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【完結】Code:ルナティック=アンブラ 不死身の魔剣士とプレイヤーの苦難  作者: ゆーくんまん
第4章 導きのストレーガ

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第11話 デスパレートへと続く夜Ⅳ

 

『いつかまた逢える』


 以前俺はシャルロットの精神世界で声を聞いた気がした。そこは真っ白の世界、白い砂浜、白い海にたたずむ小さな少女シャルロットを抱えあげた。そんな白い世界の海で声が聞こえた気がしたんだ。


『シャルロット……小さな小さな私達の子供』


 少女を抱きかかえた俺はその声に天を仰いで叫んだと思う。


「マリィ待ってくれ俺は君に言いたい事が――」


 声は遠ざかっていく。

 空が少し困ったような、そんな表情に見えた。


『きっとまた……逢える』


 その言葉を最後に彼女の声は聞こえなくなったんだ。



 ◆◇◆◇



「君を愛していたよ」


 グラスを傾けながら夜空を見上げ、彼女に別れを告げた。


 そうだ。

 幸せな想い出は胸に、忌まわしい記憶は月へと捨てて眼を開け。進もう前へ、踏み込もう彼女へ。


 アンリエッタ、俺は君を――



「ユウィン先生の――」


 ……先生? 


「う、うわ、浮気者ぉーーーーーー!」


 ドキャッァア


 次の瞬間、胸部に鉄球が打ち込まれたが如く衝撃――背骨が軋み、なすすべもなく店の壁にめり込む。


(攻撃された? 俺としたことが索敵を怠るとは)


 無感情な俺に苛立ちのような何かが差し込む。

 ディを連れて来ていない事がアダとなった。気の抜けている証拠だと胸中で反省し周囲の状況を確認する。


 肘を駆けていた酒場の窓とガラスが吹き飛んでる。胸骨にヒビ、背骨に違和感、動けない。このまま攻撃されればられる――――ん? 何だこの感触は……柔らかい。鉄球が打ち込まれたかと思ったが……どこぞやでモーニングスターとかいう妙な武器を食らった時の衝撃に酷使していた。だが妙にやらかい鉄球だ……それも2つある。


「ヒック…先生ぇ……ボクの事、大事って言ったのにぃぃ……酷いよぉ」


 鉄球が喋り出した。混乱した頭を冷静に整理して状況を確認する。

 視線を下げ、衝撃の正体を確認する。

 俺の胸の中にいる物体は鉄球ではない――頭、うむ、後頭部が見える。プラチナブロンドの猫っ毛、汗の匂いに混じったハチミツ入ミルクのような香り。


 この状況を全て分析するに、これは鉄球じゃない。

 武装気ブソウオーラを纏った巨乳だ。


「シャルロット何故……ここに」


 背骨のダメージにより絞りだすような声で胸にダイブしてきた巨乳……てまはなくシャルロット=デイオールに問いかける。大衆酒屋の隅で女に押し倒されたような状態になっているこの状況は周りから見れば、ここで始めちまいそう・・・・・・なカップルに見えるかもしれない。――壁にめり込んでさえなければ。


