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銀の姫はその双肩に運命をのせて  作者: 藤宮彩貴


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第5幕 夜這いと姦計・2

「人を、呼びます。治療というか、手当てを心得ているキールの侍女ぐらい、当然いるでしょ」

「やだ。ディアナがいい」

「王子、わがままを言わないで」

「やだやだ」

 押し問答をしていると、寝室の扉を激しく叩く音がした。

「ディアナさま、ディアナさまあっ。お起きください」

 寝台の上のふたりは、押したり引いたりする手を止めた。

「……アネットの声だわ」

「ちぇっ。せっかくのいいところで。夜這いが、もうバレたのかな。無粋なんだから」

 ディアナにはありがたい救助だったが、キールはおもしろくないようで、子どものようにぶうっと頬をふくらまして怒りをあらわにした。

「お休みのところ失礼します、ディアナさま……きゃっ! キ、キキキ、キールさま?」

 ディアナはまだ、キールにがっちり組み敷かれていて身動きが取れない。

「ああ、気にしないで。絶賛取り込み中だから。男女の」

「いいえ、いいえ! ディアナから離れてくださいませ、お願いですから、キールさまっ」

 アネットはキールに懇願した。

「……うるさいなあ、もう」

 うるさい、と言われてアネットは明らかに機嫌を損ねた顔を浮かべたが、お役目大事の忠義者、アネットはふてくされながらも次なる報告を入れる。

「火急の件です。王太子さま、御危篤の報せが入りました」

「危、篤?」

 キールは、ディアナの体から離れて飛び起きた。たったシャツ一枚のしどけない姿に、アネットは目のやり場に困った。

「はい。詳しいことは分かりませんが、御寝前にわかにお苦しみあそばしたとのことで、みなさまお集まりですっ」

 ちっ。キールは盛大に舌打ちをした。

「ここにいたから、わたしに報告が入らなかったのか」

 今にも駆け出しそうなキールを、ようやく起き上がったディアナは制した。

「落ち着いて、キール。その格好ではだめ。早く着替えて」

「早く行かせてくれ、王太子が」

 ディアナは寝台の周りに脱ぎ散らかしてあったキールの服を集め、着させた。

「靴は? 靴……」

「いい、要らないよ。それより、王太子のところへ」

 血相を変えて怒鳴り散らすキールに、ディアナは思いっきり左頬を叩いた。

「莫迦っ! 最低! 取り乱すなんて、キールらしくない。夕餉のときまで、あんなに明るくて元気でいらした王太子さまに異変なんて、あるわけないわ。それに、王太子さまにはお妃さまもついていらっしゃるし、慌てないでだいじょうぶ。キール、あなたがそんなに荒れていたら、周りの人がきっと動揺する。こういうときこそ、もっと王子らしく振舞って」

「ディアナさま、靴がありました」

 アネットが寝台の下にあったキールの靴を探し当てた。

「ありがとう、アネット。さ、キール、これを。あなたは末弟とはいえ、立派な王子ですから。ね、しっかりしなきゃ」

 キールの目は潤んでいた。アネットが灯りを点したけれど、顔色もいっそうよくない。こんなに不安で萎れたキールを見るのは、初めてだった。いつも自信にあふれているか、自分を飾ってばかりの王子が、とうとう年相応の姿になった。

「悪い方向に考えないで。だいじょうぶよ、絶対。私も支度をしたら行きます。頬を叩いたりして、ごめんなさい」

「でも、王太子が」

 ディアナは背伸びをして、キールの頭をやさしく撫でた。それでもキールの恐れは完全に拭えない。肩は震え、唇は真っ青だった。未『治療』のせいかもしれない。

 ……どうしよう。

 アネットは絶対に勘違いしただろう。ほとんど裸のような薄着姿のまま、寝台で絡み合ったディアナと王子のふたりを目の当たりして、勘ぐるなと言うほうがしょせん無理というもの。アネットの双眼から送られてくる厳しい視線も、ディアナの肌に痛く突き刺さる。ディアナとしては、幼い弟をなぐさめている、そんなつもりなのに。

