キール編その7 差し出された手紙
『ディアナ
キールと合流できただろうか
ここでお前を放り出すことを許してくれ
先に、銀の国へ入る
ルフォンはいずれ、王太子のロベルトが統治する
ルフォン国内に残るよりも、俺は姫と銀の国に行ったほうがいいのではないかと俺は考えた
俺は半端な王子だ なにも持っていない
銀の国の王に、直訴する
姫が、欲しい
銀の国ごと、姫が欲しいと
姫がそばにいると、心が惑う
俺なんかでいいのか、と
銀の国の王には、強い気持ちで接したい
姫の力を頼らずに』
最後に、グリフィンの署名。
「……あいつ!」
キールは立ち上がった。先手を打たれた。ものものしい国使の行列を連れたキールが、今夜はどこの町に宿泊するかなど、行く先々の様子を観察すればすぐに分かる。グリフィンは、わざとディアナをこの町に向かわせたのだ。姫を発見したのがキールだったことまでは、予想できなかっただろうが。足手まといな姫を途中で置いて、銀の国の王に取り入る作戦。しかも、どうやら婿入りしたいと願うつもりらしい。キールは王太子のスペアだから、銀の国に婿入りはできない。
見くびられたものだ。キールがディアナには手を出せないと、確信しているがゆえの行動だ。
キールは決意した。極上の獲物は時と場合を吟味して賞味する派だが、今だけは急いでディアナを手に入れるしかない。力ずくで、ここで。
「ディア……ナ?」
手紙を読んだディアナは泣いていた。置いて行かれた悲しみと、己を望んでくれているグリフィンの真摯な心に、激しく動揺していた。うつくしい髪を切ってまで、グリフィンと一緒にいたいと願ったディアナ。ディアナの姿は、とてもきれいだった。
姫に手を伸ばしかけたけれど、キールはディアナの身体に触れることができなかった。
欲しいと思えば、いくらでも手に入ると思っていたのに。ディアナは違う。たとえ、強引に押し倒しても、ディアナの心には到底届きそうにないのだ。
すでに何通もの報告書をルフォンに送っている。グリフィンの暴挙を多数書き連ねて。グリフィンの評判を堕とせば、自然に姫はキールものになると思ったからだ。そんな卑劣なやり口が恥ずかしくなるほど、グリフィンとディアナは真正面からふたりで戦っている。キールの奥底から、妙な感情が生まれる。
……もしかして、想い合うふたりが羨ましい?
いや、うつろいやすい人の心なんて、最初からあてにならない。信じるべきは自分だけ。キールは勝手気ままに生きてきた。なのに、姫の視線が痛い。遠くにいる、グリフィンを見届けるような熱い双眸が。
「ディアナ、わたしを見て。わたしだけを。わたしは、きみのことしか見えないんだよ」
己を奮い立たせ、キールは懇願した。残虐な心が芽生えてしまう前に、ディアナの答えが欲しい。傷つけたくない。
けれど、ディアナは頷かなかった。
「キール。私は、グリフィンについていきたいの。あの方の不器用な生き方に、寄り添いたい。ごめんなさい。私はグリフィンを信じます。だって、日蔭の王子として生きてきたグリフィンが、私のために行動してくれているんですもの。だから今は彼の思いを受け止めて、離れて見守りたいの。キール、お願い。一緒にグリフィンを応援してください」
……応援? わたしが、あいつを? まさか!
思わず、キールはかっとなった。ディアナのすべてを壊したい。激しい気持ちに駆り立てられた。




