キール編その4 蜘蛛の巣のように張り巡らされた包囲網がふたりを狙って
熱くなり過ぎた。
キールは体勢を直す。万が一、今後もグリフィンと宿の主人が連絡を取り合うかもしれないので、厳重な監視下に置くことにし、町を出ることにした。
「あの、余計なことかもしれませんが」
おそるおそる、宿の主人が話しかけてきた。キールは頷いて話の続きを促す。
「昨夜。キールさまの偽者騒動があったのですが、お耳に入っておりますか。おそらく、国使通過に伴う、便乗犯だと……」
「偽者?」
「は、はい。グリフィンさまが捕えたので、犯人は私が兵舎に突き出しましたが、仲間は逃げました」
「確認を。早く」
なぜ、そんな大切な情報を出し惜しみするのだ。やはり、グリフィン派か。ふたりが逃げるための時間稼ぎか。別に、ふたりが悪事を働いているわけではないが、こうなったらとことん追うしかない。宿の主人には捜索に協力するよう、きっちり脅しつけて帰した。
「……ふう」
いつもは出ない、ため息を吐いた。具合がよくないのですかと侍女が尋ねてきたが、『違う』と突っぱねた。
キールは次なる中継地を目指し、馬車に揺られている。
相手はふたり乗りの馬。足並みは早くないだろうが、後発したキールの馬車が追いつくには難しそうだ。一応急がせてはいるものの、速度を出し過ぎると馬車の乗り心地が悪くなる。すでに、少し酔いはじめている。
そろそろ、手配書が街道沿いの町という町すべてに回っているはずだ。街道を迂回する細い道にも捜索の手を入れている。グリフィンが先走っていることは城にも伝達済なので、追っ手はいくらでも出せる。正直言ってもう、グリフィンにルフォン国内での逃げ場はない。
そう。
なんとしてでも、ルフォンでつかまえなければならない。訪問先の、銀の国に入られてしまっては厄介である。キールは気合いを入れ直した。
偽者事件のほうは時間がなかったので処理を配下に任せたが、偽者はキールと似ても似つかない姿形であり、国使のお通りと聞いて便乗しただけだと告白した。それなりの罰を加えようと思うが、偽物は気にかかる証言を残した。
『若い女は、肩下までの明るい髪を三つ編みにしていた』
ディアナの髪は、腰に届きそうなぐらいの長さだったはずだ。機転をきかせたキールの配下が、偽者に問うた。『では、連れの男の髪は?』
『頭を、赤いバンダナで巻いていた。バンダナからはみ出していた髪は……女と同じ髪色だった』
この報告を聞いたキールは、手配書に新たな情報を添付した。髪色は明るめ。女は肩下までの髪。男は基本、黒髪。ただし、女の髪をつけ毛に使っている可能性あり、と。
事情があって、姫は髪を切ったようだ。おそらく、変装用に。なんと、惜しいことを。自分との結婚式までに伸びてくれればいいけれど。
けもの道を進んでも、食事ぐらいは町で調達するだろう。グリフィンはともかく、遠出に慣れていないディアナが木の実や川の魚をがつがつと食べるわけにはいかない。乗馬ができるとはいえ、お姫さま育ち。それに、町に寄っても騒ぎになるから、王子と姫とは名乗らないはずだ。手配書にも、王子とか姫とかいう単語はない。ルフォンの名誉が傷つく。
「待てよ。『第三王子が、銀の国の姫を攫って逃走中』ということにすれば、グリフィンは失脚する……?」
すべて、キールに追い風が吹いているような気がした。自然に頬が緩んでしまう。いつしか、キールは高笑いをしていた。明日、いや今日中に捕まえられるかもしれない。車酔いもすっかり忘れてしまい、笑いが止まらなかった。




