベースとなったドラゴン寄りになって……記憶を受け継いでしまってその……命令を聞かせづらいとかで……処分される筈だったんですが……僕だけ何故か料理が出来るという事で生かされたんです……あとの兄弟はみんな処分されて……僕も失敗作なのに……』
「あ~成程ぉ~5年位前に1体研究所から逃げたんだっけ~」
『は、はい……兄の31番が……ゴ、ゴメンナサイ……』
「へぇ…数字が名前になってるんだ…じゃあシーゼロ…貴方は40番目ってこと?」
『は、はいゴメンナサイ……』
成程、自分の存在意義がこの子には見い出せないのか。少年の横に立っているフヨウは思う。魔人の従者であるフヨウは思う。従者仲間でもそんな奴がいたからだ。
使徒は、魔人が己を守らせる為に創る言わば分身である。しかし主人の力をあまり分け与えられず、弱く創られたヴァレッドは皆総じて主人の為に何が出来るのか? 悩んでいた。そして大抵は出来損ないの我が身を呪い、主人の壁になって死んでいった。
フヨウは思う”可哀想だな”と。自分の主人は魔人領で高い地位にいる上、かなりの力を分け与えて自分を創ってくれた、。雷帝の分身であるフヨウは中級クラスの魔人に匹敵する力を持っている、だから魔王であるキャロルの給仕係をさせてもらえているのだ。そしてふと気付く、今日ここには居ないが”影王様の従者を見たことがないな”と、そして思い出す、先日ラビットハッチが影王に言っていた言葉を――
『昔のテメェは歯ごたえがあったがよぉ……今はこの体たらくじゃねぇか。従者も失ったみてぇだしよぉ』
影王様も弱い従者を作られたのだろうか? あの方に限ってそんな軽はずみな事をするだろうか? どんな子(使徒)だったのかなと。
「そんな謝らなくてもいいって~でもお父さんの料理もキャロル好きだな~シーゼロ君の料理はなんか……お店の味って感じだけど影王のゴハンは毎日食べたい味って感じだよね~?」
「あ…解るそれ…カツドン…だっけ? あれ私好き…」
「キリンはカツドン派か~キャロルはね~ラーメン?ってヤツ好き~」
「ラーメンも美味しいよね…あれってどこの国の料理なのかな…火の国の料理に近いけど違うし…影王何処で憶えたんだろ…」
「本当だね~そう言えば結構昔から生きてる魔人が言ってたんだけど、お父さんって四百年前に性格がすっごい変わったって言われてたなぁ」
「そういう話だよね…私はその位からの付き合いだから微妙だけど…確か先代魔王ヒミコ様の右腕だったとか聞いたなぁ…その頃は魔力を持っていたらしいけど…」
「お父さん魔法使えないはずだよねぇ~?」
「……うん」
キリンは黙っていた。先日王都へ行った際の影王が見せた禍々しい超絶な魔力を、あの力は地獄に封印されているという魔神王や上位天使に匹敵するモノではなかろうかと。自分は創世記戦争より後に生まれているので概要は知らないが、魔人となった時に感じた地下世界にあるという”地獄の門”その内側から溢れる超常的な力に似ていた気がするのだ。
「でもキャロル……影王の事まだ許してあげないの? お城の外に放り出すなんてちょっと……可哀想」
影王は先日王都に行った時の件で謹慎中となっている。だからキリンは影王と食事が出来ないこの1ヶ月、非常に寂しい思いをしていた。
「だってだってシャルロットちゃん連れてくるの失敗したんだよぉ!? キャロルが寝てる間にトロンリネージュから帰って来ちゃってるしぃ! 許せないよ」
「でもそれは……魔王の事を思って……」
「それにそれに!」
むぅ~ほっぺたを膨らませ口を尖らせる。
「…どうしたの?」
「何でもないよっ!」
「変だよキャロル……こんな長い事イライラしてるなんて……初めて……」
「お父さん、人間領から帰ってきてからおかしいんだもん!」
「まぁ…ちょっとボーッとしてるよね。何か…あったの?」
「何でもないよっ!」
小首を傾げるキリン、涙目で俯くキャロル。
「……キリン様」
傍らで聞いていたフヨウが主人であるキリンの耳元で小さな声で割って入った。
「どうやら影王様が間違えられたそうなのです……」
「……何を……?」
言っていいものか、バツの悪そうにフヨウ。
「それがその……こともあろうにキャロル様を別の女の名前で呼ばれたのだとか」
「…は?」
キリンの目つきが変わる。そして凄まじいい聴力を持つキャロルは聞こえていたらしく、キリンに口添えをしたフヨウをその真紅の瞳で鋭く睨みつける。魔王に睨みを効かされたメイド型従者は金縛りにあったかのごとく、青い顔で身を硬直させた。
「お喋りなメイドだなぁもぉ……お仕置きが必要かなぁ」
「それよりキャロル……詳しく教えてそれ……」
鋭い目付きとなったキャロルと同じく雷帝キリンの眼が座り、周囲の埃が電圧で青白い閃光を放ち出した。その主人と魔王の機嫌の悪さにフヨウは頭を垂れた姿勢のまま食堂の入口付近まで撤退する。空気を読む能力のないシーゼロはそんなやり取りをキョドりながら見渡している。
「ヒドくない? 真顔で間違えたんだよキャロルの事、まぁお父さんいつも真顔だけどさ~」
「……酷いね、酷いねそれは、それは仕方ないね。早急に対処しないとだねそれは。で、なんて女?」
いつものゆっくりしたボソボソ声から急に早口になったキリン。キャロルは思い出すのも腹が立つ、目を剥いて叫ぶ。
「マリィって呼んだんだよキャロルの事! 一文字も合ってないんだよぉ!?」
「従者! 魔人領にいる全ての奴隷からマリィという女がいないか探し出して。いなければ国境付近の街に雷帝近衛兵ヌエを送り込め! 早急にマリィという女を片っ端からひっ捕まえて私の前に連れて来なさい!」
(ええええええ? 本気ですかぁ?)
超絶な巻き舌で自分に指示を飛ばす主人にフヨウは、キリン様? キャラが崩壊しつつありますよ。そう思った。言うだけ言ってちょっと落ち着いたのか、キャロルはメインのお肉をもう一切れ口に運んでちょっと御機嫌。
「まぁそれはそーと……今日のお肉美味しいね~こんな味がするとは思わなかったねぇ~」
「あぁこれ?…うん確かに…死んだら人型から元の姿に変化した時は…ビックリしたけどね…」
「でも流石に多いよ~後捨てといて~シーゼロく~ん」
『あ、キャロル様……その』
「ん? な~に」
モジモジオドオドしながら少年は応える。
『その……目が珍味らしいので……それだけでも……食べてみられませんか……い、嫌なら良いんですが……』
そう言って俯いて黙って俯いてしまう。どうやら料理人としての謎の”勿体無い感”が働いたようだ。
「へぇ~そーなんだ!」
――ズブシュ!
キャロルのフォークが皿に美しく盛りつけられた、3体のステーキの脇――ドラゴンの目に突き刺さった。




