第17話 追憶編~大天使に送る鎮魂歌
空間魔法言語――この魔法は世界空間を形成している魔法粒子を操作、書き換える魔法である。
この力でユウィンはゼノン本都から10キロ地点。
何もない平原に天使ごと転移し今に至る。
これは都で強力な魔法を使用すれば一般市民に被害が出る故の手配だ。
「空間を転移したのか。面白い能力だな人間」
「さぁ天使よ……幕引きだ」
天使の体を空間魔法陣が拘束していた。空間ごと固定してしまえばいかに人類の数千倍の魔法出力を持つ天使といえど逃れることは不可能なはずだ。
「そしてその姿と出力……人間の出来うる限界を見たかのようだ」
「竜魔融合術式”16倍因子強化”お前の幻惑結界はもう俺には届かない……諦めろ」
ユウィンの身体全体に黒い光の衣がまとわり付いていた。これは彼の因子核に融合しているD本来の力を上乗せする対魔王戦用倍率術式――その力は宿主の最大魔法出力を16倍に引き上げ、体表面に強固な防御結界を展開させる。
「人間ごときが無茶をする。そのような力は数分と持つまいよ」
「お前を始末するには十分さ……っ」
その実、口内は血で満たされていた。
空間魔法言語は魔法出力が並の魔法使い300人分を有するユウィン=リバーエンドの魔法因子核をもってしても莫大な負荷をかけ、暫く魔法の使用が出来なくなる。
その回復を待たず2度目の空間魔法を使い、更に融合術式まで使用した彼の因子核はズタズタに傷付き内臓が異常を訴えているのだ。
「哀しい子羊よ……お前は生命を削ってまで何故関係のないゼノンを護るのだ」
思い出していた――この天使の世界に囚われた自分を。
俺はあの時、理想の世界に逃げ混んだ自分自身を許した……マリィを守れなかった自分を許した。そして他人の造り出したマリィを求めた。マリィを、そして自分を救ってくれたマリアをただの過程、自己の救済物として扱った自分自身と目の前の天使に例えようのない何かを感じていたのだ。
「お前は俺のマリィを侮辱した。後は満腹姫との約束の為さ」
「我の救済を拒否する……そういうことだな。無限に悩み続ける道を行くと?」
「生憎満腹姫が教えてくれた……死人に聞いて見ろってな。他人から与えられる救済など幸せ過ぎて反吐が出そうだ」
ユウィンの持論であるが他人から与えられた幸せは自身で気付けない限り達成感を得られない。簡単に手に入った幸せはいつか過去の過ちをもう一度繰り返し、それをなくしてしまう。そう信じている、他人の意見など聞かない――俺は俺だ、と。
だからこの男は救われない。
無限に欲しいモノを求め続け終わらない。
この男は過去、どんな幸せにも満足しなかった。故に全てを捨てて異世界ルナリスに、自分の欲を満たせる「何か」を求めて現実世界を捨てた。
過去――――という名の男だったユウィン=リバーエンド。
しかし彼はそれすらもを忘れてしまい、無限に悩み続ける事を選んだ哀れな快楽主義者。
それがこの男の原点、悩む自分を愛する利己の固まり。
「子羊よ、お前は忘れてしまっているようだ」
「……何を言っている」
「お前はこの世界は地獄だ。そう一度後悔した筈だ」
(またコイツ……俺の心を読んでいるのか。いや、奴の神気が今の俺に届くはずがない)
「そしてお前は自分に罰を与えた……そしてオリジナルの半身は魔人となった」
「何を……言っている」
魔法陣に縛られている天使は拘束をまったく意に介せず淡々と語る。
(今からくたばると言うのに、この期に及んで意味の解らない事を)
コイツは心を読んでるんではない時間を稼いでいるだけだと判断するが。
「お前は復讐心とユウィン=リバーエンド。その2つを受け継いだ只の人形だ。故に――」
「下らない事を! 喋りやがって」
グググッ……
空間魔法を発している掌を閉じた。天使を拘束している魔法陣が狭まり天使の両腕が削れて消滅する。
「子羊よ……お前の感情の半分を持つ魔人がいる。そいつを見つけ出すのがお前の真の救済かもしれぬな……だがお前の半身は、お前を許さないだろう」
「だからお前は……何を」
ググッ……
掌がこれ以上閉じなくなった。何だどうした!?
