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【完結】Code:ルナティック=アンブラ 不死身の魔剣士とプレイヤーの苦難  作者: ゆーくんまん
第4章 導きのストレーガ

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第12話 竜族と魔人族

挿絵(By みてみん)



 人間領と大きな壁で仕切られた魔人領――ユウィン=リバーエンドの剣に宿る竜王バハムートが以前納めていたドラゴン領ソーサルキングダムと隣り合った場所にあるが、竜と魔族は争うこと無く干渉すること無く現在に至っていた。

 これはドラゴンの力が魔人に匹敵、もしくは凌駕する戦力であるが為である。しかし今この場所――赤眼魔王の居城ウバラスイレン玉座の間には羽の生えた人型、男と女約3名が魔王の招集に応じていた。


 人間の背中に竜の翼を生やした屈強な体つきの男女、その眼光は鋭く耳の横から生えるツノは各々違う色をしている。竜族のツノの色はそれぞれの種類に別れ、炎竜ならば赤、水竜ならば青といった風に色が異なるが、前竜王であったバハムートは炎龍でありながら黄金のツノを有した希少種であった。


 魔王であるキャロルの前に出向いたこの3名の竜人は竜王不在の今、ドラゴン領で最高の権力と力を持つ3体である。故に護衛を有する必要もなく危険を伴う魔人領まで数名で出向いている。


「クフフッそんなピリピリしないでよぉ~キャロル緊張してお腹痛くなっちゃうじゃ~ん」


 しかし様子がおかしい――友好関係では無いにしろ創世記より”不戦”を貫いてきた竜人達には明らかに憎悪の感情が見え隠れし、その内の1名――腰に鞘を下げた男は誇り高い竜人にあるまじき行為、地面に頭を垂れへりくだっていた。


「我らは約束の十年間を待ち申した。それはどういう事で――」


魔王レッドアイ話が違うではないか! ザッハーク殿の妻子を返せないとはどういう事か! 人質がいたからこそに苦渋を呑んでお前達の悪行――龍族の養殖などというフザケタ所業に目をつぶってきたのだぞ!」


 頭を垂れる男の後ろから天に届かんばかりの怒号を上げたのは蒼い角の竜人、3名の中で最も身体が大きく屈強な海龍である。額に文字が浮かび上がり青く輝いている――これは龍族の刻印と呼ばれ本来の姿、巨大な龍の魔力を圧縮してあるドラゴン固有の魔法言語である。


「シカイリュウ殿待っておくれまし! ここでコトを構えては今迄我慢してきた意味がござぁせん! ザッハーク殿の妻はあちきの友でもありんす、ここはよしなに! なにとぞよしなに――」


「しかしミヅチ!」


 シカイリュウと呼ばれる海竜が魔王に食って掛かるのを女性の竜人ミヅチ、黄色のツノの竜人が身体を張って止めに入った。


「ゲッへっへっへおもジろくなってきたなぁ……丁度鬱憤が溜まってたんだぁ、1人ぐれぇ千切ってやろうかぁな」


「ヤメなさいラビットハッチ…キャロルが話してる途中…」


「キリンよぉ、お前に指図される憶えはねぇワガってる。影王の野郎のおかげでムシャクシャしてただけさぁ」


 黒曜石の玉座に座したまま不敵に笑う魔王キャロルの両脇に魔人四天王ラビットハッチ、雷帝キリンが睨みを利かせている。キャロルが人差し指を回してから土下座をしている竜人ザッハークに視線を落とす。


「キャロルんとこの床は綺麗だけどさ? そんなに頭下げられたらキャロル喋りにくいしぃ~喋る時は相手の眼を見なさいって言われてるから顔を上げてよザッハ……え~とザッハなんだっけ……トカゲちゃん?」


「ザッハークよキャロル」


「そーだそーだ。頭上げよーよ、現トカゲの王ザッハーク君?」


 その物言いに巨漢の竜人シカイリュウの憤怒の気配が更に膨らむが、代表らしいザッハークはそんな蒼の竜王を手で制して頭を上げる。


「貴殿らに保護・・されております我が妻コノハサクラは”マザードラゴン種”……数少ない繁殖能力を有するドラゴン故、我ら龍族が貴公らの軍門に下り、”竜刻印”の秘伝を貴殿らに提供致した所存……」