「わたし、ディアナがいないとだめだ。もし、もし万が一、王太子がいなくなったら、王位がわたしにまわってくる。耐えられないよ」

「だいじょうぶですってば、そんなありもしない不吉な想像をするのはやめましょう、キール。すぐ王太子のもとへ行く? 私が支度を終えるまで待っている?」

「ディアナと一緒がいい」

 キールはディアナの体にしがみついた。年下とはいえ、背も高いし、力も強い。ディアナはたちまちキールに包まれた。

「きゃあっ、ディアナさま?」

 抵抗、できなかった。ディアナの唇は、キールに奪われた。

 アネットがなにかしきりに叫んでいるけれど、ディアナの耳には言っていることばがさっぱり届かなかった。

 ち、治療だ。これは、治療だ。恋とか愛とか、そんな感情論ではなく、ただの治療。

 ……と、ディアナは我慢で割り切ろうとした。

 なのにキールの口づけは執拗で、ディアナの弱いところを攻めてくる。少しでもディアナが怯むものなら、ぎゅっと腰を引き寄せられ、舌が何度もディアナの唇を這う。

「や……っ、ちょっとっ、キール……」

 塞がれている口からは声が出せない。力が入っていない両手の握りこぶしでキールの背中をどうにか叩くものの、キールには通じていない。このままでは唇を咬まれるのではないかと、全身が冷えた。

 このままでは危うい、咬まれるなら先に咬んでやる、反撃に出ようとしたとき。

「ディアナ、ごちそうさま」

 突然、キールはディアナを解放した。

「へ……」

「おいしかった。ディアナ、おいしかったよ。きみは力で攻めるより、弱みをちらつかせながら迫るほうが攻略できそうだね。じゃあ、行こうか。あのサル系王太子が危篤なんて、なにかの間違いだと思うよ。健康だけがとりえ! みたいな男だもん」

「え、演技……なの、今の?」

 騙された。キールは気弱を演じて、ディアナを丸め込んだのだった。

「まあ、そうとも言うね。でも、息が苦しかったのはほんとうだよ。ただ、少し大げさだったかな。ディアナには悪いことをしたけど、口づけが初めてってわけではなさそうだったね。そこんとこ、どうなの、ディアナ」

「いえ、私よりも王太子さまの心配を」

「そのかわいい唇を、誰に奪われたのさ。昔? まさか、この国に来てから?」

「今は、それどころじゃありませんっ。ご危篤ですよ、王太子さま」

「……アネット、ディアナの服を持ってきて。王や王妃に失礼のないものを用意してよ。しどけない寝衣もかわいいけど、これは他人に見せられない。そうそう、この寝衣はボタンでまどろっこしいから、今後は腰紐一本で簡単に解ける寝衣にしてよ。脱がせやすいやつ。やたらと抵抗されちゃって、結局いろいろとできなかったじゃん」

 開き直った態度に、アネットは頭を下げた。

「も、申し訳ありません……」

「いいのよアネット、キールの言うことは下心満載なだけ。着替えはお願い。私も、王太子さまのご様子が気になる。キール、先に行っていて」

「ちぇっ。必ず、来てよ」

 身支度をディアナに手伝わせて整えたキールは、ようやく廊下に出た。口では強がっているものの、王太子のことは心配らしく、走って行った。

「ディアナさまぁ」

 振り返れば、アネットの半泣き顔。

「申し訳ありません。ディアナさまについていながら、このアネット一生の不覚です。あろうことか大切なご婚礼前に、ディアナさまの貞操が失われるなんて。どう私めを、煮るなり焼くなり存分にしてくださいまし」

「いえ、貞操の危機はあったけど、どうにか未遂だったから」

「み、みすい?」

 ディアナは説明しながら、普段着に着替えた。時刻はすでに深夜。あまり華美にならない服のほうが、お見舞いにはふさわしいだろう。最後に、守り刀を忘れず懐の奥にしまう。

「ええ。唇は……奪われちゃったけど。体はこの通り、なんでもないわ。キールは窓から入ってきたの。カギがかかっていなかったみたい。よく注意してね」

「窓? ここ、三階ですよ」

「でも、現に窓から夜這いだと言って侵入してきたわ。キールはこの城の王子だから、その辺心得があるのかもしれないけど」

「そうですか、カギの外れていた窓からですか。やはり私の責任ですわ、申し訳ありません。それはそうとディアナさま、あの言い方、キールさまが初めての口づけのお相手ではなかったのですか?」

「あ、アネット? あなたはなんてことを聞くのよ」

「まさかディアナさま、私の存じ上げないところでは、案外ふしだらな生活を……」

「まさか! まさかまさかそんな! それは、ええと、確かにキールがらみなんだけど、話すと長くなるから、もうあとにして! 今は、王太子さまのご病状を知りたい」

 ディアナも、足早に王太子の部屋へと急いだ。

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