「ボク…ボクずっと聞こえてたんだよ……? 先生とアンリエッタ様の会話」


 覗かれていたのか。

 グズる彼女に何故かマリィの面影が重なる。

 さっき別れを告げたばかりなのに俺ってヤツは感情を失ってもダメな男かもしれない。


「シェリーそんな顔するな。俺は――」


 シャルロットの頭に手を置こうとした時だ。


 ……メギメキグキ


 な、なんだ……再び骨が軋む。

 これは折れたか? 声が出ない……体も動かん。まるでデカイ掌に掴まれているように微動だに出来ない。


「竜の騎士様……こちらを向いて頂けませんか」


 この声は絃葉先生か。

 何でアナタ迄――ごっ! 首が強制的に真横に回った。

 視線をシャルロットから移した先には、目を潤ませた黒髪ロングの絃葉先生。


  い、いつの間に……


「私、もう逃げません。捧げます貴方に」


 何をだ。

 ゼノンの女傭兵はシャツのボタンを外して手を入れてきた。ちょっと待て何故こんな事に。その顔はベットの中でというか月末の支払いの時にでもした方が良いと思うが。


 落ち着け何が起きている……俺の体に纏わり付く赤い気流、これはオーラのたぐいだろう。恐らく絃葉先生の気技オーラスキルか、そして酒臭い。


「絃葉さん……こ、こんな所で奇遇ですね……飲まれるん……ですか」


「はい飲まれました……貴方に」


 何をだ。

 冷静に状況を判断するが俄然体は動かない。

 熟したサクランンボみたいな潤った唇で、俺の首元を舐めながら訳の分からんことを言ってる。近いな……ん? 彼女の瞳……これは。


「……絃葉先生」


「はい……貴方の絃葉はここに居ます。騎士殿」


 彼女の瞳に微かに魔法粒子が混じっている。

 術式を掛けられた形跡――どういう用途で掛けられたかは不明だが、これはLv4古代魔法ハイエンシェント。ならば――


「……先日も言いましたがやはり綺麗な瞳だ絃葉さん。俺の眼を見て頂けませんか」


「や……で、でも心の準備が……優しくしてくれますか?」


 と言いつつも彼女は自分で着物の帯を外していた。谷間があらわになって無感情な俺でも思わず視線が落ちる。

 押し倒して縛り付けといて、優しくしろとはどういう了見だとも思うが。


  彼女の潤んだ瞳が重る。


 霊子操眼解除――『LvΩ解除バックドア


 アヤノ師匠直伝の解除魔法だ。

 絃葉先生は気を失って昏倒し、慌てて支える俺の肩で寝息を立て始めた。


 良し体が動く、オーラの拘束が解けたとうだ。

 めり込んだ壁にもたれ掛け、上半身だけ起き上がっている俺の胸には、しゃくりあげる弟子シャルロット。左肩には絃葉さんがもたれ掛かかり、事後のような清々しい笑顔で寝息を立てているこの状態――凄い絵だ。


 だがまず1人――さて次だ。


「ヒック…ユウィン先生にとってボクって何ぃぃ……」 


 シャルロットは絃葉さんを気にもしない。


「大事な……ムス…娘――ごっ」

「娘じゃないもぉん」


 顔を上げたシャルロットの頭が顎に直撃。舌を噛み切りそうになって吐血する。


「ボク先生の娘じゃない! 先生の事が大好きな――ただの女の子だもぉんふぇぇぇぇん」


 顎に一撃食らって目眩を覚える。

 脳震盪のうしんとうに舌から流血、体の骨も軋む――正直散々な状態だが言葉通り以上の喜びで少し微笑む。学食では隅っこにいつも独りで座り、教室では友達がいなくてずっと俯いていたこの内気な女生徒が持てる全ての勇気を振り絞って自分に告白してくれているのだから。


「シェリー泣くな。俺は自分の娘に欲情する程変態じゃない」


「ふ……ふぇ?」


 シャルロットは泣き濡らした顔を上げる。


「君は俺の大事なひとだ。家族だ、なんて中途半端な事は言わないよ」


「で、でもでも……先生はアンリエッタ様の事――」


 近いな顔……感情が出にくい俺の困った笑顔で問に答えようとした所――殺気を感じる。


「へぇ……やっぱりですか」


 左腕には氷の女神。

 右腕にはゼノンのラスティネイル。

 前方には地獄の王が如く立ち尽くすアンリエッタ。

 ただならぬ気配を察知して、周囲のお客がそそくさ会計を済ませ始める。


「早かったな自然に呼ばれてお花を摘むの……小さい方か」


 全く上手い事言えず、ただの下ネタになってしまう。


「そうですよねぇ……ユウィン様って全員に本気ですもんねぇ……私もシャルロットさんもアヤノ様も絃葉さんも大事な女一括りですよね~」


「いや……そう見えるか」

「見えますけっ――どぉ!?」


 肩に寄り添う絃葉さんを支えながら、至近距離でシャルロットの頭を撫でるこの姿、確かにそう見える。


「私にあんなこと言っといてぇ……貴方という人は」

「先生!? ボクの事本当に大事? ねぇねぇ大事?」

「……あれ? ワタクシ何故こんな所で寝て――」


 魔法粒子を放射するアンリエッタ。

 幸せそうに大きな瞳を輝かせるシャルロット。

 間の悪いことに目が覚め、固まる絃葉先生。


「今日という今日は――」


 アンリエッタの眼が見開かれる。

 あぁ……またこのパターンかと思っていた時。


「そこのお客さん! いい加減にして下さい! 他のお客様の迷惑ですよぉ」


 現れた活発そうな小さなウエイトレスさん、酒場の従業員に注意される当国の皇女、アンリエッタは表情を一変させ、皆の代表として店長さんの所まで行ってに謝ってくれている。流石だそして助かった。