 遡ること150年前、魔人タンジェント――魔人領最高の頭脳を持つ女、その頃の名をリィナ=ランスロットはとある実験の為ドラゴンの養殖を始める。ランスロット博士は不死のバケモノであることを隠し、当時の人間領カターノート共和国に席を置いていた。しかしその人道に外れた実験の数々を目の当たりにした研究員が彼女を告発、世界で五指に入る魔法の実力者アーサー=カターノート校長(当時の名前はヒラガ)と傭兵王国ゼノンの錆びた釘ラスティネイル1位”蒼天”ことユアン=ホークアイがランスロット研究所を完全消滅させた。しかし激闘の末、当のランスロット博士には逃げられることとなる。


 命からがら逃げおおせたランスロットは魔人領に住処を変え、研究を続けていた。しかし遠く離れたカターノートで行うなら兎も角、ドラゴンの養殖という行為を隣国である竜人が見逃すはずがなく、今から10年前、養殖竜の開放を唱える竜人と魔人の間に闘争が起きる。竜の力は強大である――そこで魔人四天王ヘルズリンクは竜王直系の血族、マザードラゴン種コノハサクラとその息子を拉致、人質としたのだ。


「まぁタンジェントちゃんが欲しいっていうもんだからね、キャロルはぶっちゃけどうでも良かったんだけどさ」


「レッドアイ……こちらに不手際は無かったと思いますが」


 冷静沈着を漂わす漆黒のツノを持つ竜人、ザッハークの眼が少しだけ鋭く魔王を見据える。


「えっとね? そちらというかこの前バハムートに大事な所で邪魔をされてねぇ……イラッとしちゃって~」


「バハムート様は人皇に仕える身となられた。当然魔人とは相容れぬ存在でしょう……それとこれとは話が別ではなかろうか」


「人皇? な~にそれ?」


 話が進まないことの苛立ちを腹に収め、黒竜が応える。


「……赤い魔女の伝承に語られる3名の王の1人だと聞きおよんでおります。天と魔、そして人の皇は戦う運命にあると……」


「へぇ~じゃぁ魔人の皇はキャロルってわけだ。すっご~いキャロル有名なんだ~」


 シカイリュウは鼻で笑う。


「ふんっ 幼い魔王は何も知らないようだ。まだ百そこそこの年では知らんも当然かもしれんがな」

「あ?」

「挑発するでないシカイリュウ!」


 魔王キャロルの顔つきが変わる。どうやら感情を抑える事が不得手らしい巨漢の竜人、シカイリュウは気にせずに続けた。


「天と魔の皇……バハムート=レヴィ姫王様がお生まれになわれる更に数百年前――すなわち創世記に地上を焼き尽くした魔神王と天使の筆頭の事だ。ここに居るワシらも創世記戦争に参加した身、思い出しただけでも背筋が凍る思いじゃ! 貴様如き……地上世界の魔王如きとは比較にならん力を持っておるわ」


「へぇ~流石トカゲのジジイは無駄に年食ってね~んだな~クフフッ」


 キャロルの口調の変化に傍らのキリンとラビットハッチも臨戦態勢を取る。その最中キリンは思い出していた。王都トロンリネージュで対敵した竜王バハムート、奴は人間に仕えていた。という事はあの時の人間――数百年前より噂になっている”魔人殺しの剣士”が人皇という事になる。そして竜共はそれを知っていた? ”天と魔と人の皇”聞き覚えの無い伝承、どういう事だろうか。