これは掌どころか。これは何か、何かヤバイぞ。膨大な戦闘経験からの危機察知能力が己の身に降りかかるであろう危険を察知していた。
「子羊ユウィン=リバーエンド、お前の因子核は不思議だ……2人の人間が1つの核で存在しているような…」
(う……動けない? だと)
『マスター!? 敵アークエンジェル級天使の魔法出力が上がっていき――』
声が出せない。
Dどういう事だ。心の声で融合している相棒に話しかけるが返事がない。
「そろそろお前も、お前にへばり付く竜も動けまい?」
(ディ何故答えない。これはどうした事だ)
天使を拘束している魔法陣が歪む、空間ごと固定している魔法陣が――
「我は子羊たるお前を救う方法を示したぞ。では次は我が救われる番だ――」
「ごっごはっ……」
ボドボドッ……
内臓から血が逆流する。いつ攻撃されたのか全く分からないがこのダメージは神気か。
(ば、馬鹿な)
魔出力を16倍に上昇させた対魔王戦用術式の結界が抜かれたと言う事だ。それだけならまだしも目の前の天使の力はまだまだ上昇しおり、しまいに大気が震えたと思いきや次の瞬間雲が弾け飛んだ。
――その超常的な力にしばし呆然としてしまう。
(こ、これが高位粒子体……まさかこれほどまでとは)
多重防御結界を持つ高位粒子体――聖霊や魔人の上位種である天使、魔神の事を指す。
この世界において創造主により人間の遺伝子を媒介に創りだされたヒトとは異なり、遺伝子と魔法粒子を掛け合わされて誕生した超常的な存在が粒子体である。ドラゴンや魔人、モンスター等も粒子体に含まれるが天使はその最上位の存在――各個体で様々な固有結界闘術を持ち、スペルの詠唱もなしに超常現象を引き起こす事の出来る存在。
師匠が言っていた言葉が脳裏をかすめる。
『出会ったなら逃げろ』と。
「口ほどにもないな子羊よ」
(これが奴の固有能力か……脳に強力な痛覚イメージを叩き込まれ血が止まらない……回復も出来ない……こ、こいつは)
人間の魔法使いは心臓に”魔法因子核”を持つが高位粒子体である彼らが持つは”無限因子核”――この因子からは常に多重の防御結界が展開され、無限に体の再生を繰り返すようプログラムされている。
Lv3以上の魔法言語ならば結界を抜くことは可能だが抜いた瞬間に他の断層結界に守られてしまう。
バラキエルが神気と言っている力も又、多重結界の一部(断層)である。バラキエルは雷と救いを司る――序列第5格の力天使。
救いの神気特性”幻惑輪廻”はイメージを具現化する力がある。
感情が欠落しているユウィンの脳が相手と自分の力量を冷静に分析し答えを導きだす。
(こいつは……勝てない)
ユウィンの視界は全て赤に塗り替えられ血液のイメージが頭から離れず、常人なら精神が崩壊しているレベルの苦痛に耐えていた。
「我は寿命のせいで回復が思うように行かぬ――」
天使が話している内に何とか思考をまとめる。まず自分に張り巡らされた天使の結界を解除を……出来ない!?
(D……駄目そうか)
『は、はい。こちらの防御魔法がまるで通じません。Dも能力の大半が使用不能です』
苦しそうな声でDが辛うじて状況を説明するが2人共変わらず動けない。相手のこの力、尋常ではない。魔法出力100万ルーンを有する魔王を制するために編み出した、対魔王戦用の術式が通じない。ということは相手は魔王の力をも凌駕しているという事――
「我の無くなってしまった両腕の代わりに――」
(俺は思い上がっていたのか……コイツ、昨日は全く本気じゃなかったんだ)
「――お前の体を貰うとする」
バキンッ!
天使を拘束していた空間魔法が完全に弾き飛ばされた。
人間如きに傷つけられた体いらん、という意味だろうか。傷口を見ながら口調とは裏腹に天使と思えない形相に変化している。そして――お前の体を貰うとする。その言葉の後だった。
「な……んだ」
『マ、マスター……』
ディも俺も恐怖と苦痛で動けなかった。
カムイ=バラキエル――そう呼ばれる天使の依代が真っ二つに割れ、中から光り輝く巨人が現れたからだ。その姿と考えられない魔法出力に完全に棒立ちになってしまい呆然と立ち尽くす。
光の巨人は耀く3枚の羽を羽ばたかせ、神が降臨したかのように両手を広げた。
『これが我が真の姿、天使の最終形態――』
光人武装――『雷光バラクィエル』
(く、おぉあ!)
身体が潰されるかのような衝撃が両腕に疾走り、いつの間にか巨人の両腕に掴まれていた。
(さ、更に強力な、これは結界!? 魂ごと掴まれたような……く、あぁぁぁぁぁ)
先程から俺が動けなかったのはこの腕のせいだったのか。光の巨人が現れた瞬間それは具現化し、宙に持ち上げられてていく。
『我……お前……食う』
だが現れた巨人は崩壊しつつあった。体中が溶け出し、輝く体の所々が黒い斑点となり、体を侵食している。
先日こいつが言っていた「天使にも寿命がある」……これの事か。コイツは他人の魂と体、因子核を上書きして生きながらえてきたんだ。理由は分からないが本体は死ぬ寸前にまで弱っているのだ。
バラクィエルと呼ばれる巨人の口角が、引きちぎれんばかりに開いた。弱っていると言ってもコイツ顔だけで俺の身長位ある。それにこの尋常ではない魔力と結界――全く動けない。
(俺が負ければマリアが殺される……そ、それだけは)
俺が全魔力を乗せて最後の奥の手を演算しようとするが強力な結界と巨大な腕に体を締め上げられる。
(ち、畜生……!)