「小生……激しく愉快」


「あらあら~私の術を打ち消すなんて凄いわ~」


「シャル……先生の態度はこの際ともかく……アタシは親友として嬉しい……っ」


「テ、テッサ何故泣く!?」


 ぞろぞろと代表選手団が集まって来た。コイツ等もしかして、全員で覗いていたのか?やれやれだな。


「お客様口が切れてますよっ……おしぼりど~ぞ?」


 先程の小さな給仕係さんが濡れタオルを差し出してくれた。

 シャルロットとまだ固まっている絃葉さんを立たせ、礼を言っておしぼりを受け取ると、女の子は笑顔できびすを返す。


 ……ドクン……


『私はここにいるよ?』 

 そう言われた気がした。

『きっとまた……逢える』

 夢かと思っていた。


(い、いまの娘……は?)


 全身から汗が吹き出す、視界にが狭まりチカチカ発光して見え動悸が収まらず心臓を押さえた。ゴクリと血の混じった唾を飲み込んで、見た・・、俺は見た。


(マ――)


 幽霊を見た――彼女の幽霊を。去っていく給仕係の背中一点を見つめて離せない。動悸が激しくドクンッドクンッドクンッ脈打つ。意識は――ハッキリしている。笑顔のシャルロットが絡めてくる腕の感触もちゃんとある。動悸が激しくドクドクドクドクッ脈打つ、どんどん早くなっている。


 夢じゃないのか? 昔、女にこんな事を言った事がある。

「そろそろ俺の女って言わせろよ」

 その女はこう返した筈だ。

「私超ソクバクするよ」

 そう言ったはずだ。


 小さなウエイトレスは振り返る。白いエプロンが宙に揺れ、可愛く一回転して俺を見た。


 その女の顔は――


「マリィ……サンディアナ」


 その姿は死んだはずの女――なびく短く柔らかそうな整った髪、目鼻口、マリィに瓜二つである女の口はゆっくりと開かれる。


『こんなに近くに居るのに気付かないなんて――』


 微笑み俺を見つめ、声――間違いないマリィだった。鼓動が速くどんどん速くなっていく。心臓がはち切れそうだ。絞り出せ……声を。


「マリィ俺だ、ユウィンだ!」


 叫ぶ。

 シャルロットの手を振り解いて彼女に近づこうとするが動揺が足をもつれさせる。今抱きしめないと――二度と逢えない気がしたんだ。


『そんなんじゃ王様・・の大事なひと達――』


 女――マリィは笑って背中を向ける。


「まって、待ってくれ……行かないでくれ! 俺は――」


 マリィは顔だけこちらへ向け。


『死んじゃうよ?』


 冷酷な笑顔で死の言葉を吐いた。 し、死ぬ? 意識が遠のく錯覚……大勢の人が賑わう酒場で、俺は顔面から受け身も取れずに昏倒した。


「ユ、ユウィン様? 絃葉さん担架の用意を!」

「ど、どうしたの先生ぇ!」


 アンリエッタ、シャルロットは即座に反応して昏倒した俺に駆け寄ってくれているが……。


(この感覚……何だこれは。無い……砕けた……俺の魔因子核こころが……)


 焦って涙を溜めるシャルロットは昏倒したユウィンの背中に手を置き、その瞬間表情は一転して歪む。頭に一撃もらったかのようなシャルロットの表情は事の重大さを意味していた。


「……せ、先生のチャクラから魔力が……消えてる」


 チャクラとは魂の波動――この世界の人間は必ず一つの魂にオーラと、魔法使いならば魔法因子核を持つ。ユウィンはその根源の魂を握り捕まれ、破壊されたような感覚を感じていた。


(マリィ……これはお前が……やったのか?)