「シカイリュウの無礼なもの言い、バハムート様の所業、現代表として謝罪致します。ですので何卒我が妻と子をお返し頂けぬだろうか」


「あ、あちきからもお願いします! ど、どうか、コノハサクラは幼き日よりの友でありんす! どうか――どうか!」


 現代表ザッハークと割って入ったミヅチは再び頭を深々と下げる。その真摯な代表とメスの姿に、興奮気味だったシカイリュウも渋々頭を下げる。

 そしてこの人情味溢れるこの空気に何故か嘔吐感を憶え、口を抑えているキリンが口を開いた


「キャロル…教えてあげれば? どうもこういう空気って苦手…」


「ん~実はキャロルも悪いコトしちゃったなぁって思ってたんだよねぇ」


「!――どういう意味でしょう」


 竜族一同に緊張が疾走った。不戦の条約と技術提供、そこまでしておいていくら魔人共でも事を荒立てるような真似はしないだろう、大群をなした竜の力はいかに魔王と言えども脅威であるから。人質の期間も10年……これも竜族の寿命を考えれば長いとは言えない、十分譲歩できる期間だ、とは思う。とは思うのだが相手は魔族――こちらの常識でモノを考えていたのがもしかして見当違いなら……そう思いザッハークの細い瞳が更に細く鋭く魔王を写した。


「まっさかタンジェントがあそこ迄やるとは思ってなかったからさ~」

「だから――」


「キャロルも魔人の王様じゃない? やっぱり部下のやったコトってば上役のセイだよね」

「だから……どういう……」


「あ、上役はヘルズリンク君だからキャロルのせいじゃ無いかなぁ?」

魔王(レッドアイ――」


「いやでもまさか生かしておくって意味をあぁ理解してるとはさ~」

「答えろ!!!――レッドアイ!」


 ゴゴゴゴゴ……黒竜であるザッハークの周囲に暗黒の霧が立ち込め始めた――この霧は吸った者のステータスを弱体化する彼の持つ固有の能力デバフであり、吸い過ぎると状態異常から毒に転じ、相手を死に至らしめる猛毒の霧と化す。先程から場をまくし立てていたシカイリュウが飛び退き、今度はザッハークをなだめる形となる。


「お、落ち着かんかザッハーク!」


 しかしもはやザッハークには聞こえていないらしかった。



「えっとね?――――中身だけになっちゃったんだよ」



 キャロルはてへぺろ。 舌を出して頭をポリポリ掻いた。


「……っ」

「そ、それはどういう意味で……ありんすか?」


 白く美しい顔を蒼白に染めるミヅチ。


「だからね? ずいぶん前からキミの妻子、脳と脊髄……臓器だけになっててさ~返したくてもどうやって返そうかなって……」


「そ、それってつまり……」


「でもね、ちゃんと生きてるんだよ? タンジェント凄いよね~ でもキモいからどうしたものかって――」


『――Lv3死屍園陣アスワドヴァイローネ』


 ブァッ! ザッハークを源流ソースとする魔法言語が巨城ウバラスイレン玉座の間四方に霧の結界となって展開、触れれば猛毒に犯される暗黒結界――他者を寄せ付けないよう展開されたそれは玉座の間を完全に外部から遮断した。


 彼は毒の属性を持つ竜王、今迄は妻子と同族の未来の為心を殺して魔族に従ってきた。主張、プライド、野心、羞恥心、エゴ、彼は昔、こんな同じようで違うような、違うのかそうでないのか、そのようなモノが非常に強い竜人であった。自分が他人より強くなる事、自分が他人より偉く見える事、そんあ”他人の目”を気にする男だった――そんな男は過去、妻となるコノハサクラに出逢った時に一度変化する。彼女は歌うようにこう言った。




『何で私が他人のために怪我をするかって――え? トラウマ? そんなんないよぉ……後ろめたさ? 何それぇ~変なヤツだなぁキミは~』


 竜は孤高にして我が力こそ最高也。竜族は生まれ居出て即強力な力を有し、生欲を殆ど持たないが故出生率が非常に低い。長寿である竜人は思い込むことによって長い年月を精神を錆びつかせないように生きる。そんなザッハークの人生の中で他人の幸せに目を向ける女がいた。生命を生み出すマザードラゴン種の女だった。


『ほらザッハーク、この子が……この子がアナタの息子だよ? 生まれた時から身体が不自由――始めから四肢が自由に動かせない運命の元生まれてる……もしかしたらこの子は”何でボクをこんな躰に産んだんだ!”そう私達を恨む時が来るかも知れない……でもね』


 生まれたばかりの小さな竜人は母親コノハサクラの胸の中から不自由の掌をプルプル動かしてザッハークの指に触れた――そんな男は過去、息子の指に触れた時にもう一度変化する。


