第1話 三国最強決定戦
三大国最大の国家――トロンリネージュ王国アンリエッタ皇女主催の《武闘大会》を目前に控え、王都全土は過去、類を見ない賑わいを見せていた。
国中は祭り一色に塗り替えられ、城を中心に十文字に張り巡らされたメインとなる大通りでは、所狭しと露店が出店されており、各国から多くの見物客が集まって宿泊施設は予約を予約待ちで埋め尽くされる事態となっている。
予想を上回る経済効果に皇女アンリエッタは、今迄必至に耐えてきた笑みをこぼした。
「リア! み、見てくださいこの賑わい」
「はいは~い。見えてるかもですよ~エッタ様ぁ~いててて」
彼女専属のメイド、リア=綾小路の腕をブンブン引っ張りながら興奮気味のアンリエッタ。
報告書を片手に更に反対の手でソロバンを握りしめながらはしゃぐ皇女に、鋼の執事クロードは最高級茶葉のダージリンをポットに潜らせながら口を開いた。
「いやまさか、ゼノン王迄もこの大会に乗ってこられるとは思いませんでしたな。これもアンリエッタお嬢様の交渉あってのこと……流石でございます」
初老の執事は80度の温度で入れた紅茶を蒸らしつつ、城の窓際から城下を眺めながら歳相応の無邪気さで喜ぶ主君を見ていた。
近年王宮貴族達の汚職や魔人の襲撃が相次ぎ、復興と改善に莫大な資金を投入してスッカラカンに陥っていた国庫に、散々頭を悩ましていたアンリエッタ。
王位について1年と半年。
やっと巡ってきた彼女の春に、冷静を隠しきれず美しい顔をだらしなく歪ませているのだ。
「長かった……本当に。これで貧乏王国とか言われずに住みます……グスッ」
「ア、アンリエッタ姫殿下!? 気を確かに……」
売上報告書を持って出向いた総務部財務課トリスタン大臣。男とは思えぬ可愛らしい容姿をした彼は、笑っていた皇女が急に涙ぐんだ件について心配する。
「トリスタン大臣そっと見守って下され……殿下の苦労がやっと実ったのですから」
執事長のその言葉にトリスタンが顔を引きつらせる。
「あぁ彼女達ですか……僕の憩いの場、”新月の間”を破壊してくれた娘と、ユウィンさんの師匠ですね」
アンリエッタに好意を寄せるトリスタン大臣は哀れみの眼差しで窓際の皇女を見つめる。
「シャルロットちゃんとアヤノ様が住み着いてからロクな事がなかったかもですからねぇ。この経済効果は嬉しいかもですよ」
メイド、リア=綾小路も執事長クロード=ベルトラン同様「そっとしておいてね」といったふうに微笑み、慣れた手つきでトリスタン大臣の前に紅茶を差し出した。
先月、魔法王国カターノート代表アーサー=カターノートがスポンサーとなり、武道大会が企画された。
傭兵王国ゼノンから《錆びた釘》と呼ばれる人類最強を誇る上位傭兵を招き入れ、各国から観光客と武芸者を呼び込む算段であった。
しかしアンリエッタは更に企画を拡大し練り直した。
ゼノン、カターノート、トロンリネージュの三国全ての王を招き入れ、三国ナンバーワンを決定する大会にまで発展させたのだ。
付いた大会の名は《トライステイツトーナメント》
傭兵王国ゼノンからは既に王都入を果たしていた。
錆びた釘10位の絃葉=神無木含め更に1名――2位のクワイガン王が参戦、ゼノン傭兵学校より主席傭兵にして錆びた釘1位《白面》の一子、リョウ=ヴィンセントと、次席ミコト=白鳳院。
魔法共和国カターノートからは、最強の女聖騎士――フォルスティーヌ=ヴィンセント。
