一万ユニーク記念・番外編その9 目を閉じるときはいつもあなたが
突然のグリフィンの告白に、宿の夫婦は目を白黒させていた。せいぜい、良家のお嬢さまとその従僕と思っていた相手が、正真正銘の王子と姫だったのだ。動揺するのも無理もない。
「黙っていてごめんなさい。騙すつもりはなかったの、でも言い出せなくて」
ディアナは弁解した。
「信じられないようだな。ま、無理に信じることはないが。明朝は、空が明るくなる前に出る。それまでの滞在を許せ。部屋に戻ろう、ディアナ。これ以上、人目につきたくない。そもそも、場末の宿屋にキールが来るはずない。ディアナの匂いにでもつられようなら、別の話だが」
グリフィンはディアナの背中を押して促した。夜更け、という時間にはほど遠いけれど、もう騒ぎが起きてほしくない。
「おやすみなさい」
いろいろあったせいか、ディアナもだんだん眠くなってきた。明日の出立は早い。キールたち国使を出し抜き続けるためには、日の出よりも早く出なければならない。もう少しだけ、グリフィンとふたりだけでいたい。馬よりも、自分を見てほしい。ディアナはひそかに熱望した。
「よっと」
部屋に戻ると、グリフィンはベッドから枕と毛布を一枚回収して横抱きにすると、寝具一式をソファの上に並べてさっさと横になった。
「もう寝るぞ。明日な」
そして部屋のランプを消してしまう。そうなると、月明かりだけが頼りだ。
「待ってグリフィン、もう寝ちゃうの?」
「ああ。第三王子偽物事件も終わったし、明日の移動に備えよう。国使の列に、吸収されたくないんだろ? ディアナは。俺も、自由に馬を走らせたい。せっかくの外出だ、起伏に乏しい街道旅はつまらん」
やっぱり、主体は馬ですか。ディアナは落胆した。手をつないで寝てくれる、その約束はどうしたのか。しかし、恥ずかしくて訊けない。
棒立ちのディアナの異変に、グリフィンは気がついた。
「ふーん。まさか、期待していたのか。添い寝を?」
「ちちちちち、違います! そんなわけ、ありませんってば! あれは、グリフィンの冗談でしょう?」
「冗談のわけはない。ただ、俺の自制心が吹っ飛ぶかもしれないぞ。だがまあ、お望みとあれば」
がばりと身を起こしたグリフィンはディアナの手を引っ張るなり、ベッドにいざなった。
「俺のお姫さま、おやすみなさいませ」
「○▲◎※▽×¥ーっ!」
ディアナはベッドに倒れ込んだ。グリフィンは手をつないだまま、ベッド脇の椅子に……笑顔で座っている。
「今夜はここまでだ。なんだ、不満そうな顔で。期待外れか」
「そ、そんなことはありません。ルフォンの第二王子さまに見守られて休むなど、身に余る光栄ですわ」
「だろ? ありがたく頂戴しておけ」
すべてが、グリフィンのペースだ。悔しい。でも、一緒にいたい。これほど胸が高鳴ることなど、ほかにはない。疲れていたのか、ディアナは目を閉じるとすぐに眠ってしまった。おだやかな寝息が静かに響く。
「……手しかつなげないなんて、苦行だな」
キールの存在は鬱陶しいけれど、さっさと国使の行列に吸収されてしまったほうが、グリフィンの精神衛生上にはよろしいかもしれない。かわいい寝顔を眺めるだけなんて、生殺しだ。グリフィンはそっとディアナの手を放し、ソファの寝具の中にもぐり込んだ。
ひとまず、このあたりでエンドマークをつけます。読了、ありがとうございました。
存在を匂わせることしかできなかったキールが心残り。いろいろな腹黒作戦を立てながら、ふたりのあとを追いかけているキールの様子なども、いつか書きたいです。