『でもこの子が私達を恨んでも……他人を恨まない、他人を護るような子に育ってくれたら嬉しいなぁ』





 ザッハークは毒の属性を持つ竜王――この10年妻子と同族の未来の為、心を殺して魔族に従ってきた。主張、プライド、野心、羞恥心、エゴ、彼は過去、こんな言葉が似合う男だった――同じようで違うような、違うのかそうでないのか、他人の眼を気にする己中心の小さな世界でしか生きられない竜人であった。

 しかし今は違う、寸分違わず昔の男は此処には居なかった。他人の為に怒り、守り、救う男となると誓ったザッハークは震える唇を動かし次の言葉を発した。


われが愚かだった……魔人と言葉を交わすなど始めから間違いだったようだ」


「う…うぅサクラ…コノハサクラ……あの優しいが何でそんな目に合わないといけないんでありんすか……ゆ、許しぁせん……許すまいぞ魔人共!」


「ワシらが竜族の力、思い知るが良い!」


 ザッハークは静かに腰の鞘に手をかけ、幼馴染の為に涙を流すミヅチは構えを取り、憤怒するシカイリュウは大きな拳を砕けんばかりに握りしめた。


 竜人族ドラゴンは中位の霊子体である――各個体が強力な竜の因子核ドラゴニックコアを保有し、源流ソースとなる魔法言語を宿す存在である。自身が源流ソースとなる固有魔法の実行に呪文の詠唱は必要なく即実行が可能――これは高位魔法戦では必殺の能力となる。

 更にこの魔王に怒りを向ける3体は現竜族の中で最強の能力を持つドラゴンである。


「暗黒結界からは出ること叶わん……貴様ら全員灰も残らんと知れ」


「いやん怖~い。キリン~トカゲ共の魔法出力はどれ位?」


「56,000……54,000…………88,000ルーン」


「ゲッへッへッ確かに高えゲどよぉ、その程度でオデ達とやろおってのかテメエ等……」


 兎の魔人ラビットハッチの巨体が更に膨れ上がり、エルフの魔人キリンの周囲空間に雷が舞う。


「……雑魚の魔人などどうでも良い……狙うは魔王のみ、シカイリュウ、ミヅチ――刻印開放!」

「やらいでか!」

「殺す――レッドアイ!」


『『『竜刻印乗倍増加オーバークロック!』』』


 3体の額の文字――刻印が輝きを放って弾ける。その光にキリンは目を見開き、魔法耐性の無いラビットハッチは金縛りを受け動けなくなった。玉座全体を囲う結界が更に毒素を含んで深黒に染まる。


「これが噂に聞く竜刻印の力…乗倍術式…3体全員の出力が30万近く迄…上がって…る」


「30万だと!? チイイイイ畜生動けねぇ!」


「へっえ~すっごいねぇクッフフッ」


 笑う魔王キャロル目掛けて真っ先に突進するザッハーク。その突撃に力任せに呪縛を解いたラビットハッチが立ち塞がる。


「ヤラせるガぁ! トカゲごときがぁ!」


「ザコが――失せよ!」


 ゴガンッ!「何だとぉ!?」


 ザッハークは4メートルもの巨体を誇る魔獣を腕一本で薙ぎ払い、ラビットハッチは壁一面に展開している猛毒の結界まで吹き飛んで動けなくなる。


「こ、このオデを吹き飛ばし尚且つ動きを封じれる程の……結界だとぉ!」


 暗黒結界に囚われたラビットハッチは怒号を上げて抜けだそうとするが術式で強化された結界の力は凄まじく、すぐに動くことは叶わなかった。そこへ既に詠唱を完了していたキリンの声が響く。


 アハトの雷よ集結せよ!