全世界最高峰の魔法技術を誇るカターノート魔法学園からは4つ星魔導師――炎帝と呼ばれる天才魔導師サイ・オーと、ルイズ=カターノート令嬢の参加が決まっている。
我がトロンリネージュ王国からは第一騎士隊隊長、湖の騎士ユーリ=アルダン将軍、第一魔導隊長カミーユ=クライン外交大臣、魔人殺しユウィン=リバーエンド。
トロンリネージュ魔法学園からは魔法部門主席シャルロット=デイオール、次席セレナ=クライトマン。
格闘部門主席アベル=ベネックス、次席テッサ=ベルの出場が決まっていた。
「来週の開催が待ち遠しいかもですね。エッタ様?」
「そうですリア。耐えてきた……耐えてきた甲斐がありました」
来月に誕生日を控える若干18歳の皇女アンリエッタ。
王都の賑わいが余程嬉しいらしく、涙を流しながらこの3ヶ月の苦難を思い出していた。
我が国を救った恩人であり、英雄ユウィン=リバーエンドの師、アヤノ=マクスウェル――彼女は毎晩のように大量の高い酒を飲み干した挙句、酔っ払って施設を破壊し、ユウィンの弟子シャルロット=デイオール――彼女は頻繁に魔法を暴発させて施設を破壊する。
城に住まう彼女達2人のお陰で、その度に苦情と修理費を請け負うのはアンリエッタその人であった。
約2名のデストロイヤーの家主である彼女は、来週のトーナメントと来月の誕生日を楽しみにずっと笑顔で耐えてきたのだ。
(この様子ですと、ユウィン様と良い誕生日が迎えれそうですねっ)
彼女は先月ユウィンと2人っきりで誕生日を過ごす約束をしていた。
(今度は何処に連れて行って下さるのでしょうか……夜お出掛けされると言ってましたから……も、もしかして今度こそ外泊……そんなっ、いけませんよまだ、まだ早いですユウィン様っ)
ビクッ
急に虚空を見上げ独り身悶え出したアンリエッタをトリスタンは大いに心配しながらも後ずさりする。
「クロードさん。姫殿下はお疲れなのでは……」
「いえいえ、最近では妄想と現実を交互に見つめることによって理性を保たれていたようですので」
「いやだからお疲れなのでは!?」
明日にはゼノン国王クワイガン=ホークアイが来国する。大丈夫なのだろうか?トリスタンは不安を募らせる。
「姫殿下、少しお休みになられては? 僕は殿下が心配で」
「トリスタン!? 男性が感じる女性の魅力って何処でしょう」
「えぇ!? ……ぼ、僕は」
妙なテンションで詰め寄ってくる皇女に顔を赤らめるトリスタン。
彼女は年の近い異性であるトリスタンだからこそ聞いたのだろうが、アンリエッタに想いを寄せる彼には酷な質問であったが、鈍い財務大臣は勘違いしまくって答える。
「全部ですアンリエッタ様!」
「全部?……何がですか」
人差し指を口元に当てて小首をかしげるアンリエッタ。
その情景に耐え切れなくなって、プッと吹き出したリアはトリスタンの肩を叩く。
「トリスタン大臣?エッタ様の魅力の話じゃないです。女の魅力の話かもです」
「えぇ!? ここここれはすいません勘違いを」
真っ赤になってうろたえる財務大臣にアンリエッタは優しく微笑み、リアはイヤラシイ笑みを浮かべる。
「まぁトリスタン……ありがとうございます」
「――――」
少々顔を赤らめアンリエッタ。その顔にトリスタンは立ったまま昇天するがごとく天井を見上げていた。
そのやり取りを面白がって隣で見ていたリアは一変、トリスタンのあまりの道化っぷりを可哀想に思った。
(うわ~童貞っぽいリアクション――ん?)