 良い思い出は胸に、忌まわしい思い出は月へと捨てて眼を開け――幸せな記憶と世界は音を立てて崩れていく。


 思い出していた。昔、女にこんな事を言った事がある。

「そろそろ俺の女って言わせろよ」

「私超ソクバクするよ」


 その女の名はマリィ=サンディアナ――俺を助けるために命を投げ出した女。


(どうし……て)


 薄れゆく意識の中、彼女の背中を目で追った。


(やっぱり、君は俺を……)


 意識は途切れ開いたはずの眼は闇へ――奈落へと落ちていく。




 そうか……やっぱり君は俺を恨んでいたのか。恨まれてるのか……じゃあ俺は一体なんの為に……四百年も生きてきたんだろうなぁ。




 ◆◇◆◇



 ン~ン~ンン~ン~♪ アンリッケンフォ~ア~~トロン~リネ~イジュ~♪


 女は軍歌を口ずさむ。

 600年前――人類が今より高い科学技術を持っていた時代の歌、魔導科学の最先端国家トロンリーネージュの軍歌である。当時の言葉でこんな意味があった。


「主を殺せ! この世界を捨てて」

「棺桶に片足を突っ込んで叫べ」

「我ら火の魔女と16匹の狼也」

「掲げろ勝利の旗を。トロンリネージュの軍旗を」

「赤髪の魔女に続け!」

「希望の月へ。希望の死へと行進せよ」


 女は頗る機嫌が良かった。思わず歌い出したくなる程に、女の名はリイナ=ランスロット。


 魔人名はタンジェントと言った。


「御機嫌ですねタンジェント。死を連想させる美しい旋律だ……どこの歌ですか?」


 片眼鏡を装着したスリーピースジャケットの紳士。吸血鬼の魔人四天王ヘルズリンクは、彼女の旋律に眼を閉じて空を見上げていた。


「イヒヒッ……もう無い国のだよ~ん」


 紳士は眉をひそめる。トロンリネージュという単語が出た気がしたが。


「ほぅ成程……貴方の言い方から察するに創世記の歌ですか」


「そうそぅ~イヒヒッ 急に歌いたくなってねぇ~」


「興味深いですね……600年以上前から生きている魔人は、今や貴方とラビットハッチ位ですからね」


 その言葉はタンジェント博士には鬼門だったようだ。


「その言い方は淑女レディに失礼よぉ? ヘルズリンク君にはリィナの事、お婆ちゃん扱いして欲しくないなぁ~」


「フッ……これは私としたことが、レディにとんだ無礼を……お許しをタンジェント女史」


 しかしタンジェント。一人称が「アチシ」から「リィナ」になっていますよ? 貴方の場合気をつけた方が良い。そう言いながらヘルズリンクは片膝を付いて、格下であるはずの魔人に頭を垂れ、深く詫びる。

 彼女は魔人となってからも数百年人間領で過ごした変わり種。名前が割れている為、名を変えている。


「イッヒヒ リンク君は紳士だねぇ。やっぱり着いて来てくれたのが君でよかったかな」


「それは光栄です。タンジェント――それともリィナ? ランスロットとお呼びしたほうが? ……ふむ、それではリィナ。今夜の気分に合わせてワインでも用意致しますが?」


 月光の夜空にひときわ美しく白光りする十字架――教会の屋根のクロスを片手にバランス取る吸血鬼・・・・の魔人ヘルズリンク。 その横で軽やかに腰掛ける魔人タンジェント。眼下には王都の表参道、ラクロア通りを溢れる有象無象の人間達が見えているが、彼女は今迄見据えていた何もない空間から、視線を酒場に移した――どうやら大衆酒場のようだ。


「よく見えるね~ここは、あそこにいる綺麗な男の子と銀髪のお姉さんって……ゼノンの牢屋に居た錆びた釘ラスティネイルの子供と奥さんなんだって?」


「ほぅ、ジン=ヴィンセントの……ですか。それはつくづく運のない」


「見せてあげたかったねぇ パパさんが地べたを這い周る。ザ・マ」


 タンジェント博士は口角を釣り上げた。人でなしな、悪魔的な、邪悪な笑顔。邪悪……否、純真であるのだ。彼女の願いは玉鋼、固く、強く、故に曲がらない。彼女に与えられた無限の時間が不純物を取り除き、女を1振りの刀へと昇華させた。


「しかし逃げられました。誤算だったのでは?」


「いいのさっ……あんな強靭な魂と体を殺すには惜しかったし、有効利用出来る時が来るだろうし」


 その言葉にヘルズリンクは眉をひそめる。

 タンジェント研究所の有り様・・・を思い出していた。高位霊子を凌駕する兵器の開発――実験、失敗、検証の繰り返し。解剖、挿入、注入、差込、崩壊、死亡、付替、解剖、挿入、注入……実験は失敗と検証の繰り返し。彼女はそれを自らが養殖した人間と竜を使って行っている。無論「美」を重んじる吸血鬼ダークストーカーの美観とはかけ離れた有り様。人外の者、魔人ですら目を覆いたくなる、あの研究所の有り様。