ボキボキッ――体中の骨が軋み、折れた。
(光人武装……こんな力があるなんて……)
……力が……魂が……消えていく……
『マスタ――マスター!』
右手の剣からDの叫ぶ声が聞こえる。
この感覚は――お前泣いてんのか? 俺は心の声で語りかけた。
『こんな時に、何を! ディが何とか――』
お前こそ冷静になれ……俺は因子核ごと掴まれてる無理だ逃げろ――俺の残りの魔力を吸えばお前だけは逃げれるかもしれん。
『きょ、拒否します――ディは、ディは』
効率を重んじるお前らしくないな。お前でも……泣くんだな。
『マスタ――ユウィン様ぁ!』
Dが叫んで俺が眼を閉じて意識が朦朧としてわからなくなって体の感覚が無くなりかけた時――金色の光が見えた気がした。
この暖かさには覚えがあった。ちっこいくせに無理して大人ぶって明るくて、たまに悲しそうに恥ずかしそうに笑うアイツ。
(なんだマリィ……迎えに来てくれたのか?)
――・――・――
(ああ俺はもう疲れ……)
――・――・――
微かに聞こえたあの娘の声がとても耳に心地よく響く。
『人は所詮独り、孤独に生きてそして死ぬ。まえに言ったよね? ユウィン』
(そってへ行っても良いか? 俺に永遠の時は少し長――)
『貴方は自分の命より大切な何かが欲しかった。それを探してこの世界までやってきた。でも私が死んじゃったせいで、貴方はこう思うようになった。自分の賭ける命は軽いって』
(マリィ?)
『生きる筋を違えてしまった……本当にごめんなさい』
マリィの声は少し小さくなりつつあった。俺は必死に耳を澄まして暗闇を追いかけようと。
『貴方に涙は流せない。でもね? 貴方の代わりに泣いてくれる子がいるよ? 貴方の為にさ、頑張ってくれる子がいるよ? 孤独で寂しがりな人達の中にはね、誰かのために死ねる人間も要るの。それが人の強さなの……あのね、私はもういないの。だからね、つかんであげて? あの子の掌を。そして知って? 貴方の――ユウィンの命は屈して軽くないって』
マリィの声は聞こえなくなり、その代わり少し幼い、まだ少女だろうか、朦朧とする意識のなかで俺はその声の正体を知った。――なんだお前か、しょうがない奴だなまた泣いてんのかよ。
もう1人見つけた。
Dの他にもう1人……泣いている奴がいたんだ。
そいつは髪を揺らせてしゃくりあげて泣いている。――その先には天使が見える。
光の巨人バラクイエル――俺には勝てない、どうしようもない化物が。
俺は溜息をついて泣いている少女にこう言った。
(何だお前まで……すまん。俺はまた……守れないみたいだ)
――・――・――
(よく聞こえない)
――・――・――
(何?……焼き肉まだ奢ってもらってない?)
