第20話 とくとご覧あれ
今――私の願い事が叶うならば
翼が欲しい
この背中に鳥のように
白い翼――つけてください
はばたけ………………折り鶴?
「……なんか違うの」
「美しい旋律ですねぇ我が主……懐かしきあぁ故郷の歌。といった所でしょうかウフフ」
(……それも違うの)
全く違うのだが、セシリアがやけに感心しているので否定する気にもならず、放っておくことにする。
中学時代に音楽の授業で習った歌を適当に口ずさんでしまっただけだった。確かこの歌は一世紀程前にあった戦争を再び起こさないようにという思いがつづられた歌だった気がする。
(だって、燃えてるんだもの)
何故に、この曲を口ずさんでしまったのか。
現代人である彼女には理解しがたい映像が視界に入ったからだ――今現在拠点としている、この黒い森からでも確認できる王都トロンリネージュから立ち上がる光。
そして燃え上がる王都の焔。
「戦争……なの」
「地球という星ではないのですか?」
「……あるわ」
「そうでしょうねぇ」
何故に人は殺し合うのか。
深林奥深くから流れ出る樹液と緑葉の風に白髪を揺らしながら東条あさみは、ふとそんな事を考える。
学び舎で聞いた歴史の授業を思い返すが、此処は地球ではなく異世界(ゲーム世界)である。魔物でもなく、天使とでもなく人同士で争い、血を流す必要があるのだろうか。
「我が主……私は人間は自滅因子を持って生まれると思っているのですよ」
「自滅……因子?」
「そうです。世界が人で溢れてしまわぬよう、人類が繁栄し過ぎてしまわぬように同族同士で殺し合わずにはいられない因子が。創造神もそれを解っていたから、人の遺伝子をルナリスに持ち込んだのではないでしょうかね」
(そう言えば、元気だった時のタチバナ君…よくこんな感じのゲームをしてたの)
己の信じる道というのは総じて宗教だと聞いた事があった。人間が十人存在すれば信じているモノが十通りあり、それが対立すれば闘争となるは必然。
人類はその繰り返しを数千年に渡り繰り返し、現在仮初の平和を築いていると。
今一度思う――だが此処は異世界だ。
自身は現在、天使勢のプレイヤーとしてこの世界に来ていおり、天使族と魔族と人間族との戦争の序開にいる。
種族が違う訳でもなく、人間同士での戦いが目の前に起きている事による違和感。現代人である自分にはデータでしか見た事のない戦争という現象の劇中に居るはずなのに、今一つ現実味に欠ける何かを感じながら、何処か冷めた面持ちで状況をただただと眺める。
(あの光……)
戦争については良く解らないがトロンリネージュの城から立ち上がる光の柱には覚えがあった。
「あれは空間魔法言語……?」
そして、この世界を《現実》と認識できるようになるには、どれくらいの時間をかけないといけないのか。それとも自分は、このゲームが終わるまで認識出来ないのではないか。自分の幼馴染はどうなのかを考えながら。
「然り。その通りです我が主」
地上からでも確認出来る巨大な城と炎。
そこから今しがた立ち上がった巨大な光――魔法粒子の波動。
(知っていた……? うーん掴めない人なの)
セシリア=ルシファーはこの現象が起きるのを知っていたかのようだ。いつもと何ら変わらない様子で、整った軍服の裾を曲げて一礼している。
「あの女はやる事が派手ですからねぇ」
「プレイヤーでもない普通の人が空間魔法を?」
以前セシリアは言った。
空間魔法はプレイヤー専用の力だと。
「ウッフッフ……リィナ=ランスロット。彼女の長年の研究成果です。気の遠くなる程の時間をかけ、その昔に王都に打ち込んだ術式によって発動せし……最上位の空間魔法言語」
「発動に時間がかかっているようなの」
「然り。あの女の”権限者”としての能力はとうの昔に消失していますからねぇ……見るに堪えない速度ですウフフ」
