一万ユニーク記念・番外編その8 正体と告白
キールはベッドに横たわっているようだ。
室内は、薄暗い。
「王子の言うことに従え。いいな」
バタン、と乱雑にドアが閉まる。従者はそう言い残すと、去った。
自分がディアナだと知られてしまったら、どうしよう。治療が終わったらキールはきっと、大きな宿に泊まっている国使の本隊へと連れて帰るに違いない。そんなの、いや。グリフィンと一緒にいたい。グリフィン。グリフィン。ディアナは心の中でつぶやいた。
「こっちへ来い」
キールが話しかけてきた。直立不動の姿勢で、ディアナはびくんと肩を震わせる。
「ようやく出会えた女だからな」
なんだか、ずいぶん荒っぽいことばづかい。『王子さま』ではないような。キールは、生粋の王子さまだ。城下に出たとき、やわらかい喋り方をしていたものの、乱暴な口調にはならなかった。違和感を覚えたディアナは身構える。
「どうした、早くこっちへ来い」
手招きをされるが、その手も違う。ごつごつとしていて、荒れていた。
「キールではないわね。グリフィン、偽者よ!」
ディアナは被り物の布をするりと頭から取り去った。もう、逃げ隠れする必要はない。ディアナはドアを開けた。
「お、上物……」
外で控えていた従者が目を瞠る。
「おっと、ごめんな」
静かに、けれど素早い動作で、グリフィンが拳で従者らの腹を突いて確実に気絶させ、持っていた縄で手早く縛り上げる。グリフィンは、突き放したようなそっけない口調だったのに、ディアナを細心細微な気配りで見守っていてくれたらしい。ディアナは感激のあまり、思わずグリフィンの胸に飛び込んでいた。
「ありがとう、助けてくれて」
ディアナの身体を受け止めたグリフィンの顔は真っ赤だった。照れている。
「あ、ああ。で、部屋の中の偽王子は」
ディアナを守るようにして、グリフィンは室内に入った。けれど、庭に面したほうの窓が開いていた。どうやら、逃げられたらしい。開け放たれた窓から入ってくるる風のせいで、吊るされたカーテンがひらひらと揺れている。
「……逃げたか。仲間を置いて」
確かに、キールの声ではなかった。態度も。従者も。写真もないこの時代、王子の名前を騙ることは簡単だ。国使の宿泊に便乗した、町のごろつきか、盗賊の一味だったに違いない。
「どうしたのですか、これは」
宿屋の夫婦が驚いてふたりを詰問する。当然だ。王子と思って招き入れた部屋の前には、従者が転がっており、王子らしき人物は闇の中に消えたあと。
「あれは王子ではなかった。キールのふりをして、悪さを働こうとする偽物だった」
「なぜ、断言できるのですか。王子さまのお顔や特徴など、我々、しもじもの者にはまったく分かりませんが」
主人はグリフィンを訝しんでいる。
「キールの顔をよく知っているからだ。俺はキールの異母兄、第二王子のグリフィン。こちらは銀の国の王女、ディアナ姫だ」
「「はあ!?」」
かわいそうに、宿屋の夫婦は声を裏返して数歩下がった。
「身分を隠していて済まなかった。迷惑をかけたくなかったが、結局厄介ごとが起こってしまったな。俺たちも町を騒がせている国使の一員なんだが、できるだけふたりきりでいたい。そういう仲なんだ。察してくれ」
「「あわわわ……」」