……コンコン
ドアをノックする音――
「あ、どうぞ」
アンリエッタがドアに向かって声を掛けて少ししてから扉が開き、外交大臣カミーユ=クラインが入室した。
「御機嫌麗しく存じ上げます姫殿下。何やら楽しそうな声が廊下まで響いておりましたね」
この男は仕事能力もさることながら、魔力の素養も持ち合わせた秀才であり、先月その能力を買われ王国最強の第一魔導隊の隊長も兼任することとなった程の男である。
彼の入室にアンリエッタは少し困った表情をする。
カミーユ外交大臣の唯一の難点――表情がわざとらしい。
今も素晴らしい笑顔で話しかけてくれるのだが、そのわざとらしさのせいで、どうも素直にその言葉をそのままの意味で捉えにくい。
「す、すいません……うるさかったですか?カミーユ」
「いえいえそういう意味では御座いません。姫殿下が楽しそうで何よりです」
メイドであるリアも、カミーユ外交大臣に椅子を進めながら思う。
この城には、ユウィン=リバーエンドという魔法剣士が滞在しているが、彼は表情がギコチナイ。
主から聞いたのだが魔法の事故で感情を欠落させている為らしい。しかしこの男の表情はワザトラシイ――まるで出来る男を演じ切っているような表情だ。
それに気になった事があった。
(この男――ノックがなる直前まで気配を感じなかったかも)
自分の上司、紅茶を入れ直している執事長クロード=ベルトランに視線を移すが、彼も表情を固くしている。同じことを感じたらしい。
(気配とオーラを完全に消す術がゼノンにあると聞くかもですが……)
そんなメイドに薦められた椅子に笑顔で掛けるカミーユ大臣は、執事長に薦められた紅茶を片手にアンリエッタに向き直った。
「報告に上がりました。アリーナの完成が間に合いました、それと観客動員数は5万人程になるかと思われます」
広大な敷地を誇るトロンリネージュ王国本城の西側に位置する建物、騎士演習場『立待月の間』と呼ばれる鍛錬施設――それを今回トライステイツトーナメント様に観客席を急遽改築造し、アリーナに改造したのだ。
「あの予算でよくやってくれました流石ですカミーユ」
国庫の残り少ない予算でよくぞやってくれましたと、アンリエッタ皇女は蔓延の笑みで答える。
「大会中は不特定多数の人間が城の敷地内に入りますので、姫殿下用の特別観覧席も用意致しましたのでご安心を――」
「特別観覧席?」
改装企画には無かった部分であった為、アンリエッタはカミーユの言葉に首を傾げる。
「はい。賊が入り込む可能性も考え、魔法合金で囲まれた強固な造りに仕上げました。姫殿下は当日は専用の観覧席で御観覧下さい――あぁこれも予算内に収めましたのでご安心を」
笑顔で話すカミーユ大臣。
「予算内に」という言葉に顔を輝かせるアンリエッタ。
「素晴らしい手腕ですカミーユ!」
「有難きお言葉――しかし当然の配慮です殿下」
一度席から立ち、ゆっくり頭を下げるカミーユ=クライン外交官。
「それでは、まだ仕事が残っておりますので失礼致します」
「もうちょっとゆっくりしていかれては?」
「折角ですがカターノートの外交官との打ち合わせがございまして」
クロードの入れた紅茶を一気に喉に流し込んだ後、すぐ様扉まで歩みを返してからカミーユは振り返る。
「トリスタン大臣――殿下の事が好きなのは解りますが、油を売っている時ではありませんよ。総務にも仕事が山積みのはずですが?」
「ひゃ、ひゃいすいません! カミーユさん」
今の今まで呆けていたトリスタンは、つまづきながらカミーユに続く。
2人の背中を見送りながら、アンリエッタが口を開いた。
「さてリア。完成したアリーナを見に行ってみましょうか?」
「いいんですか私で? ユウィン様と行けばいいのでは?」
「な、何でですか」
顔を赤らめるアンリエッタ。
部屋の扉を閉めようとしていたカミーユは、聞こえてきた皇女の言葉に足を止める。
「殿下、ユウィン様なら先程ここに入る前にお見かけしました。アヤノ様と一緒でしたが、温泉に行かれるとか何とか」
バタン――扉が閉まる。
「お……温泉んん?」
アンリエッタの笑顔が歪む。
(あ、ヤバい顔かもコレ)
皇女の異変にリアは、サッと距離をとった。