「詳しいのね。そのリィナさんとお知り合いなの?」
何が可笑しいのか。いやオカシイのか。
少し嫌そうに芝居がかった男は自虐的に笑う。
「ウッフッフ不死の身体となる術を教授頂いた恩人……とでも言いましょうか」
「仲良し…でもないのね。で、アレはどういう状況なの?」
「王都地下より溢れるあの光は神呪刻印……あの女は吸い上げていたのです。この世界の生物に必ず存在する……”因子の力”を」
「プレイヤーの主皇因子とか、魔法因子核とかいうアレ?」
聞いたら答えてくれるが、この作り物のように整った顔の男は舞台がどうとか愛しの御方がどうだとか抽象的な事しか言わない。東条あさみがこの世界をイマイチ現実と認識出来ないのはまだ此処に来てからというもの、この不死だとかいう芝居がかった男と、ユウィンというこれまた不死だという男二名としか接点が無いからとも言える。
「然り。あの女はじっくりじっくり……150年もの時間掛けて少しずつ少しずつ誰にも全く気付かれないような極微量な因子を吸い上げ続けたのです」
去年迄トロンリネージュが掲げていた絶対貴族主義。
それは魔法因子持ちを貴族、持たない者を平民と位置づけた大項――その裏には魔法因子持ちの人間が極端に減った事にも裏付けされていた。他国に比べこの国の人間の魔力特性が著しく低いのは、王都地下に秘密裏に打ち込まれていた呪いの為である。
セシリアはその感情を微塵も出せずに言葉を続ける。美意識が相容れない対象である”あの女”――リィナ博士について。
「あの女はその吸い上げた膨大な因子を使って、自らが創生期に失ってしまった”権限者の力”を再構築したのですよ。元々の特性……空間操作を可能とする権限――神の器の力を」
「さっきのユウィン君の味方……という事?」
プレイヤーの守護者とかいう権限者なのかと。
「元……ですがねぇ。全くあのマッドサイエンティストの並々ならぬ執念、憎欲には頭が下がると言うもの」
「……権限者」
「いやはやウフフ……アレではもはや呪いでしょう。愛を知らない虚しい人間のする事……オリジナルであるアンリエッタの美麗さとは程遠い」
「あれが人皇勢の神の器……”ノア”の力」
「美しくもないイミテーション、模造品ですよアレは……が、この宴は私の舞台と彼女との約束の為に必要なコトですのでね」
彼女? 少し違和感を覚える。
あの女と先程まで言っていた気がしたのだが、あまり興味が湧かなかったのでまぁ同じ人の事だろうと思う事にする。
「悪い事考えてるのねセシリア」
「とんでもない。これは必然……愛ですよウフフ」
相変わらず芝居がかり過ぎて良くわからない。
でもこれから何かをしようとしているのは解る。
「介入するのねセシリア」
「故に我が主の許可を頂きたく」
「それもアナタの舞台のため?」
「否か是かと言われれば……是と。聡いつもりで愚かな紅の魔女は相も変わらず間違いを犯していますしねぇ」
また違う女が話に出てきた気がする。
しかし自分にとって非現実と言えど、かなりの距離があるのにもかかわらず風に乗って鼻をくすぐる煙の臭い、これが人間の焼けたソレだとすれば気分の良いモノでないのも事実。
「このままでは死ぬわセシリア……いっぱい人が」
「是……故に」
「介入を許可するの」
感謝を。
身体でそれを示したセシリアの背中に現れるは堕天使を思わせる12枚の闇色の翼――天使勢の神の器である彼の特型武装気であり因果を司る権限の両翼。
「人皇勢の永きに渡る茶番劇……否、輪舞曲に終止符を……そして我が主に創造神の御加護がありますよぅ」
「あると良いわね」
「我が主…ミカエル=テイラー=アサミ様」
芝居がかった男は何処までも芝居がかった口調と足を弾き、一礼して見せた。――両手を闇色に染まりつつある天に向かい、掲げながら。
「我が舞台の幕開き……とくとご覧あれ」