『Lv4雷電招来ヴァルト=ベイレンドルク!』


「――黙らんし下郎!」

「な!?」


 同じく高速でキャロルに突進するミヅチ――彼女が口を開けた刹那の時、キリンがザッハーク目掛け放った雷が文字通り食われる・・・・。ミヅチは土の属性を持つ竜人、彼女は全てを愛し、吸収し、力に変える竜妃である。特に天の属性には強い耐性を持っていた。


『Lv3黄龍対極破タイキョクイエロ!』


 ヴォア!――「くっ…強い!」


 雷を吸収したミヅチの口から発せられた衝撃破を両手で受け止めたキリンの無表情が歪む。しかしキリンは何かに気付いたように瞬時に竜人とキャロルから距離を取って身を屈めた。竜人達はキリンと毒結界に囚われたラビットハッチになど目もくれずキャロルに向かって疾走! 玉座に一人残ったキャロルは余裕一杯に口元を緩めていた。


「クフフ…じゃあこれはどうするのかなぁ――」

「――シカイリュウ!」

「任せよ!」


『Lv4摩訶鉢特摩マカハドマ!』


 キャロルが氷の魔王と呼ばれる由来――それはこの生まれながらにして超絶な水の属性をもって生まれた少女の人生に由来する。

 優秀過ぎた娘は過去魔王となり転生する前――小さかった妹と一緒に新しく出来た母親に疎ましく思われ、ママハハの手引によって奴隷として売られる事となる。

 魔力を封じるアイテムで拘束され、奴隷となり毎日特殊な趣味を持つ貴族達に穴という穴を異物で穢され暴行を受けながら、当時アンナと呼ばれていた少女は思う。


(こんな人生でも死ぬよりはマシのはず)


 妹を見つけてあげないと、きっと私みたいに酷い目にあってる。


 ”ゾフィーを見つける”


 それだけを心の支えに毎日を生き抜いた。しかし意外にも奴隷となって1年、思いのほか早く、アンナは妹との再会する事となる――それはある貴族のもよおしの席、当然華やかな地上世界の催しでは無く、薄暗い地下室での催しでの再会であった。何処ぞの貴族が噂を聞きつけ”今夜は姉妹で楽しもう”そう思ったらしかった。

 アンナは思った。こんな人生でも妹が無事なら、私と一緒で酷い目にあってはいるだろうが妹が無事であるのなら頑張って生きていける。そう思い、アンナゾフィーとの再会を果たす。


 お互い服を与えられていなかった為全裸ではあったが感動の再会である事には違いない。姉は目の前に居る妹に精一杯の笑顔を向けた――その先、妹だと思われるそれは言うなれば”イモムシのようなもの”であった――まず手足が無かった。躰は針金で宙にぶら下がる形で固定されており、姉を見て喜んでくれると思っていた眼が無かった。毎日様々な暴行を受けていたアンナは即座に、妹がどんな行為を受けたのか。一目で理解した。


(あぁ人間という生き物は……こう言う生き物なんだなぁ)


 自分も今からこうなるのか、諦める。しかしそれでは終わらなかった。今日の貴族達の催しは”姉妹で楽しもう”だったからだ。それを聞かされた時、アンナの精神力でもそれだけは嫌だ! そう思った。

 自分が妹と同じ目に合う、それは我慢できる――何故かといえば自分だけ五体満足で”生きて”いるからだ。その後ろめたさ・・・・・が最悪の死を受け入れられたからだ。しかし貴族の男達は、その・・恐らく死体となっているであろう妹と私で楽しもうというのだ。


(嫌だ!)


 妹の死を受け入れたくなかったからだ。”あんな状態でも生きている”自分も今からあぁなるんだ、そこまでは良かったのに何故これから”そんな行為”に出るんだ! そう思った。


 妹の冷たい体と自分の体が針金で結束され、一滴の血も出ない妹の皮膚と空洞になった眼を見ながら、自分の躰にいつもの何かが入ってきた時――――アンナ=デイオールという少女の精神は崩壊した。


 人は恐怖を食って肥え太る下衆な生き物――心を凍らせて止めてしまおう。全部止めてしまおう――そうすればきっと何も感じず妹とずっと一緒にいられる。


 少女は最後にそう思った。



 その下衆な人間共を一人残らず叩き斬ったのは”影王”と呼ばれる魔人――その男は少女を救い、育てようと思った。




 アンナという少女から魔王キャロルとなった彼女は思う――憤怒しながら自分に向かってくる竜人を、その真紅の瞳で見据えながら思う。自分の言葉の何処に怒ったんだろう? 確かに人質の姿形は替わっちゃったけどちゃんと生きているのに。


(オカシナヤツラダナァ)