――・――・――
(冗談だガキンチョ……泣くな)
――・――・――
(泣くなよオイ……悪かったよっ)
――・――・――
(泣き……やまないのかよやれやれ。しょうがねぇなあもう俺は疲れたってのに……全く本当にやれやれだ……しょうがねぇなあ)
何処かも解らない何かを支えに俺は立ち上がった
(そんなに泣くんなら1つ約束してやる。だから泣くな)
――・――・――
(今度逢う時に……そうだなぁ……)
黄金の雪が降っていた。
雪は光輝く光人武装に降り積もり煙を上げる。
『オオオオ? 何だこれは……神気が消えていく』
ジュウウ……
光の巨人が片膝を付き、雷光バラクィエルの両腕から俺は地面に落下した。その衝撃で目が覚めた時、魂ごと俺を固定していた巨人の結界が消えていた。頭がはっきりしないし何が起こったのかも解らなかったが、どうやら生きてる。
(身体が軽い……何故)
今は考えている暇はない。
この起を逃す訳にはいかない。
身体が言う事を聞くならやることは1つだ。
眼前の光の巨人を見据え詠唱を開始する。――何故かやるべきことだけは解っていた。頭の靄が晴れていくかのように冴え渡り俺の意思が一筋の光となって疾走する。――コイツをマリアの所には行かせないと。
……アントウェル=ゼクスヒュート=ペンノーテ=6人の御使よ闇と空と炎をもって眼前の敵を無へと昇華せよ……
『Lv4歪時空爆烈地獄ドリスヴァン=ネシオン!』
ズド――――――っ
粒子体を拘束爆裂させる7層式破結界爆炎陣が黄金の雪にうろたえているバラクィエルに直撃――――体を更に融解させた。
『オ……オオオオオオオオオオ』
(結界が弱っている)
体の傷を確認――骨は折れているが何とか動ける。右手のラグナロクは――持ってる。
「ディ! もう泣いてないか」
『泣いた事などありませんが?』
いつものDだ。ちょっと鼻声だが。
『――オロロオオオオオオオオオン――』
光人武装と言ったか。こうなってしまえば哀れなものだな。体が融解し原型が定まらなくなってきていた。しかし腐っても高位粒子体。融解と同時に再生を繰り返し、防御結界を再展開させている。
そして崩壊の天使から歌が聞こえ出し、奴に再びとんでもない出力が集まりつつある。天使は救いと断罪の詩を奏でているのだ。恐らく次は全力で攻撃してくるつもりだろう。天使の歌が響く――
……我が右手には救い……我が左手には断罪の雷……救いのバラは……篤信者の王子也……
天使は救いを与えてやると言った。
俺とマリィが居る世界に連れて行ってくれると言った。だがなぁ天使様よ。
「偽りの救いはこの2日間で嫌という程見て、貰って、感じて、触って解った事がある――」
『我は…ロ…救いの天使…ロ…お前を恋人を……ロロ』
俺は思い出す。
天使が造り出した偽りの世界の偽りのマリィ――そして本当のアイツを思い出して苦笑する。
「マリィの胸はもっとデカかったよ。アンタとは趣味が合わねぇなぁ」
『React――敵アークエンジェル級天使。魔法出力300万ルーンを計測』
(大した出力だ)
天使は自分の20倍近い魔法粒子を有していた。だが俺は口元を歪める。
「さぁ終焉の時だ……天使様よ」
その言葉にDOSデバイスに圧縮された対上位粒子体用術式が実行に移される。
見せてやる。
俺とDで完成させた禁術を。
我こそが至高の生物と笑うお前ら天使に教えてやるさ。
人間にも、凄い満腹姫と竜の騎士がいるって事を。
『Run――竜魔融合術式実行――全能力をマスターの魔法因子核へ直結しました!』
歌が響く。
天使を討ち滅ぼさん破滅の詩が――多重の結界と高速再生能力を持つ高位粒子体を倒すには――”解除”という力で結界を一枚ずつ剥いでいくか、一度に全ての多重結界を破壊する超出力魔法で一撃の元に破壊するかの2つに1つ。
サート……ディアボロス……ケイエ……鍵よ闇よ鍵よ……あぁ天界の楔を解き……放て……終焉の歌……
俺の取った行動は後者、相手以上の源流をベースとする魔法言語を持って一撃で倒す。
雷光バラクイエルの全力が完成する。
先程観測した魔法出力は300万以上。
地獄第一階層を司る地上世界の魔王レッドアイの魔力――その3倍を超える超出力。
『救う…から…早く食わ…せろ』
光の巨人の口が開いた。
奈落の底に見えるその口内から膨大な魔法粒子が交じり合い救いの光となって変換され――放たれる。
『LvΩ天雷波動輪廻ノーアディッド=サマンタバサ』
ドッ――――-―――――-―-
それは救いの閃光。
生きる苦しみから全てを救う癒しの波動が放たれた。
救いを見据える俺の瞳に光が灯り、浮き上がった血管を抑えながら、地獄から湧き出した”怒りの炎”を俺の魔法因子核が破壊の力へと変換する。
放て終焉の歌――大罪七王!
『超魔七罪輪廻セヴン=ヴェルサスぁぁぁああ!』
ドッ――――――――――――――――――――っ!!!
『オオオオオオオオコ、コノ術式ハ…コの力は魔神王……の』
己の全てを載せた救いの光――それを全て喰らい尽くす終焉の歌を目の当たりにしながら雷光バラクィエルは思う。
『……さ…ささ…さっき触れた奴の因子の反応はモしや……覇王の因子では』
巨人の光が失われ、思い、そして気付いた。
『あ……ぁ……子羊はでは無く奴は皇…ハはハハハハハハ
今頃気付くナンテ……こんなだから我は…下級天使…に……なりはてラ……』
天使の後方直系数キロが文字通り消滅する――――
大天使の力を凌駕した究極破壊の光。
核爆発に匹敵する威力を誇る”――禁術魔法言語”これが禁じられた魔導の力。
地獄第七階層最深部に封印されし7人の魔神王本体を源流とする、人類に到達出来ないとされるLv5――終焉の光の威力であった。