「ミスリィナ。貴方の目的を果たすのは結構ですが……命令オーダーもお忘れなく」


「解ってるって。だっから今……いっちばん邪魔になりそうなユウィン君に悪戯したんじゃない~」


 イヒヒッ 満足顔でタンジェントは微笑む。


「ユウィン君の因子核が停止していれば、天照アマテラスも発動出来ないでしょうし。アヤノ様は元々邪魔してはこないだろうし~ね?」


「貴方の深い知識には脱帽いたしますよ」


 性格には問題がありますが。ヘルズリンクは胸中で呟き、ワインはやはり? 足元、教会の屋根に腰掛けるレディに視線を落とした。


「もっち朱殷の赤でっ」


「血の赤ですか。古い言い方をしますね……だが同感です。確かに今日はそんな夜だ。少しお待ちを――」


 吸血鬼は霧となって消え、タンジェントは再び陽気に歌い出した。


 ン~ン~ンン~ン~リシャ~ツヴァイ♪

 ジュッサ~サミッケッッサ~ディシュファイ♪


 やはり始めの歌詞が思い出せない。

 アヤノ様は覚えてる? この歌の出だし……リィナ忘れちゃったよ。

 教会の屋根より、城の隣に真新しく改築された闘技場アリーナが見える。

 彼女は歌う。


 棺桶に片足を突っ込んで叫べ♪

 我ら火の魔女と拾六匹の反逆者♪

 赤髪の魔女に続け!

 希望の月へ。希望の死へと行進せよ♪


 楽しみにしていてねアヤノ様。リィナが貴方を救ってあげる。16匹の反逆者――その最後の生き残り、リィナ=ランスロットが救ってあげる。貴方の望みを叶えてあげる。殺して殺して殺して殺して叶えてあげる。貴方の想い人、秋影君だって生き返らせる事が出来るかもしれないよ? 驚いて? リィナ凄いモノ作れるようになったんだから。


 彼女は笑う、歌う、正気の沙汰では無い瞳。人でなしな、悪魔的な、邪悪な瞳。邪悪……否、純真であるのだ。


 ぜ~んぶアヤノ様の為、だってリィナは貴方を愛してるんだもの。愛する者が愛されるものに望む事、それは相手にも自分を愛して貰えるように努力する事。天使だろーと悪魔だろーと……それこそ魔王ちゃんだろうとリィナが殺してあげるから。 全部殺して2人で月へ行こう? 今度は2人っきりで方舟に乗って。


 だから――リィナ=ランスロットは腕を振り上げ月光を浴びる。自分に酔い、相手に陶酔し大きく笑う。


 明日はいっぱい殺そう。いっぱいいっぱいいっぱい殺そう。闘技場アリーナは棺桶だ。明日は国中が棺桶に、歩け、吠えろ、歌え、死の行進デスパレードマーチ。死者を教会から見下ろし、生者は歓喜しながら行進して行け。死神の待つ棺桶へ、生きているから辛いんだ。


 この世界は地獄だ。

 救いなんて何処にもない。貴方はそう言ったね? そう思う、自分もそう思う。1人で死ぬなんてまっぴらだ、自分は貴方と同じ不死なのだから。そして無限の時間が完成させた――彼女の願いを。


 あぁ明日が楽しみだ。

 希望を持って行進しよう。棺桶に片足を突っ込んで――


 巨大な月の光に照らされて女は思う。


(アウローラには勝てないよ? 誰も……)


 今日は本当に良い日だ。

 こんな間近で見れる・・・なんて、今日は本当に素晴らしい日だ。


「リィナ……貴様、ウチの馬鹿弟子に何をした」


 あれ? う~ん残念。この口調はアヤノ様じゃなくてマクスウェル機関・・――別人格の方だ。

 歓喜と慈愛に満ちた何処か狂信的な瞳を向ける。視線の先に現れた、イザナミ=アヤノ=マクスウェルを。


 その夜、王都の空に人知れず閃光が走った。 明日は大会初日、意気込む戦士達はアリーナへと進行するだろう――それが棺桶であると知らずに。



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― 新着の感想 ―
[良い点] リィナさんの壊れっぷりがすばらしいですね。振り切っていて。ユウィンと女の子たちの絡みにも楽しまされつつ。和む場面とシリアスな部分とのバランスの良い場面であると感じました。今回もとても面白か…
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