 キャロルは幼くして奴隷となり、そのまま魔王に転生したが故、”愛”を知らない。

 大事だという事は解る。それは恐らく自分を救い育ててくれた影王――父親に感じる感情だろう、それは解る。では影王の姿が替わってしまったらどう思うだろうか? 脳と脊髄になってしまった父親を想像し苦笑する。


(――うん、いやだなぁ)


 そう思う。しかし影王は魔人である、魔人は核を破壊されない限りバラバラにされようが、臓器だけにされようが魔王じぶんが死なない限り何度でも蘇るじゃないか。


(良かった~)


 安堵のため息を一つ。

 だったらお父さんと自分は死ぬ時までいつまでも一緒に要られる。死ぬ時も一緒に入られる。そう思ったら自然と笑みがこぼれた――その感情が愛であるとは気づかずに……。


(この前は大嫌いなんて言ってごめんね。でもお父さんが悪いんだからねっ)


 先日の”一言”を思い出しピキッ! 目元が痙攣。やっぱりまだ許してあげないふーんだ。考えを改める。




 彼女は本能で人間を憎む、自分と妹を殺した人間を憎み人間に組する他種族を憎む。それは人口を減らし、いつか現れる閻王と呼ばれるプレイヤー、魔族の皇を迎え入れる下準備をする事を運命付けられた、”地上世界の魔王レッドアイ”としては正しい行動、それを無意識下で行っているのである。


 そして自身に当てはめて相手、竜人達の心を考えてみたが……やっぱり自分には、何故目の前の奴らが怒っているのかが解らなかった。





「――シカイリュウ!」

「任せよ!」


『Lv4摩訶鉢特摩マカハドマ!』

『Lv3海竜水破ブルジットグラン!』


 魔王の魔法出力の高さは虐待を耐え切ったその精神力の強さに由来する――キャロルはLv4古代魔法ハイエンシェントマジックですら詠唱を必要としない。この行為は”詠唱破棄ファンクション”と言い、設定された得意属性の魔法だけではあるが、莫大な魔法出力と超高速の脳内演算処理能力を有する者にのみ許された行為である。


 ヴァ……キッン!

「ん?」


 キャロルは表情を微量に曇らせる。放ったマカハドマは自分の視界全てを凍結させる絶対零度の魔力である――しかし竜人シカイリュウの魔法により眼前に突如現れた大量の水によって阻まれ、その水が巨大な氷塊となってしまい逆に視界が阻まれる形となった。


 その一瞬でザッハークはキャロルの死角より接近――腰に下げたサムライソードを引き抜き一気に斬り込んだ。


――ヅギィッン! 冗談な程高い金属音が響く。キャロルが人差し指一本で斬撃を受け止めたのだ。


「バッカだなぁ……物理攻撃でキャロルの防御結界を抜けるわけないじゃ~ん」


 刀を受け止めたキャロルの真紅の瞳が輝きを発した。魔王を源流ソースとするLv3高位魔法言語の頂点『赤眼帝破斬スカーレットアルタ』の光、視界先全てを消滅させる破壊光線である。

 キャロルの視線が弾ける前に切り込んだザッハークの唇がこう動いていた。


「他者全てを見下すその悪癖……先代魔王と同じくそこが貴様の敗因よ」


――ぼとり。

 何かが落ちる軽い音がした。

 幼くも美しい魔王の澄んだ視線は軌跡を描いて床へと移動する。そこには可愛い、触れば絹のような触り心地だろうか、シワひとつ無い小さな指が落ちていた。村娘では一生こんな綺麗に手入れされる事が無いだろう紅い爪が目立つ人差し指。


「――オリハルコン!?」

「対魔人……破結界死殺技”魔人剣”……竜族に使えぬとでも思うてか」

「お父さんと同じ剣技っ――」


 色金イロカネとオーラを組み合わせ、全ての霊子体の防御結界を切り裂く彼女の父親、影王の使う魔人剣と自身の指の切断に一瞬戸惑うが、キャロルは即座に玉座から飛び退こうと動きを見せる――時には既に遅く、ザッハークの必殺の布陣は完了していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 交渉しても無駄な相手というのはいますが。魔人族がまさにそうなのでしょうか。竜族の皆さんとしては、悲しい結末でしたし、かといって、譲歩ばかりもできないしというところでしょうか。迫力のあるやり…
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